【WEB再録・R18アヴポル】アンドロイド嫁ナレフ【R18作品です。高校卒業前の方は、お引き取りください。】
「オッス! オラ四徹あけ! 何だか世界が眩しくって仕方がねえぞ!」
「なるほど、アヴドゥル。君、確かに重症だ」
エジプト・カイロ国際空港ロータリーにて、友の変わり果てた姿に花京院は頭を抱えた。
妙にギラギラとした眼差し。気を抜く度に、ガクっ! と崩れそうになる体。無精ひげのそり残しが、見逃そうとしても目につく。
一九九一年。財団から依頼を受け、エジプト近郊でなかなか厄介な仕事をしたアヴドゥルを車で迎えに来た。寝られるように彼を後部座席に座らせ、運転席に着くと失礼だが、――ニオイが気になった。黙って空調スイッチを入れ、高速道路へハンドルを切る。
「お疲れ。流石に財団も鬼じゃあない。今日から二日間は休みだよ」
「そうか……、……そうか」
「テンションの落差がすごいな。寝てもいいけど、……この後、君の自宅で実験に付き合って欲しいんだ」
「……実験? あまり片付けてないぞ」
バックミラーに映るアヴドゥルのまぶたは、やっとのことで開いている。
「アンドロイドってわかるか? 人造人型ロボット。言葉自体は古いんだが、最近(一九九一年)だと、『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』という作品で、リアルな人間と変わらないアンドロイドが登場した。そしてこの度、スピードワゴン財団がこれを完成させた。前置きはさておき、二日間で、君に体験して欲しいのは……」
うつむき、夢の国に旅立とうとしていたアヴドゥルが、次の言葉で一気に顔を上げた。
「アンドロイド嫁ナレフ」
「んッ⁉」
三年越しの片思い相手の名前は流石に効いたようだ。花京院はほくそ笑む。
「仕組みは簡単。君が自宅ベッドで目を覚ましたら、君と両思いになったポルナレフがいる。すっごくリアルなやつが。あとは二日間、夢のような生活を楽しんで、」
「な、」
「大丈夫。何か現実に影響があるわけじゃあない」
「問題しからい!」
頭はパニックだが、体もパニックで呂律が回らない。
「強いて言うなら、今度会うときポルナレフと、ちょっと、ちょーっとだけ気まずいかな?」
「そんな、……人道的に!」
――まだ眠いのだろう。ツッコミがおかしい。
「僕ら財団研究チームは、君の反応等のデータをとらせて頂いて、今後の糧にさせて頂こう」
「そ、……」
「この仕事に就く前、終了後に財団が『僕がこうやって迎えに来て、暫く休暇を保証する』旨の契約書を作っただろ? あれに今回の研究に同意する旨の内容が入っていたんだよ」
「だが……」
「嫌なら――、眠らなければいい」
眠ったら、自宅のベッドに転がされ、アンドロイド嫁ナレフをあてがわれる。アヴドゥルは必死でまぶたを持ち上げた。だが、自分の体が、子どものように温かい。
「眠くなど、……全く以て眠くなど……」
「僕がこっちに来てから一年経ったけど、二人とも全然会おうとしないじゃあないか。三人で遊ぼうって話になっても、当日必ずどちらかドタキャンして」
「いや……、それは……」
「三年前、DIOを倒した勢いでどうにかすればよかったんだよ。なのに君は君で遠距離を理由に全く……」
――そこから先、花京院が何を言っていたか、後部座席で自分がどのような醜態をさらして眠っていたか、果ては自分がどうやってハンハリーリの自宅二階のベッドまで運ばれたか、全くもってアヴドゥルにはわからない。
だが、眼球奥の鈍痛で目を覚ました瞬間、わかったことは、
「……っ!」
みるみる赤くなっていく自分の頬と、何かと理由をつけて一年会わずにいた、息が止まる程愛おしい相手。
ポルナレフが、アヴドゥルと同じベッドの上、向かい合って眠っていた。
「まさかっ!」
思わず飛び起き、声が出て、彼が起きるかもと口を手で押さえる。幸い、静かな寝息は耐えることが無く、桃色の唇から続いていた。
おずおずと、起こさないように細心の注意を払って隣に寝そべる。心臓がうるさすぎて、体が破裂しそうだ……。彼から十センチ距離を開ける。
だが彼のこめかみにかかる銀髪の一房が、重力に従いまぶたにかかるのを目撃し、……ため息をついた。
思わず指でかき上げ、そのまま腕の中に彼を閉じ込める。
(いや、まずい)
自制しようとしても、手が、足が、勝手に動き、彼の体を捉えて放そうとしない。
髪の香り、耳朶の体温と柔らかさ、……腰まで手を滑らせ、美しい曲線が彼の体を作っていることを再確認した。
(……三年前に比べ、少し髪が伸びて美しくなったな)
アンドロイドとは、なんて偉大な技術なのだろう。触り心地も体温も汗も、彼の鼓動までもが本物のように伝わってくる。いや、本物よりも本物らしい。
両腕に力を込め、強く、強く抱きしめた。服越しに胸と胸、腰と腰が密着し、離すことなんてできそうもない。
「……あ」
ポルナレフが目を覚まし、アヴドゥルは一気に体を引き離した。
冷静になれば、おかしい。こんなにリアルで美しいポルナレフがアンドロイドだなんて。もし彼が本物ならどうする⁉ 数分前に考えもしなかった可能性にブチ当たり、冷や汗が背を伝う。――が、
「お、目ェ覚めたのかよ。……ア、……ダーリン」
眩しい笑顔をちらりと見せたものの、みるみるうちに真っ赤になって台詞を言い切れず胸に飛び込んで来た彼を受け止め、この瞬間アヴドゥルの頭は沸騰した。
「……さ、寂しかったんだからな、待ってるあいだ! ばか! もう、聞いてんじゃねえッ!」
どこかぎこちなく背中に回された手が、かえって愛おしい。胸にグリグリと顔を押しつけられ、その耳が真っ赤なのを確認し、……アヴドゥルは簡単に屈服した。
ああ、もう夢でいい。
「……ただいま」
徹夜明けの頭脳はふわふわしたままだ。
ベッドの上、ポルナレフを、いや愛おしい妻を優しく抱きしめ、耳元で囁く。
「随分可愛いことをしてくれるんだな」
「そりゃあ、もう、……。相手がお前だし⁉ つーか、力つよくねえか⁉ ちょっと、アヴドゥルっ!」
足をバタバタさせて逃げようとするが、多分このポルナレフロイドは新婚設定なのだろう、と四徹あけのアヴドゥルは都合良く理解した。
「ホントに、マジでお前、オレのこと好きなのかよ⁉」
こうして、片思い相手と過ごす夢の二日間新婚生活が始まったのであった……。
(……最高だ)
ポルナレフをベッドの上でたっぷり堪能したアヴドゥルは、気の利いた湯加減の浴槽に体を沈めて人心地ついていた。
この風呂は、ポルナレフが用意してくれたらしい。ベッドの上で彼から風呂に入るよう言われ、その間メシを作っておくとも言われた。
ついでに、二階のベッドから一階の風呂に向かう途中、アヴドゥルは目を白黒させた。
高く積まれた机の上の本。放置したままの洗濯物。激務でおざなりだった部屋の整頓が、全て片付いていたのである。
(……旅の間、あまりそういうことに無頓着だった印象しかないが、……成長したのか!)
※アンドロイドです。
(それでもなお、助かることに変わりない)
今まで自分しか使わなかったキッチン。そこで自分の愛しい相手が、自分の為に料理を作って、自分が風呂から出るのを待っている。
(……幸せだ。これが明日も続くなんて)
思わず、ほう……っ、とため息をついた。勝手に口角が上がり、胸に溢れた幸せがため息と共に漏れ出していく。
明日は自分が料理を作ろう。愛しい相手が作ったものを食べる楽しみだけではなく、食べさせる幸せも味わいたい。
ポルナレフのほお袋が、自分の特製ケーキでいっぱいになる。笑顔で頬を真っ赤に染めるであろう愛らしい姿は、想像するだけで温かい気持ちが胸を満たした。
三年前のあの日、彼に出会い、今思い返せばあの場でどうしようも無く恋に落ちた。
旅の最中、同行している間も離れている間も彼のことしか考えられず、再開した後もそれは変わらなかった。
ポルナレフの笑顔を見たい。彼を愛し、慈しんで、幸せな思いをさせてやりたい。強く抱きしめ、ずっと手放したくない。彼にしてやりたいことも、彼としたいことも数え切れないほどある。
……DIOを倒し、アヴドゥルがそのままの勢いでポルナレフに想いを告げずにいたのは、ひとえにタイミングが悪かったからだ。
吸血鬼との戦いという普通の人生にあり得ないことを経験した二人は、人生にありふれた問題ですれ違い、そのまま離れてしまったのである。
……一分一秒たりとも惜しい。浴室を出て、ポルナレフの下に向かわねば。
「ポルナレフ、」
髪をタオルで拭きながら一階のダイニングに現れると、キッチンに立つ彼が、笑顔で振り向いた。
「お、出たか! ヒゲ剃ってさっぱりしたじゃあねえか」
眩しい笑顔。身につけた紺のエプロンが似合っていて、心臓を掴まれたかのように苦しい。彼の周囲だけ、キラキラ輝いているように見える。
「ん? どうした、固まって」
見蕩れた結果、自分の時間が止まっていることに気付いた。
……これじゃあ彼の愛らしさに惚れただけだと言われても言い返せないじゃあないか! と自分に言い聞かせ、アヴドゥルは必死で冷静に振る舞うことにした。
冷静に、冷静に……。
「あ、いや、ちょっと!」
?
気付けば、腕の中にポルナレフがいる。鍋をかき混ぜる彼を、アヴドゥルは無意識で背中から抱きしめていた。
「ああ、……すまない」
冷静なフリをしていたハズだが、四徹後と嫁ナレフのダブルアタックを受けたアヴドゥルの脳は、勝手に体を動かしていた。
うなじに顔を埋め、体温と肌の香りを再確認する。ああ、本物だ。……本物のようにリアルなだけだが、汗ばむ肌も、鼻先をくすぐる襟足も、全てが愛おしい。
「なべ、火がついてるし……」
「少しだけだ。……つい、惹かれてしまった。ここから美味そうなにおいがする」
そう言って、ポルナレフのうなじと肩、耳の後ろに鼻を近づけて香りを嗅ぐと、彼がくすぐったそうに身悶えした。
しかし、振りほどかれそうな様子は無い。ああ、本当によくできたアンドロイドだ。
胸から腹まで彼の体を服の上から愛撫してみるが、感触どころか吐息が漏れる音までリアルだ。
「アヴ、じゃねえや、……ダーリン。…………、本当に、……オレのこと、好きすぎだろ」
恥ずかしがる様子が愛おしい。
至近距離でこちらを振り向いた目と目が合う。小声で可愛い抗議をされた。
「……一回離れろ、……ばか」
……と、途端にアヴドゥルは我に返って、彼から手を離した。
「あ、ああ……」
赤い顔があまりにもリアルすぎて、一瞬、アンドロイドではなくポルナレフ本人に抱きついているのでは? と混乱したのである。
両手を挙げ、まるで犯人のように後ずさりすると、ポルナレフが不満げに口をへの字に曲げた。
「……そんなにオレ嫌がってねえだろ」
「いや、少し、調子に乗りすぎた」
「……いいから座ってろよ、全く。……風呂上がりでテンション上がってるんだろうが、……オレも調子が狂うっていうか」
後半は、彼が何を言っているかよく聞き取れなかったが、大人しく席に着き、アヴドゥルは頭を掻いた。
「スープにリゾット。疲れた体でも、胃に優しいモンなら食えるだろ? あとは眠れば大体回復」
そう言って手際よく盛り付けていくが、ポルナレフはそもそも料理ができたのだろうか?
(本物だったら、絶対にありえない)
……三年前の旅を思い出して、アヴドゥルは首を傾げる。彼が料理をするところを見るのは、今日が初めてだ。
――数分後、杞憂にすぎないことがわかった。
「……美味い」
湯気が立っている玉ねぎと牛乳のスープが、ほどよく五臓六腑に染み渡る。ライ麦パンを浸すと、今度はパンの甘みが感じられる。
細かく野菜を切って入れたリゾットも美味い。温かく、口の中で野菜の甘さを味わっている内に、皿がすぐ空になってしまった。
(美味い……、が)
アヴドゥルは、今まで目の前にいるポルナレフが本人なのかアンドロイドなのか、全く以てわからなかった。
SFものであれば区別のために、検査やテストを用いるところだ。フォークト=カンプフ検査法のマニュアルが欲しい。
だがこれらの料理には、味付けがない。
(素材の味はあった。野菜や、パンの甘みはある。だが、塩を入れていないのか……?)
しかし、向かいに座っているポルナレフがニコニコしながらこちらを見ている。
味が無くても、平気といった表情で。
「美味いか?」
「……ああ」
「よっしゃ!」
満面の笑み。胸を打ち抜かれ、それだけで腹いっぱいになりそうだ。
「へへっ。実は結構練習したんだよな~。花京院には『飢饉の味』とか、承太郎には『昔の日本人なら満足』とか散々言われたんだが、お前が美味いって言ってくれたから、全部どーでもよくなっちまった!」
心臓が止まった(気がした)。
こぼれんばかりの愛しさに、アンドロイドか否かという問題が些末に思えてならない。
隣にポルナレフが椅子を寄せてきた。髪を下ろしたアヴドゥルの頭を撫で、満足そうに微笑んでいる。
「これ食ったら、よーく寝るんだぞ。頑張ったな~」
「あ、ああ」
「四日間ぶっつづけでスタンドバトルしたあげく、帰りの飛行機でもそんなに寝られなかったんだろ? よしよし」
気付けば、弟のように頭を撫でられてむず痒い。だが本能は正直で、アヴドゥルは体をかがめ、ポルナレフの好きにさせることにした。
誰が見ているわけでもないのに恥ずかしい。
「……、そんなに、撫でなくても」
「いーや。こうやって見てると、アヴドゥルが可愛くてな~」
次第にポルナレフが調子に乗ったのか、食べ終わりつつあるアヴドゥルに顔を近づけてきた。
まつげが長い。唇がぷるんと膨らんでいて、思わず顔を近づけた。生殖本能に支配された脳が、判断する。
これも美味いだろうな、と。
(……いやマズい!)
ギリギリで離れ、頭を強く振った。
アヴドゥルは自分に言い聞かせた。これは、確かにポルナレフのようだが、ポルナレフではない! 本物らしくできているが、あくまでアンドロイド!
これにキスなんてしようものなら、……なにかが間違っている!
「アヴドゥル?」
首を傾げる様子さえ可愛いが、ダメだダメだと手で遠ざける。
今まで、確かにアンドロイドだから色々できた。だが、ここまで本物かどうか迷うレベルの出来では、今度は
(アンドロイドのポルナレフに浮気して、本物のポルナレフに合わせる顔がない!)
※まだ付き合っていません。
「……いや、その……。まず、食べてしまいたい。折角作ってもらったんだ」
冷静に、慎重に。自分に言い聞かせ、今のポルナレフを見ないように必死で我慢する。
(俺の為に料理を作ってくれたポルナレフ。ベッドの上で抱きしめても文句も言わず、……だが全部が、あくまで俺に都合よく動いてくれているだけにすぎない)
明日には、離れる存在だ。
「そっか、アヴドゥル。その後で、……えと、……ええとだな」
スプーンを持つ手を止めて、なにかを言いたげなアンドロイドのポルナレフを見る。平常心、理性、戒律。アヴドゥルは頭の中でこれらの類語をいくつもならべた。
だが、顔を真っ赤にしてこちらを見上げるポルナレフに、敵うはずがなかった。
「会えなかった分、……ベッドで、……その、……いちゃいちゃしようぜ?」
さっさと食べ終えることにした。
ポルナレフも食べ終え、二人でベッドに入る。キングサイズのベッドが軋み、ポルナレフが近づいてきて、より大きな音が部屋に響いた。
思わず息を飲む。何度も繰り返しているが、このポルナレフは本当にポルナレフらしすぎて、心臓に悪いのである。
腕を差し出すと、その上にちょこんと頭を乗せてきた。彼の赤い頬がしっとりと吸い付き、幸せそうに目を閉じる。
寝よう。さっさと寝てしまおう。
目を強くつぶり、アヴドゥルは好きな相手の姿をしたアンドロイドを視界から排除しようとした。
どんなに愛おしくても、手を出すわけには。
「アヴドゥルは甘えるのが下手だよな~」
突然言われ、思わず開いた目を白黒させる。
「折角オレがあま~い雰囲気出してるのに。疲れたんだから、膝枕とか、……胸に顔うずめるとか」
「できるか、そんな真似」
相手はあくまでアンドロイドであり、何より自分は男だ。好きな相手とはいえ、いきなり胸襟を開いてベタベタできるはずがない。
「だけどよお、別に誰が見てるってわけでもねえだろ? なにか後ろめたいことするわけじゃあねえし」
「そういう問題ではなく……」
「オレが寝たフリしてたときに、抱きしめて色々触ってたくせに」
指摘に、心臓がひっくり返ったかと思った。
「ッ⁉ お、起きていたのか⁉」
「おう。……結構スケベだよな、お前。ヒヒッ。あ~んな風に触りやがって。欲求不満だろ?」
笑われ、一気に恥ずかしくなり、彼の頭の下から腕を引っこ抜いて背を向けた。
「ちょっと、アヴドゥル、こら!」
背中にしがみついてくる体温が、暑苦しくて愛おしい。背を向けたまま腕を組んで「一切取り合わんぞ!」という構えをみせるが、コイツにそんなモノが通じるはずもない。
「なあー、もー。……甘えられるの、すげえくすぐったくて照れくさかったけど、……気持ちよかったのに」
段々小さくなる声に、アヴドゥルの天岩戸が開いた。振り返って、困った子犬のような目を見る。
「お前、……そのだな」
「折角だし、……イチャイチャしたいじゃあねえか」
そう言っているクセに、照れて顔をうずめてくるから愛おしい。
このポルナレフは、あくまでアンドロイドだが、……本物らしく作っているということは、本物も、好きな相手の前ではこうなのかもしれない。
「悪かった」
寝返りを打ち、もう一度彼と目を合わせて抱きしめた。ふわりと広がる彼の香りが、体温が心地よくてたまらない。
「こうやって、抱きしめているだけで十分だ」
「……他に、なにかオレにしてほしいこととかねえの?」
もぞもぞと腕の中から現れた青い目が、可愛い質問をする。本当に、新婚の手探り状態を上手く再現しているものだ。
今のポルナレフは自分の嫁。しかも新婚ほやほや。それなら、聞いてみたいことがある。
「それでは、私の好きなところでも挙げてもらおうか」
「!」
「それを聞きながら眠れば、なかなかいい夢が見られそうだ」
アンドロイド相手とはいえ、少し意地が悪かっただろうか。
「むりッ! お前、……、そんなのすぐ……!」
目を逸らし、暫くしてから真っ赤な顔でポルナレフがぐりぐりと頭を押しつけてきた。子どものように駄々をこねる姿に、もう彼が自分の好きなところなんて何一つ挙げなくても満足である。
「ないのか?」
「あるッ! いっぱい! しまった言っちまった!」
顔を上げてくれたのに、すぐ元通りになって顔を埋めてしまった。
「……全部って、だめ?」
「だめ」
「…………アヴドゥル、結構意地悪いな」
「そうか? 教えてくれないお前の方が、私にとっては意地悪だな」
頭を撫でると、えー、とか、ああーとかぼやいた後、観念したかのように呟いた。
「……結構、無精ひげが似合う。真面目なのに、そういう姿を見るだけで、もう、……くらっとくる」
数十分前の風呂に入る前の姿を見て、そう思ったのだろうか。だがアヴドゥルには気になった。
「あれは、……臭くなかったか。自分でも結構、」
「オレ、お前のニオイが好きだって、今日すげえ実感した」
食い気味に回答され、思わず驚いた。抱きしめている体が、どんどん熱くなっていく。
「変態っぽいかもしれねえけど、……汗とか、うなじのあたりとか。…………旅してた頃から、ちょっと嗅ぐだけで、オレ、本気で、……好きで、」
次第につまっていく声が、嘘偽りが無いことを証明する。
「さっきもお前が寝てすぐ、掃除を終わらせて、……隣で寝ながら、その……」
耳たぶが、花びらのように赤い。
「好き。……ずっと前から、大好き」
何かが、高ぶり、押さえられなくなった――。
「アヴドゥルは、……んっ!」
彼が顔を上げた隙に、アヴドゥルはさっと唇を奪った。
至近距離で、片思いの相手からここまで熱烈な告白を受けて、なにもせずにいられる訳がない。
「はぁ……っ、んんっ……」
愛おしい彼から可愛らしい吐息が漏れ、止めるタイミングが見つからなくなった。彼の後頭部を包み込むように支え、存分に口内を味わっていく。
角度を変えると、少しだけチョコレートの甘さが伝わってきた。こっそり口にしていたのだろう。舌を軽く吸い、ゆっくり離れると力を吸い取られたかのような顔でたどたどしく抗議された。
「最初から、……舌、……いれるなんざ」
「嫌か?」
「……気持ちよかった。んっ」
ちゅ、ちゅ、と音を立てて唇を吸い、両手の平で今度は彼の頬の柔らかさを楽しむことにした。
唇を離し、右手の親指を彼の唇に寄せる。すると、素直に吸い付いてきた。唇で甘噛みし、舌で先端をチロチロと舐める。
上目使いの彼の口内で、親指をクイと曲げてみる。すると、甘い吐息がもれた。
「アヴドゥルの好きなとこ、……いま、新しくみつけた……」
「ほう? 教えてもらおうか」
「……キスが激しくて、いやらしくて、……力なんか、入らねえ……」
――そこで一度記憶は途切れた。
どうやら、疲労困憊の体が眠ることを優先させたらしい。電源の切れたロボットの如く、アヴドゥルは動作を停止した。
……とはいえ、二時間後にアヴドゥルはふと目を覚ました。
寝ぼけており、彼自身は眠ってから何時間経ったか、また眠る直前に自分がした行動をぼんやりとしか思い出せない状態であった。
だが自分の胸の辺りに、愛おしい男が体温を預けている。
(……まったく)
ポルナレフが、アヴドゥルの左胸の辺りに耳を当て、幸せそうに心臓の音を聞いている。
ほほを、ふに、ふに、と胸にすり寄せ、お気に入りのぬいぐるみのように微笑む様が可愛らしい。
寝たフリを続けていると、次第に、ポルナレフの指が顔に伸びてきた。……なんだ?
「起きるなよー……。本日初! アヴドゥルの、かっこいいパーツがどうなっているか、我々はよーく観察することにした!」
小声の研究員ぶった口調だが、一人しかいないのに「我々」とは。可笑しくなってしまったが、必死で笑いを堪える。
「まず、……耳! 分厚くって、柔らかい耳たぶしてるな~。ちょっと産毛生えてて、もみあげとヒゲが繋がるんだな、コイツ……」
輪郭を撫でられ、くすぐったい。……これがあと一時間続いたら、ポルナレフの愛おしさで体が勝手に身悶えしそうだ。
数分したら、いや十分したら寝返りを打とう。そう決断する一方、ポルナレフはアヴドゥルの鼻をつついていた。
「……インドで喧嘩したとき、もうちょっとでキスしそうだったんだよな。……狼みてえだった。ぐわって迫ってきて、大きく口開けて」
ポルナレフの指が、リップを引くように唇を撫でた。
「……こうやって思い出すと、なんでオレあの時、まだ好きでいられずに済んだんだろうな」
自分の手が、ポルナレフの頬に添えられた。薄目を開けると、彼が愛おしそうに目を閉じて、頬ずりしている姿が見える。
「……好き。アヴドゥル。好きだ、……目が覚めても、まだ、……オレのこと好きでいてくれよ」
可愛らしい願いに、自分の本能が耐えられるか不安になる。いつだって、好きでいるし愛している。それを伝えるには、一体どうしたらいいのだろう。
悩んでいると、ポルナレフが咳払いをした。
「……今のうちに練習しておくか。……ダ、……ダーリン。ああくそっ! ……いや、照れてる場合じゃあねえよな。……好き、……アヴドゥル、…………」
聞いていたい気持ちはあったのだが、疲労が欲望を上回る。ついにアヴドゥルは意識を手放し、夢の海に落ちていった。
「それに、……寝落ちされるってことは、……オレに魅力が、もうちょい……」
次に目を覚ますと、既に外は暗くなっていた。
隣にポルナレフはいない。代わりに、電話のベルが鳴り響いていた。受話器を掴むと、聞こえてきたのは低く、懐かしい声。
『よう、アヴドゥル』
「承太郎、どうした。財団での仕事なら片付いたが」
『安否確認だ。オレの調査から出た後始末を任せたようなモンだっただろ。死なれちまったら、目覚めが悪い。いや、多少は生命保険でも残してくれてるのか?』
ベッドで固まった肩を解しながら、ほくそ笑む。今の自分に嫌味は通用しない。
「生命保険なら、受取人はお前じゃあなく妻にするに決まっているだろう、承太郎」
『妻?』
「ああ。実は財団の研究でアンドロイドを――」
ここまで口走った所で、冒頭からこの電話シーンまで、四徹によりおとぼけ野郎を続行していたアヴドゥルは、ハッ! と我に返った。
そうか、あのポルナレフは、アンドロイド!
『……アンドロイド?』
「いや、なんでもない! 切るぞ!」
勢いよく受話器を叩きつけ、血の気が失せた顔を手で覆った。
思いだそう……。アンドロイドのポルナレフを、……抱きしめ、体を触り、……ベッドの上でキスを!
「人道的にマズい‼‼‼」
これはもう、謝罪どころでは済まされない。本物のポルナレフが知ったら、絶対に軽蔑されてしまう。
「アヴドゥル?」
「ッ!」
大声で気付いたのであろう。一階キッチンからポルナレフが、白のエプロンドレス姿で来た。
「お前、その格好!」
いわゆる、腰でリボンを結ぶ『新妻エプロン』だ。胸元、そして膝上を飾るフリルが大層可愛らしい。
何より特筆すべきは、乳首が透けている。
違う!
「なんで下に、パンツしか着けていないんだ⁉」
「あ、……これ花京院が、」
花京院? 突然出てきた名前に一瞬冷静になったが、数秒するとまたアヴドゥルは慌てはじめた。
「いや、違う! とにかく、なにか着ろ! でなければ、理由を言え! なぜそんな格好をしている!」
「い、言えるか! 勝手に寝やがって! オ、オレの好きで着てるに決まっているだろう!」
「趣味なのか⁉」
「趣味じゃあねえ!」
互いに混乱したまま怒鳴り合い。時折エプロンからポルナレフの乳首がこぼれ、アヴドゥルが更にヒートアップした。
「しまえ! それ! 危ないだろう!」
「なにが危ねえんだよ!」
「俺が危ない! 爆発する!」
「爆発するの⁉」
埒が明かないまま数十分過ぎたところで、電話のベルが鳴った。……怒鳴り合いに疲れ、肩で息をしながらアヴドゥルは受話器を取った。
「はい、もしもし」
『アヴドゥル、花京院はオレがシメておく』
またもや承太郎だ。話が見えない。
『そこにポルナレフもいるのか。聞こえるようにしてくれ』
「いや、承太郎。そうは言っても……」
通話口を手で覆い、小声でアヴドゥルは囁いた。
「このポルナレフは、……アンドロイドなんだ。恐ろしく似ているが、決して本人では」
『アヴドゥル』
おおきな、おおきなため息の後、聞こえてきたのはシンプルな悪口。
『テメーは、アホか。……いいからポルナレフに聞こえるようにしろ。別々に話すのが面倒だ』
受話器を耳から離し、ポルナレフに近づくよう指示する。素直に近寄ってきて、裸同然の格好に少しアヴドゥルは落ち着かなかった。
『ポルナレフ。まずお前は花京院から、何をどう聞いてアヴドゥルの家に来た?』
「え、それは、お前、」
『お前がエジプトに着いたのは昨日のことだ。フランスで休みをもぎ取り、花京院にせっつかれるままヤツの作戦に従って、……ずいぶん良心が痛んだだろうが、ここで白状しちまえば楽になる』
アヴドゥルの頭に疑問が浮かんだ。
承太郎の言い方では、……このポルナレフは、財団の研究で造られたアンドロイドではなく、……まるで、まるでフランスで仕事を持っている人間のような言い方だ。
「いや、待て承太郎。……どこまで聞いた?」
『全部聞いた。そもそも財団でンな金のかかる研究してるなら、オレ宛の謝礼金がもっと増えてもおかしくねえ』
「研究?」
『おっと。お前はお前で、花京院から別のことを聞かされているんだったな』
話が見えてこない。もったいぶった言い方に、アヴドゥルはやきもきしてきた。
『アヴドゥル。このままポルナレフに質問しても、多分コイツは口を割らねえ。それどころか、肝心なところで逃げ出すおそれがある』
「……承太郎、どういうことだ」
アヴドゥルが意を決して質問すると、承太郎が、まず、と断って提案してきた。
『アヴドゥル、お前はポルナレフの手首を掴んでろ。ポルナレフ、お前はアヴドゥルの腰にしがみつけ』
お互い、素直に言うことを聞き、腰に回された両手首をアヴドゥルは握った。
『いいか、お前ら』
承太郎が宣言した。
『アヴドゥル、お前の目の前にいるポルナレフはアンドロイドじゃあねえ。本物だ。ポルナレフ、お前がしがみついているアヴドゥルは、催眠術なんざかかっていねえ。元からお前に惚れていたんだ』
受話器から声が響いた後、数秒は静かだった。不自然なぐらい、何の音も聞こえず、誰も、何も言わないし、何もしなかった。
だが次の瞬間、
「「うわああああああああああああああああああああああああああああああ!」」
揃って叫び、逃げだそうとしてお互いの拘束に掴まり、受話器の前ですっころんだ。
そして冷たい声と共に通話が終わる。
『じゃあな』
「アフターフォローは無いのか!」
アヴドゥルの問いかけに対し、返ってくるのは二人の荒い呼吸だけ。互いに手首と腰を掴んだまま、自分の行いを脳内で繰り返し思い出す。
(え? え⁉ ええ⁉ 昼前に目覚めてから、アヴドゥル結構優しくて、オレの頭撫でたりキスしたりして、……アレが全部催眠術じゃあない⁉ 素面⁉)
(俺は……、何をしたんだ⁉ 空港、……目覚めて、……いや思い出せない! だが、色々と都合のいいことばかり起きていて、キャラにないことばかりした、……気がする! 思いだしたら死んでしまう!)
この間、立ち上がっては逃げだそうとして掴まれ、相手を掴んだままでいることを忘れて引きずられて倒れるという、どったんばったん状態を繰り返している。
頭をしこたま打ち、承太郎じゃなくても今の二人には「やれやれだ」という感想しか浮かばないだろう。
「一旦落ち着け! 俺もお前もだ!」
アヴドゥルの提案に立ち上がろうとしたポルナレフが思いとどまった。
「とりあえず、……お前は正真正銘、ジャン=ピエール・ポルナレフなんだな?」
床に寝転んだままの相手が、素直に頷いた。
「料理の味が無かったのは……」
「え? またオレ失敗してた⁉ 花京院達に『塩を忘れるな。素材の味しかしなくて、アヴドゥルが飢餓状態でもなければ食べやしない』って言われたけど……」
なるほど。ようやく彼らの感想が理解できた。
「じゃあ、……アヴドゥル。お前は敵スタンド使いに、……最初に見た相手を好きになる催眠術にかけられて、砂漠で戦った後、目に砂詰め込んでここまで連れて来られたワケじゃあ」
「よく信じたな」
失明免れないだろ。
「……本物、か」
「……お前も、本気でオレのこと、……マジか」
向かい合い、改めて目の前にいる彼を観察し、額の生え際、輪郭、首筋を撫でてみる。かすかに指に伝わってきたのは、血が巡り、鼓動と同時に皮膚が揺れる感触。
「……なぜアンドロイドだと騙されたのか、……自分で自分が情けない」
「そりゃアンタが素直すぎるからだろ」
ポルナレフがジトっとした目で睨み付けてきた。
「花京院も呆れてたからな! やらなくていいこと引き受けて、あれよあれよと仕事が増えて、……結局今回も、前回も、その前々回も仕事が溜まりに溜まるなんざ、働き過ぎだろ!」
「いや、……今回は必要な仕事だったから呼ばれたのであって」
「占い師としての仕事もあるだろ! 自分のキャパ超えるなら、できねえって断れ! 相手はお前の仕事量も、キャパも知らねえんだぞ! 働いたと思ったら休む! それが当たり前だ!」
痛いところを指摘され、わかった、と手で制した。この年になって説教されるとは。……まあポルナレフが本気で心配していることはわかる上に、特段大して腹も立たない。
「いいか! ここがフランスならお前なんざすぐバカンスに放り込んで、五週間ゴロゴロさせるところだ! 働き過ぎ、ダメ絶対!」
「ああ、うんわかった。お前の心からの説教は身に染みた。……ところで話を逸らそうとしていないか?」
「っぐ」
これまでの勢いが嘘のように、ポルナレフが言葉につまった。
「……な、なんのことだか」
「私のことで騙されるのは、これで二回目か」
「お、……お前も人のこと言えねえだろ?」
「荒唐無稽度合いではそちらが上だ」
「やかましい! 普通好きな奴がどうにかなったって聞いたら、すぐ駆けつけるだろ! ……あ、」
言っちまったという顔をするが、飛び出した言葉が消えるわけもない。アヴドゥルはため息をついて、彼の手首を開放し、彼自身を抱きしめた。
「それだけわかればいい」
ポルナレフの体が、びくっ、とこわばったのがわかった。警戒し、全身の毛を逆立てる猫のようだ。
だが、彼がアヴドゥルの腰に回した手は離れなかった。
「俺からされて、嫌なことや、拒否したかったことはあったか?」
「……いいや、ねえよ」
「なら良か――」
「だけどして欲しいこと、二つ、いや三つある!」
三つ? きょとんとした顔のアヴドゥルに、ポルナレフはまくし立てた。
「まず一つ! 明日すぐオレと一緒にフランスに来い! 明日からお前が休みだが、また働こうとしているのを財団から聞いた! このスカタン! 本物のバカンスを体験させてやる!」
フランス人は、堂々と有給休暇を五週間取る。もちろん、個人商店や開業医など、自分達のスケジュールに余裕がある者達がこれだけの長さで休みをとるのだが、オフィス勤めの者も一週間単位で休む。
結果、避暑地のホテルや観光施設も潤うという算段だ。
「なるほど、善処しよう」
「承諾しろ! 二つ目はオ、……オレのこと好きかどうかちゃんと言え!」
確かに重要だ。アヴドゥルは降参した。
「……あれだけ色々しておいて、好意が無いような男に見えるか」
「そういうんじゃあねえよ! 言葉が欲しいの!」
「そうか。そういう可愛らしいところも含めて愛している」
「お、……おう」
自分から言い出しておいて、突然勢いをなくすからこまる。
「それで? 三つ目は?」
アヴドゥルの質問に、ポルナレフは更に大人しくなった。
「……三つ目は、」
「三つ目は?」
「……言っとくけど、オレの趣味ってわけじゃあなく、……さっきも言ったが花京院が、そう、あの野郎が『アヴドゥルを癒やすって言うなら、これしかない』とかなんとかほざいて……」
ぶつくさ言っていて、よくわからない。
アヴドゥルがじっと見つめていると、ポルナレフが顔を真っ赤にして観念した。
「……ここじゃあなくても、フランスに行ってからでもいいんだが」
「ああ」
「その、……お前の好みがわからねえから」
「ずべこべ言わず、さっさと言え」
「お前、巨乳好き⁉」
意を決して大声で聞かれ、アヴドゥルは面食らった。
「……それなりに」
「じゃあこんな格好してるオレのこと、どーにかしろよ!」
――合点がいった。
「そして! オレのことどうにかする、か、代わりに、……」
何をされるか想像したらしく、途中で真っ赤になってポルナレフのセリフが止まった。
「か、……代わりに! オレがフランス行って、違う! お前をフランスに連れて行って、働き過ぎねえよう監視するからな! ずっと!」
こちらを指さしてビシっとキメるが、……暫く見つめているとぷるぷる震えだした。
「な、なんとか言え!」
予想外すぎて、何も思い浮かばない。
「おい! オレが、ここまでしてやってるんだぞ!」
正直、震える様が愛おしい。
「アヴドゥル! 寝てんのか、おい!」
今のは、プロポーズか?
そう聞きたい気持ちは山々だが、多分彼が言われたいことは違うだろう。疲れた頭で導き出した答えが間違っていなければ、だが。
「愛している」
ついでに、休みと一緒に欲しいものを希望しよう。
確かに働きすぎた。我慢する気はない。言われっぱなしでは情けない。先手を打とう。
「そうだな……。自分で自分が働き過ぎているか、少々わからないものだな」
「じゃあ!」
「ああ、末永くよろしくたのむ」
へへっ、と笑うポルナレフだったが、これはわかっていないのだろうか。
だが、夕飯の準備を……、と呟きながら立ち上がったポルナレフが、すぐその場にへたり込んだ。
ああ、愛おしい。
「お、お前ッ! そういうのは! オレ、今日ここ来てから落ち着かねえことばっかりじゃあねえか! なんとか言え、アヴドゥル! 笑って抱きしめて誤魔化すな!」
☆
「いや待て! 早速胸を揉めると思ったら大間違いだ!」
ポルナレフに手で制され、アヴドゥルはガーン! という音が出そうな程ショックを受けた。
流石にまともな格好に着替えさせて夕食を取った。その後、もう一度エプロンドレスを着させて、……ベッドの上でみせたのは断固拒否の姿勢。
※まだフランス行ってない。
「お前、……そんなすぐにオレ様が揉ませるような安い男だと思ってるのか⁉」
「思っていない」
「なら、」
「だが正直、我慢の限界でもある。実力行使もやむを得ない次第だ」
「そんなに溜まってんのか⁉」
「正直、昼過ぎからかなり」
「……」
ああくそ、と呟いてポルナレフが背を向ける。
「そうは言うけど、……今日やっと三年越しの片思いが実ったっていうのに、しかもこんな女の子がするような恥ずかしいカッコして、胸揉まれるとか……。確かに買ったのはオレだけど、ッん⁉」
ブツブツ言っているのが待ちきれず、アヴドゥルは背後から彼の胸を揉んだ。
もっとも、エプロンの薄い布の上からである。
「待てよ! 心の準備ってモンがあるだろ! どスケベ! 変態! エロいことばっか考えやがって!」
振り向いてギャンギャン吠えるが、お前今、自分で買ったとか言っていなかったか?
「誰がスケベだ」
きゅっ、と小さなとがりをつまむと、ポルナレフがのけぞった。
「あっ。……ばか、やめろ。ゆび、あっ、つまむと、……おっきくなるだろ、……だめだ」
初々しく立ち上がったそこを親指と人差し指で布越しに、優しすぎるぐらいの力加減でつまんでいく。
だがまだ刺激になれていない乳首は、持ち主の隠れた淫乱さを引き出すスイッチとしての役割を存分に果たしていた。
指でつつく。
「あっ」
転がす。
「っくん」
撫でる。
「ふぁあっ」
その度にポルナレフの口から恥ずかしげな声が漏れ、うなじが汗ばんでいく。
耳を甘噛みし、うなじに舌を這わせ、むせかえるようなポルナレフの香りを堪能していると、……さらなる変化に気付いた。
「ああっ」
乳首だけではなく、乳輪まで膨らんできている。
「そこ、さわるなっ。……小さい頃から、気にして、」
指で円を描くようになぞると、更に膨らみ、母乳が溜まって仕方が無いと言わんがばかりの、ぽってりとした乳輪と乳首に変貌した。
……三年前、あんなピッチリしたシャツで旅をしていたが、こんなものを隠していたとは。
確実に男が放っていないはずだ。
「あっ、だめ、だめだって」
肩に噛みつくかのような体勢で乳輪を虐め、ついに乳全体を揉みしだく。
下から上へ、持ち上げるように、なで回すように。
(これは……)
指一本一本が沈み込み、むちむちと包み込んできた。アヴドゥルの指は拒まれることなく、いやらしく膨らんだポルナレフの胸に受け入れられてしまう。
揉まれることを前提に創られた柔らかさだ。大きさも申し分なく、手の平をめいいっぱい広げないと収まりきらない。しかし指と指の間を広げると、揉む力も大きくなる。
「あああああっ」
結果、男に存分に揉まれ、その身勝手な力を愛という名の美肉で包み込む、雄っぱいがそこにあった。
「ポルナレフ……、お前、こんな。……俺の胸と、男の胸と全く違うじゃあないか」
「やっ、ンなこと、あるわけっ」
「柔らかすぎるっ……!」
辛抱溜まらずエプロンの中に手を入れ、直接揉みしだきはじめた。
「ああああああっ」
肌が、吸い付いてくる。
ほんのり自分より高い体温が指を包み込み、汗ばんでいるためしっとりとしている。
弾力は申し分なく、いつまでもこうしていられる。だが、ポルナレフの体のボルテージは上がってきていた。
「アヴドゥル、っ、腰、……勃ってる、あたって、あんっ、あああっ」
言われるまでもない。アヴドゥルは勃起している。
服越しに彼の腰にこすりつけ、早く鎮めろ、お前を隅々まで食わせろと、訴え続けていた。
「だめ、そこ、まだ、んんっ」
もう三年も片思いをしていた。
今日の今まで、二人の間に肉体交渉どころか甘い雰囲気なんてもちろん存在せず、むしろアヴドゥルはそんなものを悟らせまいと必死で努力していた。
はじける笑顔、柔らかいくちびる、豊満な体つき……。
それらを横目で見ながら、生殖本能がうずき続けるのをただただ耐え忍んでいた。
「あああっ、ちから、つよくなって、だめっ、ちくびで、ちくびできもちよくなっちまうっ」
いま、欲望は解放され、両手指先の十点、そして自身の一点に集中していた。
容赦のない欲望が、ポルナレフの乳首を、ペニス以上の性感帯へと変えていく。
なおも揉み続け、つまみ、つつき、虐め倒し、ポルナレフの口が閉じなくなった。
足を伸ばしてのけぞり、アヴドゥルに背後から抱きしめられながら、胸への被虐に屈服した。
彼は性欲の奴隷と化すことを選んだのである。
「あ、だめ、ああっ、だってアヴドゥルが、こんな、えっちだって、おもわなくて、」
下着の中、彼自身のペニスがゆるゆると持ちあがる。
――女性と同じエクスタシーを享受するとき、男の象徴は力を無くすのである。
「あ、あ、イく、きもちいい、アヴドゥル、もっと、もっと、あ、あ、あああああああ……」
最後に牛の乳首のようにつままれ、ポルナレフはその刺激で達し、陶酔感に浸りはじめた。
力を無くした体が体重を預けてきて、首筋にキスしてそのままベッドに寝かせた。
……だらしなく四肢を投げ出し、白い肌が赤く染まっている。エクスタシーと共に全てを本能にささげたのか、彼の下着は液体のシミと共に、潮のにおいがしていた。
舌なめずりと共に、乱れたエプロンの中に手を突っ込む。
「あ、まだ、イったばっかで、んっ」
唇を重ね、熱い口内を貪った。
こんなに自分ががっつくとは。思春期の少年でもこうはならないだろう。
自嘲するが、舌がアヴドゥルの欲情を煽るように誘ってくるものだから、応じて、口内全てを舐めとらざるを得ない。
「んん……っ、やっぱ、えろ……」
自分の唾液がこぼれ落ち、ポルナレフが素直に飲んでいくことに興奮し、更に唇を離して彼が呟いた言葉に、我慢が効かなくなった。
「……口の中、出すのまだ早いだろ? んっ」
強引に唇を奪い、彼の全てを喰らい尽くそうと舌を這わせた。
頬も、鼻の頭も、耳も。口と同じく耳も、耳たぶもすっかり堪能したところで、低い声で囁いた。
「誰が早いだと? 胸をこんなにして、俺に腰をこすりつけてよがり狂っているくせに」
「あああっ!」
乳首を指ではじく。
甘い拷問にポルナレフがのけぞり、喘ぎ、幾度も情けない声を上げた。
「あっ、ひゃん、だめ、あああっ」
「ほら。さっきまでの威勢はどうした、ん?」
「あああっ。……こんなの、そうぞうしてたのと、っ、ちがうっ」
「……想像していたのか? どんな風に?」
指ではじくのを止めると、涙でいっぱいの目と目が合った。嫌がっている様子は微塵もない。むしろ、最初から激しすぎて彼のキャパシティがオーバーしているのだろう。
「どんなって……」
優しいキスを額に落とし、北風ではなく太陽になろう。頭を撫で、優しい声でそそのかす。
「教えて欲しい。……俺と、どういうことがしたかったんだ? ポルナレフ」
「え……」
「教えてくれれば、その通りにする。愛しいお前の言葉だ、……ジャン」
実は、ここまで激しすぎたのでは? とアヴドゥルは憂慮していた。
想像していたのと違うと言われ、……確かに普段の自分とキャラが違いすぎることに、今更「飛ばしすぎたか」と後悔していた。
「えっと……」
ポルナレフが戸惑っている。
本当に、飛ばしすぎたのかもしれない。我慢していたとはいえ、相手が同じとは……。
「じゃあ、……引いたりしないか?」
「しない」
努めて優しく囁く。
頭を撫で、優しく、羽が触れるかのように頬にキスをした。
そしてようやく、恥ずかしがり屋の淫乱な天使が、エプロンをめくり上げながら口を開く。
「じゃあ、……アヴドゥルの、……」
「ああ」
「アヴドゥルの、……エッチな唇で胸吸われながら、……あっついの、中に入れて欲しい」
ぷるん、と天に向けて立つ乳首と乳輪が、みずみずしく輝いている。改めて、男のそれとは思えないほどの膨らみを目撃し、アヴドゥルはクラリときた。
まだ唇は動いている。理性を手放しそうになったが、後半につれて小さくなるおねだりを、勿論聞き逃す訳がない。
「アヴドゥルの、……さっきからオレの腰に当たってるヤツ、……じらさないで、はやく、……だめ?」
唾を飲み込み、彼の下着に手をかけた。
「もう、後ろ、……準備してたから」
嘘だろう、と喉まで出かけた。念のため、むっちりとした太ももを広げ、入り口に指を当てると、……ずぶ、と抵抗なく受け入れられた。
「んっ……、ほら、はやく……」
既に臨戦態勢をとっている自分のペニスを開放し、コイツの先端をポルナレフの蜜壺の入り口にキスさせた。
「あっ」
ちゅう、と吸い付かれ、腰を動かさなくても勝手に吸い込まれていく。征服を待ちわびる体は入り口をじわじわとひろげ、矛の先端を招き入れていた。
「あ、ああ」
そして、ここまでとっておいた宝石を、アヴドゥルはようやく口にするときがきた。
テラテラとルビーのように輝き、見る者を虜にする。いや、これを目にする前から、アヴドゥルは彼の虜だった――。
「きてくれ、アヴドゥル、あ、あああっ」
赤く、怪しく光るそれを、両胸を寄せ、
「あ、あああああああああっ!」
二ついっぺんに頬張り、ペニスも奥まで入りきった。彼の前立腺を押し上げた感触がわかった上に、のけぞったところを見ると、軽くイってしまったのだろう。
だが、ここで止める気はない。
「や、おっぱい、あんっ、なかもっっっっっっ」
最初から理性が効かず、容赦なんて言葉も存在し得ない。天井を向いたアナルにペニスを打ち付け、その度にポルナレフが喘ぎ声を上げる。
だがピストンの揺れよりも、ポルナレフの乳房と乳首の揺れの方が大きい。
上下に大きく揺れ、アヴドゥルが一瞬でも気を抜くと唇からこぼれてしまう。
だからしっかり手で揉みつつ支え、強く吸わざるを得ない。舌で転がしつつ、時折片方だけにしぼりつつも、アヴドゥルはポルナレフの胸を解放しない。
ただ身勝手に、彼の胸を思うがままにしていた。
「あああんっ、あっ、あっ、へん、になるっ、おっぱいでそう、だめ、アヴドゥル、はなして、ああっ」
それぞれの乳首を、今度は存分に可愛がってやろう。
右胸の乳首は、上下に大きく、舌で転がし軽く吸う。その度にポルナレフの体がびくん、と震え、ピストンと合わせて甘い声をだした。
左胸は歯先を軽く当てた。それだけでポルナレフがなにかを待つかのように切なげな声を出す。決して、傷をつけるつもりはない。
なのにもっと強くして欲しそうな顔をする。
「あっ、なあっ、もっと、もっとぉ、」
ピストンだけでは物足りないらしく、ベッドを揺らすほど腰を振っているアヴドゥルの後頭部を手で押さえてくる
両頬がむっちりとした胸に挟まれ、息を吸いたくても彼の甘い体臭しか吸えない。吸えば吸うほど頭がクラクラし、ポルナレフの胸をあとどれだけ愛撫できるかしか考えられなくなっていく。
(こんな、いやらしいものが、……男についていていいはずがない……っ!)
指は沈み込み、乳首は大きく敏感で、乳輪は興奮するほど膨らんでいく。
乳首であろうと乳輪であろうと関わらず、唇で吸い、舌で舐め、いやらしい音を立てて味わった。
「やあああっ、アヴドゥルっ、あんあああああああっ」
じゅばじゅばと音を立てるアナルが、ペニスを優しく、それでいて吸い付くように包み込む。
隙間なく、胸だけでなくアナルさえアヴドゥルを包み込み、彼自身を高めていった。
「アヴドゥルっ、アヴドゥルっ……」
「つらく、……ないか?」
「いいっ、もっと、おれのおっぱい、いっぱい、……たべてっ。ああっ!」
ピストンを早め、更に更に登りつめていく。胸と胸の間の皮膚を、ちゅうううぅと強く吸ってキスマークをつけた。
包まれ、そのままベッドを揺らし、ポルナレフの体が細かく揺れる。
彼が、強く自分の頭を抱きしめた。
「あ、ああ、くる、あ、あああああああああああああ!」
奥にたたき込んだまま、アヴドゥル自身も達した。身動きが取れない。ポルナレフの腕は勿論、太ももまでもがアヴドゥルを拘束していた。
肩で息をする彼が、しばらくして両手、両足をゆるめ、アヴドゥルの体を解放した。
体を起こし、改めてポルナレフの姿を見下ろす。はだけて肩紐がちぎれたエプロン。赤い跡がついてしまった乳輪、……色が濃すぎるキスマーク。
やりすぎた、と反省する前に、ポルナレフが最後のおねだりをしてきた。
「アヴドゥル。……まだ、物足りねえだろ? ここ、ぶっかけてくれよ……」
彼の体から引き抜いたペニスは、まだ緩く屹立していた。
「さっきまでお前がちゅうちゅう吸ってたここ、……どんなに吸ってもミルクでねえから、……ちょうだい?」
手で支え、狙いを定める。ゆっくりと、根元から丁寧にしごきあげていく。その様子を見て、ポルナレフが満足そうにうなづいた。
「甘えんぼじゃあねえか、おっぱい吸って、腰ふって、……ほら、こいよ」
手で、彼の胸を寄せ、ペニスを挟み込む。
仰向けのまま、身勝手に腰をふりはじめた。
「あ、ああ、やっぱ、アヴドゥルの、おっきくて、わがままで、いい、……っ」
ペニスまでもポルナレフの愛に完全に包み込まれ、思いっきり腰を振ると、やっとのことで亀頭が顔を出す。
だがポルナレフが起き上がり、先端に口をつけた。
「ん……、しょっぺえ……」
射精を耐えようとするが、無駄な努力でしかない。熱く、唾液で満たされた口内で、舌を細かく動かされれ、……アヴドゥルの腰が小さく震えた。
「……っ」
ポルナレフの口からこぼれ、白濁が口から腰まで腺を描いた。描き始めが太く、無造作に置かれたエプロンの上に水滴を作って終わった。彼の太ももの間からも、ベッドに大きなシミができている。
ようやく、アヴドゥルは冷静になった。
「我慢しすぎだろ」
「……すまない」
ごく、とポルナレフの喉が鳴る音を聞いて、アヴドゥルはまたもや胸が高鳴るのを感じた。いや、さすがに、ここまでやっておいて……。
「ばーか、……まだ勃ってる」
「⁉」
指摘と同時に握られ、半勃ちのソレがみるみるうちに硬くなった。こんな状況、今まで経験したことがない。
「疲れマラだろ。まだまだ若えな」
ポルナレフがニヤッと笑みを浮かべて股間に口を寄せ、耳に髪をかける。
「ポルナレフ、待て! そ、……そんなことまで妄想してたのか⁉ 一人で⁉ 両思いになる前から⁉」
「ん~? お前こそ、逃げねえってことは、……まんざらじゃあねえんだろ?」
上目使いで舌を出す仕草に、もしかしたら、と思った。
最初の初心な仕草は、……もしや。
――翌朝。いや、情けないことにアヴドゥルが起きたのは午前十一時半だった。
他に経験があるのではと邪推して一回、いや三回。あまりの都合の良さに、実は本当にアンドロイドだったのでは、と考え、確かめるために一回、……で終わったはず。
隣で眠るポルナレフの体は、昨日のことなんてなかったかのような綺麗だった。いや、たしか風呂に連れて行き、色んなトコロを確かめつつ体を洗いながらシたからであって……。
(うっ!)
アヴドゥルの腰は、割れそうなほど痛かったし、ポルナレフの声もこの日一日は使い物にならなかった。
働くなんて選択肢はもはや一切浮かばず、見事にバカンス直行となったのであった……。
【完】