君まだ夜明け前窓から見える三日月がこんなに眩しいとは知らなかった。
いつも陽の当たる道を歩いていた、それなのにいつしか陰が落ちて風が吹き雨が降るような道を歩いてしまった。一体どこで道を間違えたのだろう。
名古屋に来て半年が経ち、未だに名古屋弁とタバコ臭い古びた事務所の仕事に慣れずにいた。部下からは煙たがれて、仕事もただ与えられた業務をこなすだけ。ある意味楽な仕事だが、その代わりなんの楽しみもない。
本社にいた頃は毎日営業に駆け回って報告書を作って残業して、イベントを企画して…目まぐるしい毎日だったがそれが楽しくて仕方なかった。
今は仕事が終わっても誰とも飲みにいけず、1人で部屋でビールを飲むくらいだ。そんな時、急に停電が起きた。
東海林は携帯のあかりで周りを見渡す。テレビの主電源も消えてエアコンの室外機も静かだ。隣からの洗濯機の音もストップしている。
「あーあ、9時からドラマみようと思ったのに…」
東海林はぼやきながら、ビールを近くのテーブルに手探りで置く。
目が慣れてきたのか、カーテンからほんのりと光がさしていた。光源を確かめようとカーテンを開いたら、頭上に三日月が鋭い刃を見せながら浮かんでいた。
「月か…」
東海林はしばらく無言でその月を見つめた。弓のように美しい曲線を描いたその光に心を射抜かれたように。
どのくらい見つめていただろうか、その熱視線をずらしたのは右手にあった携帯が揺れた瞬間だった。
急いで画面を開き番号を見ると、知らない番号だった。
誰かわからないが、とりあえず出よう。東海林は通話ボタンを押して「もしもし」と声を上げた。
ところが、電話は切れてしまい耳に聞こえたのはツーツーという音だけだった。
「何だよ、間違い電話か…?」
東海林は携帯を閉じてまた月を見る。
こんなふうにじっと夜空を見つめることなんてなかった気がする。いつも正面ばかり見ていたから。そして、月の近くに眩しい星がいくつか瞬いていることに気がついた。紺色の空に丸いボタンが付いているような錯覚が見えて、ふとあの女の事を思い出す。
「あいつ…今頃どこにいるんだろうな」
東海林にまだ光は見えない。でもあともう少しで遠い星を掴めることにまだ本人は気づいていない。