君のいないあいだ
鍵を回してドアを開ける。玄関の灯りは点いていた。
「帰りました」
声をかけるも、返事はないし足音もしない。一緒に住んでいる恋人はこうして声をかけると来てくれるのだが、と首を傾げて靴を脱ぐ。しばらくして彼はある可能性に思い当たった。可燃ごみを入れているゴミ箱のペダルを踏むと、朝にはなかったアイスクリームのパッケージがある。
「入江さん」
少しばかり刺々しくなってしまったか、と軽く咳払いをしたが、扉を開けた先にテーブルでくたりとしている様子を見て、ため息をついた。
「……飲んでるんですね」
「おかえり」
ひらひらと手を振ってみせる入江のもう片方の手にはコップがある。赤紫色をした液体が液面をぱちぱちと弾けている。果実のかけらに気泡が付着している。手作りのサングリアだった。
「徳川君もでしょ」
「俺は飲んでないです」
「ええ。飲み会って言ってたんじゃなかったの」
「会食です。俺はお酒はあまりだし、時間が勿体ないので早めに切り上げてトレーニングを……」
「ほんと真面目だよね」
徳川は今日は現在のコーチと夕餉を共にしてきた。とはいえ、話題はテニスのことから逸れることはなく、レストランの中では異彩を放つ会話内容だった。それが高じてあと一点だけ確認しようと練習場に戻り、今に至っている。
「徳川君が飲むだろうから僕も飲んだのになあ」
「あなたは俺が飲まなくても飲むでしょう」
「そうでもないよ?」
「空いた缶と瓶で把握しています……そういえば、あのアイスはプラスチックごみですから」
「え?」
「可燃ごみに捨ててありました」
「細かいなあ……」
徳川は入江と一生を添い遂げるつもりでいる。そのため肝機能をはじめとした健康上の問題を心配していた。なので飲酒にはあまり快い顔はしていない。しかしながらまた、徳川は酩酊している彼が普段よりも感情を露わにしやすいこと、また他の人間がいる場合には平時と変わらないことが、心を許されているのが分かって好きだった。
「……その一杯で終わりにしてくださいね。過度な飲酒は体に悪いですから」
「過度ってほど飲んでないよ。徳川君は心配性だなあ」
徳川の懸念点はもう一つある。入江は飲酒について味が好きだとしか言っていないが、彼の知る限り何か嫌なことがあっても人はアルコールを摂取したがる。なので、徳川の知らないところで不満や不安があるのではないか、だから酒で紛らわしているのではと心配しているのである。特に最近は酒を煽っているのをよく見るから尚更だ。
「……何か嫌なことがあったんですか」
「どうしたの、急に。ないよ」
「……」
「何回も言ってるけど、僕はお酒が好きだから飲んでるだけだよ」
「それは知っていますが」
「……じゃあそれでいいでしょ?」
普段より少しだけ赤い頰に手をついて、ゆるりと笑ってみせる。どことなくあやしさがある気がして、直視できなかった。
「徳川君も飲もうよ」
「遠慮します」
いつものように徳川が断ると、それじゃあ話し相手になってくれないか、と入江は笑う。お酒を飲むと誰かと喋りたくなるんだ、と続けるのも何回聞いたか分からないなと思いつつ、徳川は向かいのテーブルに座った。