誰にも、あげない・8 光忠と三日月が結ばれてから数日。ふたりの間にそこはかとなく漂う甘ったるい空気に何となく察した者もいれば、相変わらず仲がいいなとしか思わない者もいた。光忠は元々三日月の世話をやいていたし、三日月は世話され好きを公言している。三日月があまり他人と距離を取らず、スキンシップが好きということもあって前とほとんど変わらないのもふたりの仲が浸透するのに時間がかかっている理由のひとつになるだろう。
表立って言うことでもないし、契った相手がいるのは光忠達だけではない。ふたりはゆっくりと愛を育てていっていた。
光忠の気持ちをわかっていた鶴丸はその様子を微笑ましく見守っていたし、三日月が楽しげにしているのを見るのが好きな鶯丸も茶が美味いと笑っているし、三日月の体調も少しずつだが戻り、優しい微笑みを浮かべていることが増えたから本丸の雰囲気もいい。
「さて…おや、今日は内番が入っておったか。平野と庭掃除とな。ふむ…」
遠征の時以来、ほとんど顔を合わせることのなかった平野と内番が組まれていた。三日月は作務衣に着替えて庭へとおりる。
「もう来ておったのか、平野。用意までさせてすまなんだな」
既に平野が来ていて、掃除道具まで揃えているのを見る。三日月はバンダナを巻きつつ歩み寄った。
「いえ、お気になさらず!始めましょうか、三日月様」
「そうだな」
渡された竹箒で落ち葉を掃いて集めていく。夏が近いとはいえ、葉は絶対に落ちないというわけではないので少し時間をかければ結構な山になる。この本丸は庭が広いのでなかなか重労働だ。
「三日月殿、平野、少し休憩にしませんかな」
三日月の竹箒を持つ手が止まった。振り返れば一期一振が盆にお茶と茶菓子をのせて立っているではないか。確かに喉は乾いているし、小腹もすいた。
「三日月様…お方様、参りましょう?」
平野に袖を引かれて観念する。三日月は竹箒を立てかけて、縁側に座った。三日月と平野の間に盆が置かれ、それぞれに湯のみを渡す。甲斐甲斐しく動いている一期を見るのは珍しく、何故か視線がはずせないでいた。
「三日月殿。ひとつお伺いしたいことがございまして」
「…で、あろうな。わざわざ茶をいれて持ってきて。何が訊きたい」
途端に不機嫌になった三日月を平野が不安げに見上げたが、三日月はそれに配慮してやる余裕がない。
「大坂城にいた頃、あなたの髪は今より長かったですか?」
「髪?…はて…」
「長かったですよ、お方様。綺麗な御髪で、柘植の櫛で毎日お世話するのが楽しみなくらいに。いちにいが城にいらっしゃる間はもちろんいちにいがされていましたが」
「…平野…」
なるほど、平野は一期と自分が再び夫婦となることを望んでいるらしい。確かにずっとお方様と呼びたかったと言っていたし、大坂城にいた頃のような状況がまた作り出せると思っているのだろう。
だが、自分は…。
「平野、過去の話はもうせぬようにと、俺は言ったはずだが。俺にしてはきつめに伝えたと思うがな」
珍しい三日月からの叱責に、平野は俯いた。その様子を見ていた一期はどこか理不尽なものを感じて平野の頭を撫でた。
「三日月殿。平野を責めんでください。私が失った過去のことを思い悩んでいるのを見かねて、こうして場を設けてくれたのです」
「それが余計というのだ。過去に囚われることのないようにと、ずっとそっとしておいてやったというのに。忘れたならそれはそれでよい。言うても詮無いことなのだ。俺も忘れる。それでよかろう?」
湯のみを盆に戻して立ち上がろうとした三日月の手首を一期が掴む。
「よくはありませんな」
「一期…」
「大坂城でのことを失った私に、忘れると言われるあなたを責める資格がないのはわかっております。しかしながら、そこまで私を避けられる理由は何なのでしょう。…平野はこの場を設けてくれただけで、詳しいことは話してくれてはおりません。薬研が口止めをしているのだと。ですから私は、弟達からではなく、あなたから直接伺いたいと思っているのです」
「…傲慢な。再刃されても性根は変わらぬか」
「三日月殿、それは…」
言い募ろうとしたところでまたも邪魔が入った。
「三日月、光坊が帰ってきたぜ。出迎えてやってくれ」
「!!…ありがとう、つる。行ってくる」
一期の手を振りほどいて三日月が駆け出す。まるで逃げるように。声をかける間さえなかった。
「鶴丸殿…」
「平野、前田達も戻ってきてる。お前も出迎えてやれ」
「は、はい…」
鶴丸は平野も去らせて、縁側に座った。それまで三日月が座っていたところだ。
「…なあ、一期。同じ蔵で御由緒物として過ごしたよしみだ、だから言ってやるんだがな。三日月のことはもう放っておいてやれ。このところの様子を見てもわかるだろう。三日月は光坊と付き合ってる。三条も公認の付き合いだ。光坊は恐ろしいほどのやきもちやきでな。さっき三日月の手首を掴んでいたようだが、それを知ったら三日月が叱責されるかもしれんな」
「そのような…。いやそれにしても、放っておいてやれと言われるのは何故でしょう。私が過去を知りたいと思うのは、不可抗力ではないですか?」
自分が追求したいと思ったことが二度も阻まれて、一期は相当不機嫌だった。付き合いの長い鶴丸に対してもそれを隠そうとしない。
「あのなあ、一期。お前の弟の鯰尾みたいに過去は気にしてやらないと切り捨てたらどうなんだ。そうするのが一番いいんだぜ?」
「…そうできれば、よかったかもしれませんな。ですが、このあたりが、痛くてたまらんのです。穴が空いたみたいに、虚ろで、痛くて…。先日の満月の夜、三日月殿に声をかけた時、幻を見ました。私によく似た男が、瑠璃紺の狩衣を纏った髪の長い人の手を引いて幸せそうに歩いている幻を…。あれは一体誰なのです…鶴丸殿、教えてくださいませんか…」
床に拳を軽く打ち付け、一期は蹲る。その幻がかつてのお前達だと伝えるのは容易い。それで全てが解決するのなら。だがそれを鶴丸が伝えていいわけがないのだ。三日月が絶対に頷かないだろうし、今更何を思い出してほしくもないだろう。やっと、本当にやっと、前を向いて歩き出したのだ。
「一期、お前本当に忘れているのか?その幻が何か、思い出しているんじゃないのか?」
「…何故、そのようなことを…?」
ピタ、と一期の動きが止まる。
「何か欠片を思い出して、それを三日月に突きつけて、三日月から言質を取ることで確かにしようとでもしていないか?」
「…ですが三日月殿は、隠そうとしておられる。過去に囚われぬようにそっとしておいてやったとまで言われた。私はそんなこと望んではおりません。頼んでなどおりません。それを決めるのはあの方ではないでしょう??」
次の瞬間。鶴丸の纏う空気が一気に殺気を帯びた。反射のように一期が反撃を繰り出せるように構える。
「三日月の優しさを、心遣いを、そんな風に言ってくれるな。三日月は、たったひとりで、ずっと抱えてきたんだ。…俺には、それ以上のことは言えんよ」
門の方から賑やかな声が聞こえてくる。鶴丸はぱっと表情を変えて身体を翻した。
「…もう、三日月は幸せになっていいんだ、一期」
そう言い残して。
何かおかしい。帰還した光忠は思った。作務衣姿の三日月が駆け寄ってきて、おかえり、と抱きついたかと思うと離れようとしない。もちろん抱きとめてただいまとも言ったし、みんなが見てるよ?いいの?とも言ったが、三日月は離れない。
「三日月?何かあったの?」
「…何もない。こうしていたいだけだ」
まだ砂埃まみれで、着替えてもいない。このままでは三日月も汚れてしまう。どうしたものかと顔を上げれば鶴丸が小さく頷く。
『…何かあったんだな』
だがそれを口にすることなく、光忠は三日月を抱き上げた。
「着替えたいから、部屋に戻るよ。一緒においで」
どうしたじいさんと和泉守が気にして声をかけてきたが、三日月がそれに反応する気配もない。いよいよおかしい。
「…三日月、ついたよ。ほら、僕とあなたとふたりきりだ。もう大丈夫」
部屋に入ってそっとおろせば、ようやく三日月は光忠から離れて座り込んだ。だが心もとないのか光忠の燕尾服の裾を握りしめている。
「このあと僕は非番だから、一緒にいるよ。大丈夫だからね?」
とりあえずと着替えて三日月の目の前に座る。当たり前に抱きついてきたので膝にのせて抱きしめた。
「僕の可愛い甘えん坊のお姫様」
優しく呼びかければ三日月が瞳を潤ませて見上げてきた。不安そうな、だがどこか恍惚としたような、心の揺らぎが手に取るようにわかる瞳。この人の感情を推し量るのは、笑顔ではなくて瞳なんだよな、と心のうちではいつも思っている。
「…一期が何か心にひっかかっているようなのだ…」
「え?」
「平野と内番をしていたら、休憩にしてはと一期が茶を持ってきて。無碍にも出来ず縁側に座ったら、俺が昔、髪が長かったかどうか、訊いてきた。…平野は、また昔みたいになることを願っているみたいで、俺が髪が長かったことを一期に知らせてしもうて…。一期は、何か気付いているのではなかろうか…思い出しでもし たのか…?しつこいので離れようとしたら手首を掴まれた…」
三日月は一期にされたことを光忠に隠すことなく伝えた。見せてきた左手首はうっすらと赤くなっている。
「平野も薬研も教えてくれぬゆえ、俺に直接訊きたいと。だが俺は、俺も忘れるからお前も忘れろと言ったのだ。思い出してほしいなど、もう思っておらぬのに…」
「三日月…」
「俺は、光忠と生きていくと決めたのに。どうして、今更…」
ひどく怯えている三日月を優しく抱きしめて、光忠は宥める。
「ありがとう、三日月」
「…え?」
「ありがとう。ちゃんと正直に話してくれて。そして僕のことを取ってくれて。あなたの気持ちを疑ったことはないけど、こうして言葉にしてもらうと、すごく嬉しいよ」
赤くなってしまった手首をそっと取って口づけを落とすと、三日月はぽろ、と涙を零した。
「三日月、愛してるよ。大丈夫、あなたのことは僕が守ってみせる。誰にもあげないって、言ったでしょう?」
「光忠、光忠…もっとぎゅうって…」
「オーケー。お姫様の仰せのままに」
三日月の息が詰まる程に光忠は力を入れて抱きしめた。肩が冷たい。三日月が泣いているせいだろう。けれどこの冷たさは、自分だけが引き受けることを許されたものだ。しゃくりあげる背中を時折撫でながら、光忠は三日月の気がすむまで抱きしめ続けた。
やがて泣き疲れたのか小さな寝息が聞こえてくる。まるで一期が顕現した日みたいだな、と思いながら光忠は急いで布団を敷いて三日月を寝かせた。
「…鶴さんかい?」
「ああ…」
障子の向こうの気配に気付いて、光忠が部屋を出た。三日月が起きてもわかるように、部屋のすぐ前の廊下で小声で鶴丸と会話する。
「三日月からは聞いた。一期くんから過去の話をされたって。手首を掴まれたって、見せてくれたよ。全部正直に話してくれたよ、泣きながら」
「んん…まあその後は俺がちょっと釘を刺してはおいたんだが…。一期はどうやら過去の幻を見てしまったようでな。瑠璃紺の狩衣を纏った髪の長い奴の手を、自分によく似た奴が引いていたと。それが一体誰なのか教えろとな」
「どこかで見当はついてるけど、それを断定してほしいってところか。そこから記憶の糸が辿れるかもしれないと…」
鶴丸は片足だけ膝をたてて、その上に顔をのせた。
「そういうことだ。三日月がどんな思いで薬研や平野達に口止めしたのか、あいつにはわからんだろうからな。宗三も薬研に言われてじっと見てるだけみたいだが…。三日月が過去に囚われぬようにそっとしておいてやったと言ったようでな、望んでも頼んでもいないと…それを決めるのは三日月ではないだろうと、俺に激昂してな…」
「ああ…なるほど。そう言わざるを得なかった三日月のことは、考えないんだね」
すうっと、光忠の片方きりの望月が細められる。失った一期ももちろん辛いのだろうが、ずっと抱えてきた三日月だって辛いのだ。
「話してやるのが優しさか、隠してやるのが優しさか…。こればっかりは当事者じゃないとってのはあるんだが…」
「三日月は、一期くんが炎にまかれた記憶まで取り戻すのは可哀想だからって…そう思ってるからなんだけどな…。そりゃあ、三日月だって取り戻せるものなら、取り戻してほしいだろうと思うよ。だからって三日月までは取り戻させないけどね」
三日月が寝返りをうつ気配がした。多分もうすぐ目を覚ますだろう。光忠は立ち上がる。
「鶴さん、僕近いうちに一期くんと話そうと思う」
「そうだな。三日月の現夫としては、捨て置けないだろうからな」
「三日月の夫になるのは、一期くんのことを片付けてからだな。格好良くキメてみせるよ」
口元は笑っているが、その金の瞳は全く笑ってはいなかった。どこか空恐ろしいものを感じながら、鶴丸は去っていった。
それからしばらくは一期からは何も言ってくることもなく、平野もあの日以来三日月に一期のことで話しかけてくることはなかった。ただ、三日月はそれとなく粟田口の面々を避けるようになってしまった。
「…あなたそれでいいんですか?」
緩んでいた飾り紐を結び直してやりながら宗三左文字が呟くように尋ねる。俯いていた三日月は軽く唇を噛んだ。
「言ってやればいいんですよ、薄情者って。あんだけ人前でべたべたといちゃついておいて、たかが燃えたくらいで全部忘れるだなんて」
「…宗三…」
「僕はね、一期一振にも腹立ってますけど、あなたにもちょっとむかついてるんです。…燭台切に逃げるつもりなんですか?」
「ちがっ…」
バッと顔を上げれば、切なげに眉を寄せた宗三がいた。まるで三日月の代わりのように泣きそうな顔をしている。
「三日月さん、あなた本当はどうしたいんです?正直にぶちまけてしまいなさい」
肩に手を置いて揺さぶれば、せっかく結び直した飾り紐が解けて落ちた。
「宗三、いい加減になさい。三日月殿を困らせてどうするのです」
三日月の肩に置かれた手が強い力で押しのけられる。
「江雪…」
「すみませんね、三日月殿。宗三はあなたが心配でならないんですよ。…少しお話をしませんか、私たちの部屋へおいでなさい。粟田口からも遠いですし、心配はいりませんよ」
傍らに小夜左文字を連れた江雪左文字が宗三の手を払いのけていた。感情を抑えた江雪の声が今の三日月には心地いい。嘆きと焦りでぐしゃぐしゃになった心が凪いでいくようだった。
「…どうです、少しは落ち着きましたか」
左文字の棟に招かれた三日月は、江雪の部屋にいた。ぶすくれたままの宗三がお茶をいれてくれたが、宗三のいれるお茶はいつも通り美味しかった。
「あいすまぬ…。左文字にも迷惑をかけてしもうて…」
コトリ、と卓袱台に湯のみを置く。三日月は顔を上げる元気もない。心配した小夜が三日月の隣に座ってその手をそっと握った。
「小夜…」
「…どうしたら、笑ってくれる…?」
江雪が顕現するまで、『寂しかろう』と兄のように甘やかしてくれた三日月のことが小夜は大好きだ。日だまりの笑顔に刺々しかった心は溶けていき、今は本丸で復讐という言葉を使うこともなくなった。
「ぼく、みかにいさまのためなら、ふ…」
その後に続く言葉に気付いて、三日月は慌てて首を横に振る。
「小夜、ならぬ。…すまぬな、お前にまでそのようなことを言わせて…」
深い青の髪を撫でて、三日月は笑う。少しつつけば壊れてしまいそうな脆い笑顔で。
「俺がしっかりとすればよいだけなのだ。わかっておる。…光忠に心を預けたことに偽りはない。もう、一期のことは思い切ると決めたのだ。それなのに…どうして何もかも忘れたままでいてくれぬのだろう…」
「ずっと想い焦がれていた夫のことを、そんなに簡単に思い切れるわけないんですよ。わかってたでしょうに」
「宗三。三日月殿はそのようなこと、わかっておられるでしょう。…三日月殿、ひとつお聞かせくださいませぬか。一期殿を避ける理由は、燭台切殿への操立てというだけではありますまい?」
小夜が握ってくれる手を握り返す。決して小夜を傷つけない強さで。それは三日月がまだ正気を保てているということだ。
「一期は、記憶は燃えたと一言で片付ける。燃えた時の記憶さえないと。記憶が戻るということは、燃え盛る大坂城でのあの夜のことをも思い出すということ。…鯰尾や骨喰も共に焼けたであろうあの夜の記憶は…封じていてやりたいのだ。再刃されて今の一期が保たれているというのなら、俺はそれでいい。ただ心安らかなれと、そう…」
「優しいのですね、三日月殿は…。たとえ自分が忘れられても、一期殿の心の安寧を願われる…」
三日月は首を横に振る。
「俺は優しくなどないのだ、江雪。心安らかなれと願った心に嘘はない。嘘はないが、どこかで自惚れておったのやもしれぬ。心を重ねて契った連れ合いを、よもや何も覚えておらぬということはあるまいと。欠片なりと、覚えておるだろうと。そうでも思わなければ、たったひとりで抱えて生きることなど…。だが顕現した日、一期ははじめましてと宣った。それはつまり、欠片も残っていなかったということだ、俺という存在が」
「三日月殿…」
俯いた拍子に、涙がぽとりと落ちた。
「俺が抱えてきたあの日の想い出は、もう何も意味を成さぬのかと思うたら…立っていられなくなって…。心のどこかが崩れる音が聞こえた。そんな俺を支えてくれたのが、光忠でな…。俺がこの本丸に来た日から、ずっと慕ってきたのだとあの日に初めて告げられてな」
「…それで…燭台切殿の手を取られたのですか…?」
「薄情だろう、江雪。もちろん一期が来た日に取ったわけではないぞ。だがな…。ゆるりゆるりと光忠に絆されておったようで、ついに心を預けると決めたのは床上げした日だ。一期とはほとんど接触はせぬままに日を過ごし、愛してくれる光忠の手を取ったのよ。なんと薄情なのだろうな、俺は」
「ちがう!!」
ぎゅうっと、幼い身体が三日月を抱きしめてきた。
「小夜…?」
「みかにいさまは、薄情なんかじゃない!!ずっとずっと一期さんのことを想い続けて…ここへ来てからも、みかにいさまはずっと、誰の手も取らなかったの、ぼく知ってる!光忠さんの手を取ったのは、みかにいさまがちゃんと光忠さんのこと好きになったからだってことも!!」
「小夜…そなたはよう見てくれているのだな…ありがとう。そなたのそんな大きな声、初めて聞いたぞ?やれ嬉しや。こんなところに俺の理解者がいてくれたとはなあ」
三日月はまるで己を嘲笑うような顔をしていたのに、小夜の心からの叫びに笑みを零した。小夜の大好きな、日だまりの笑顔だ。
「江雪にいさまが来てくれるまで、寂しいだろうからってずっとぼくを弟みたいに可愛がってくれたみかにいさまが、薄情者なわけ、ないじゃないか…」
ひっくひっくとしゃくりあげながら切々と語る小夜左文字の言葉が嬉しくて、三日月はその小さな身体を抱きしめる。
「お小夜は三日月さんのこと大好きすぎですよ、ほんとに…。ねえ、三日月さん。このまま一期さんや粟田口を避けたって、ずっと避けられるわけじゃないでしょう?きちんと向き合ったらどうなんです。そしてね、燭台切を取るか、一期さんを取るか、はっきりさせなさいな」
小夜の顔を拭ってやり、膝に抱きかかえた三日月は困ったように笑う。
「もう、心はとうに光忠のものよ。ただ…もし、一期が欠片でも思い出した時に、この心が揺れでもしたなら…申し訳ないと思うて…それが怖くて、避けておるのよ…。情けなきことこの上ないな」
宗三がいれなおしてくれたお茶を飲み干して、三日月は立ち上がる。
「…もう二度と、残されるのはごめんだと…心を預けて失うのは怖いと、そう思うておったのに。俺も変われば変わるもの…まさかまた誰かと添うことを考えるなど、思いもよらなんだ」
そう言って出て行った三日月の背中を見送った後、江雪が部屋の奥の襖を開けた。
「…聞きましたか、あれが三日月殿の本音ですよ…」
泣いてぐしゃぐしゃの顔を上げた平野に、江雪は微笑んだ。
「もうそろそろあの方は…幸せになってしかるべきと、私は思いますよ…」