(食擬)ふかやま在る日、三つになる息子が言った。
「”ふかやま”はどこ?」
それが人なのか物なのか、私にはわからなかった。
息子はしきりに、机の下や縁の下を声を掛けながら覗き込む。”ふかやま”とは生き物なのだろうか。敷地に入り込んだ猫でも愛でているのだろうかと思った。
別の日には、玄関先で誰かを見送っていた。この家には私と息子しか住んでいない。”ふかやま”だろうか。
それを義父に相談してみた。私が十五の頃からお世話になっている義父は、いつものようにケタケタと笑った。彼曰く、幼子にはよくある現象らしい。お前にも覚えがないか?と、悪戯小僧のような眼差しで、義父はまた笑った。
生憎、私には心当たりがない。なので息子に直接聞いてみることにした。すると息子は小さな体を使い、身振り手振りでたくさん説明してくれた。
”ふかやま”は、よく居なくなる。たまに車で出かける。好き嫌いが多い。庭で遊んでると森のほうに居る。たまにゴミ箱から出てくる。……などなど、息子の中では、まるで座敷童のようにこの家へ住み着いているようだ。
見た目や大きさ、相貌といったものは一切語られなかったが、どうやら”ふかやま”は息子より年上らしい。なので敬称をつけるよう言い聞かせた。
私に見えない息子の知り合いは、彼にとって良い遊び相手のようだ。私の仕事の進捗によっては、あまり構ってやれないときがある。ひどいときは義父の宅へ泊まらせることもある。そんな心苦しさから、彼の『”ふかやま”さんごっこ』に付き合うのも良いと思った。
「”ふかやま”さんは今どこに居るんだい?」
今日は車で出かけたのだろうか。それとも庭にいるのだろうか。
息子のまろい指が、私の背後を示す。『見えてないの?』と言わんばかりの表情が、私の背筋を凍らせた。
「ちちうえのうしろにいるよ?」