大包平歓迎会で飲みまくって 翌朝起きたら大包平と全裸で同じ布団に寝ていた件。審神者が目覚めると、眼前に大包平の寝顔があった。
きれいな顔だ。通常の精悍な表情が無防備さらされて、格好良さよりも整った美しさが見て取れる。いや、待て。なんで大包平が横で眠っているのか? ここは自分の部屋で、自分の布団だ。つまり。
「――っ!??!!!?!?」
声にならない悲鳴を上げて、審神者は飛び起きた。そして今度こそ悲鳴をあげた。
「きゃーーー!?」
急いで布団を引っつかみ胸元へ寄せる。審神者は、なにも身に着けていなかった。彼女は全裸で寝る主義ではない。きちんとパジャマを着て寝る。なのに、なにも着ていない。と、いうことは。
「ん……ああ、起きたのか」
そして、自身の悲鳴で目覚めた大包平を見て、審神者は己の悪い予感が当たったことに意識が遠のきかけた。審神者が引いた布団から大包平の大きな体がはみ出ており、やはり彼も服を着ていなかった。
「お、おお、おおお」
青ざめた顔で審神者は状態を起こした大包平を見上げる。
「そうだ、大包平だ。どうした、主」
審神者の尋常でない様子に、しかし大包平は落ち着いていた。というより自分まで騒いでも事態が悪化しかしないといった風情だったが、審神者にはどうでもよかった。
「おえぇえええええきもちわるいよおぉおおおおおおぉ!」
審神者は胃の腑の底から叫んだ。
「あ、主!?」
口を押えて背を丸めた審神者に、今度こそ大包平はうろたえた。背をさすろうといったんは触れた手だったが、なにを思ったかひと撫でだけで引っ込めた。まあ素肌を撫で続けられるのも好意だろうが困るのでよかったが。
「うっ、うぇえ、これがもしかして、世に言う二日酔いってやつ……?」
この世の絶望を内蔵に詰め込まれたような最低の体調に、ひとまずお互い全裸であることを審神者は放り投げた。
大包平は政府主催の催しの報酬として昨日この本丸に迎えられたが、ちょうど審神者の二十歳の誕生日でもあった。というより、刀剣男士達が審神者の誕生日プレゼントもかねて主のために大包平獲得に励んでくれたのだが。
おかげで昨晩は審神者の誕生日会と大包平歓迎会で、飲めや歌えやのどんちゃん騒ぎ。審神者も生まれて初めて酒を飲んで存外にいけるクチだと判明し、次郎太刀と日本号にあれも飲めこれも飲めと美味い酒を存分につがれて――それ以降、記憶がない。
「二日酔い? なるほどな。もっと水を飲ませてから寝かせてやるんだった、すまない」
声音は殊勝だが尊大に謝る大包平に、審神者は地獄の底を這いずるような声音で聞いた。
「なにそれ、どういうこと。というか本当にこの状況はどういうことなの。なんで私達出会って一日もしてないのに全裸で一緒に寝てるの」
「ッ、覚えて、いないのか……!?」
「覚えてたらこんなこと聞かないから。あー……声もっと小さくしゃべって、頭に響く」
だが、審神者は聞いておきながらおおかたの答えはわかっていた。酒で酔った男女が翌朝同じ布団に全裸で寝ていたら、やったことなど一つしかない。
(も~~~最悪。こんなことで処女散らすとか、ありえない。人生最大の汚点だ。絶対にみんなには知られないようにしなきゃ。どうやって言い含めよう、大包平、ちゃんと隠し事はできるヤツかな)
目覚めたときこそ驚いたが、今は騒ぐ気にもならなかった。というよりこんなに体調が気持ち悪いのは生まれて初めてで、できるなら大包平など放って今すぐ横になって寝てしまいたい気持ちがまさる。
物心つくころから審神者たれと育てられて、普通の人間より自分が特異であることはわかっているが、刀剣男士と酔った勢いでセックスしてもこんなに理性的でいられるとは。
(当然だ。私は審神者で、刀剣男士達の主なんだから。こんな醜態、さらすのは一人でも十分すぎるくらいだ。よかったね、大包平。もし一振りしか与えられない刀でなかったら、刀解してたよ)
「その、昨夜のことなのだが」
「うん」
素直に声を落として話し始めた大包平に、なんとか意識を集中して審神者は耳をかたむける。ああ、本当に今すぐこの気持ち悪さをどうにかしてくれ。
「酔ったお前は新入りがどうのと俺に絡んできて離さなくてな。会がお開きになっても俺の膝の上に陣取って動こうとしなかったので」
「ちょっと待って。うん、確かにそこの記憶はないけど、それを本丸のみんなは見ていたわけ? 私が酔って前後不覚になっているさまを?」
「ああ」
「あああああああああああああああぁ」
自分であげた叫び声にダメージを受けて、審神者は悲鳴を止めた。大包平だけではない、全員に醜態をさらしていた事実に、審神者は死にたくなった。
「だ、大丈夫か?」
「大丈夫じゃないけど続けて」
「それで、結局主を俺が部屋まで運ぶことになった。とにかく布団に入れてくればいいと歌仙兼定に言われたのだが、部屋についた途端、盛大にお前が吐いてな」
「うっ、ごめん」
とっさに謝ったが、大包平はそんな相手を抱いたというのか。やっぱり刀解してやろうかこいつ。一瞬よぎった物騒な考えを、いやもしかしたら自分が大包平をその気にさせたのかもしれないかもしれないと、審神者は続きをうながす。
「どうしようか慌てていたら、とにかく汚れた服は脱がせて風呂場で洗ってくれとお前に言われた。とりあえず布団だけかけて、その通りにして戻ったらお前はもう寝ていた。俺の部屋はまだ聞いていなかったし、どうしたらいいかわからなかったので、しかたがないから俺も寝ることにした、というわけだ。思い出したか?」
「……は?」
なにが『というわけだ』だ。審神者は開いた口がふさがらなかった。
「な、ん、で、戻って歌仙にかえの着物を頼んだり自分の寝床を聞かなかったの?????!?!?」
今にも胸倉をつかんでがくがく揺さぶってやりたかったが、そういえばお互いすっぽんぽんだ。話を聞くより着替えるべきだった。どうやら理性的などとはほど遠く、自分は相当動揺しているらしい。
「そうしようとした。だが吐いたおかげが、お前はだいぶ酔いがさめたようでな、自身の情けない姿をこれ以上誰にも見たくないと俺を引き留めたんだ」
「え、そ、そうだったの」
自業自得。なんだ、結局己が全部悪かったのではないか。
「なんか、本当にごめん。ううん、謝っても謝りきれない」
「いい、気にするな。次郎太刀と日本号も最後には随分反省していた。お前が全て悪いわけではない。それに吐いたあと、主たらんとし他の刀剣男士を呼ぼうとしなかったこと、俺は気に入ったぞ」
「そ、そうありがと。……昨日のことはだいたいわかった。とりあえず、服を着よう。ええと、私が先に服を着るからむこう向いてて。私が着替えたら大包平ね。もし服が乾いてなかったら私が乾かして持ってくる」
そうして審神者はタンスから新しい服を出してまとった。大包平の服は、洗ったが干す場所がなく、浴室の床に置いてあって乾いていなかった。審神者はこそこそと乾燥室に行って大包平の服を乾かすと――宴会のおかげだろう、ほとんどの刀剣男士はまだ寝ているようでさいわい誰ともすれ違わなかった――大包平を着替えさせた。
「わかっているとは思うけど、このことは誰にも言わないように」
「もちろんだ」
大包平に割り当てる予定だった部屋へ男を案内して、審神者は部屋に戻りようやく横になった。ああ、これでやっと休める――。
しかし彼女は気付いていなかった。審神者を部屋に送り届けた後、戻ってくるであろう大包平を、初期刀である歌仙兼定が一晩中広間で待っていたということに。
了?