朽木九区の由来そもそも朽木市とは? みなさん、お疲れさまです。
お世話になっております、わたしは
朽木桜斎と申す者でございます。
朽木市とはそもそも、投稿中の拙作「桜の朽木に虫の這うこと」の舞台となる、架空の街の名前でございます。
名称はそのまま、筆名から取りました。
朽木市は上記小説の中で、「京の都を模して整備された」と紹介しています。
「碁盤の目」状のその街は、以下の九つのブロックから構成されています。
左下から時計回りに
・
蛮頭寺区(南西の方)
・
六車輪区(西の方)
・
斑曲輪区(北西の方)
・
御石神区(北の方)
・
美香星区(北東の方)
・
黒水区(東の方)
・
百色区(南東の方)
・
坊松区(南の方)
・
朔良区(中心)
となります。
スピンオフといえばそうですが、小説とは別にお楽しみいただけるよう、配慮いたします。
それでは順番に、語ってまいりましょう。
おらが朽木の足もとに ~ 朽木市に伝承する童唄※作者から
本編におけるネタバレを
多分に
含みますので、じゅうぶんにご
留意ください。
YouTubeとニコニコ動画に、曲をつけたものを公開しておりますので、リンクを添付しておきます。
おらが朽木の足もとに(YouTube)
おらが朽木の足もとに(ニコニコ動画)
*
おらが
朽木の
足もとに ~
朽木市に
伝承する
童唄
一
おらが
朽木の
足もとに
地虫が
九匹這いよって
はじめの
地虫の
言うことにゃ
おらが
根っこは
万宝寺
八面和尚のいぬること
すぐさま
北は
奥原の
あの
大槐に
知らせねば
槐翁御爺に知らせねば
二
おらが
朽木の
足もとに
地虫が
九匹這いよって
次の
地虫の
言うことにゃ
おらが
根っこは
奥原の
槐翁御爺に
聞いたこと
すぐさま
北は
打鞍の
あの
鬼童に
知らせねば
鬼熊童子に
知らせねば
三
おらが
朽木の
足もとに
地虫が
九匹這いよって
次の
地虫の
言うことにゃ
おらが
根っこは
打鞍の
鬼熊童子に
聞いたこと
すぐさま
東は
石神の
あの
化燈籠に
知らせねば
厨子王丸に
知らせねば
四
おらが
朽木の
足もとに
地虫が
九匹這いよって
次の
地虫の
言うことにゃ
おらが
根っこは
石神の
厨子王丸に
聞いたこと
すぐさま
東は
三日干の
あの
山蛭に
知らせねば
大鎚御前に
知らせねば
五
おらが
朽木の
足もとに
地虫が
九匹這いよって
次の
地虫の
言うことにゃ
おらが
根っこは
三日干の
大鎚御前に
聞いたこと
すぐさま
南は
清水の
あの
大蟹に
知らせねば
嘉十郎に
知らせねば
六
おらが
朽木の
足もとに
地虫が
九匹這いよって
次の
地虫の
言うことにゃ
おらが
根っこは
清水の
嘉十郎に
聞いたこと
すぐさま
南は
一色の
あの
蛞蝓に
知らせねば
邪魅太夫に
知らせねば
七
おらが
朽木の
足もとに
地虫が
九匹這いよって
次の
地虫の
言うことにゃ
おらが
根っこは
一色の
邪魅太夫に
聞いたこと
すぐさま
西は
二本松
あの
山椒魚に
知らせねば
外法坊に
知らせねば
八
おらが
朽木の
足もとに
地虫が
九匹這いよって
次の
地虫の
言うことにゃ
おらが
根っこは
二本松
外法坊に
聞いたこと
すぐさま
北は
佐倉殿
あの
赤躑躅に
知らせねば
閻魔躑躅に
知らせねば
九
おらが
朽木の
足もとに
地虫が
九匹這いよって
最後の
地虫の
言うことにゃ
おらが
根っこは
佐倉殿
閻魔躑躅に
聞いたこと
ああ 知らせねば 知らせねば
御方様に
知らせねば
魔王桜の
方様に
蛮頭寺(ばんとうじ)の由来 今は昔のことでございます。
武蔵国の西方に、山で囲まれた広い盆地があって、その一角に、小さな農村がございました。
この村の高台には、万宝寺という古いお寺が建っていて、山の中腹から、いつも村人たちの様子を見守っておりました。
初夏のある夜更けのことでございます。
和尚さんがいつものように、燭台に灯をともして、お経を唱えておりました。
すると、誰かお堂の戸を叩く者があります。
「こんな夜中に、いま時分」
和尚さんが障子を開けると、そこには年の頃三十ばかりの、剃髪して黒い衣をまとった若い入道が、その麗しい顔にやさしい眼差しで立っているではありませんか。
驚いた和尚さんは、すぐにその若い入道を中に招き入れ、お茶などふまって、ことのあらましを彼にたずねました。
なんでもその入道は、どうしても知りたいことがあって、ずいぶん長いこと、旅を続けているというのです。
「いったい何を、おたずねでしょうか?」
和尚さんがいぶかってそう聞くと、若い入道は次のように口走ったのでございます。
「……地を這う姿は地虫であり、天を目指すは鳥のごとく、ほえる様子は獣のよう、とはこれいかに……」
和尚さんは気味が悪くなって、口をつむいでしまいました。
すると蝋燭の炎が、風もないのにフッと、消え失せたのでございます――
*
明くる朝、村の名主どのが井戸の水をくんでいると、若い衆の何人かが、転げるようにそちらへやってきます。
「こんな朝早くから、何事じゃな」
名主どのがたずねると、今朝がた万宝寺へ参ったところ、なんと和尚さんの骸がお堂に転がっていて、その首から上は、すっぱり切り落とされているというではありませんか。
「これはただ事ではない」
すぐさま名主どのは、村の衆を集め、万宝寺へと走りました。
すると確かに、開かれた障子の中をのぞけば、そこには首のない和尚さんの痛ましい屍骸と、おびただしい血が飛び散っていたのでございます。
「これはきっと、魔物の仕業に違いない」
一同はお寺の中も周りもくまなく探しましたが、和尚さんの首から上は、ついに見つかりませんでした。
村人たちはこの恐ろしい仕打ちに恐怖し、いつまでもおののいたのです。
*
名主どのはすぐに、京の都から名のある高僧に足を運んでもらい、その恐ろしい魔物を取り除こうとしました。
「ご安心ください。必ずやその化物を、退治してご覧にいれましょう」
その夜、高僧が万宝寺のお堂で読経をしていると、あの若い入道が確かにまた現れ、くだんの問答をしかけてきたのです。
「……地を這う姿は地虫であり、天を目指すは鳥のごとく、ほえる様子は獣のよう、とはこれいかに……」
高僧はすっかり、答えに詰まってしまいました。
「それは……」
果たして蝋燭の火はふっと、消え失せたのでございます――
*
それから何人もの、覚えのある僧侶たちが、万宝寺を訪れましたが、みな一様に、首のない骸と変わり果てたのです。
このようにして、このお寺に寄りつく者はすっかりいなくなり、万宝寺は荒れ果てる一方でした。
*
それから半年ばかりも経った頃でございます。
ひとりの修行僧が、旅の途中で杖を休めたいと、名主どのの家にやってきました。
名主どのはその僧に膳などをふるまいながら、この村を襲った出来事について、彼に語りました。
「それは、なんと……よし、わたしが、退治してさしあげよう」
名主どのは必死に止めましたが、その修行僧は意に介さず、夜の万宝寺へと向かったのでございます。
*
修行僧がお堂で経を読んでいると、あの若い入道がどこからともなくやってきて、くだんの問答をしかけてきました。
「……地を這う姿は地虫であり、天を目指すは鳥のごとく、ほえる様子は獣のよう、とはこれいかに……」
修行僧はにっこり笑って、こう答えました。
「這い続ければこそ龍にもなり、飛び続ければこそ鳳凰にもなり、ほえ続ければこそ麒麟にもなる。これでどうかな?」
すると入道は、うめき声を上げて、苦しみだしました。
見目麗しい顔が泥のように崩れたかと思うと、岩の塊ほどもある大きな鬼の首へと、変じたではありませんか。
鬼の首は、その裂けた口を開いて、修行僧に襲いかかってきました。
彼はその一撃を難なくよけると、腕を大きく開いて鬼の首の両耳を後ろから引っつかみ、お堂の床に叩きつけて、たちどころにその息の根を止めてしまいました。
*
翌朝、万宝寺へ到着した名主どのはじめ村の衆が驚いたのも無理はありません。
お堂の床に食いこんだ化物の大首の上で、あの修行僧がいびきを上げながら、寝入っているではありませんか。
起き上がった彼からことのあらましを聞いた名主どのたちは、ぜひにと、その修行僧に万宝寺の新しい住職に就いてもらうよう、申し出ました。
彼は快く引き受け、鬼の首を手厚く供養して、荒れ果てた寺を建て直し、かくしてこの村には、平和が戻ったのです。
あの恐ろしい化物はなぜ、人間に問答をしかけようなどと思ったのでしょうか。
それだけは誰にも、わかりませんでした。
ただ、この万宝寺が建っていた村一帯は、いつしか蛮頭寺という地名で呼ばれるようになった、ということでございます。
(『蛮頭寺の由来』終わり。次話『六車輪の由来』へ続く)
※山梨県に伝承する昔話『両足八足大足二足』を下敷きにしていますが、本作はフィクションであり、当該伝承とは一切関係がありません。
六車輪(ろくしゃりん)の由来 今は昔のことでございます。
武蔵国の西方に奥原という村があって、ここはちょうど甲斐国とは山ひとつで隔てられておりました。
初夏としては涼しい昼下がりのこと。
西国で起こった戦のどさくさに紛れて、お宝をしこたま奪い取った源蔵という盗賊一味の頭目が、金銀財宝をたっぷり積み込んだ荷車と、二十あまりの手下を引き連れて、奥原村へいたるこの山を、すこぶるご機嫌な様子で闊歩しておりました。
この荷車は源蔵が奪った宝をいくらでも積めるようにと特別に作らせたもので、なにせとても大きくしてしまったものですから、車輪が一組の二つでは足りず、なんと三組の六つという、とても奇妙な見てくれをしておりました。
六車輪の荷車には、金銀だけではなく、戦で死んだ兵の骸から引っ剥がした甲冑だの、家屋敷に突き刺さった弓矢だの、ほか、刀だの槍だの、その辺の兵糧だの……とにかく強欲な源蔵は、金目のものならあますところなく強奪して、この車の中に放り込んだのでございます。
これが酷く重いものですから、車は二頭の大牛に引かせ、それでも足りないと、手下たちが囲むようにくっついて、やっとのことで前へと進ませているのです。
源蔵はといえば、お宝の中から雅な細工の扇を取り出して、その下劣な熊面を扇ぎながら、先導を取って、ひとりだけ身軽に歩いていました。
「おい、彦佐」
源蔵が名を呼ぶと、後ろのほうから、背丈の高い、凛々しい顔立ちの若者が、懐の守り袋を揺らしながら、急ぎ足で駆け寄ってきました。
「お頭、ご用でしょうか?」
その青年は、蒸れた旅装束から手拭を取り出し、額の汗をぬぐいながら、源蔵に足並みを揃えました。
彼は彦佐衛門と申しまして、赤子の時分に『間引き』のため、山に捨てられていたところを、一味の頭数を増やすため、源蔵が拾い上げて、ここまで育てたのです。
首から提げた守り袋は、捨てられていた赤子の彦佐の、やはり首から提げられていたもので、彼はこれを形見として、いつも大切に持ち歩いていたのです。
「奥原まではあと、どれくらいだ?」
源蔵は、アザミの葉のようなギザギザの口ひげをもぞもぞと弄りながら、丈夫な歯をカチカチいわせて、彦佐にたずねました。
「この歩みなら、日が暮れるまでには着けるかと思います」
彦佐はとても頭が良く、知恵が働き、機転も利くものですから、源蔵は彼を一味の参謀に据えて、たいそう頼りにしていたのです。
「ふむ、わしは腹が減った。早いところ奥原に宿を取って、うまいご馳走にありつきたい。皆に言って、足を急がせよ」
「そのような、お頭。この荷での山歩きで、皆はすっかり参っております。せめて少し休ませてからでは……」
「うるさいぞ、彦佐。お前を拾ってやった恩を忘れたのか? 言うとおりにせんと、許さんぞ?」
「そのように申されましても……」
卑しい源蔵はいつもこのような調子なので、彦佐はその仲裁に、ほとほと苦労させられていたのでした。
そのとき――
「おや、あれは……?」
「あーん?」
向こうからひとりの老人が、こちらへやってくるのに気づいた彦佐に、源蔵は首を捻って、その大きな目をひん剥きました。
その老人は、しわくちゃの面長に、長い白ひげをたくわえ、ぼろぼろの衣をだらしなく着込んでいました。
ごつごつした瘤のような樫の杖をつきながら、藤蔓を乱暴に編んだ草鞋をぴしゃぴしゃ鳴らし、這うような姿勢で、源蔵のところまで近づいてきます。
能面のように動かないその顔に、隣に控えていた彦佐はゾッとしました。
「これこれ、お前さん。ちょっとすまんが、わしの話を聞いてくれんかの?」
老人は酷くしゃがれた声で、源蔵にそう問いかけました。
「なんじゃ、貴様は? 汚いジジイだな」
源蔵は怪訝な眼差しで見下ろしながら、そう聞き返しました。
「わしはこの山に住む、槐翁という者じゃが、奥原の南は万宝寺の、八面和尚という知り合いが亡くなって、このことを奥原の北は打鞍の、鬼熊童子という別の知り合いへ、伝えに行くところなんじゃ」
「だからなんだ、ジジイ」
奇妙なことを言うものだと、彦佐は気味が悪くなりました。
しかし源蔵は、そんなことなど、どうでもいいという風に、答えたのです。
「旅に出る前に、腹ごしらえでもと思ったのじゃが、お前さん、何か食うものをくださらんかの?」
「はあ? 何を言ってやがる。貴様のような死に損ないに、くれてやる飯など、一粒たりともないわ。とっとと失せろ、老いぼれが」
「そんなことを言わんと、ほんの少しでいいんじゃよ」
「しつこいぞ、ジジイ。わしを怒らすのなら、叩きのめしてしまうぞ」
腹を満たしたいらしい老人を、源蔵は邪険に扱いました。
しかし、性根の良い彦佐は、この老人がかわいそうになってきたのです。
「まあ、お頭。このご老体は、お困りの様子です。握り飯のひとつくらい、よいのでは……」
「黙っておれ、彦佐。やいジジイ。何か金目のものは持っておるか? 食い物をよこせと言うからには、金を払ってもらうぞ?」
「金か。わしはそんなもの、持ってなどおらんぞい」
「けっ、しけてやがる。なら、とっとと失せろ。わしは金にならんものになど、興味はないわ」
すると老人は、にわかにへらへらと、薄気味の悪い笑顔を浮かべ、こう言いました。
「ほう、なら、こういうのはどうじゃ?」
「なんだ、いったい?」
老人は山道の北側にある、草の生い茂った、杉並木の間をのそりと指差しましました。
「ほれ、そこに小さな獣道があるじゃろ? そこをしばらく進むと、だだっ広い原に出る。そこに古いエンジの大木があるんじゃが、なんでもその昔、何とかという大盗賊が、大名のお屋敷から盗み出したとかいう宝物を、その木の辺りに埋めたそうな。お前さんに、それをやろう。その代わりとして、わしに飯を――どうじゃ?」
源蔵は口をすぼめて、しばらく考え込んでいました。
「それはまことの話なのだろうな?」
「さあ、わしは話に聞いただけじゃでのう」
「ふん、信じられんな。だが、確かめる値打ちはある。ジジイ、そこへ案内しろ。その宝物とやらが、本当に見つかれば、貴様に好きなだけ、飯を食わしてやろう」
「おお、それは確かかいの?」
「くどいぞ。俺は金にかかわることだけは、義を心得ている。誓いは決して違わん。さあ、案内しろ」
「わかった。さあさあ、こちらへ」
老人はゆっくりと先に立って、その小道に源蔵を誘ったのです。
「お頭、この荷はどうしますか? ここへ置いたままでは、誰かに見つかって、盗まれてしまうのでは?」
「なーに。こんな山道、そうそう人は通らんさ。それより、彦佐よ……」
「はい、なんでございますか?」
「宝があるのを確かめたら、あのジジイはすぐに打ち殺せ」
「なんと……しかしそれでは、話が……」
「あんな老いぼれに、施しなどもったいない。それに、宝のことをよそに言いふらされては困る」
「ですが……」
「わしの言いつけが聞けんのか?」
「め、滅相もございません! わかりました、そのようにいたします……」
欲深い源蔵は、にたにたと笑いながら、手下たちを連れ、ほくほくと老人のあとに続きました。
仕方なく彦佐も従って、一番後ろからついていきました。
しかし彼は、なにやら胸騒ぎがしていたのです。
それは、ひょこひょこと先頭を歩く老人の後姿が、なんだか笑っているように見えたからなのでした――
*
しばらくと言われながら、けっこうな長い時間、源蔵たちは歩かされました。
深く暗い杉林が突然開けて、そこには確かに広い原っぱがあり、その中心には、小山ほどもある巨大なエンジの古木が、釣鐘のような実を垂らして、どっしりと生えているではありませんか。
「なんという、面妖な木だ……」
彦佐は思わず、後ずさりをしましたが、源蔵はといえば、ずいずいとそのエンジの木のほうへ近づいていきます。
「ジジイ、本当にここで相違ないのだな?」
「ああ、そうじゃとも。さあ皆の衆、どうぞゆるりと宝を探されよ」
老人は不気味に笑って、エンジの木の横によけました。
「おい、お前ら。この辺りをくまなく探せ!」
こうして源蔵一味のお宝探しが始まったのです。
手下たちは鍬だの鋤だのを手に、本当にあるのかすらわからない宝物とやらを、必死に掘り起こそうとしました。
源蔵はといえば、手下たちにすべてを任せ、自分はエンジの木の、太く張った根のところにゆうゆうと腰かけ、煙管で煙草をふかしています。
彦佐もしぶしぶ、大恩あるお頭のためならと、汗を垂れ流しながら、木の周りをつつきました。
「あっ!」
「どうした、彦佐?」
「お頭、何かに当たりました!」
「おお! きっとそこに違いない! 皆、彦佐のところを掘り起こせ!」
しばらく皆がそこを掘り返していると、なんと、出るわ、出るわ。
源蔵ですら、これまでに見たことのないほどの、金色に光り輝く金銀財宝の山が、次から次へと、顔を出すではありませんか。
源蔵は老人のことなどすっかり忘れて、その美しい宝の山に、スケベ面が止まりませんでした。
しかし彦佐は、ふと気がつきました。
あの老人の姿が、どこにも見当たらないのです。
木陰で休んででもいるのかと、エンジの木をほうを見やると――
「ひっ!」
「どうした、彦――」
エンジの巨木の、その大きな『幹』が、さきほどの老人の顔になって、こちらに向かって、にたにたと笑っているではありませんか。
「わしが食いたい飯とはな、お前さんがたのことじゃよ」
老人の顔になったエンジの木は、その裂けた口をくっぱり開けて、そう言い放ちました。
源蔵や彦佐、そして手下たちは、恐怖のあまりすっかり腰が抜けて、その場へ尻餅をついてしまいました。
「いやいや、もう腹が減っての。なにせ、あの盗賊をいただいてから、かれこれ百年は何も食っておらんでのう」
「な、なにっ! それでは、まさか――」
源蔵は震える声で、そう叫びました。
「大名のお屋敷から盗んだというのは、確かじゃよ。そやつがわしに食われる間際に、そう言っておったからの。まあ、話に聞いただけじゃがのう、ひひ」
エンジの大きな実が、ぱかりと口を開いて、源蔵をたちどころに、食らってしまいました。
残った手下たちは、足をもつれさせながらも、われ先にと、このあやかしから逃れようとします。
しかし、エンジの枝がそちらへ伸びて、彼らは次々と、笑う怪木の口の中へと、収まっていくのです。
「あとはお前さんだけじゃの、ひひ」
最後に一人残された彦佐へ向け、その大枝が迫ってきます。
体を絡め取られ、「もう駄目だ」、そう思ったとき――
「ぐ、ぬう……」
エンジの妖怪が、急に苦しそうな呻き声をあげたのです。
「……貴様、けったいな守りを持っておるな。心苦しいが、これでは駄目じゃの。食えんものに用はない、どこかへ行ってしまえ」
あやかしの枝はそのまま、彦佐の体をはるか彼方へと、放り投げてしまいました。
*
彦佐が目を覚ますと、辺りはすっかり暗くなっていました。
「いったいあれは、なんだったのか……恐ろしいことがあるものだ……」
彼は最初にいた、六車輪の荷車を置いてあった場所で眠っていたようです。
その手は確かに、あの形見の守り袋をしっかりと、握りしめていたのでございます。
*
その後、急いで奥原へと下った彦佐は、ことのあらましを村の衆へ話して聞かせました。
村人の話によると、槐翁とは山奥のエンジの木が、樹齢幾百年を重ねて、あやかしへと変化したものだということです。
山に迷い込んだ者をかどわかして食らう、おそろしい妖怪とのことでした。
明くる日、彦佐は村の衆に頼んで、くだんの六車輪の荷車を運んでもらい、助けてくれたお礼にと、金銀財宝のすべてを彼らに分け与え、自分は盗賊の身分から足を洗い、その地に根を下ろしたのです。
そしていつしか、この奥原という土地は、『六車輪』の名で呼ばれるようになり、彦佐の末裔はのちに、『六車』という姓を名乗ったということでございます。
(『六車輪の由来』終わり。次話『斑曲輪の由来』へ続く)
斑曲輪(ぶちくるわ)の由来 今は昔のことでございます。
武蔵国の西方に、打鞍という村がありました。
この村の北には大きな峰々が肩をそびやかしており、その一角に、人首山と呼ばれるところがあったのです。
この山には、鬼熊童子という妖怪が住むといわれ、幼い子どもばかりをさらっては、食い殺してしまうと、伝えられていました。
ですから打鞍の親たちは、決してわが子をひとりきりでは外に出そうとしなかったのです。
子どもたちが遊ぶときなどは、必ず大人が近くに立って、鬼熊童子に連れ去られないようにと、見守ることにしていたのでした。
*
人首山の麓には、この村で一番の庄屋さんの屋敷が建っていました。
この屋敷ときたら、後ろの人首山を隠してしまわんばかりの大きさで、しかもその周りを囲む真っ白な漆喰を塗りたくった塀ときたら、まるでお城を守る『曲輪』と呼ばれる城壁のように見えたので、村の衆はここを『曲輪屋敷』などと呼んでいたのです。
庄屋さんにはお縁という、歳の頃十六ばかりの、それは美しい一人娘がございました。
お縁は色が白く、艶のある長い髪をして、ユリの花を思わせる端麗な顔立ちをしていたものですから、『縁姫様』だとか、『曲輪のお嬢さん』などと呼ばれ、器量もたいへん良いものですから、村人たちにとても好かれていたのです。
*
初夏の涼しい夕暮れのことでございます。
お縁は父親である庄屋さんからおつかいを頼まれ、南の奥原村へ行った帰りに、内鞍村の入り口の、一面に田んぼが広がる畦道を、足早に歩いていました。
「急がないと、夜になってしまう」
そんなことを、お縁は考えていたのです。
鬼熊童子の言い伝えのことも、もちろんありますが、何よりも彼女は、早く帰らないと家の者たちが心配するだろうという、純粋な気持ちからそう思っていたのでした。
集落が遠くに見える、四つ角にさしかかったときです。
右手に生える一本松の下に、一人の男の子がなにやらうずくまって、人首山のほうを眺めています。
(こんな時分に、子どもがひとりきりで、いったいどうしたのだろう?)
お縁は不思議に思いながらも、その子のところに歩み寄って、声をかけました。
「坊や、こんな時分に、ひとりぼっちでどうしたんだい? こんなところにいたら、人首山の鬼熊童子に、さらわれてしまいますよ?」
すると今度は、その子が反対に、お縁の顔を不思議そうに見つめたのです。
彼はくりっとした目をぱちぱちさせながら、こう言いました。
「おねえさんこそ、こんなところをひとりぼっちで歩いてたら、さらわれちゃうんじゃないの? その、鬼熊童子に」
年端もいかないのに、ずいぶん大人びたことを言うものだと、お縁はいぶかりました。
ふと、下のほうへ目をやると、男の子の左足から、赤い滴が垂れています。
「……それは、血じゃないかい? たいへん、怪我をしているのね」
「ああ、これ? 遊んでいたら、ちょっとね」
「ちょっとではありませんよ。どれ、見せてごらんなさい」
「ええ? いいよ、平気だから」
「平気なものですか。ほら、わたしに任せて」
「うーん……」
お縁は懐に入れていたきれいな布で、男の子の血を拭き取り、足を軽く縛って止血をしてあげました。
「ほら、これで大丈夫よ。さあ、こんなところへいないで、わたしが送ってあげるから、家に帰りましょう」
「ありがとう、おねえさん。でも、いいんだ。さっき南は奥原の、槐翁から聞いてきたことを、これから東は石神の、厨子王丸に伝えにいかなきゃならないからね」
「……え?」
どうっ――と、一陣の突風が吹きました。
「きゃあっ!」
お縁は思わず、着物のすそで顔を隠しました。
「あれ――」
風がおさまって、ゆっくり手をどけると、あの男の子の姿は、どこにも見当たりません。
―― うふふ、おねえさん。このお礼は、必ずしてあげるからね? ――
どこからか、その声は聞こえました。
お縁が空を見上げると、東の石神村のほうへ、風の渦が飛んでいくのが見えたのです。
「まさか、あの子が……鬼熊童子……」
お縁は背筋が寒くなって、逃げるように家へと走ったのです。
*
ところでこの村には、お縁の家よりはずっと落ちますが、大きな米問屋が店をかまえていて、そこの若旦那ときたら、のらくら者で、ずるがしこくて、おまけに好色で、村の者たちからは、陰口を叩かれてばかりいたのです。
この日もろくに、家業の手伝いもせず、座敷にねそべって、扇子をぶらぶらさせながら、何か面白いことはないかなどと、思案していたのです。
「……ああ、お縁さん……美しいですよねえ……ぜひ、わたしの嫁御に……そうすれば、お庄屋さんの家だって、わたしのもの……」
こんな風に、下衆きわまりないことを、あれこれと考えていたのです。
「若旦那さま、よろしいでしょうか?」
女中頭のお兼が、とことことした歩みで、若旦那のほうへやってきました。
「なんだい、お兼さん?」
「盗賊の一味が、近隣の村々を荒しまわっているらしいので、じゅうぶんに気をつけなさいと、大旦那さまが申しておりました」
「ほう、盗賊ですか……なんとも、ぶっそうですねえ……わかりました。そう、親父どのに、伝えてくださいな」
「へえ」
お兼は踵を返して、またとことこと、戻っていきました。
「……盗賊、盗賊か……なるほど、これだ……」
若旦那はパシンと、扇子で手を打ちました。
「これ、五郎兵衛はおるかい?」
「若旦那、なんぞご用ですかい?」
座敷からの呼び声に、熊のような大男が、ぬっと現れました。
この男は、米蔵を取りしきっている五郎兵衛という者で、若旦那とは意気が合い、何かにつけて、悪だくみを練りあっているのでした。
「これ、ちょっとこっちへ」
「――?」
「ちょっと、耳をお貸し」
「はあ……」
若旦那は何やら、五郎兵衛に耳打ちをしました。
「……なるほど、わかしやした。すぐに準備いたしやす」
五郎兵衛は何ともいやらしい顔をして、その場を去っていきました。
おそろしいことに、この若旦那は、巷を騒がせている盗賊一味の名を借りて、庄屋さんの屋敷を襲撃し、あろうことか、お縁をかどわかしてしまおうと、もくろんだのです。
五郎兵衛には、今夜さっそく、事に及びたいからと、その用意を促したのです。
「うふふ、お縁さん。もうすぐ、わたしのものですよ?」
こうして若旦那の計画は、着々と進んでいったのです。
*
「お縁の姫様以外は、全員、始末していい。何もかも、噂の盗賊一味のせいに、なるんだからな」
その日の夜更け、くだんの曲輪屋敷の前には、若旦那、そして五郎兵衛を筆頭ととする米問屋の手下たちが、三十名ばかり、うじゃうじゃと集まっていました。
「みなさん、ちゃっちゃとやってくださいな。人気のない場所とはいえ、誰かに見られでもしたら、あとあとやっかいですからね」
若旦那は、早くお縁を自分の手にと、手下たちに作戦の決行を、急かしました。
「よし、行くぞ――ん?」
五郎兵衛は奇妙に思いました。
いままでまったく、気がつきませんでしたが、屋敷の大きな門の前に、着物姿の小柄な男の子が、まるで陣取るように立って、へらへらと笑っているのです。
「なんだ、ボウズ? そこをどかねえか。さもないとお前なんぞ――」
五郎兵衛は少年を捕まえようと手を伸ばしましたが、その手はフッと奥のほうへ反れ、逆にその子のほうから、頭をがっつり掴まれたのです。
ごぎゃっ――
「ひっ――」
この世のものとは思えないおぞましい音で、五郎兵衛の頭は砕けました。
若旦那は思わず、のどの詰まるような悲鳴を上げたのです。
「うふふ、おじちゃんたち、おいらと遊ぼうよ……」
男の子の目は、赤く爛々と光って、口からは『牙』がのぞいています。
「おっ、鬼熊童子だあああああっ!」
「にっ、逃げろおおおおおっ!」
手下たちはすっかり混乱して、逃げを打とうとしました。
「みなさん、相手はたかだ、ガキひとりです! 鬼だか何だか知りませんが、まとまって向かえば、やっつけられますよ!」
若旦那は必死で、手下たちを鼓舞しました。
「くそっ、ひるむな! かかれ、かかれえっ!」
手下たちはほとんど破れかぶれで、鬼熊童子に向かっていきました。
「ぐぎ――」
「あが――」
「ぎゃ――」
ある者は首を捻られ、ある者は投げとばされ、またある者からは背中から小さな『拳』が、ひょこっと顔を出しました。
それは本当に、子どもがお手玉か何かで、遊んでいるように見えたのです。
三十名もいた手下たちは、こうしてあっという間に、躯の山に変わってしまいました。
「くすくす、バカなおじちゃんたち……人首山の鬼熊童子に、勝てるとでも思ったの?」
鬼熊童子は血まみれになった口もとを、ペロリと舐めました。
「ひっ、ひいいいいいっ!」
ひとりだけ残された若旦那は、落ちていた『槍』を拾って、鬼熊童子のほうに投げました。
「ほい」
鬼熊童子はそれをやすやすと受けとめたのです。
「返すよ」
『槍』は若旦那の口の中に刺さって、頭の後ろへ抜けていきました。
「はーあ、つまんないの。でも、おねえさん、『約束』は果たしたからね? くく、くくくっ……」
どうっ――
一陣の風が吹いて、鬼熊童子は人首山へと帰っていきました。
*
明くる朝、ひとりの女中の絶叫で、家人たちは、叩き起こされました。
米問屋の若旦那をはじめとする、男衆の遺骸――
そして、真っ白な曲輪に点々とついた、おびただしい血――
それはまるで、『斑』のような模様にも見えました。
「ああ、なんとおそろしい……これはきっと、人首山の、鬼熊童子のしわざに、違いない……」
村人たちはこの屋敷を、『斑曲輪屋敷』と呼びなおして、いつまでもおそれ、おののいたのです。
お縁はといえば、「鬼熊童子に見初められた娘」と、ありもしないことを噂され、やがて家を去り、残された庄屋さんの屋敷も、すっかり没落してしまったのです。
そしていつしか、この打鞍の土地は、『斑曲輪』という名前に変わったのでした。
いまでも、お縁の血を引く者には、鬼熊童子がそばについて、しっかりと守っているそうです――
(『斑曲輪の由来』終わり。次話『御石神の由来』へ続く)