夢と現のその先に
「司書さん、どうぞこちらへ」
手招かれ、本織沙理は目を瞬かせた。
司書室の真ん中に設えられたソファで、江戸川乱歩が目を細め口元に笑みを浮かべる。
先ほどまで彼は、助手の仕事そっちのけで本を読んでいたはずだ。
その本は…………ソファの上に、帽子と共に置かれている。
「どうかしましたか?乱歩先生」
首をかしげながら歩み寄れば、すっと立ち上がった乱歩が沙理に向けて手を差しのべた。
まだ、この姿には慣れない。
ゆうらりと動きに合わせて揺れる裾は、ひらひらと黒と青のハーリキンチェックの裏地を見せているけれど、それは黒いマントではなく真っ白な丈の長い上着だ。
「え?!」
戸惑ううちに手を取られ、促されて沙理はソファへと腰をおろした。
「今日くらいは……少しでも長く、ワタクシと二人きりの時間をいただきたいのですが」
そう言って乱歩は沙理の隣へ座ると、黒い手袋に包まれた左の手を伸ばし、その肩を抱き寄せた。
「今日…………アッ!」
ハッとした沙理は、弾かれたように乱歩の顔を見上げる。
「そんなに見つめられてしまうと、少し照れてしまいますね」
「………ご、ごめんなさい。でも……」
7月の28日。
室内でもわかる程に強い日差しが、窓の外で照りつけている。
あの日も、こんな暑い日だったのだろうか?……と沙理は思いを馳せた。
「沙理さん」
白い手袋に包まれた右の手が、沙理の髪を撫でる。
「今度、一緒に会いに行ってみませんか?」
「誰に?」
きょとんとしてしまった沙理に、乱歩は悪戯っぽく笑う。
「かの怪人に、です」
何を言い出したのだこの人は!?と沙理は目を瞪った。
確かに、沙理は潜書できる。
しかし、その本は他のものと違う特殊なもののはずだ。
そんなところに潜るだなんて、はたして可能なのか?無事に済むものなのか?
「あの日があって、今があります」
どうしたものかと考え込む沙理に、乱歩はクスリと笑ってから語りかけた。
「一度は生を終えたワタクシを、アナタが呼び覚ました。そうして、この図書館でワタクシは新たな生を過ごすことになりました」
「…………はい」
こちらの都合で転生させ、戦わせているということへの罪悪感は、ずっと沙理の胸に棘のように刺さっている。
「この度、ワタクシはあの本へと足を踏み入れ…………そこでかの怪人と相対する機会を得ました」
その話を聞いた時は、沙理もさすがに目が点になった。それと共に、彼らしいと思いもした。
「アナタに呼び覚まされなければ、あんな邂逅は起こり得なかったでしょう。だからこそ、その出会いをくれたアナタにも、見ていただきたいと思ったのですよ」
楽しそうに笑う乱歩。
戻ってきた時、彼は言った。旅はフィナーレを迎えたのだと。しかしショーは続くのだと。
ならば、その、旅の終わりで始まりの場所を沙理も知りたいと思った。これからも、乱歩と共に在りたいと願うのだから……
「私も…………会ってみたい、です」
「エェ、是非」
顔を見合わせて笑う。
「ワタクシの幻影城を案内して差し上げますよ」