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#再録
#薬燭
#現パロ
#くりんば
#ホストと医学生
#続かない
#援交
#前後などない
#くりんば+薬燭+若干へしさに
#続きなどない
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告げられない想いに、行き場はあるのか
#再録
#薬燭
#現パロ
#援交
横顔が、ひどく傷ついたように憂いていたのには、気付いていた。
―今日は今までで一番…ひどくして欲しい―
ホテルの部屋に入って鍵を閉めたかと思うとその大人は呟いた。話しかける、というにはあまりに小さい声でしかし至近距離にいた自分の耳にはしっかりと届く。
「…何か、あったのか?」
いつもなら誰にも言えないバイトとして割り切っているので、こんな無粋な質問などしない。しかし今日はいつもとは違った。相手の大人がひどく傷ついた瞳をしていて、とてもこのままバイトの性行為に及びたいような雰囲気ではない。
だが相手は首を振って、こちらの質問への回答を拒んだ。
「おねがい、今日はいつもより出すから」
そう言って大人は財布の中からすべての万札を取り出して、こちらの手に握らせてくる。思わずその枚数を目視で確認してしまった程だ。軽く二桁はある札束に、余計この男の本気を垣間見て苛々した。
自分の把握していない所で勝手に傷つけられて、更に今自分にその傷口へ塩を塗る行為を手伝わせようとしているのが分かって。
「分かった」
しかし札を握らせている指先が震えているのに、了承せずにはいられなかった。
今ここで断って他の男の所へ行かれるのも腹立たしいのだ。この大人と自分はただの援助交際相手という、公には出来ない金銭の絡む関係でしかないというのに。
ぎゅっと札束を握って、制服のスラックスのポケットへと大雑把にそれを入れる。それから持っていた自分の通学用鞄を、まだ入っていない室内の廊下へと放ると、その上に学ランも一緒に投げた。
大人の鞄も奪って、同じように似た場所へと投げる。少し力加減を間違えて、叩き付けたと思うような音がしたが流して、相手の腕を掴み短い廊下を進んだ。
すぐにダブルベッドへと行き着いて、その場所に軽くはない男を投げるように押し倒す。されるがまま、シーツの上へと倒れた相手の上に乗り上げて、乱暴にシャツの釦を外した。何もかける言葉も、かけられる言葉もなくただ無言で。
何かがベッドの下へ飛んで行った音がしたが、きっと無理に引っ張ったせいで華奢な釦は取れてしまったのだろう。構わず晒すようにした素肌に触れてゆく。
前回と皮膚の表面には殆んど違いはないように見えた。違っているのは目に見えない部分なのだと、嫌でも思い知らされた気になる。今にも泣いてしまいそうな空気を纏ったままの大人に、何も与えてやれない子供の自分が腹立たしい。
「んっ!!ぅ゙、っぁ゙!」
苛立ったまま左側の乳首を思い切り抓ると、呻きながら彼が悶えた。まだ痛みの方が遥かに勝っていそうな声で、背中も耐えるように若干丸まっている。
しかし痛がった後で少しだけ、ほっとしたような顔をされるのがまた堪らなく嫌だった。これがこの男にとって、自傷行為と変わらないのだと直接、告げられているようで。
反対の乳首には、いつもより強めに噛み付いて歯型を残した。
「ッぅ゙…っく、……っ!!」
まるで痛みしかないと思われる呻き声は、彼が無理矢理に奥歯を噛んだ事によって聞こえなくなる。ただ鼻から抜ける息遣いが小刻みで、とても隠せているとは思えなかった。
それから徐々に下へ、普段なら相手を喜ばせるためだけに皮膚の表面を丹念に撫でたり舐めたりする所だが、今日に限ってそんな行為は求められていない。
自分の頼りない腕の中で、少しずつ確実に変化していく大人を観察しているのが好ましいのだが、そんな本音も今日は特に聞きたくないだろう。そんな空気を光忠とだけ名乗った男は纏っている。
相手のスラックスへ手を伸ばして、留金を外すとすぐにジッパーも下ろした。明らかに反応していない相手の性器を下着越しに確認するが、ここでやめる訳にもいかない。
仕方なしにスラックスも下着も一緒に、強引に脱がせて下半身を晒させた。それから後頭部の髪を片手で掴むと、強制的に俯せにさせる。
「…枕でも噛んでな」
こんな言葉をかけたい訳ではない。だが、他に言える言葉など、自分は持ち合わせていなかった。
「ぅんん…んっ」
何かを言いたそうなくぐもった声が聞こえた気がしたが、聞こえないふりをする。移動の際に制服のポケットへ入れ替えておいたワセリンを取り出して、指先へ乗せた。いくらひどくしろと言われても、怪我をさせる約束をした覚えはない。
それを後ろへ塗ろうと指先が触れれば、相手が振り返ってこちらの動きを阻止した。
「今日は…慣らさないで、大丈夫だから…!」
全く大丈夫には見えない大人の掴んでくる手の力が強くて、思わず顔を顰める。彼が掴んでいる自分の手首は、止血でもされているようだ。
「いくらあんたでも慣らさなきゃ入らねぇだろう。この手を退けな」
だが何を言われても、こちらとて譲る気はない。自分の目の前でただ傷付く姿を見ているのは嫌だった。例えば今、彼を傷つけているのが自分でも。その根底にある傷を作ったのが自分以外の誰かなのが、特に許せなかった。
「入るよっ…本当に、大丈夫だから、…優しくしないで」
一秒も、と続いた言葉に自分の頭の血管が切れた音が聞こえた気がした。頭に血が上ったまま少し力が緩んだ手を振り払って、軟膏の乗った指先を大人の尻の穴に捩じ込む。
「ァ゙あ゙ぁっ…!!」
不意をついたのもあってか、無防備な悲鳴が上がった。それはそうだろう。毎回念入りに、慎重に解しているこの場所は、今日はまだ全く濡れていない。
そんな固く閉ざした場所に、軟膏が塗ってあるとは言えいきなり指を突き入れればこういう反応をせざるを得ないのは明白だった。こうなる事を分かっていて我慢が利かなかったのは、自分の我儘を通したかったからかも知れない。
「っ全然、大丈夫じゃねぇだろ…!」
男の瞳から、一粒だけ流れた生理的な涙を見てついぼやく。
痛みに震えている背中から相手を片腕で抱きしめて、シャツ越しにその背中へ唇を落とした。今日は体温が低いのか、シャツ越しでも身体が冷えているように感じる。震えながら、相手はベッドへ静かに沈んだ。
内側に押し入れた指を引き抜いて、またそこに軟膏を取ると大人の後ろへとゆっくり塗りつけてゆく。なるべくいつもと同じように、いつもより優しく出来るように。
「…っや、だ、…薬研、く、…それ、嫌だ……ぉ、ねが…っ…」
力なく頭を左右に振って、光忠は哀願しているようだった。震える手が、枕を握っているのが見える。
こんな日に、今にも消えいってしまいそうな程弱っている大人を前に、欲情している自分すら許せなかった。それなのに、相手の後ろを解す手も止められない。最悪だ。
今この場で自分が何をしてもそれが正しいとは思えないのに、この男に対して何をしてやりたいのかも分からない。分かるのは、相手の身体の反応する場所だけ。まだ覚えて間もない男同士の、身体の重ね方だけ。本当は泣きたいであろう相手の心情だけ。
それに、頼っても貰えない未熟な己自身。
吐き気がした。
「もっ…やだ…!!ぼくの、言うこと、聞けない、っなら、…お金、…返して!」
耐えられなかったのは、こちらだけではないようだ。涙目で、頭だけこちらに振り返った大人に睨まれる。内側に埋めていた指を引き抜いて、相手から体も離した。
この言葉に、正直ほっとした自分が居た。
「あぁ、全部返す」
制服のポケットに突っ込んでいた札束を、全てその場にばら撒く。明白に目を見張った相手を、立ち膝になって微妙に上から見下ろした。それから、動きを止めたその顔を両手で挟む。
健康的な色艶をした頬は少しだけ熱くて、冷え始めている自分の指先に優しかった。
「やげ、…!?」
名を呼ばれる前に唇を塞いだ、つもりだったのだがそれは相手の掌によって防がれていた。
「…っな、んで…、だって、キスはしないって、…そういう約束なのに」
「悪いが、…今日に限ってそんなもん、聞いてられねぇ」
自分の口を塞いできた掌を軽く噛んで、相手の手首を掴む。当然自分より華奢ではない大人の手首は、自分のような子供が押さえつけられるようには見えない。
それなのに、相手の腕にはそれほど力が入っているようには思えなかった。
「っひどい、やだ…やめて、なんでっ…今日は、いつもより、言うこと、…聞いてくれないんだ」
俯いて文句を言う姿は、まるで泣いているようだ。相手の手首を掴んでいる手にまた力を入れて、その顔に自分の顔を寄せる。
「あんたが、……そんな傷ついた顔、してるからだろう」
びくっ、と彼の肩が揺れた。少しだけ顔を上げた相手に構わず、言葉を紡いだ。
「誰にやられた? 言ってくれ、あんたの代わりに俺が殴ってきてやる」
戸惑いがのった、金色の瞳は動揺で揺れている。うっすらと張った涙の膜のせいで、それは今にも零れ落ちてしまいそうだ。
「やげんくん…」
くしゃっと彼の目元が歪んで、その声はひどく頼りなく震えていた。普段の彼からは、とても想像の出来ない有様だ。
「何でもいい…あんたが話したいことを話してくれ。本当に必要なら、その相手の名を言ってくれて構わない、何でもする」
額同士が触れそうで触れない距離、それを保って相手の顔を覗き込む。だが、光忠は何も言わなかった。ただ軽く唇を引き結んで、頭を左右に振るだけ。
「…っだめ、駄目、だよ…君に、関わって欲しくない…!それに、もう、僕に…っ」
やさしくしないで
掠れた声に、心臓を思いきり掴まれたようだ。目に見えて苦しんでいるのは、自分の正面にいる大人なのに、自分も苦しくて呼吸が止まったようだった。
水の中に突然放り込まれたように苦しくて、酸素を求めて口を開く。そのまま相手の口に噛み付いた。
「ッ!!」
キスの仕方など知らない。この大人は肝心な時にいつもずるいから、教えてくれなかった。ただ自分からも教えて欲しいと言った事は一度もない。
最初に、恋人ではないからキスだけはしないよ、と釘を刺されていたのもあって。
「っひ、どい…!やだ、ひどいよっ、やめて…!…本当に、嫌だ…どうし、てっ…」
唇を離した瞬間に文句を言い出す口を、何度も塞いだ。今度は噛み付かないでちゃんと、唇同士が重なるように。何度も何度も、角度を変えて。
「いやだって…いってる、のに…」
遂にぽろぽろと泣き出した大人の頬を親指で拭って、その涙を払う。止まる気配のないそれも、何度も指で払って頬を撫でた。出来るだけ優しく。
「…いつも、好き勝手、ばっかり、なのに…なんで、今日に、…限って」
嗚咽混じりの相手の言葉を、ただ黙って聞いた。唇を塞ぐのはやめて、抱きしめると大きな背中を撫でてやる。ただゆっくりと、泣いている弟にするみたいに。
「やさしく、するの…もう、ほんと、信じられ、っない、…ひどい」
今日一日で何度「ひどい」と言われたのか分からないが、ひどいのはお互い様だろうと思う。
最初にひどくしてと言ってきたのは、あんただろうにと内心だけで返した。
「…あぁ、全部俺っちのせいにしろ」
その方がマシだ。見知らぬ誰かに、この男の心を占領され続けるよりかは何倍も。
「今日は何時まででも付き合うぜ」
あんたが泣き止んでくれるなら。その傷が、少しは癒えるなら。
家出を疑われて身内に騒がれる数時間後の未来も、今日は受け入れられる覚悟だ。どんなに自分の成長の遅さを忌々しく思っても、急に大人にはなれない。
ただ今すぐ大人になれなくとも、出来ることはある。
「…きみは、ほんとうに、…ひどいよ」
泣き言を流して、相手を抱きしめたままベッドへ倒れた。今日はこのまま、何もせずにただ抱き合っているだけでいいと思えた。
#前後などない
#再録
#薬燭
#現パロ
#援交
横顔が、ひどく傷ついたように憂いていたのには、気付いていた。
―今日は今までで一番…ひどくして欲しい―
ホテルの部屋に入って鍵を閉めたかと思うとその大人は呟いた。話しかける、というにはあまりに小さい声でしかし至近距離にいた自分の耳にはしっかりと届く。
「…何か、あったのか?」
いつもなら誰にも言えないバイトとして割り切っているので、こんな無粋な質問などしない。しかし今日はいつもとは違った。相手の大人がひどく傷ついた瞳をしていて、とてもこのままバイトの性行為に及びたいような雰囲気ではない。
だが相手は首を振って、こちらの質問への回答を拒んだ。
「おねがい、今日はいつもより出すから」
そう言って大人は財布の中からすべての万札を取り出して、こちらの手に握らせてくる。思わずその枚数を目視で確認してしまった程だ。軽く二桁はある札束に、余計この男の本気を垣間見て苛々した。
自分の把握していない所で勝手に傷つけられて、更に今自分にその傷口へ塩を塗る行為を手伝わせようとしているのが分かって。
「分かった」
しかし札を握らせている指先が震えているのに、了承せずにはいられなかった。
今ここで断って他の男の所へ行かれるのも腹立たしいのだ。この大人と自分はただの援助交際相手という、公には出来ない金銭の絡む関係でしかないというのに。
ぎゅっと札束を握って、制服のスラックスのポケットへと大雑把にそれを入れる。それから持っていた自分の通学用鞄を、まだ入っていない室内の廊下へと放ると、その上に学ランも一緒に投げた。
大人の鞄も奪って、同じように似た場所へと投げる。少し力加減を間違えて、叩き付けたと思うような音がしたが流して、相手の腕を掴み短い廊下を進んだ。
すぐにダブルベッドへと行き着いて、その場所に軽くはない男を投げるように押し倒す。されるがまま、シーツの上へと倒れた相手の上に乗り上げて、乱暴にシャツの釦を外した。何もかける言葉も、かけられる言葉もなくただ無言で。
何かがベッドの下へ飛んで行った音がしたが、きっと無理に引っ張ったせいで華奢な釦は取れてしまったのだろう。構わず晒すようにした素肌に触れてゆく。
前回と皮膚の表面には殆んど違いはないように見えた。違っているのは目に見えない部分なのだと、嫌でも思い知らされた気になる。今にも泣いてしまいそうな空気を纏ったままの大人に、何も与えてやれない子供の自分が腹立たしい。
「んっ!!ぅ゙、っぁ゙!」
苛立ったまま左側の乳首を思い切り抓ると、呻きながら彼が悶えた。まだ痛みの方が遥かに勝っていそうな声で、背中も耐えるように若干丸まっている。
しかし痛がった後で少しだけ、ほっとしたような顔をされるのがまた堪らなく嫌だった。これがこの男にとって、自傷行為と変わらないのだと直接、告げられているようで。
反対の乳首には、いつもより強めに噛み付いて歯型を残した。
「ッぅ゙…っく、……っ!!」
まるで痛みしかないと思われる呻き声は、彼が無理矢理に奥歯を噛んだ事によって聞こえなくなる。ただ鼻から抜ける息遣いが小刻みで、とても隠せているとは思えなかった。
それから徐々に下へ、普段なら相手を喜ばせるためだけに皮膚の表面を丹念に撫でたり舐めたりする所だが、今日に限ってそんな行為は求められていない。
自分の頼りない腕の中で、少しずつ確実に変化していく大人を観察しているのが好ましいのだが、そんな本音も今日は特に聞きたくないだろう。そんな空気を光忠とだけ名乗った男は纏っている。
相手のスラックスへ手を伸ばして、留金を外すとすぐにジッパーも下ろした。明らかに反応していない相手の性器を下着越しに確認するが、ここでやめる訳にもいかない。
仕方なしにスラックスも下着も一緒に、強引に脱がせて下半身を晒させた。それから後頭部の髪を片手で掴むと、強制的に俯せにさせる。
「…枕でも噛んでな」
こんな言葉をかけたい訳ではない。だが、他に言える言葉など、自分は持ち合わせていなかった。
「ぅんん…んっ」
何かを言いたそうなくぐもった声が聞こえた気がしたが、聞こえないふりをする。移動の際に制服のポケットへ入れ替えておいたワセリンを取り出して、指先へ乗せた。いくらひどくしろと言われても、怪我をさせる約束をした覚えはない。
それを後ろへ塗ろうと指先が触れれば、相手が振り返ってこちらの動きを阻止した。
「今日は…慣らさないで、大丈夫だから…!」
全く大丈夫には見えない大人の掴んでくる手の力が強くて、思わず顔を顰める。彼が掴んでいる自分の手首は、止血でもされているようだ。
「いくらあんたでも慣らさなきゃ入らねぇだろう。この手を退けな」
だが何を言われても、こちらとて譲る気はない。自分の目の前でただ傷付く姿を見ているのは嫌だった。例えば今、彼を傷つけているのが自分でも。その根底にある傷を作ったのが自分以外の誰かなのが、特に許せなかった。
「入るよっ…本当に、大丈夫だから、…優しくしないで」
一秒も、と続いた言葉に自分の頭の血管が切れた音が聞こえた気がした。頭に血が上ったまま少し力が緩んだ手を振り払って、軟膏の乗った指先を大人の尻の穴に捩じ込む。
「ァ゙あ゙ぁっ…!!」
不意をついたのもあってか、無防備な悲鳴が上がった。それはそうだろう。毎回念入りに、慎重に解しているこの場所は、今日はまだ全く濡れていない。
そんな固く閉ざした場所に、軟膏が塗ってあるとは言えいきなり指を突き入れればこういう反応をせざるを得ないのは明白だった。こうなる事を分かっていて我慢が利かなかったのは、自分の我儘を通したかったからかも知れない。
「っ全然、大丈夫じゃねぇだろ…!」
男の瞳から、一粒だけ流れた生理的な涙を見てついぼやく。
痛みに震えている背中から相手を片腕で抱きしめて、シャツ越しにその背中へ唇を落とした。今日は体温が低いのか、シャツ越しでも身体が冷えているように感じる。震えながら、相手はベッドへ静かに沈んだ。
内側に押し入れた指を引き抜いて、またそこに軟膏を取ると大人の後ろへとゆっくり塗りつけてゆく。なるべくいつもと同じように、いつもより優しく出来るように。
「…っや、だ、…薬研、く、…それ、嫌だ……ぉ、ねが…っ…」
力なく頭を左右に振って、光忠は哀願しているようだった。震える手が、枕を握っているのが見える。
こんな日に、今にも消えいってしまいそうな程弱っている大人を前に、欲情している自分すら許せなかった。それなのに、相手の後ろを解す手も止められない。最悪だ。
今この場で自分が何をしてもそれが正しいとは思えないのに、この男に対して何をしてやりたいのかも分からない。分かるのは、相手の身体の反応する場所だけ。まだ覚えて間もない男同士の、身体の重ね方だけ。本当は泣きたいであろう相手の心情だけ。
それに、頼っても貰えない未熟な己自身。
吐き気がした。
「もっ…やだ…!!ぼくの、言うこと、聞けない、っなら、…お金、…返して!」
耐えられなかったのは、こちらだけではないようだ。涙目で、頭だけこちらに振り返った大人に睨まれる。内側に埋めていた指を引き抜いて、相手から体も離した。
この言葉に、正直ほっとした自分が居た。
「あぁ、全部返す」
制服のポケットに突っ込んでいた札束を、全てその場にばら撒く。明白に目を見張った相手を、立ち膝になって微妙に上から見下ろした。それから、動きを止めたその顔を両手で挟む。
健康的な色艶をした頬は少しだけ熱くて、冷え始めている自分の指先に優しかった。
「やげ、…!?」
名を呼ばれる前に唇を塞いだ、つもりだったのだがそれは相手の掌によって防がれていた。
「…っな、んで…、だって、キスはしないって、…そういう約束なのに」
「悪いが、…今日に限ってそんなもん、聞いてられねぇ」
自分の口を塞いできた掌を軽く噛んで、相手の手首を掴む。当然自分より華奢ではない大人の手首は、自分のような子供が押さえつけられるようには見えない。
それなのに、相手の腕にはそれほど力が入っているようには思えなかった。
「っひどい、やだ…やめて、なんでっ…今日は、いつもより、言うこと、…聞いてくれないんだ」
俯いて文句を言う姿は、まるで泣いているようだ。相手の手首を掴んでいる手にまた力を入れて、その顔に自分の顔を寄せる。
「あんたが、……そんな傷ついた顔、してるからだろう」
びくっ、と彼の肩が揺れた。少しだけ顔を上げた相手に構わず、言葉を紡いだ。
「誰にやられた? 言ってくれ、あんたの代わりに俺が殴ってきてやる」
戸惑いがのった、金色の瞳は動揺で揺れている。うっすらと張った涙の膜のせいで、それは今にも零れ落ちてしまいそうだ。
「やげんくん…」
くしゃっと彼の目元が歪んで、その声はひどく頼りなく震えていた。普段の彼からは、とても想像の出来ない有様だ。
「何でもいい…あんたが話したいことを話してくれ。本当に必要なら、その相手の名を言ってくれて構わない、何でもする」
額同士が触れそうで触れない距離、それを保って相手の顔を覗き込む。だが、光忠は何も言わなかった。ただ軽く唇を引き結んで、頭を左右に振るだけ。
「…っだめ、駄目、だよ…君に、関わって欲しくない…!それに、もう、僕に…っ」
やさしくしないで
掠れた声に、心臓を思いきり掴まれたようだ。目に見えて苦しんでいるのは、自分の正面にいる大人なのに、自分も苦しくて呼吸が止まったようだった。
水の中に突然放り込まれたように苦しくて、酸素を求めて口を開く。そのまま相手の口に噛み付いた。
「ッ!!」
キスの仕方など知らない。この大人は肝心な時にいつもずるいから、教えてくれなかった。ただ自分からも教えて欲しいと言った事は一度もない。
最初に、恋人ではないからキスだけはしないよ、と釘を刺されていたのもあって。
「っひ、どい…!やだ、ひどいよっ、やめて…!…本当に、嫌だ…どうし、てっ…」
唇を離した瞬間に文句を言い出す口を、何度も塞いだ。今度は噛み付かないでちゃんと、唇同士が重なるように。何度も何度も、角度を変えて。
「いやだって…いってる、のに…」
遂にぽろぽろと泣き出した大人の頬を親指で拭って、その涙を払う。止まる気配のないそれも、何度も指で払って頬を撫でた。出来るだけ優しく。
「…いつも、好き勝手、ばっかり、なのに…なんで、今日に、…限って」
嗚咽混じりの相手の言葉を、ただ黙って聞いた。唇を塞ぐのはやめて、抱きしめると大きな背中を撫でてやる。ただゆっくりと、泣いている弟にするみたいに。
「やさしく、するの…もう、ほんと、信じられ、っない、…ひどい」
今日一日で何度「ひどい」と言われたのか分からないが、ひどいのはお互い様だろうと思う。
最初にひどくしてと言ってきたのは、あんただろうにと内心だけで返した。
「…あぁ、全部俺っちのせいにしろ」
その方がマシだ。見知らぬ誰かに、この男の心を占領され続けるよりかは何倍も。
「今日は何時まででも付き合うぜ」
あんたが泣き止んでくれるなら。その傷が、少しは癒えるなら。
家出を疑われて身内に騒がれる数時間後の未来も、今日は受け入れられる覚悟だ。どんなに自分の成長の遅さを忌々しく思っても、急に大人にはなれない。
ただ今すぐ大人になれなくとも、出来ることはある。
「…きみは、ほんとうに、…ひどいよ」
泣き言を流して、相手を抱きしめたままベッドへ倒れた。今日はこのまま、何もせずにただ抱き合っているだけでいいと思えた。
#前後などない
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