【創作】コンル【妖怪】その人は漁師だった。
まだ若くて、貧乏で、だけれど正直で働き者だった。
冷たい海から彼を眺めた。
彼が好きだと、そう感じるのに時間は必要なかった。
彼を幸せにしたいと思った。
そう思えば、他にすることもなく、彼に接触した。
毎朝、毎朝、漁をしに来る彼と話をした。
他愛のない話だけれど、愛を語った。
彼を好きだと言ったし、彼も好きだと言った。
どれだけの時間が経ったのだろう。
あたしにはあっという間の時間だった。
ある日、彼が一言あたしに告げた。
「妻を迎えた」
そう言った彼の笑顔は綺麗で、幸せそうだった。
彼の幸せそうな顔を見て、嬉しかった。
幸せそうな彼を見ると、幸せだった。
夫婦となった彼の妻も、彼も、幸せにしなければと思った。
幾日かして、子供が生まれた。
その子を、彼の家族を、幸せにしなくては、と思った。
幾日かして、彼が死んだ。
いつの間にか子供はあたしが初めて会った彼と同じ年齢だった。
その頃、あたしはウパシに出会った。
彼が死んだと、彼の子供にそう言われて、初めて浜を出て、村へと入った。
彼の家は大きく立派で、たくさん彼を惜しむ村人が訪れていて、そういう家の中で彼は横たわっていた。
祈りの言葉は長く、彼の魂への敬意を示した。
彼の魂へあたしは祝福を送った。
そうして、涙を流し、彼の墓標を後にした。
その道中、あたしはウパシに出会った。
「好きな人が死んだのね」
そう言って、木の陰から現れた彼女がコシンプだとあたしはすぐに分かった。
恐らく、ウパシもあたしがコシンプだとわかっていたのだろう。
そう声掛けた彼女は幼く見えた。
「そう。死んでしまった」
そう言うと、ウパシは泣きだした。
あたしたちは誰かに依存しなくては生きていけない。
その誰かを失う悲しみはあたしたちは痛いほど知っている。
そうして、ウパシは散々泣いた後、消えてしまった。
あたしは海へ帰り、幾らかして彼の子供が毎朝毎朝漁へ出るのを見て、浜へ戻った。
彼を幸せにするために。
そうして、また彼の子供が妻を迎え、子をなし、そうして、死んだのを見届け、泣いた。
それをいくらも繰り返したある日、いつの間にか彼らはどこかへ行ってしまった。
なにがあったのか知らぬ。
いつの間にか見たことのない人が横行し始めた。
見たことのない漁、見たことのない着物、聞いたことのない言葉。
浜で彼を待ち続けるあたしの元へウパシが来た。
「一緒に行かない?」
そう言って、あたしの手を取ったウパシに着いて行って、あたしはニタイとレラに出会って、アイヌと離れた。