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    第三章:Do the right thingスカーレット・モンク(1)シルバー・ローニン(1)シルバー・ローニン(2)スカーレット・モンク(2)スカーレット・モンク(3)シルバー・ローニン(3)スカーレット・モンク(4)シルバー・ローニン(4)シルバー・ローニン(5)スカーレット・モンク(5)シルバー・ローニン(6)スカーレット・モンク(6)スカーレット・モンク(7)シルバー・ローニン(7)スカーレット・モンク(8)シルバー・ローニン(8)スカーレット・モンク(9)シルバー・ローニン(9)スカーレット・モンク(10)シルバー・ローニン(10)シルバー・ローニン(11)スカーレット・モンク(1)よろしい。
    君はたしかにイギリスの王様にちがいあるまい。
    しかし、だから一体どうだというのだ。
    もう一つ乾坤一擲の大事業をやってのけて、
    人間になったらどうだ。
    そして地上のあらゆる王を見下したらいいではないか。

    G・K・チェスタトン「正統とは何か」より

    「な……なによ、これッ?」
     二手に分れて、爆弾車両を停止させ、そして太宰府で再合流。
     続いて、レスキュー隊の太宰府支部の大型バンがやって来たが……中から出て来たのは……。
     1人はレスキュー隊のオレンジの制服を着てる瀾師匠やひなた師匠と同じ位の齢の眼鏡をかけた女の人。
     胸の身分証と……そして「気」を見る限りでは……同業者魔法使い系だ。
     もう1人の女性は……同じく同業者魔法使い系だが……。
     身長2m前後。
     筋骨隆々。
     額からは一本角……と言っても霊力で構成された「角」なので、霊感が無い奴には見えないだろうが……。
     肌は……白……それも普通の人間では人種を問わず有り得ない、非生物的な白磁のような白だ。
    「久留米の羅刹女ニルリティの弟子だそうだね。昔、あんた達の師匠には世話になった。まだ、『御当地ヒーロー』と『レスキュー隊』の組織ネットワークが分れる前の事だけどね」
     そう言って「白い鬼」は右手を差し出す。
    「は……はぁ……」
    「だ……大丈夫なの……この……」
     TCAの女の子は……ドン引き気味。
    「話は聞いてるけど、TCAじゃ、私みたいのは珍しいの?」
    「い……いや……その……何て言ったらいいか……えっと……」
    「私達は、対精神操作治療の専門家だ。難しいケースのようだから、まずは調べてみる。何か判ったら連絡する」
    「は……はい……えっと……弟を……よろしく……お……おねがいします……」
    シルバー・ローニン(1)君は世界を護れ。
    僕は今日を護る。

    パティ・ジェンキンス監督「ワンダーウーマン」より

     男の方の治療をやってるバンには護衛でハヌマン・シルバーとハヌマン・エボニーが付いて行った。
     2人の子供の保護者の男性も同じくバンに乗っている。
     そして……。
    「『精神操作能力者』を確実に殺せる手って……今まで使われた以外に何が有ると思う?」
     そう訊いてきたのはビンガーラだった。
    「基本的にあたしら『魔法使い』系には……『精神操作』は効かないです。超化物チート級の精神操作能力者 対 超ヘボな『魔法使い』って場合でも無ければ」
     あさひはそう答える。
    「あとは……『神の力』を持つ者にも効かないな……」
     私の故郷で上霊ルシファーと呼ばれていた超越者より力を授かった人間が稀に存在している。それが「『神の力』を持つ者」だ。その者達は、魔法に似て非なる……そして通常の魔法を遥かに超えた強力な力を行使出来るが……。
    「それは……考えても無駄だ。気紛れで町1つ一瞬で滅ぼせる相手が出て来たら……どうしようもない。万が一、「神の力」を持つ者が出て来たら、まずは、どうすれば逃げ切れるかを考えて……次は、こっちに居る「神の力」を持つ者か『護国軍鬼』におでまし願うしかない」
    「あとは……古代種族妖怪系にも、結構、精神操作が効かないのが居た筈……」
    「あ……実際、あたしにも効かない」
     そう答えたビンガーラは「鬼」の血を引いているらしい。ただし、日本における「鬼」と云う概念は、複数のたまたま外見・能力が似ている「古代種族」が混同されたモノで……日本における「鬼」系の二大勢力である西日本に多い「電撃を操る青鬼」と東日本に多い「冷気を操る赤鬼」を除いては「1人1系統」に近い状態……らしい。
    「えっと……あの……私達って……その……」
     私達の話を横で聞いていたTCAから来た少女の顔は……心なしか青冷めていた。
    「残念なお報せだ……。君が今まで思っていたよりも……『精神操作能力者』を殺せる方法はかなり多岐に渡る」
    「発想を変えよう。『精神操作能力者を殺せる奴を見分ける』じゃなくて『単なる人間を護衛する』って考えで行動した方が失敗率を下げられそうだ。敵が、たった1人か2人を殺す為に、人通りが多い所に爆弾撃ち込むような奴でない事を願……後方支援チーム、裏に居る奴は、まだ、特定出来てないの?」
    『残念なお報せだ……。どうやら、TCAの東京派内の複数の派閥が動いてるらしい。圧力をかけたり、交渉をするにしても……どの派閥がリーダー格か……調べるには時間がかかる』
    「どうしたもんかね……」
     どうやら、TCAから来た2人の子供を狙っている連中が……自分達の側に犠牲が一定数出れば諦めるような相手か、それとも自分達の側に犠牲が出れば出るほどヤケクソな手を使ってくるような相手かも、まだ判っていないようだ。
     つまる所、思っていたよりも、八方塞がりの状況らしい。
    シルバー・ローニン(2)『だが、手は有る。この通信を、そこに居る女の子に聞こえるようにしてくれ』
     後方支援チームがそう言った時、あさひが耳に入れていた無線機を外した。
    「ウチの連中がお前に話が有るってさ」
    「えっ?」
    『聞こえるか?』
    「えっと……」
    『すまない。聞こえてるなら、聞こえてると言ってくれ。以後、こちらからの質問は、Yes/No/判らない/すぐに決められない/答えられないが明確に判る答えをしてくれ』
    「わ……わかったわ……」
    『私は、九州7県特殊武装法人監査委員会の者だ』
     TCAから来た少女が答えた途端、無線通信の相手が切り替わった。
     特殊な変換によって、年齢・性別さえ判らないようにされた声。
    「えっ?」
    『レスキュー隊、各地の「御当地ヒーロー」およびそれらに類する団体の活動の監査を行なうべく選挙で選ばれた者が私達だ。ただし……組織の性質上、構成員の個人情報を明かす事は出来ない』
    「そ……それで……?」
    『もし君達に亡命の意志が有るなら、君達を歓迎する。また、君達が大人になった後、TCAに戻る事を選択したなら、その意志も尊重する』
    「え……えっと……その……」
    『君達はTCAの重要人物らしいが、同時にTCA内部の何者かから命を狙われているようだ。君達をTCAに帰せば、我々は救えた命を、みすみす、見捨ててしまう可能性が有る。我々は君達を助けたい。ただし……君達が自分の意志で、命の危険を顧みずにTCAに戻るか、TCAに戻っても無事で済む手段が有るが、その事を我々に明かしていないのなら、この限りではない』
    「も……もし、私が亡命したら、どうなるの?」
    『確実に助けられるかは判らない。しかし、少なくとも君達の命を狙っている者達への抑止力にはなる』
    「ど……どう云う事?」
    『君達が「こちら」に亡命した後に、君達を「こちら」側で殺害すれば、それを行なった勢力は「こちら」側の「御当地ヒーロー」全てを敵に回したのも同じだ。ただし……君達を狙っている者達が、そんな状態になるのを恐れない相手であれば……亡命しても君達の命を狙って来るだろうが……それでも、君達に護衛を付ける事は出来る』
    「向こうに愛着は有るか?」
     私は、TCAから来た少女にそう聞いた……。
     長い沈黙……。
    「わ……判らない……。」
    「君は……君の故郷について何を知っている?」
    「えっ?」
    「実は……私も君と似たような存在モノだ。遠い場所で……人の姿をした道具として作られた。そして……自分が生まれ育った場所の事を……今の君ぐらいの年齢の頃でも、驚くほど何も知らなかった」
    「あのねえ……説得するにしても……もっと巧い嘘を……えっ? 何やってんの?」
     私は掌をナイフで傷付け……だが、その傷は、みるみる内に消える。
     その様子をTCAから来た少女に見せた。
    「私が戦った時に……私の髪の色が変ったのを見た筈だ」
    「えっと……それって良く有る事じゃ……?」
    「調べてみれば判る。高速治癒能力者は多いが……変身なしで、このレベルの高速治癒が行なえる者は、ほぼ居ない筈だ。私は……強化兵士……太古に滅び去ったある『古代種族』を再現した『道具』だ」
    スカーレット・モンク(2)「すいませ〜ん、梅ヶ枝餅、あと二〇個追加で……」
     あたし達は、天満宮の参道の茶店で話の続きをしていた。
    「ねえ……貴方の故郷ってどこで、何が有ったの?」
     TCAから来た女の子は、てるにそう聞いた。
    「その手の個人情報は……」
     うかつに明かせない、と言おうとした時、てるが、あたしを手で制した。
    「私は……第二次大戦でナチスが勝利した平行世界で作られた、ある『神』の器で、たった1人の愛する女性の命を救う為に、自分が生まれた世界を滅ぼしかけた、と言ったら信じるか?」
     ……。
     …………。
     ……………………。
    「そ……その話……ラノベにでもすれば?」
    「実際、やろうとした」
    「へっ?」
    「小説投稿サイトに投稿する前に、知り合いに下読みしてもらったら……ラノベにしては理屈っぽ過ぎると指摘されたのでやめた」
     てるは大真面目な表情かおと口調で、そう答えた。
     この場合、大真面目な表情かおと口調ってのが問題だ。
     瀾師匠がフザけてる時は大真面目な表情かおと口調になる癖が有り……そして、こいつは少なくとも法的には、瀾師匠の養子だ。
    「えっと……」
    「まあいい。私が言った事は、訳有って、地名その他を変えたモノだとでも思ってくれ。ただ、これだけは言える。私に自分の故郷への愛着が有るか? と言われれば……正直、私にも判らない。だが、故郷には、愛する人が居る。そして、清算せねばならぬ負債と、果たさねばならぬ責任が残っている。私は、愛する者を護り、負債を清算し、責任を果たす為の力を得る為に、ここで修行している」
    「じゃあ……その……?」
    「君はTCAに愛着は有るか?」
    「……い……言われてみれば……わ……判らない……。ずっと、TCAしか知らなかった……」
    「TCAに家族は居るのか?」
    「家族は……ま〜君だけ……」
    「TCAに友人や愛する者は居るか? TCAでやり残した事や、やりたい事は有るのか?」
    「……」
    「おい、理詰めの質問をするなら、考える時間をやれよ」
     その時、TCAから来た女の子は、少しだけ微笑んだ。
    「どうした?」
    「何か変……。私……『精神操作能力者』の筈なのに……他の人から説得されかかってるって……」
    スカーレット・モンク(3) だが……次の瞬間……嫌な気配を感じた。
     茶店の入口に男2人に女1人……。
     えっ?
     「こっち」では、もう、女でもスカートをする人は……中年以上だけだ。
     だが……男の1人が……えっと……昔の萌えアニメ風のメイドのコスプレ?
     残りの男1人と女1人は……ほぼ同じ格好。
     モスグリーンのカーゴパンツに、同じ色のTシャツ、そして、黒い革の上着。
     同じ格好だからと言ってもペアルックって訳じゃなさそうだ。
     嫌な感じがしたのは……女だ。
     隠す気もない「悪霊憑き」だ。多少でも霊感が有るなら、何か剣呑ヤバモノに取り憑かれてるのが丸判りだ。
     今はまだ良いが……3〜4年後には、取り憑いてるモノ生命力いのちを吸い付くされるか、脳か体がおかしくなって、「魔法使い」以外にも判り易い言い方をするなら「憑り殺され」るだろう。
     3人は手を懐に差し込み……。
     てるとビンガーラは席から飛び出す。
    「動くな」
    「えっ?」
    「オン・アニチ・マリシエイ・ソワカ」
     私はTCAから来た女の子に簡易式ではあるが「魔法防御」と「隠形」の術をかける。
     そして、3人が拳銃を取り出した次の瞬間……。
    ッ‼ ッ‼」
    「あ、馬鹿、何してる?」
    「えっ?」
    「折角、『気配を消す』呪法をお前にかけたのに、お前が『力』を使ったら、その術の効力が……」
    「で……でも、多少は効いてるみたいよ」
     3人は全員、ビクッとして……。
     メイド服の男は、やがて、何度も首を横に振り……。
    「御坊ちゃま……これだから、貴方は駄目なのです。わたくしが代りに、御坊ちゃまの使命を果たしますわ」
     もう1人の男は、何度も瞬きを続け……。
    「兄ちゃん……やっぱり、兄ちゃんは俺が居なきゃ駄目だな……。兵役に行くのが嫌で『外』に逃亡しやがった弱虫は引っ込んでろ」
     最後の1人の女……。
    「おや? そこの奴は『魔法使い』か? なら、判るだろ?」
     そうだ……「魔法」的な方法で何かを探ろうとする時、探った相手も「魔法」「超能力」に類する力を持つ者か霊的な存在なら……探った事を気付かれる。
     そして、どうやら、女の体に取り憑いていたモノが、表層人格まで支配したようだった。
    「太宰府のレスキュー隊に出動要請を頼む。怪我人が出るかも知れん」
     ビンガーラが後方支援チームに無線連絡。
    「だから、やめてって言ってるでしょッ‼」
     TCAから来た女の子が、再度、精神操作能力を行使。
     3人の体に、再び一瞬の痙攣……。
     しかし……。
    「お……おい、僕のアズサに何をするんだッ‼ 許さないぞっ‼」
    「お……弟のくせに……おおお……俺を馬鹿にしやがって……。お……俺は……長男だぞ……」
     男2人は、また、意味不明な事を言い出し……そして……何かのモノに人格まで支配されていた女は……。
    「あれっ? あっ……」
     どうやら、元の人格が体と脳の制御を取り戻したらしい。
     その時、ビンガーラが何かに気付いたような表情になった。
    「もう一度、同じ事をやってくれ」
    「で……でも……私の……能力ちからが効いてないみたいな……」
     TCAから来た女の子は混乱気味。
     今日だけで、何回も精神操作能力が効かない相手に出喰わし……しかも、どう効かないかのパターンが毎回のように違う。
     よくよく考えたら、この女の子は、たった数時間の内に、何度も「人生初体験の事態」を経験した事になる。
     混乱するのも当然だ。
    「一瞬だけ隙を作ってくれ」
     ビンガーラがそう言ってる最中に、あたし達は、ハンドサインで誰が誰を狙うかを取り決める。
    「わ……判った……。やめなさい、やめて、やめて、やめて」
     自分に向けられたモノじゃないのに、渾身の力を込めているのが判る精神操作。
     3人は再び体を痙攣させ……さっきよりも長い時間だ。
    「我、身命を愛さず、但、無上道を惜しむ」
     てるが「火事場の馬鹿力」を引き出すキーワードを唱える。
     そして、てるの髪は銀色に、瞳の色は琥珀色に変る。
     続いて、ビンガーラの髪が赤く……肌が青く変る。つのこそ無いが……「鬼」の姿だ。
     そして、あたしは丹田に気を溜め……。
     てるの体当りでメイド服の男の体が店の外に吹き飛ばされる。
    「吽ッ‼」
     あたしの「気弾」が悪霊憑きの女に命中。悪霊は消え去り……。
    「ぎゃああああッ‼」
     残る1人は、ビンガーラによって、一瞬にして押さえ込まれ……そして「雷を操る青い鬼」の一族の持つ異能ちからによって、高圧電流を全身に流し込まれる。
    「こ……これって、一体?」
    「次から次へと……面白い手を……考え付きやがるな……」
    シルバー・ローニン(3) 何とか、奴らが1発も銃を撃たない内に鎮圧する事が出来た。
     そして、すぐにやって来たレスキュー隊に後の処理を委託する事になった。
    「1つ疑問なんだが……あんな絵に描いたような『多重人格』って……有り得るのか?」
    「多重人格?」
     しかし、TCAから来た少女は、事態を把握していないらしい。
    「1人は『悪霊憑き』だ。だから、あたしが対処した」
     あさひが、そう説明した。
    「残りのは……多分だけど、普通の解離性障害じゃない……。脳手術か薬物か心理学的な方法かは判んないけど……人工的に、精神医学の知識が無い人達がイメージする『多重人格』そのものの状態にされたんだろ」
     続いてビンガーラ。
    「ちょっと待って……多重人格だと……何で、私の能力が効かない訳?」
    「効いてる」
    「効いてなかったでしょ」
    「一瞬だけ効いてた。だが、すぐに精神操作された人格が引っ込んで別の人格が表に出て来た」
    「そ……そんな……」
    「レスキュー隊がやってる奴らの持ち物検査……良く見ろ」
     その時、あさひが、そう言い出した。
     レスキュー隊は、気絶した3人の持ち物を路面に広げたブルーシートの上に並べ、写真を撮っていた。
    「どうかしたか?」
    携帯電話ブンコPhoneが旧式だ……状況証拠だけど、あいつらもTCAの奴だ」
    「どう云う事だ?」
    「TCAは、多くの国や地域から『テロリストが支配している地域』と見做されてる。なので、最新技術を使った製品モノの『輸出』が制限されてる。そして、あの携帯電話ブンコPhone、全部、5〜6年前の型式のヤツだ」
    「ねえ……私……ずっと、貴方達に護ってもらえる訳じゃないのよね?」
     TCAから来た少女は、不安気にそう訊いてきた。
    「ああ……残念ながら……」
    「えっと……その……さっきの話からすると……貴方、同性愛者?」
    「はぁ?」
    「だ……だから……その……私の側室になって、ずっと、私を護ってくれる……とか……」
     ビンガーラは顔に手を当てて下を向き……あさひは空を見ながら、困ったような表情。
    「ふざけるな」
     私は、わざと冷たい口調で、そう言うしか無かった。
    「でも……その……ラノベだったら……」
    「ここは現実だ。そして、万が一、君が私に特別な感情を抱いているなら……それは単なる吊り橋効果だ」
    「でも……」
    「ああ、判った。お互いに、もう少し大きくなってから、ゆっくり話そう。それまで、何としても君を生き延びさせる。それで良いか?」
    スカーレット・モンク(4)「で……おっちゃんは、どうすんの?」
    「私……あっちに妻子が居るんで帰ります。でも……」
    「おっちゃんだけ帰ったら、エラい事になるんじゃないの? 何なら……あたし達で、おっちゃんのカミさんと子供も救出しても……」
     結局、あの姉弟の姉の方は……こっちに「亡命」する事を決意した。
     首筋に埋め込まれた発信機は、今、レスキュー隊の医者の手で除去されてる最中。
     あたしと、あの姉弟の保護者の芳本とか言うおっちゃんは、太宰府天満宮の池にかかる橋の1つの上で、池を眺めながら……今後の相談をしていた。
    「でもさ……おっちゃんが、あの子達の身の回りの世話とかしてたの? ずっと……」
    「あの御二人の御世話をしてたのは、私だけじゃないですけど……まぁ、私が一番、裕子様には信頼されていた……と思います」
    「あれ? でも……その……あいつら精神操作能力持ってる訳だから……えっと、信頼も何も……あれ? 良く判んないや、他人の心を操れる連中にとっての……他人への信頼って、一体、何なんだ?」
     よくよく考えたら、そうだ。
     この世界には……起源や由来も強弱も使い勝手も全く違う様々な「特異能力」の持ち主が居る。
     そして……中には、持ってるだけで、あたしらとは世界の見え方が丸で違ってしまうような「特異能力」も有る。
     瀾師匠は……あの姉弟の弟の方は……下手した姉以外の人間を、ずっと……自分の一部、自分の手足のように認識してきた可能性を指摘した。
     だとすれば……姉の方も、弟ほど極端じゃないにせよ……あたしには想像も付かない「世界」を見ている可能性が有る。
     例えば、同じ「信頼」と云う言葉を使っても……あいつとあたしじゃ意味が全然違う可能性だってデカい。
    「私……大阪の出身なんですよ」
    「えっ? 奇遇だね、あたしもだよ」
    「一〇年前、『正義の味方』達が、大阪内の精神操作能力に耐性を持つ人達を『外』に亡命させた時、私も家族と一緒に亡命しました」
     ……何てこった……奇遇続きだ……。でも……。
    「じゃあ、何で……その……」
    「自由が有る『こっち』じゃなくて、自由の無いTCAに居たか? ですか?」
    「うん……」
    「どうも……私の精神操作能力への耐性は……生まれ付きの生物学的なモノで、メンタリティや性格のせいじゃないみたいなんです」
    「えっ?」
    「私には……何でもかんでも自分で考え、自分で判断しなきゃいけない『こっち』よりも……上からの命令に従い、周囲の空気に従う……その方が楽だったんです」
     え……えっと……そ……それって……わからない……言われてみれば、あたしの回りの大人は……ずっと、あたしに「自分で考える」訓練をさせ続けた。
     自分の人生は自分で選べ。その結果、あたしが師匠達の元を離れ、師匠達とは違う道を選んでも、師匠達は笑って送り出すだろう。
     いや……あたしが師匠達と違う道を見つけ出すのを望んでるフシさえ有った。
     だから……わからない。そんな人が……上や周囲に従ってしまう傾向が強い人が居るのは、知識では知ってても……そんな人の気持ちを自分の中でシミュレートする事が出来ない。
    「こっちは……たまに来るには心地いいですけど……ずっとは住めません。そして……私の子供も……もう、完全にTCAあっちの人間です。こっちに放り出されて……マトモでいられるとは思えません」
     そ……そんな……。
    「こっちは……楽園ですよ。ただし……自由に耐えられる強い人にとってだけの……」
    シルバー・ローニン(4)「あ〜あ……これで私も『ただの人』かぁ……」
     TCAから来た少女と少年……そして、私は、太宰府天満宮の近くの遊園地のベンチに座っていた。
    「良かったな……昔のイギリスの推理作家の言葉を借りれば……『地上の全ての王を見下』せる立場だ」
     少年の方は……まだ、治療に時間がかかる。強いストレスを与えれば、パニック障害になる可能性が高い。
     仕方あるまい。知らずにやったとは言え……早い話が「神に呪いをかけて、その呪いを返された」ような状態なのだから。
    「ねえ、あれに乗りたい」
     少女が指差したのは……。
    「駄目だ」
    「何で?」
    「水上コースターは傷がある程度治ってからだ」
     この2人は……ついさっき、首筋に埋め込まれていた発信機を摘出したばかりだ。
     それも、埋め込まれていたのは頚動脈のすぐ近く……つまり、素人が下手に摘出しようとすれば、出血多量で死なせかねない場所だ。
    「でも、私、人生初遊園地が、こんな小さいとこなんだよ〜。観覧車もないよ〜な」
    「どっちみち、君の弟は、しばらくストレスをかけられない状態だろう。パニックになった挙句、精神操作能力を暴走させたら洒落じゃ済まない」
     ああ……そう言えば、私も人生初遊園地だ……。
    「そこの博物館に行くか?」
    「え〜、つまんな〜い」
    「じゃあ、参道の土産物屋でも覗いてみるか」
    「おもちゃ買っていい?」
     私は携帯電話ブンコPhoneの画面で電子マネーの残額を確認。
    「……高価たかいのでなければ……」
    シルバー・ローニン(5) 私は……いわゆる「強化兵士」……古代種族「古代天孫族ヴィディヤーダラ日の支族スーリヤ・ヴァンシャ」を再現した存在だ。
     高い記憶力・論理的思考能力・頭の回転の速さ・身体能力・高速治癒能力などと引き換えに、いわば「燃費が悪い」。
     食事の量は常人より多い。
     だが……。
    「どれだけ食う気だ?」
    「だって、育ち盛りだもん」
    「それにしても多過ぎる」
     TCAから来た2人は、露店でとんでもない量のお菓子、焼きそば、タコ焼き、牛肉の串焼き、焼きトウモロコシ、その他、中華料理に韓国料理にエスニック料理を食い続けていた。
    「あなたも食べればいいでしょ」
    菜食主義者ベジタリアンなんでな」
    「え〜、それだと男の人に嫌われるよ〜」
    「同性愛者なんで関係ない。大体、何故、食べ物の好き嫌いが多いと男に嫌われる?」
    「デートの時に行けるお店が無い」
    「安心しろ。私が好きな相手も菜食主義者ベジタリアンだし、今では菜食主義者ベジタリアン向けの店も増えている」
     ……いや……私が故郷に帰った時……私の故郷にはデートに使えるような「レストラン」は残っているのか?
     そして……同性愛者同士のカップルが「デート」など出来る状態にあるのだろうか?
     良い方向か悪い方向かは別にして、これから世の中が大きく変るのが確実な時に、私は故郷を離れ……それ以来、故郷についての情報は……ほぼ入って来ない。
     私が帰った時……私が愛した女性は、まだ生きているのだろうか?
    「すいませ〜ん、梅ヶ枝餅、二〇個」
     あの少女の声が、私を現実に引き戻した。
    「誰か知ってたら、教えて欲しい。精神操作能力者は、食事の量も多いのか?」
    『聞いた事もない』
    「2人合わせて私の5倍は食ってるぞ」
    『育ち盛りなんだろ』
     後方支援チームからは、つれない返事。
    他人ひとの金だと思って……」
    「あ〜あ〜……」
    「あ、ま〜君がアレ欲しいって……」
     そこは……おもちゃを多く置いてある土産物屋だった。
     そして……彼女が指差していたのは……。
    「男の子って、あんなのが好きなんだよね……」
    「女でも好きな人は、いくらでも居るぞ」
    「そうなの?」
    「そうだ」
    「変なの」
     リモコン式の恐竜のロボットだった。
     かなりデカい。
     そして、かなり高価たかい。
    「買ってもらえる?」
    「ちょっと、お金が足りない」
     足りなくは無いが買ったら今月分の小遣いの残額の八〇%近くが消える。
    「え〜……」
    「あ……私が出しときますよ……」
     その声の主は……。
    スカーレット・モンク(5) GPSの位置情報からして、てると2人の子供が居るらしい場所にやってくると、そこは土産物屋で、女の子がてるが結構高価たかそうなおもちゃをねだっていた。
     あたしとおっちゃんは顔を見合せる。
    「あ……私が出しときますよ……」
     おっちゃんがそう言うと、3人は振り向いた。
    「いや……それ……元々、設計しておもちゃ会社に持ち込んだの、あたしの知り合いなんで、何なら……」
    「そうなのか? だ……」
     誰だ、と訊こうとしたらしいてるだったが、途中で重大な事に気付いたようだ。
     あたしら「御当地ヒーロー」は、自分や仲間の個人情報を部外者に明かすのは厳禁だ。
     それどころか……同じ「御当地ヒーロー」でも、チームや担当地域が違う人達は……一体全体、どこの誰なのか、全く知らない。
     まぁ、仕方ない事でもある。
     もし、何者かに「御当地ヒーロー」の関係者が捕まって仲間の情報を吐かされたとする。
     だが、吐けるのは……せいぜい、同じチームの人達の個人情報ぐらい。知らないモノは吐きようがなく……被害は最小限で済む。
    「いえ……いいです。お別れなんで、記念に……」
    「え……お別れって……?」
    「すいません。向こうに家族が居るんで……」
    「あ……あ……」
    「たまには会えますよ……。たまには、こっちに来ます」
    「う……うん。あ……じゃあ、その時は……芳本さんの家族とも……あ……会いたい……な……。あはは……」
    「はい……そうします」
     だが……もう1つ言わねばならない事が有った。
    「すまん。あたし達もお別れだ」
    「えっ?」
    シルバー・ローニン(6)「お……お別れって……?」
    「私達が君達に自分の名前を明かしたか?」
    「あっ……」
    「私達が君達の前でお互いを本名で呼んだ事が有ったか?」
    「あ……あの……でも……どう云う事?」
    「私達は部外者には身元を明かせない。多分……もう2度と会えない」
    「ちょ……ちょっと待ってよ……そ……そんな……」
    「おい、もっと他に言い方有るだろ」
     あさひがそう言ったが……。
    「正直……私もつらいが……これ以上、ここに居ると、もっとつらくなる。そろそろ、レスキュー隊がこの2人を引き取りに来る筈だ。来たら……とっとと、帰るぞ『スカーレット・モンク』」
     そう言って、私は背を向けた。
    「まったく……」
    「あ……あのさ……もし、私が……貴方達みたいな『正義の味方』になったら……また、会えたりする」
    「後方支援要員を目指す事を推奨する。多分……君の能力は……これから……」
    「おい、もっと言い方を考えろ」
     様々な特異能力……そのどれが「役に立つもの」かは……ある意味で社会や状況や時代が決める。
     こっち側では、精神操作能力に耐性を持たない者が増えているなら……彼女の精神操作能力が役に立つ局面は少なくなる一方だろう。
     仮に、有るとするなら……TCAとの「戦争」。
     しかし、そのTCAは……彼女達が生まれ育った場所だ。
     彼女にとって、最もつらい状況でしか役に立たない能力。
    「私……本当に『ただの人』になっちゃたんだね……」
     背中から聞こえるのは……寂しそうな声。
     だが……私は振り向いて、彼女がどんな表情をしているかを確かめる事は……何故か出来なかった。
    スカーレット・モンク(6) あたし達は久留米に帰って来て……水天宮のすぐそばの河原で、夜の筑後川を眺めていた。
    「なぁ、どうよ、女の子にモテモテになった気分は?」
    「ちゃかすな。そもそも、1人にしか想いを寄せられなかったのに『モテモテ』と云うのは、日本語として変では無いのか?」
     てるは恐しく糞真面目な口調。
    「……正直、戸惑っている。ずっと……1人の女性の事を思い続ける余り……自分が他の誰かに想いを寄せられる可能性など、考慮した事も無かった」
    「案外、それがモテた理由だったりしてな」
    「何の事だ?」
    「モテたいって気持ちがダダ漏れのキモい奴を好きになる人間なんて居ると思うか?」
    「非論理的だ。ちゃんと高校に通ってるのなら、数学の教科書を開いて、集合論のページを一〇〇回読み直せ」
    「はあっ?」
    「一般的に言って、ある命題が真か偽かと、その命題の裏命題や逆命題が真か偽かの間には、関連性など無い」
    「意味判んね。二〇世紀の古臭ふるくせえSF映画に出て来る『それは非論理的ですぅ〜』が口癖のアンドロイドだって、もっと、判り易い言い方をするぞ」
    「『モテたい気持ちがダダ漏れの者はモテない』と云う仮説が正しいとしても、『モテたいと思っているようには見えない者がモテる』と云う仮説が正しいかは別問題だ」
    「最初から、そう言えよ……」
     いつの間にか、話のネタも尽き……あたし達は、ぽけ〜っと座り続けていた。
     やがて……。
    「すまん、今日は、瀾師匠の家に泊まる。送ってくれ」
     てるが立ち上がって、そう言った。
    「いいけど……ここからなら、お前んと瀾師匠んまで、そんなに距離違わね〜ぞ」
    「このコート、瀾師匠からの借り物だ。ついでに返す」
     そう言って、てるは自分が着ている上着を指差した。
    スカーレット・モンク(7)「おい、レスキュー隊から呼び出しだ」
     あれから約一週間後の休日の朝の七時前に、親代りのひなた師匠があたしを叩き起すと、そう告げた。
    「えっ……えっと、どう云う事ですか? じゃあ、レスキュー隊の……」
    久留米ここの支部じゃねえ。太宰府支部だ。あと、レスキュー隊の支部に出頭しろ、と言って来た訳でもね〜ぞ」
    「はぁっ?」
    「朝一〇時までに『シルバー・ローニン』と一緒にJRの博多駅に来いってさ」
     そうか……その手が有ったか……。
     あの姉弟は、レスキュー隊太宰府支部が保護して……今、たしか「こっち」で暮す為の基礎訓練の最中の筈だ。
     あれでお別れの筈だったが……レスキュー隊とあたしら「御当地ヒーロー」の間の連絡網を使えば……あたしらを呼び出す事も不可能じゃない。
    「誰ですか、余計な知恵付けたのは?」
    「えっ? 言ってなかったか?」
    「何をですか?」
    「太宰府のレスキュー隊に居る精神操作解除が専門の『魔法使い』だけど……2人とも、私や瀾と知り合いだ」
    「なるほど……道理で、瀾師匠が名指しで指名したんですね……」
    「つか、紅林くればやしの方は、『御当地ヒーロー』と『レスキュー隊』の組織ネットワークが分かれる以前は……ウチの前身である『世界の守護者ローカ・パーラ・久留米支部』に所属してた。その紅林くればやしも一緒だ」
    「はぁ……」
    「だから……何か現場で剣呑ヤバい事になったら、紅林あいつの指示に従え。紅林あいつは『御当地ヒーロー』としては、お前らの先輩でもある」
    「やっぱ……何か剣呑ヤバいが起きてんですか?」
    「ニュースもちゃんとチェックしろ。子供とは言え、TCAのVIP様がこっちに亡命したんだぞ。TCAの政治勢力は……たった1週間で大きく変った」
    シルバー・ローニン(7) あさひとは博多駅で合流した。
    「あれ……例のコート、今回は借りれなかったの?」
    「今日の朝に急に言われたんでな」
     しかし……。
    「だが、部外者と我々が過度に関わるのはマズくないのか?」
    「でもさ、普通の人間と、何の接点も無い奴らが……普通の人間を助ける人間に成るのは難しいんじゃね〜かな?」
     そうかも知れない。
     だが、いつか私が戻る「故郷」での「普通」は、「ここ」では「異常」であり、逆もまた然り。
     そして、私は「故郷」の常識すら十分に知らぬ内に、何から何までが違う「ここ」に来てしまった。
     たった1つの価値観だけが社会を支配する状態を理想とする「故郷」から、人によって「当り前」が違うのが「当り前」である「ここ」に。
    あさひは……」
    「何だ?」
    「変な事を訊くが……あさひは、学校の同級生とは仲が良いのか?」
    「まぁ……普通かな?」
    「私も学校に行ってみるか……『御当地ヒーロー』になるにも、部外者との関係が必要ならば……そうした方が良いかも知れん……」
    「あのな、友達なんて、そんな損得や理詰めで作るモノじゃね〜だろ」
    「お〜い♪」
     その時、一週間ぶりに聞いた……その声がした。
    スカーレット・モンク(8) 声のした方向に居たのは……あの時の姉弟と……そして、太宰府のレスキュー隊の眼鏡の女の人だった。
     とは言っても、あの時とは違ってラフな格好。
     ……だが、羽織っているデニム地のコートには「防御魔法」。系統は……近代西洋オカルティズム系……って、マズい。
     「魔法使い」同士では、あまり相手を魔法的な方法で探るのは……「お行儀が良くない」事とされてる……みたいだ。人によって違うけど。
     とは言え、喧嘩を売られた訳でもないのに、やるべきじゃない事を、多分、あたしよりも技量うでが上の「魔法使い」にやるところだった。
     肝心の姉弟のうち、弟の方は、姉の後ろに隠れるようにして……まだ、不安気な表情。
    「よう、一気に今っぽい格好になったな」
    「え〜、でも、私はスカートの方がいいんだけど……こっちで買うと高価たかいのしか無いから……」
    「たった一週間で、ちゃんと金銭感覚を身に付けたようだな。次に私が何かおごる時には、その金銭感覚を発揮してくれ」
     あたしとてるとの3人での他愛のない会話。
    「で、こっちの学校へは、いつから行くんだ?」
    「もう少し、こちらでの社会常識の訓練をしてからですね。裕子さんは、来月中には編入出来そうですが……」
     レスキュー隊の紅林さんが、そう説明する。
    「あの……ウチの後方支援チームの、例の仮説は……」
    「概ね正しいと思われます。真仁まひとさんは……今まで周囲の大半の人達を『他者』と認識していなかった。でも、こっちには精神操作能力への耐性を持っている人達が沢山居る。特に2人を……保護しているレスキュー隊にはね」
    「治療の方は?」
    「他人を『精神操作』しようとして『呪詛返し』をされた状態ですが……『呪詛返し』を解くよりも、通常の鬱やパニック障害の治療法を適用した方が良さそうだ、と云う結論になりました」
    「で、今日は……どうしたんだ?」
    「芳本さんが、こっちに来るって連絡が有って」
    「でも、たった一週間で……」
     いや、この一週間で……TCAの方ではデカい政変が起きてるらしい。
     なのに、こっちに来る?
     亡命か?
     それとも……。
    「連絡って、どうやって?」
    「連絡用に一時的なメールアドレスを教えておきました」
     電子メールは瀾師匠やひなた師匠が、今のあたしぐらいの頃には既に「その内すたれる」とか言われてたらしいけど……それでも未だに「大概の人間が使えるネット経由の通信手段」だ。
    「そろそろ着く頃……あれ? どうしたの?」
     その時、嫌な感じが……その「嫌な感じ」の発生源は……電車のホームの辺り……そして……。
     人間の「気」ではある。
     それも「気」を操る訓練をした事が有る者に特有な「パターン」の……。
     魔法使い……。かなり強力……。しかし……その「強い霊力」は……そうか……「嫌な感じ」はこれか……。
     「気」を操る訓練をした事が有るのに、その「気」がダダ漏れ……。
     何かの方法……それも、あんまり「良くない」方法で、自分の「気」「霊力」を自分でもコントロール困難なレベルまで「底上げ」した「魔法使い」が……今、この博多駅で電車から降りたらしい。
    シルバー・ローニン(8)「どうした?」
     あさひとレスキュー隊太宰府支局の「魔法使い」は……厳しい表情。
     そして……あの姉弟は……何か不安気な表情。
    「あ〜、あ〜、あ〜……」
     霊感もほぼゼロで、超能力者で「魔法使い」でもない私でさえ感じられる……凄まじい「精神支配」。
     来るな。来るな。帰れ。帰れ。近付くな。
     何者かに対する凄まじい拒絶。
    剣呑やべえのが……来てる……」
    「どんな奴だ?」
    「あたしらの同業者……」
    「じゃあ、何故、この2人にも、それが判った?」
    「『魔法』と『超能力』は原理は同じ。学習や訓練で身に付けたのが『魔法』で、生まれ付きの能力なのが『超能力』。『魔法使い』でも剣呑やべえ超能力者は検知出来るし……超能力者も剣呑やべえ『魔法使い』は検知出来る」
     そして……。
     私を除く4人は視線を一点に向ける。
     そこには……改札を通ろうとしているフード付のコートの男。
     顔は……フードで良く見えない。眼鏡をかけた……ぱっと見は六〇歳以上……。
     そして、その男は何かをブツブツ呟きながら改札を出ると……私達の方を見た。
     そうか。
     あの男がかけているのは……眼鏡ではなく、眼鏡によく似た別のモノ。
     眼鏡型の携帯端末で誰かと話していたか、端末を音声で操作していたのだろう。
     そして……男は頭からフードを……待て……何だ、あれは?
     使
     それも……なのか……?
    スカーレット・モンク(9) フードで顔を隠した悪の魔法使い……とだけ言えば、大概のヤツが黒一色の姿を思い浮かべるだろう。
     だが……そいつが着ていたのは、何かの魔法がかかってるのは確かだが、サラリーマンが背広の上に羽織っても違和感が無いベージュ色のコートで、ズボンもシャツもスニーカーも……黒っぽい色じゃない。
     あくまで、普通。
     あくまで、一般人。
     そんな感じの服装だった。
     そして、そいつは……フードを頭から外すと……。
     何だ、ありゃ?
     そうだ……あたしも最初は油断してた。
     こいつがあの2人を狙ってる殺し屋だとしても、多分、その「殺し屋」を派遣したのは「『魔法使い』には精神操作能力が効きにくい」ってのを知識では知ってても、その理由までは知らない阿呆だと。
     「魔法使い」に精神操作能力が効きにくいのは、ほとんどの「魔法使い」が基礎訓練の段階で「自分の心を制御する」方法を身に付けさせられる為。
     だが……こいつは、自分の「魔力」をダダ漏れさせていた。「魔力」をコントロール出来ないって事は、何かの理由で、自分の心をコントロール出来なくなった可能性が高い。
     いや、下手したら……「魔法使い」にも関わらず精神操作が効くかも知れない。
     けど……。
     ここに居る2人の精神操作能力者の「来るな、帰れ、近付くな」と云う強力な「精神操作」を受けてるのに、平然と近付いて来るのを見て、戦わずに殺し屋を撤退させる事が出来るかも……そんな甘い考えは……捨てざるを得なくなった。
    「紫の……女司祭プリーティス……なのか?」
     ん?
     男は……変な名前を口にした。多分……欧米系の流派の「魔法使い」の「魔術師名」。
    「い……生きてたの?」
     そう口にしたのは、レスキュー隊太宰府支部の「魔法使い」。
    「し……知り合い……なの?」
    「同じ流派の先輩よ。ただ……十五年ぐらい前に、ある組織に拉致され……見付かった時には大量の違法薬物を投与されていた」
    「そうだったな……そう言や……あの時の若造はどうしてる? あの……お前が惚れてた小僧だよ……」
    「もう居ない。どこに行ったかも判らない」
    「そうか……どこかで野垂れ死んでいる事を祈る事にするか……」
     2人が言葉を交すたびに……嫌な感じが強まる。
     どこからともなく……不協和音が響くような……。
     そして……は……規則性が全くつかめない謎の点滅を繰り返していた。
    博多区ここの『御当地ヒーロー』チームとレスキュー隊に支援を要請して。そして、この2人を連れて逃げて」
    了解Affirm
     そして……2人の「使い魔」らしい、紫色のサーベルタイガーと赤い鳥が現われ戦いを始めた。
    シルバー・ローニン(9)「何が起きてるんだ?」
    「い……一応、あの変なピカピカ頭が呼び出した悪霊どもは『逆隠形結界』に閉じ込められてる」
    「その何とか結界って、どれ位持つの?」
    「あと、『悪霊ども』って、何故、複数形なのだ?」
     裕子……TCAから亡命した姉弟の姉の方と私は逃げながらあさひに質問。
    「どれ位持つかは判らん……あと……ピカピカ頭が呼び出した悪霊の数だけど……判らん……」
    「何で、どっちも判んないのよッ?」
    「悪霊の個体数は……凄く多い」
    「だから、何がどうなってる?」
    「あのピカピカ頭……ここら辺の半径数百mを……一般人が立入ると即死レベルの心霊災害地帯に変える級の『魔法』を使いやがったんだ」
    「って、ここ、繁華街のド真ん中でしょッ?」
     もし、奴が、この姉弟を狙っているのなら……一番、狂っているが、一番、確実な方法だ……。
     どんな強力な「特異能力者」でも……下手をすれば「特異能力者の中の更に例外級の化物」である「神の力を持つ者」であっても……確実に苦戦し……かなりの確率で殺されるような相手が居る。
     そして、そんな真似が出来るのは……何の特異能力も持たぬ人間であるかも知れない。
     化物を殺せる化物……それは「特定の1人か2人の人間を殺す為なら、何万人が巻き込まれて死んでも知った事か」……そう云う思考が出来る人間の屑だ。
     どうやら……この姉弟を狙っている者は……外道だが後先を考えない馬鹿だ……。
     そして、権威主義的・中央集権的な政治体制の地域では、往々にして「外道だが後先を考えない馬鹿」が権力を握る。
     私達が博多駅の外に出た頃には……あさひが呼んだレスキュー隊が到着して一般人の避難誘導をしていた。
    スカーレット・モンク(10)「あの人が……違法薬物クスリ漬けにされて発見されてからの事は良く知らない。ただ……違法薬物の依存症になった『魔法使い』の中には『魔力』量が、それまでの数倍になる代りに……」
    「えっと、おかしくなるって事ですか?」
     あたしは自分の頭を指差してそう言った。
    「他に言い方が有るような気もするけど、早い話がそう云う事」
     あたしが呼んだレスキュー隊と博多区の「御当地ヒーロー」は5分ほどで到着。
     あのピカピカ頭の脳改造魔法使いが呼んだ悪霊は……。
    「ねえ、あれ本当に見えないの?」
    「見えない」
    「何か、変な気配だけは感じられる」
     博多区ここの御当地ヒーローの中の「魔法使い」系の人が呼び出した……ええっと、常人にはかなり危険ヤバい影響を与える「気」で構成されてるんで一般的には「悪霊」なんだろうが……ともかく、バカデカい悪霊が、ピカピカ頭が召喚した大量の悪霊達をムシャムシャ食って「掃除」していた。
     しかし、その光景は、あたしら「魔法使い」系以外には見えないみたいで……てる達は「お宝映像」を見逃す事になった。
     子供2人を殺す為なら、無関係な人間がどれだけ巻き込まれても知った事か……と云う頭の悪い作戦は……あっと云う間に失敗した。
    「なあ……お前もさ……あたしと同じ勘違いしてなかった? 頭のいい奴のやる事は予想が付かないけど、馬鹿がやる事は予想が付くって」
    「ああ……勘違いを思い知った」
    「でも……実際は……頭がいい敵なら、何するか逆に予想付くけど……」
    「どこの誰かは知らんが……自分が内部の権力闘争に勝利出来るなら、外部と戦争になるのもいとわない本物の阿呆が、今回の敵か……。勘弁してくれ………」
    「あの……やっぱり、芳本さんがTCAの東京派の誰かに脅されるとかして……私達をここに誘き寄せたとか思ってるの?」
    「それ以外の何だってんだよッ⁉」
    「じゃ……じゃあ、その……」
     裕子は携帯電話ブンコPhoneの画面をあたし達に見せた。
    「どう考えても罠だ」
    「どう考えても、お前らを狙ってる奴らの『プランB』だ」
    「残念ですが、このまま太宰府に帰りますよ」
    「え〜、でも、行ってみるだけ……」
    「駄目」
    「何か有ったら、どうするんだ?」
    「何か有ったけど、簡単に解決したじゃない」
     ともかく、その携帯電話ブンコPhoneの画面に書かれてるメールには……。
    『すいません、特急電車に乗り遅れたので高速バスで来ます。昼頃に博多駅のバスターミナルに到着予定です』
    シルバー・ローニン(10)「行かせん、行かせん、絶対に行かせんッ‼」
    「行く、行く、行く、絶対に行くッ‼」
     数十分の言い合いの後……裕子はとんでもない解決策を思い付いたようだ。
     こちらでは精神操作能力への耐性も持つ者が年々多くなっている。
     「
     つまり、こちら側にも精神操作能力への耐性を持っていない人達も、まだ少なからず居る。
     私達は、そんな人達に阻まれて……裕子達から引き離された。
    「あ……あの野郎……悪党の素質有るぞ……」
     単に操られているだけの一般人に過ぎず、下手に傷付ける訳にはいかない……そんな人達への対処に手間取ってる間に……裕子達は高速バスのターミナルへ悠々と向っていった。
    「手が空いている人居たら、今、送った映像の児童2名。至急、保護願います。精神操作能力を持っている為、御注意願います。博多駅の高速バスターミナルに向かっています」
     レスキュー隊太宰府支部の紅林氏が、まだ付近に残っている可能性が有る地元博多区の「御当地ヒーロー」に協力要請。
    『おい、何としても、あの2人を止めろ。絶対に殺されるぞ』
     その時、瀾師匠から無線通信で緊急連絡。
    「どうしたんですか、一体?」
     あさひがそう返答。
    『筑豊TCA発、博多駅着の高速バスで1つ変なのが有る。筑豊TCA側のWebサイトでは、今日は臨時欠便になってるのに……こっち側のWebサイトでは、もうすぐ到着予定になってる』
     マズい……完全にマズい……。
    「我、身命を愛さず、ただ無上道を惜しむ」
     私は「火事場の馬鹿力」を引き出す自己暗示キーワードを唱え……。
    「この人達の手当を頼む」
    「おい……ッ‼」
     私は裕子に精神操作された人達を撥ね除け……走る、走る、走り続けた。
     もう既に裕子達は……高速バスターミナル内だ。
    「問題のバスの見分け方は有るか?」
    「筑豊TCA発・博多駅着・第一八便だ」
     建物内の大型モニタの表示を確認……問題の筑豊TCA発のバスが到着するのは……マズい、もう到着しているのか……。
     エスカレーターと階段……多分、階段の方が早い。
     全身の筋肉が痛む。
     自分の力で筋肉が破壊される痛みと……破壊された筋肉が瞬時に再生する痛み……。
    「えっ⁉」
     階段の横のエスカレーターに裕子達が居た。
    「行くなら……私が安全を確認した後に行けッ‼」
     だが、既に問題のバスが到着している階だ……。
     バスから降りているのは……男が5人だけ?
     1人は……あの日の男性……芳本氏だ。
     何故かブカブカのコート。
     そして他の4人は……黒っぽい色の背広にサングラス姿で統一。
     しかも、全員が大きさも外見も色もほぼ同じ丈夫そうな布で出来た布バッグ。
     その4人は……裕子達の方を見ると……一斉にバッグを開け……中から……。
     奴らが短機関銃を取り出した時、既に、私は奴らのすぐそばに居た。
     次の瞬間、その内、2人の顔面に窪みが生じる。
     和服の羽織を模した上着の袖……その中に隠していたおもり……。
     上着の袖を振る事で、そのおもりで、2人の男の顔面を殴打したのだ。
     残る2人の内、1人の喉に貫手。
     だが、最後の1人が……短機関銃を乱射し始め……間に合ってくれ……ッ‼
    シルバー・ローニン(11)「あ……あの……私達……こっちに居るだけで、えっと……その……無関係な人達を……」
     裕子と真仁は何とか無事だった。
     しかし……この階には他にも無関係な人達が居た……。
    「君達が……巻き込まれた人達の立場なら……恨むのは誰かに狙われた者か? それとも殺し屋を派遣した者か?」
    「で……でも……」
    「す……すまん……それより……もう体が動かない……早急にエネルギー補給が必要だ」
    「えっ?」
     怪我人は出たが……既にバスターミナルの職員達が来て応急処置を行なっていた。
     微かだが……救急車のサイレンの音も聞こえる。
    「何か……甘い飲み物を買って来てくれ……五〇〇㎖入りのを2つほど……」
    「う……うん……今日は、私のおごりだね」
    「ああ……」
    「じゃあ、ちょっとの間、ま〜くんをお願い」
    「了解した」
     そして……私は芳本氏を見た。
    「事情を説明してくれ……何が起きてる……」
    「時間が……かかります……」
    「かまわない、ゆっくり聞こう……」
    「その時間が無いんです……」
     そう言って、芳本氏はコートを脱ぎ……。
    「えっ?」
    「あのさ、適当に買ってきたけど、これでいい……えっ?」
    「逃げろ……弟を連れて……逃げろ……」
     芳本氏の体には……頑丈そうな金属製のベルトが巻き付けられ……そのベルトには更にいくつもの……爆弾……なのか?。
     起爆装置らしき電子機器のランプは既に赤く点滅を始めており……。
    「早く……逃げろ……私の事はどうでもいい。君と……君の弟の安全だけを最優先に考えろ……」
     私の理性は……私の喉に絶叫しろと命じている。
     しかし、私の喉から出るのは……自分でも恐怖に囚われているのが判る声……。
     良かった……今、力尽きていて……下手に余力が有ったら……どんな醜態を晒していただろう……。
     すまない……ミリセント……君の元には戻れそうにない……。
    「す……すいません……裕子様と真仁様を殺さなければ……その……私の妻と子供が……」
    「そっか……じゃあ……仕方ないかな……」
    「お……おい……何を言ってる?」
     だが……真仁も裕子の声にうなづき……。
    「お願い、この人を連れて……そして……早く逃げて……」
    「待て……何を……」
     精神操作だ……。
     誰かが私の体を持ち上げ……。
    「ま〜くん、あのお姉さんに……最後のお別れをしようね……」
    「あ……り……が……と……う……。た……の……し……か……っ……た」
     ふざけるなッ‼
     怒り……。
     何に向けられているのか、自分でも判らない怒り……。
     しかし、恐怖を一瞬で吹き飛ばした、これまでの人生で感じた最も激しい怒りでさえも……力尽きた私の体を動かすには足りなかった。
    便所のドア Link Message Mute
    2022/03/18 0:37:09

    第三章:Do the right thing

    何とか、2人の「人造天皇」候補の命を護る事に成功した新米ヒーローコンビ。
    だが、なりふり構わない「敵」は、ついに百万都市の中心部でテロを起し……。
    #伝奇 #異能力バトル #ヒーロー #パワードスーツ

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