流三が初詣に行く話
深夜二十二時。
流川の携帯に、三井からの着信があった時刻である。
年の瀬は家族で過ごすというのが流川家の定番であった。そして、年越しのイベントや年末のテレビ特番に一切興味の無い流川は、いつもと変わらずこの健康的な時刻に就寝するつもりだった。
『お、起きてた』
睡眠を妨げた張本人、三井の開口一番がこれだ。流川が寝るとこだと言おうとするも、三井は間髪いれずに続けた。
『今からお前んち行くから、準備しとけよ!』
以上。
「……」
これがただのクラスメイトだったら、流川はそのまま無視して寝ている。
だが、他でもない三井だから、横暴だとか面倒だとか内心で思いつつも、母親に声をかけそれなりの格好をする気になる。
流川とは違い社交的な母は、滅多に聞かない息子からの言葉に大いに喜び、あれこれと支度しはじめた。やれ飲みものだお菓子だと忙しない母を横目に、流川はやれやれとため息をついた。
同級生? あら、先輩なの。お世話になってるのね。どんな人?
母からの質問攻めに早々にうんざりしてきた流川が、三井との浅からぬ仲を告白しようかと悩みだした頃、家のインターホンが鳴った。
いつになく俊敏な動作で母が出た。
「あ、ども!」
冷気をまといながらも、笑顔で挨拶した三井は間違いなく母には好印象に映っただろう。お決まりのような言葉を交わし、後ろからのっそりと顔を出した流川をみつけた三井が歯をみせて笑う。
俺が好きなんだから、血の繋がった母も同じに違いない。流川は確信を覚えた。
「おばちゃんそっくりだね! る……あー、楓クンちょっと借りてっていい?」
「!」
「いいわよ~。ほら、いってらっしゃい楓」
すっかり照れた母に強めに背中を叩かれたが、正直痛みは無かった。
ーーーそうして家を出て、今に至る。
二人で並んで空気の澄んだ薄暗い道を進む。この時間にもまばらに人がいるが、皆往々にして自分達と同じ方向に行くことに流川は気がついていた。
「初詣」
「おう。お前んちは行くの」
「……昔は行ってた」
「だよな。俺ももうしばらく行ってねー」
すっかり正月模様の街は、あちこちに初売りのポスターやら縁起物の飾りつけが施されている。
行事ごとに縁の無い流川にとっては他人の誕生日のようなものだったが、今この瞬間が正月によってもたらされているのだとしたら、めでたい気持ちもわかるような気がした。
「お前、お袋さん似なんだな。どーりで」
「……?」
「知らねーの? 母親に似るとイケメンになんだってよ」
三井がどこか得意気に笑う。なんでアンタが得意気なんだと思わないでもなかったが、楽しそうだからどうでもいいかと、流川は切り替えた。
「……じゃあセンパイも?」
やや屈んで、三井の耳元に囁く。そのままさりげなく肩に手を添えて、こめかみあたりにキスをしようとした二個下の後輩の口を、三井が慌てて押さえた。
「ばっか、ここ外だぞ!」
「む」
実に遺憾です、と手のひら越しに睨む流川に三井は一瞬揺らぎかけたが、神社に向かう人の多さに我に返り、ぱっとその手を離す。
星の数ほど寄ってくる女に見向きもしないくせに、三井に対してはまるで試合中かと思えるほど、流川は積極的だった。
そのことに優越感を感じないといえば嘘になるが、往来でそれを受けられるかどうかは三井にとって別問題だった。
「……どうせ誰もみてねー」
「俺が気にすんだよっ」
「……やれやれ」
「チョーシのんな!」
「いて」
実は三井の懸念は正しかった。
流川も三井も恵まれた体格で、通りを歩く人の中では頭ひとつ抜けている。それに加え、文字通りモデルに引けをとらない顔をした流川と、それと並んで遜色ない三井。
参拝客(主に女性)の注目を密かに集めていた。
そんなことは露知らず、二人はその後も取り留めのない会話をしながら参拝の列にならんだ。やはり元旦の初詣にはこじんまりとした神社にも大勢の人が訪れる。触れ合うほどではないが、前後の人との間隔は狭い。
しばらくは待ちになりそうだ、と三井は肩をすくませた。
「……」
「……」
「……」
「……なんだよ」
「センパイ、なんか隠してる」
流川の言葉に、三井の身体が大袈裟なほど硬直する。
基本的に他人に無関心な分、流川は興味のあるものへの観察力に優れていた。十六年生きてきてそれが発揮されるのはバスケットのみであったが、ここ最近で新たに対象が追加された。
「……はぁ」
流川の視線に根負けした三井が、ため息をついて携帯画面を確認する。
「……五十七分……まぁ、いいか」
ぼそっと呟いた声は流川には聞こえない。
聞き返そうとすると、突然、三井が勢いよく流川と向き直った。
「流川、誕生日おめでとう」
耳に入る言葉を処理するのに、数秒の沈黙。
そして、
「あ」
流川はいつになく目を丸くして、一言、いや一文字呟いた。
その様子に三井がからから笑う。
「ははは!やっぱ忘れてたな。そんなこったろうと思ったぜ」
「……」
「フツーこんなわかりやすい日忘れねーだろ」
悪態をつく三井を見つめながら、流川はとあることに気がついた。
低気温とはいえ、三井の頬から耳にかけて、妙に赤い。さっきまでそんなことはなかった、はずだ。
思い返すと、三井はここに来るまでの間、やけに時間を気にしていた。
それに、不良だったくせに、三井が律儀な男であることを流川は知っている。予定をいれるときも突然ではあるが確認はされていたし、今日のように強引に連れ出されたことは初めてだった。
そこまで考え、やがて、流川はある結論にたどり着く。
「……センパイ」
「……」
「センパイ、こっちみて」
流川の思考中、あからさまに明後日の方向を向いた三井の腕を掴んで引き寄せる。
「……わかってるよ、柄じゃねえことはよ」
「そうじゃない」
「夜は家族で過ごすんだろ? なら、『最初』は俺にくれたっていーだろ」
状況の居たたまれなさと羞恥から、三井の声は尻すぼみになっていった。
真っ直ぐな流川の視線に耐えられずにいたが、何よりも、掴まれた腕が、手が熱い。
引き寄せられたせいで流川の顔が近い。
くそ、腹立つ、顔良いなこいつ、むかつく。
三井は混乱していた。
「……すき」
「!」
「キスしたい」
「っ、だめ」
「じゃあハグ」
「ダメだって」
「……なら、名前呼んで」
「……は」
思わず疑問系で返した三井に、流川は「これ以上は許さん」とばかりに眼差しを送る。
「さっき、呼んでた。なら、今も呼べる」
「さっき……さっきって、バッ、お前それはっ」
「いいから」
「~~~っ!!」
このあと、二人の攻防は零時を越えてもなお続いた。
煩悩を取り去る除夜の鐘の音が街に響く。
……二人にとっては、関係のないものだったけれど