これからもずっとここで……
一体どうしたと言うのだろう?
このところ、教室でも寮の談話室でも、兄貴分や友達の様子がおかしい。
「僕、なにかしちゃったのかな……」
不安になって、でも、どんな返答がくるか分からないのが怖くて、誰かに聞くなんてこともできない。
皆の集まっている場所に背中を向けて、スプリングフィールドは、そっとそこを離れた。
「あ!ここにいたんだ!!」
「えっ!?マスター?」
ひとり、ぼんやりと花壇を眺めていると、聞きなれた優しい声がした。
足早に傍に来て、隣に同じようにしゃがみこむ候補生の姿に目を瞬かせる。
「今日も冷えるね」
寒くない?と問いかける声に、なぜかすぐに答えられなかった。
ここ数日、それまでの陽気が嘘だったかのように春らしくない冷え込む日が続いていた。
「大丈夫?気温差で体調崩してないといいんだけど……」
心配そうな問いかけに、スプリングフィールドは首を横に振る。
「大丈夫ですよ。そんなに心配しないでください」
「そう?なら、よかった!」
そっと頭を撫でていく候補生の手のひら。
「あの……」
「ん?」
「僕のこと、探していたんですか?」
問えば、そうだったと立ち上がり伸ばされる手。
「ちょっと手伝って欲しいことがあってね」
「僕、ですか?」
笑って頷いた候補生は、躊躇するスプリングフィールドの手を掴み引っ張り上げた。
手を引かれ、連れて行かれたのは第二保健室。
「あ、あの。マスター?」
こんなところでどうしたんだろう?
なにかあったのかな?
と色々考えるものの、それは上手く言葉にならない。
「ごめんね。片付け頼まれちゃって……一人じゃどうしようもないから」
「あ、そうだったんですね」
分かりました。と得心して、倣って片付けを始めるスプリングフィールド。
でも、どうして……
「どうして、僕なんですか?」
「ん?ここのこと知ってる人って多くないでしょ」
確かに。
以前スプリングフィールドは、交流面談でここを借りて候補生と過ごした。
けれど、自分よりも在坂の方が詳しい気がする。
そう問うてみれば、候補生は困ったように笑った。
「それも考えたんだけどね。『在坂に雑用なんぞさせるとは!』って邑田に怒られそうで」
「あっ」
スプリングフィールドはくすりと笑った。
ありえそうで、頭の中で、邑田の声で再生してしまったのだ。
片付けはそれほどややこしくもなく。
古い書類や道具を整理し、残すものと捨てるものに分け、掃除をして、ゴミを捨てに行く……
2時間もせずに片付けは終わった。
「ありがとう!」
2人でゴミを集積場所まで運び終え、日の傾き始めた校庭を歩く。
「あ、そうだ」
ふいに立ち止まり、候補生が微笑む。
「今日、記念日だよね」
「え?あ!はい」
そういえばそうだった、と思い出す。
「おめでとう。これ、よかったら使って」
そう言って候補生がポケットから出した包み。
文庫本より少し大きいくらいだろうか?
「え?あの……」
開けてみて?と言われて、そっと包みを開く。
中から出てきたのは、可愛らしい表紙のノートだった。
その間に、薔薇の花びらの押し花で作られた栞が挟まっている。
「日記とか、ちょっとしたこと書き止めるのに……持ち歩きやすそうなサイズのノートってどうかなって思って」
「ありがとうございます!」
そっと胸に抱き、スプリングフィールドは微笑んだ。
「それじゃ、寮に戻ろうか」
差し伸べられた手。
それをそっと掴む。
繋いだ手は温かくて、柔らかくて、優しかった。
2人ならんで手を繋ぎながら歩く。
暮れかけた校庭の向こうに、あたたかな光を灯すザクロ寮が見えていた。
「記念日おめでとう!!」
「え?」
寮に戻り、候補生と一緒に談話室に足を踏み入れた途端、クラッカーの音がした。
目を瞬かせていると、すぐ傍からもクラッカーの音がして、紙テープが頭に降ってくる。
「えっ?!」
振り向けば、クラッカーを手に楽しそうに笑う候補生の姿。
談話室の中では、兄貴分や友達が笑っていた。
「ごめんな、スーちゃん!ここんとこ寂しい目にあわせて」
「スプリングにはナイショで準備してたんだ」
「気づかれないようにと思えば思うほど、スプリングを遠ざけてしまっていたな。すまない」
「スフィー!おめでとう。ほら、早くこっちおいで!」
「君のために僕たちも手伝ったんだからね!」
「在坂も、準備を手伝っていた」
「スプリングフィールドよ、たくさん食べるのじゃぞ」
「なーなー!おまえもポテチ食うか?今日は特別だから、やるよ」
「ほ、ほら!早く座りなよ!冷めちゃうでしょ」
「特等席、用意してあるぜ」
「何を呆けている。早くしろ」
「くっ、マスターのエスコート……だと」
「うるせーやつだな……ほら、こっちだ」
呆然とするスプリングフィールドに掛けられる声。
とん、と背中が押された。
「行こう?」
候補生に促され、談話室に足を踏み入れる。
用意されたテーブルには、たくさんのごちそうと、アップルパイがのっていた。
「みなさん」
なんだろう。
嬉しいのに涙が溢れる。
心がぽかぽかして、すごくすごく…………
「嬉しい、です。ありがとう!」
ここは、寂しくない。
ここは、あたたかくて……
とても幸せな場所。
大切な人たちがいて、
大好きな人たちがいて、
皆も僕も笑っていられる場所。
これからも……ずっと
ここで、こうしていられたら……
そんな風に願ってしまった