赴く 僕だって他人のことは言えないけれど、彼の掌はざらざらとしていて固い。幾度となく体を重ねても、その手は辿々しく僕の体をなぞってゆく。もっと乱暴にしてもらってもいいのにな、と思いながら不安げな表情を浮かべる徳川くんの輪郭を手でなぞる。
「ん、……」
仏頂面をすこし歪めた。僕の掌の感触のせいかなあ、と思っていると、手首がはし、と掴まれた。
「……口を、つけても」
「いいよ?」
徳川くんは手相の凹凸をじいと見つめて、そっと口をつけた。変わらずざらざらした感触をしている。結構きざなことをしたがるよなあと思うけれど、背伸びをしたいという気持ちは彼にはないのだろう。ただ僕に口をつけたいと思ってそうしているだけ、そうなのだろうが、その方が直視はしづらい。
「……ありがとうございます」
必ずこうして、彼は僕に伺いを立ててくる。そうしてお礼を言う。真面目な性格がそこに出ているのかそれとも。
「ねえ、徳川くん」
「はい」
どうして何をするにも許可を取ろうとしてくるんだい、というのは考えれば聞いたことがなかった。彼の性格からして予想はできていたけれど、特にこういう寝床ではそれが顕著なのだ。
「……嫌がられていたら、と思うと」
「と、思うと?」
「……こういうことは、お互いの同意があるべきです」
「それはそうだね。そういう答えも君らしい」
同時に、そう聞くことで僕の意志を汲み取れたと思っているのも君らしい。これは言わないでおくけれども。
「……いけないことですか?」
「いけなくはないよ、ただ……」
徳川くんを傷つけないような語彙を探した。
「もし、僕が嫌って言ったらどうするの?」
傷つけはしなかったが、困らせてはしまったようだ。仏頂面がすこし困惑で歪んでいる。しかしこういう反応が返ってくるということは、拒否される可能性はあまり考えていないということなのだろうか。
「そうならば、あなたの言う通りにします」
「ふうん」
「こういうことは、お互いが尊重されるべきで」
その真っ直ぐな目線を揺らしたくなった。体を起こすと、僕を組み敷いていた大きな体は後ずさる。そうしてもう一度、頬をなぞる。今度は明確に意図を込めた。
「本当に、僕の言うとおりにできる?」
顔を近づける。あと少しどちらかが動けば、唇は触れ合ってしまうなあと思いながら、目が泳いでいるのを見た。
「例えばこうして、顔を近づけてみようか」
「っい、りえさん……」
「君がいつも通りに聞いてきて、でも僕がキスを拒否したとするよ」
正直、彼がどう考えているのかはさして大きなことではない。というか、本当に性行為には同意が必要なのだと信じて疑っていないのだ。それを実直に行動に移す。彼という男は、そういう男なのだ。
僕が興味があるのは、その行動原理を打ち崩すことはできないのかということだ。彼の重視する哲学と愛欲とを天秤にかけて、愛欲側に傾いた時にこの子はどんな表情を作るのだろうかという好奇心がある。
「徳川くんは、耐えられる?」
笑みを作ってみせるとたじろぐ。後退したのでその分の距離を詰めた。
「た、……耐えます」
「そっか。それがもし、もっと奥まったことでも?」
「奥まった、って」
「言わせるなんて、徳川くんもやらしいなあ」
彼を見上げて、笑みを作る。おそらくはこういうのが好きなんだろう。ぐと口を引き結んでふるふると首を振っているが、顔は紅潮している。
「や、やめてください」
「ごめんね。ちょっと気になったんだ」
徳川くんは俯いてしまった。自分の主義を貫き通せなかったことに罪悪感があるのだろう。そうやって内省してしまうのも、また彼らしい。
「ねえ、徳川くん」
「……なんですか」
「今日は君の赴くままにしてみてくれないか」
ぽかんとしているので、許可は取らなくていいってことだよとつけ加えると、どこかぼんやりした声で分かっています。と返された。理解が早くて助かる。
「でも、それは。入江さんの意志を無視して……」
「そうかもね。けれど愛している人が思うままに自分を求めるのを見たい、って思うのは自然なことじゃないかな?」
「な、……な、けれど俺がそうして、入江さんは大丈夫なんですか」
「僕はそんなに柔じゃないよ。僕だって男だ」
彼は僕のことをか弱い何かだと思っている節がある。確かに彼よりかは力もないけれども、これでもテニスプレイヤーとしてやっていけているくらいにはフィジカルもある。
「そう乱暴に扱っても壊れたりしないよ」
「いや……」
「本当に嫌だと思ったら意思表示をするから、ね?」
「……」
「これは徳川くんを信頼しているから言えるんだけどな」
「!」
「その信頼には応えてくれないのかな」
こう言われると彼は僕の言うことを聞くしかなくなる。相変わらず操縦が簡単で助かるけれど、ディスカッションとしては手応えがない。そこも含めて好きなんだろうな、と惚気ながらまたぎこちない愛撫を受けた。
***
本能が危険を感じ取ると、ないものがあるように思えるらしい。ここは部屋で、何もないのに聴覚ではけたたましいサイレンの音を受け取って、視界には遠くで赤いライトが明滅している気がする。
許可を取らなくていい、徳川くんに全て委ねると宣言してから数時間後、僕の体は未だにシーツの上で跳ねていた。何度も姿勢を変えたが、彼がお気に召したのは後背位らしく、ここしばらくは動物の交尾のような姿勢をとっていた。快感で神経が焦げたような気すらする。そう思えばなんだか焦げ臭いような、
「い、りえ、さ……っ、大丈夫、ですか」
「い、っ゛♡ あ、だい、じょうぶ、だよ……っ♡」
実際は大丈夫ではなかった。しかしああ宣言した以上白旗を振るのはプライドが許さないし、僕からギブアップすれば今まで以上に彼が僕を丁寧に扱うことは明確だ。僕だって男で、その矜持を捨てたくはない。
「よかった、……きもちいいと、いうことですか」
「う、んっ」
気持ちいいのは事実だ。問題なのはそれの度が過ぎていることである。こちらのことなんて構うものかという風に腰を動かして、内壁を抉るのではと不安になるくらいに強い力が腹側にかけられる。これがずっと続いているのだ。おかしくもなる。
「だ、……あ、いいっ、いいよ、あ、あぁっ♡」
「よかった、おれも、よくって……♡」
口をついて拒否がこぼれそうになるのを、なんとか抑え込む。体は逃げようとしても押さえつけられていて、拒否の意志を伝えることは不可能だ。
「ぁあ、いりえさ、……すき、です、すき」
「っうぅうんっ♡ 」
こうも不自由だと、本当にこれは男同士のセックスなのだろうかと思えてくる。もしや僕が勘違いをしているだけで、というでたらめな推測が頭を支配しそうになる。だってそうだとしたら、胎内に何度も精を注がれているのは重大な問題を産みかねない。
「あ、また……っ♡」
そう言って腰の動きが速くなる。彼がこんなに保つなんて思っていなかった。今の正確な時間は分からないけれど、いつもなら彼はとっくに就寝している時間なのは間違いない。明日も練習があるのに唆して、と思うと湧き上がるのは罪悪感ではなく、背徳感とそれに結びついた興奮だった。
「っ♡ 、〜〜っ♡」
ばち、と目の前で火花がはじける。サイレンの音すら遠い。もう体に力は入らないのに、肛門の括約筋だけは自発的に収縮した。また絶頂を迎えたことを、火花が弾けたあとの燃えかすを確認しながら理解した。
「っ、お、あ♡ で、っ……あー……っ♡」
その刺激でか、彼の体も硬直して震える。どくん、どくんと中のものが震えて、精液が内壁にかけられるのがわかる。塗り込むように奥に押し込んで、精液でべとべとになっている直腸にさらに注いでゆく。脳がそれを感じ取って、とろとろと溶けてゆきそうだった。
「はあ、あ、とけちゃいそうな顔、……」
なんとか首を回すと、端正な顔は快楽でふやけて面影がない。こんな顔は初めて見たかもしれないな、と思うと呼吸がしづらい。キスはそんなに上手くないんだよな、と思いながら、肛門から精液が溢れ出る音を遠くに感じた。