姉妹ごっこ「この前、四人兄弟の子に踊りを教えたの」
モアナは久々に会ったマウイに近況を語っていた。
「へえ」
「すごく仲良しなの。私、兄弟がいないから羨ましくて」
モアナがそう言うとマウイは顎に手を置いてしばらく考え込んだ。
「確か、きょうだいって似てることが多いんだよな?」
マウイは自分の顎から手を離すと、モアナに質問した。
「そうね、似ていることが多いかな」
モアナの答えにマウイは頷き、釣り針を構えた。
もしかするとマウイは年の近い兄弟みたいな姿に変身してくれるのだろうか。モアナはそう思った。
マウイが深く息を吐くと釣り針が青白く光る。釣り針が一閃し、マウイは少女の姿に変わった。モアナは目を白黒させた。
「お、女の子にもなれるの?」
「ああ」
マウイの返答に思わずモアナは噴き出した。普段よりは高いが男性の声には変わりない。
「声はあまり変わらないのね」
「もう少し高くなると思ったけどな」
マウイが苦笑する。
「でもすごいわ、服も変えられるなんて!」
服はモアナの服と同じ形だが、鮮やかな緑色の布地になっている。こんな鮮やかな色の布はなかなか目にかかれないだろう。
「もしかして、私の服に似せてる?」
「悪いが服以外も似せてるつもりだ。お前が嫌だったらやめる」
服に限らず、変身したマウイの姿はモアナとよく似ていた。違いといえば彼女より少し背が高いことと全身のタトゥー、右手の甲はいつもと異なった釣り針のタトゥーが入っていることだろう。
「嫌じゃないわ。お姉ちゃんがいたら、こんな感じだったのかしら」
モアナは歓声を上げる。
「ならよかった」
マウイは安心したように微笑んだ。
「そういえばタトゥーはどうなってるの?」
モアナとよく似た衣服を纏っているため、マウイの胸のタトゥーは服で隠れている。
「さあな」
マウイのはぐらかした態度を見てモアナはますます胸のタトゥーが気になった。
「……見てもいい?」
「だめだ」
「普段見てるのに」
モアナは首を傾げた。
「変身したときは脱げないんだ」
マウイはとっさに嘘をついた。服を脱ぐこと自体はできるが、モアナに似た姿で脱ぐことには抵抗があった。
「そうなのね」
「悪いな」
モアナはミニ・マウイが自分とよく似た姿に変身しているのか気になりながらも、それ以上は言及しなかった。
「やってみたいことがあったら教えてくれ。服を脱ぐ以外でな」
「えーっと……」
モアナは悩んだ。兄弟姉妹がいたら何をしたいかを考えたことは幾度かあった。しかし、今日その願望が叶えられるとは思わなかった。モアナは考え込んで髪を絞るような仕草をする。そして自分の仕草を見てあることを思い出した。
「そうだわ」
「思いついたか?」
モアナの言葉を待ち望んでいたようにマウイが振り向いた。モアナとそっくりの大きな目を輝かせている。モアナは思わず笑みを浮かべる。
「髪を結ってもいいかしら?」
モアナが訊いた。
「髪?」
「姉妹で髪を結ってる子を見て憧れてたの」
「髪か……」
マウイは髪を触った。思い返すと他人に自分の髪を触らせたことはほとんどなかった。
「いいけど、俺で大丈夫か?」
「勿論よ。ちょっと待ってて」
モアナは張り切った様子で屋内に戻った。少しすると、手入れ用の香油と櫛、紐、そして花飾りを持ってきた。
モアナは櫛に香油を塗るとマウイの髪をゆっくりと梳かし始めた。香油がほのかに香ってくる。
「そこまでやんなくてもいいさ」
マウイが苦笑する。
「こうしたほうが綺麗にまとめやすいの。見ててね」
そう言ってモアナはマウイの髪を編み上げていく。マウイはあっという間に自分の髪が編み上げられるのを感心しながら眺めた。
「花飾りはどれがいいかしら?」
モアナは持ってきた花飾りたちをマウイに見せる。
「これかな」
マウイが指差したのは濃いピンクの花飾りだった。
「これ?私もお気に入りなの」
モアナは濃いピンクの花飾りを手に取った。赤に近い色のその花飾りは彼女によく映える。
「左と右、どっちにつける?」
「……左で」
マウイの答えに頷くと、モアナは彼の髪を左耳にかけ、その上に花飾りを挿した。
「似合ってるわ」
「そりゃどうも」
彼女の姿に似合う花飾りを選んだから当然だ。当然……。
「やっぱり花飾り返すよ」
マウイはモアナの髪に花飾りを挿した。自分が挿してもらった左耳の上に。彼女は名残惜しそうな表情をした。
「花飾りのワガママが聞こえてきたんだ。お前につけてもらいたいって」
「聞こえなかったけど?」
「人間にはわからないだけさ」
本当か冗談かわからないマウイの言葉にモアナは苦笑した。
「今日はありがとう」
別れ際、モアナはマウイにハグをした。彼女瓜二つに変身したマウイの今の体格は彼女とあまり変わらない。
「ユアウェルカム」
変身したときの姿によって腕力や脚力も変わってくる。今のマウイは彼女と大差のない力だ。彼は普段より彼女を強く抱き締める。マウイが抱き締めたとき、モアナの髪からは彼と同じ香油がかすかに香った。