一年前の約束善逸は料理のための水を汲みに行くべく、川に向かっていた。無惨を倒して早1年。善逸は炭治郎、伊之助、禰󠄀豆子と共に支え合いながら暮らしている。最初は朝起きるのも遅かったし、ほとんど何もしてなかったけど今は一生懸命に働いている。なぜかって?そう、善逸はちょうど1年前の今日、禰󠄀豆子に告白していたのだ。1年後に返事をくださいと言ったので、禰󠄀豆子やその兄である炭治郎に認めてもらうべく、家事や仕事をたくさんやってきた。そして、その告白した日からちょうど1年後、すなわち今日、禰󠄀豆子からの返事が来るのである。ついに川に到着。両手にあるバケツに水を汲み入れ、水面に映る自分の姿を見た。暗いところでも目立つ金髪は太陽の光を受けてキラキラと輝いていた。善逸は川を鏡がわりにして自分の姿を整える。そして額に手を当て、宇髄の神ポーズと似たようなポーズをとった。
(完璧!)
善逸は己のビジュアルの良さにうんうん頷くと浮かれながら両手にバケツを持って家に戻って行った。
家に戻ると、炭治郎が外にある竈で炭を焼いていた。
(よく働くなー)
痣の寿命でもう先の長くないため、自分たちにお金を残してからあの世へ逝きたいという彼は1年前からとてもよく働いていた。匂いで善逸の存在に気づいたらしく、炭治郎はこちらに振り返った。
「おかえりー、善逸!」
そう言って手を振った炭治郎は顔も手も炭で真っ黒だ。
「うん、ただいま!」
善逸も手を振り返す。そして、キョロキョロと辺りを見回し、禰󠄀豆子の姿を探した。どこにもいない。伊之助もだ。
「炭治郎、禰󠄀豆子ちゃんと伊之助は?」
「禰󠄀豆子と伊之助なら、山菜取りに行ったぞ」
あまりのことに善逸は仰天する。
「え!あいつ禰󠄀豆子ちゃんと一緒に行ったの!?」
「うん、そうだけど…」
「あいつ…」
伊之助のやつ、1年前から禰󠄀豆子にベタベタくっついてたけど、まさかまだひっついていたのか…。
「あ、ちょ、善逸!どこへ行くんだ!?」
善逸は悔しさのあまり血の涙を流しながらそこを後にした。
「あーあ、」
善逸は何もすることがなく畳の上にゴロンと寝転がった。さっきまで禰󠄀豆子からの返事が楽しみすぎてあははのうふふでいたが、禰󠄀豆子と伊之助の動向を聞いて急に心配になってきた。伊之助は獣のような性格だが、被りのものの下は女の子のような顔をした美少年だ。もしかしたら、もしかしたらだけど…。禰󠄀豆子の想いが伊之助に寄ってしまっていたら…?そう考えると恐ろしくてたまらない。
「善逸?」
襖の方から声がして見ると、炭治郎だった。形の良い眉の間にほんの少しの皺を寄せ、心配そうにこちらを見ている。
「なんだよ、炭治郎」
めんどくさそうに炭治郎を見やる。すると友は困ったように微笑んで善逸のそばに歩み寄り、傍にちょこんと座る。
「禰󠄀豆子と伊之助のことでなやんでるんだろう?」
炭治郎に言われ、ギクっとする。そうだ、こいつは昔から鼻がいいんだった。善逸ははぁ、とため息をついて
「そうだよ」
と投げやりに答えた。
「そのことなら大丈夫だと思うぞ」
「は?なんでだよ」
あまりのことに善逸は飛び起きる。
「てかなんで俺が禰󠄀豆子ちゃんのことについて悩んでるってわかるんだよ!!お前は鼻はいいけど、どんなこと考えてるってことを細かく知ることはできないだろ!?」
すると、炭治郎はなぜかキリッとした顔で
「だって善逸、こっちまで声が漏れてたぞ?俺は絶対に禰󠄀豆子ちゃんを幸せにします!1年後にお返事ください!って」
あ、と善逸は声を漏らした。あの時、感情が昂りすぎたせいかいつも以上(というか、今まで出したことのないほどの)大声を出したせいでその日1日禰󠄀豆子の耳が聞こえづらくなっていたが、まさか遠く離れた家にまで聞こえていたとは…。思いもしなかった。唖然とする善逸。そんな善逸に炭治郎は優しく語りかけた。
「まあ、それはそうとして、禰󠄀豆子はいつも伊之助と一緒にいるけど、恋愛的なものではなくて、お母さんと子供みたいな関係なんじゃないかな?」
「それはわかるよ。だけどさぁ、その間に禰󠄀豆子ちゃんが伊之助に対して恋愛感情持っちゃったらどうしようって…心配になっちゃってさ。最近は禰󠄀豆子ちゃんの音を聞くのも怖くって…今日、返事聞く日なのに…」
炭治郎は少し考え込んだ顔をして、あぁ!と相槌を打った。
「そうか!今日は善逸が禰󠄀豆子に告白した日からちょうど1年か!」
善逸はコクンと頷く。それを見た炭治郎は
「心配かもしれないけど、禰󠄀豆子は善逸のこと、よく思ってると思うぞ」
「え?」
炭治郎の言葉に善逸は炭治郎に向き直った。炭治郎は片方色が薄くなった赤みががった両目で真っ直ぐと善逸を見据えてきた。
「一番最初はだらしなかったけど…」
「…」
「最近は早く起きて家事も手伝ってくれるし、善逸に対する禰󠄀豆子の気持ちも、いい方に傾いている匂いがするぞ。大丈夫!善逸なら!」
「炭治郎…」
炭治郎の言葉は善逸の心に大きく響いた。善逸よりも一つ下だというのに、自分よりもしっかりとしている。鬼殺隊だった頃からそうだった。自分や伊之助をしっかりと支えて、妹を人間に戻すために頑張って…。
「ただいまー!」
「伊之助様が帰ったぜ!」
玄関口から禰󠄀豆子と伊之助の声が聞こえてきた。それに続いて襖が開き、山菜を入れたざるを持った禰󠄀豆子が部屋に顔を出した。
「お兄ちゃん、善逸さん、ただいま!」
「おかえり、禰󠄀豆子」
「おかえりなさぁい、ねずこちゅぁ〜ん」
禰󠄀豆子の前だとデレっとして体から力が抜けてしまう。善逸の姿を見た禰󠄀豆子は、少し顔を赤くして、
「善逸さん、これから一緒にお花畑に行きませんか?」
と尋ねてきた。
「え、?」
善逸は思わず炭治郎を見る。炭治郎は、行ってこい、と言わんばかりに大きく頷いた。
「うん、行こう!」
まさかと思って咄嗟に男らしくする。そのまま禰󠄀豆子と一緒にお花畑へ向かった。
禰󠄀豆子はお花畑に着くと善逸に向き直った。何か覚悟を決めたような顔である。
「善逸さん、去年の返事、してもいいですか?」
「う、うん」
善逸は顔を真っ赤にしながら、禰󠄀豆子を見た。ドキドキという心音がめっちゃうるさい。
「私でよければ、よろしくお願いします!」
禰󠄀豆子は顔をこれ以上ないほど真っ赤にしてそう言った。
「え、ほ、ほんとに?」
「…はい」
禰󠄀豆子は俯きながらそう答える。善逸は嬉しすぎていつものように浮かれることができなかった。そのままそばにある禰󠄀豆子の体を抱きしめた。驚いたらしい禰󠄀豆子は小さくて少女らしい手を善逸の背中へ回して抱きしめ返した。そんな二人を祝福するかのように花びらを含んだ風が二人を優しく包んだ。
それから数年後。
「ねー、ねー、お母さん!」
肩の上で切り揃えた黒髪の女の子が禰󠄀豆子に話しかけた。
「なーに?明子」
禰󠄀豆子は少女…明子を膝の上に乗せる。明子ははしゃぎながら禰󠄀豆子に尋ねた。
「お母さんとお父さんは、どうして結婚したの?」
「そうねー」
禰󠄀豆子は少し考えた後、明子に
「お父さんが帰ってきたら話すね」
「えー」
禰󠄀豆子の答えに明子は少し残念そうな顔をする。
「ただいまー」
その時、玄関から声が聞こえた。
「お父さんだ!」
明子ははしゃいだ声を上げ、玄関へ走った。禰󠄀豆子もそれに続く。そこには一緒に仕事の見学に行っていた明子の兄、善一とお父さんこと善逸がいた。
「ねえねえ、お父さんとお母さんが出会った時の話してよ」
明子は善逸の手を引っ張って必死にせがんでいる。
「善一、お父さんの職場、どうだった?」
「すげーかっこよかった!」
善一は興奮気味である。一方で明子に禰󠄀豆子との出会いを必死に教えてと言われている善逸は居間で明子を膝に乗せていた。禰󠄀豆子も善一を膝の上に乗せる。
「お父さんとお母さんが出会った時はね…」
善逸は懐かしそうにあの時のことを語り始めた。
end