1・堕ちた神と同胞(はらから)たちの話「そりゃねぇですよジルカースの旦那!」
「それはこちらの台詞だ、取り分は執行者の俺が7割と言う契約だったはずだぞ、間違いなく報酬は戴いていく」
後暗い裏稼業に身を置くようになったのは、俺がこの世界に降りてきてからだった。
金のためならどんな人間も手にかける者、最下層の困窮した人間たちなど、底辺の暮らしぶりがよく解るという点において、ここを選んだ理由は他にない。
人間の暮らしぶりは興味深かった。
飯も宿もなく飢えた子に情けをかける者も居れば、わが子以外は素知らぬ振りで通り過ぎていく者もいた。
「食うか」
報酬金で買った林檎を放ってやると、子供は飛びつくように受け取って夢中で食べていた。
誰かを殺して手に入れた金で、誰かを助ける。
それは矛盾しているようで、一種の贖罪のようにも思えた。
贖罪する神など俺には居ないが、人間はきっとこんな形で罪を犯し犯され、また一方で人を助け助けられ、生きているのかもしれない。
どこで監視しているとも分からない神を思って、過ちと善行を重ねるのだ。
「旦那、また難しい事考えてます?」
話しかけて来たのは相棒のキスクだ。
いつもへらへらしていて周りの空気を馬鹿のように緩くしていく。
おかげで賑やかさには事欠かないが、こいつの寝相は最悪で夜中に拳や踵で何度も叩き起される、困ったものだ。
「お前も相棒を名乗るならば少しは現実的な事を考えて欲しいものだな」
「考えてますよ!それとも次の一件は俺に舵取らせてくれたっていんですよ!これでも昔は帝国で騎士団長やってたくらいなんで」
「暗殺術に役立つかは兎も角、作戦を練る上では少しは戦略案のひとつになるかもしれんな」
こいつは元々、戦場で瀕死だった所に俺の力の一滴を分け与えて、不老不死の力を与えたのが関係の始まりだった。
そうだ、俺がなんだかんだとこいつがうざったく感じているのに突き放さないのは、こいつに不老不死の力を分け与えてしまった、という罪の意識からくる贖罪なのだ。
(神など居ないと知っているのに贖罪か)
もしかすると、人が罪を感じて自ら罪滅ぼしをするのも、神の存在を恐れての事ではなく、ただ己の中の良心が痛む故にそうするのかもしれない。
だとするなら人の心に住む者こそ神といえるのだろうか。
”それでも、俺の心の神と言える存在など”
「……なんだ写真機なんぞ持って」
「また難しい顔してたから笑わせてみようかと思って。旦那の笑顔の写真とか寝顔の写真とか、意外と女に売れるんだよな、物好きもいたもんだよ〜」
どこから突っ込めばいいか分からなかったので、とりあえず一発ぶん殴って写真機のフィルムは抜いておいた。
「ひとまず宿を探すぞ」
「おれのヘソクリがぁ……」
大人しくしてればいい男なのに、と愚痴るキスクの言葉を聞き流し、俺たちは今晩の宿屋を探しに向かった。
***
「ライ、おいで」
名を呼べばすぐ身近にやってくる私の愛犬、私のために両親が残してくれた唯一の家族。
(あの方の声が聞こえなくなって一年か)
礼拝を済ませるといつも思い出すのは懐かしいあの方の声。
私の家は代々国と神に仕え尽くす、神官と神子の家系だった。
水鏡に写った影を依代に、一年前までは滞りなくあの方からの神託を受け取ることが出来ていた。
けれど丁度一年前から、水鏡には黒い靄と血の色が滲むのみとなり、その声はぱったりと聞こえなくなっていた。
軍議にも生かされてきた神託が無くなり、国のお偉方はこぞって私たちに何とかせよと急かした。しかしこちら(人間)の都合で神がどうこうできるものではない。
(神にも死期などあるのかしら、あるいは神が私たちを見捨てたのか)
我が国の内紛はかれこれ百年もの間続いて来ていた。
神に人間を憂う気持ちがあるのかどうか、定かではないけれど、百年あまりの間争い続けるさまは人間本人ですらうんざりする行為には違いない。
(確か最後の神託は”すまない”だったか)
神が人間に謝罪して姿を消す。その詳細な顛末は誰にも知られることの無いまま。
けれど謝ったという事は、神はどこか人間に対して申し訳ないという思いがあったのではなかろうか。
百年もの間、争いを停められなかったこと。
その中で人間の命を無下に失わせてしまったこと。
神としての力の至らなさを謝罪したのではないか。
あくまで仮定になってしまうけれど。
(神もお可哀想な存在ね、散々人間に期待され利用され……今となっては国家反逆の罪をも着せられようとしている、人間の分際で傲慢とは思わないのかしら)
国家反逆罪に問われているのは、神子である私も同じことであるので他人事では無かった。
(私が幼い頃から水鏡越しによく話して下さった、なのに最後の言葉は”すまない”と、この花一輪だけ)
澄んだ水辺に咲く雪色の小花、花言葉は”生きてください”
(神はこれだけ争いを辞めない人間にすら生きてと願うのね)
神と国に永らく仕えた私だけれど、このままみすみす濡れ衣を着せられ死んでやる義理もない。
水鏡の盆と生活物資を小綺麗にまとめると、私たちは闇夜に紛れて国から亡命した。
***
アイラ・ソルティードック、彼女の名を知らない賞金稼ぎは居ない。
子飼いの少年少女の精鋭部下たちを引き連れ、どこからともなく現れると、賞金首をあっという間に仕留めてしまう。
その金は彼女の育った孤児院に流れているという噂もあり、また売られた子供らを奴隷商人から買い戻すために使われているとも噂されている。
不遇な環境に育った子供たちにとっては、まさに正義のヒーローの様な存在だった。
「聞いてねぇぞ!ソルティードックがこんなに若い女な訳がねぇ!」
「子供たちを子飼いで訓練させてるんだ、もっと歳の行った……」
皆まで言う前に、男の耳を掠めてナイフが投げられ、背にした壁に垂直に突き刺さった。
「誰がババァだって?もう一回言ってみな、ぶち殺すよ」
「ババァとは言ってねぇだろ!」
そう言い合う間にも、子供たちは特別な格闘術でも叩き込まれているのか、じりじりと賞金首二人を囲い込み追い詰めていく。
「きたよ、美味しいチャンスタイムだ、捕まえな!」
日付が変わって賞金が跳ね上がるタイミングを待っていたかのように、アイラの号令が飛ぶ。賞金首たちは奮闘虚しく子供たちの軍勢にお縄になった。
「さァて、このまま政府機関に直行したいとこだけど……どこぞで亡命騒ぎがあったらしくてね、お偉方がギスギスしてるそうだ、鉢合わせたくないもんだねぇ」
「……?そんな機密的な話、いくら賞金稼ぎといえど易々と手に入る訳……」
その時、後ろ手に縛られた賞金首のひとりがアイラの肩にある刺青に気付く。それはこの国に古くから伝わる、特殊部隊長にのみ許された旗印だった。
(……ソルティードックは元特殊部隊長の女だったってことか……?だが、この国にはもう長いこと女の部隊員は出ていなかったはず……)
視線が合い、賞金首の考えに気付いたらしきアイラはそっと口元に人差し指を添えた。
「女には語れぬ秘密の一つや二つ、あるものさ」