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    しおり
    もう、太陽は見られない その2 1988年10月
     SPW財団エジプト支部地下四階。
     収容スペースに、アヴドゥルの柔らかな鼻歌が響く。
     マイクを通じ、ガラス壁の向こうへ。
     採血済み試験管を持つ財団職員・マリアンの耳にも、地下三階の研究員達にも聞こえていた。

    「アヴドゥルさん、今日はご機嫌ですね」

     地下三階の研究員がマイクを通じて声をかけると、吸血鬼に見えない吸血鬼は、質問を待っていたことを隠さず笑顔を見せた。

    「ああ。今日はこれから荷物が届くんだ」
    「本ですか」
    「スティーブン・キング『It』だ。ジョースターさんにお願いして、」
    「いいですね! 僕も読みたいです」
    「私もお願いします」

     研究員達がこぞって手を挙げ、あとで順に貸し出すことが決まった。
     アヴドゥルがいる地下四階収容スペースの天井は高い。
     地下三階の研究スペースは、ガラス壁越しに階下のアヴドゥルを見下ろすような作りになっている。

    「アヴドゥルさん。占星術について、初心者でもわかる本ってありますか?」
    「ジェームズ。それなら、ジョースターさんに私の遺品を預けてある。ホロスコープの作り方中心のものと、飲み屋で使えそうなものとどちらがいい?」
    「飲み屋のヤツでお願いします! タイプ室の子達と話すきっかけにしたいんで」
    「俺はホロスコープの方が、」

     収容スペースにつながるマイクは一本だけだが、取り合いが続いている。
     マリアンは試験管と交換に、地上の秘書室宛にアヴドゥルの荷物が届いたことを聞いて、受け取りに向かった。
     エレベーターに乗り、地上階へ。外気温の影響か、少し肌寒さを感じつつ、秘書室のドアを開ける。

    「マリアンさん。こちら、受け取りのサインを……。ね、地下の彼って、写真とかないの?」
    「写真?」

     無機質な地下とは異なり、パフュームの香り漂う秘書室で、封筒と小包が手渡された。

    「数ヶ月前から特別に研究協力しているってウワサの彼よ! 研究室から話を聞くようになったんだけど、そんなに楽しいなら見てみたいなーって」
    「ちょっと。さすがに浮気の相談までは受け付けられない」
    「だーいじょうぶだって。付き合っている女の子とかいるわけじゃあないんでしょ?」
    「……女の子は」

     女性はいないが、彼のために世界を巡って〈吸血鬼から人間に戻る方法を探す〉男ならいる。

    (とは言えないな)

     それとなく振り切り、収容スペースのある地下階行きエレベーターに乗る。
     手の中にある荷物は二つ。
     一つはジョセフ・ジョースターから送られてきた小包。
     もう一つは、……その男性、ポルナレフからだ。

    (アヴドゥルさん、あんなに打ち解けるなんて)

     ――収容当初、アヴドゥルから職員達に対する対応は冷淡なものだった。
     DIOとの戦いの末、血を浴びて吸血鬼となったことに引け目を感じていたのだろうか。
     必要以上の会話をせず、まるで只管ひたすら黙って実験に耐える修行僧。
     その態度を軟化させたのは、定期的に訪れるポルナレフだった。

    (まず半年前の喧嘩後、二人で寝ていた姿が私たちとアヴドゥルさんとの何よりのカンフル剤だったな)

     そして喧嘩から一週間後、ポルナレフが再度来訪した。
     NYからジョセフの小包と、イタリアで承太郎が得た情報をまとめて。
     その翌週も、そのまた翌週も訪れ、……ツェペリの子孫が持っていたチベットの情報を、もってきた。

    (それまで私たちも治療のためには手をつくすつもりだったけど、……やりづらかったんだよね)

     訪れる度にすべての財団職員に挨拶し、屈託なく接するポルナレフの姿は、財団職員の緊張を解きほぐし、彼らのアヴドゥルに対する印象を変えた。
     そして毎回収容スペースで寝泊まりし、……子どものように枕をつかんで離さない。
     枕は、アヴドゥルの太ももだった。

    (七月に出発したときは、『次会うときは、人間に戻る方法を持ってきてやる!』って言ってたけど……)

     ――回想している内に、アヴドゥルのいる地下四階に到着した。

    「ありがとうございます。……! ポルナレフからの手紙も着いたんですね」

     鼻歌が一オクターブ上がった。

    (これは確実に彼女いない)

     小包を放って、封筒まっしぐら。
     ガラス壁の向こう、本棚がそろった収容スペースで、アヴドゥルがいそいそと封を開け、……手が止まった。

    「……村上春樹を依頼したはずが、村上龍が」
    「よくある間違いですよね」
    「さておき、……手紙が入っている。なんだ、ええと……」
    『よっ、アヴドゥル。

     そっち出てからすぐこの手紙をポストに入れるけど、……多分そっちは秋だよな。
     オレはいま、夏の中国にいる。

     二月に来たときと同じで、ここから飛行機に乗ってチベットの山奥に向かう羽目になる。
     ……なるんだが、正直みつかるかわからねえ。

     まずヌー川ってどこかわかるか。
     この話題、散々オレとお前で繰り返したけど、ちーーーーーーっともわかんなかったな。
     チベット地域の川といえば、マチュ河、ディチュ河、メコン河、サルウィン川、インダス川、ガンジス川の上流ヤルンツァンポ河。
     あんだけ二人で地図にらみつけりゃあ、名前どころか形まで覚えた。

     が、ヌー川ってなんだ。ヌーって。
     ツェペリ家の女の子からもらった戦前の日記をどーにかつなぎ合わせて出てきた地名だが、……悪い。
     地元にきても正直わかんねえ。
     こっちの財団職員も、チベット出身の子が入ったって言うから聞いてみたが、

    「?」

    って顔するだけで、さーーーーーーーーーーっぱり状態。

     予定通り、行き当たりばったり作戦しかねえな。
     だけどこの手紙を読んでる頃には、無事、ちゃあんと手がかり見つけてるから、安心しろ。
     前みたいに自暴自棄にならずに、いい子で帰りを待ってろよ。

     あと、マリアンちゃんと仲良くな』


     ……手紙を読み終えたアヴドゥルが、眉間のしわで不服を露わにした。

    「どうしました?」
    「いや、……何を考えているんだあのアホは」

     誤解も甚だしい、だの、これだから鈍くて腹が立つ、だの。
     ガラス壁の向こうで愚痴を繰り返すアヴドゥルに、ふとマリアンは思い出した。

    「そういえば来年の話なんですが、アヴドゥルさん。ネパールに財団支部ができるんです。中国支部やネパール財団支部宛に送れば、ポルナレフさんに返信が書けますよ」

     中国の支部は北京に置かれており、チベットとの距離はネパールの方が近い。

    「……手紙、か」

      ☆

    「あー、クソ、……マジにみつからねえ……」

     アヴドゥルが手紙にもんもんとしている頃、ポルナレフはチベット・ラサで市場を眺めながら、路上に腰を下ろしていた。
     さすがにマフラーは巻いてきたが、寒い。
     高度三千メートルで活気よく売買する人々は、客を呼び込みながらポルナレフをチラチラ、観光客相手に商談しながらチラチラ、様子をうかがっている。

    「……さすがに不審がられたか」

     腰を上げ、ホテルに向かう。
     ――ここしばらく、ポルナレフはラサを拠点とし、周囲の都市、山、村へ歩き、

    「ヌー川ってどこかわからねえか?」
    「オレ旅行客なんだけど、ヌー川って知らない?」

     と、身振り手振りで聞き込みを繰り返した。

    「だがまあ、……この市場に出入りする奴ら全員に話聞いちまったからな……」

     視線の数にうんざりしたままホテル自室に戻り、財団中国支部に電話でめぼしい追加情報が来ていないか確認する。

    「アヴドゥルから連絡は?」
    『いえ、それが……』
    「アイツエジプトで図書館の資料を集めるって言ってたけど、真面目にやってんのか? 自分の身体を治す方法なんだから、もうちょっと本腰入れて、」
    『アヴドゥル氏からは来ていませんが、空条承太郎氏から情報と地図のご提供が、』

     財団職員のセリフを聞くやいなや、ポルナレフは受話器片手に北京首都国際空港まで向かう準備を始めた。
     ――二十四時間後、

    「飛行機っていいよな。速いし、こうしてお前に会えるし」
    「テメー、ジョースター家に対するイヤミか」

     北京・中国財団支部にて。
     数年前の旅と比べ、格段に便利な点がある。
     財団が、すべての資金を出してくれることだ。
     こうして承太郎と茶を飲むときさえ、高いメニューを遠慮無く頼める。

    「ツェペリ家が本腰いれて探してくれたらしい。奇跡的に、ウィル・A・ツェペリがつけていた航海中の日記、そしてその後の調査記録がみつかった」

     承太郎が持参したのは、地図のコピー、そして波紋修行中の日誌からめぼしい情報を抜き出したノートだ。

    「どーやってみつかったんだ?」
    「ジジイの親友が、暇を見ては手がかりを追っていたようだ」
    「へー。歴史マニアだったのかねえ」

     受け取り、コピーとはいえしっかり「ヌー川」の場所が記載されていることを確認する一方、……承太郎が地図を指さした。

    「この場所、中国支部で聞いたが、チベット・ラサから行くなら徒歩しか手段がねえそうだ。しかも半年かかる」
    「は?」

     地図の隣に、波紋修行の日誌コピーが広げられ、一枚、二枚……ヌー川にたどり着くまで要した枚数が数十枚。

    「百年前の踏破記録だ。現在の舗装状況に期待するしかねえな」
    「あの雪道を……」

     しかも標高四千メートルを超え、素人考えでも苦難の道となることは想像に難くない。
     承太郎が別の案を出した。

    「あと八ヶ月。……来年の6月まで待てば、財団のネパール支部ができる。そこから行けば、やはり徒歩だが一ヶ月ほどで行くことが可能なようだ」

     承太郎の次の台詞は、容易に予想できた。

    「一旦、「わかった、半年だな。……さっさと準備そろえねえと」

     遮り、得意げに笑ってみせる。

    「悠長なこと言ってられねーよ。その二ヶ月を待っている間、アヴドゥルがどうにかなっちまう可能性だってあるだろ? ……手紙の返事すら寄越さねえからな。早いとこ人間に戻す方法みつけて、オレがアイツに夜明けを見せる」

     承太郎は、しばらく黙ったのちに、「そうか」とだけつぶやいた。

    「おうよ。地下施設でアヴドゥルの世話をしているのが、マリアンちゃんっていう女の子なんだが、……アヴドゥルがあの子を狙わねえとも、」
    「……ポルナレフ」

     承太郎は、やれやれだ、と前置きを入れて告げた。

    「お前、……そうだな。……誤解に気づけ」
    「なんの?」
    「……さておき、手紙は出しておけ。今度はエアメールじゃあなく、財団支部経由で。数日で着くはずだ」
     1989年4月

     アヴドゥルがエジプト支部に収容されてから一年三ヶ月が過ぎた。

    「ポルナレフさんって、最後に来てから半年経つの?」

     SPW財団エジプト支部秘書室。
     マリアンはアヴドゥルが大英図書館から複写請求した資料を、秘書室の女性から受け取っていた。

    「あの人来てくれる度に、おいしいお菓子くれるから楽しみだったのに……」
    「今頃チベットの奥の奥」
    「そうなの、なんで?」
    「いろいろあってね」

     エレベーターに乗り、地下四階へ。
     最近では、組み立て式の本棚を週一で運ぶほど、アヴドゥルの収容スペースには資料がたまっていた。
     もっとも、当の本人は全く変わらない。

    「アヴドゥルさん、今日届いた資料です」
    「ありがとうございます」

     小窓から渡し、……今日もアヴドゥルに髭が生えた様子も、必要があれば取り替えると伝えているひげりが汚れることもない。

    「……ポルナレフさん、最後の手紙から半年経ちましたね」
    「……そうですね」

     アヴドゥルは一切動じない。
     足の踏み場もないほど増えた資料の中、紙と紙を見比べ何かを探っている。
     だが、ポルナレフの手紙は大事に机にしまわれていることをマリアンは知っている。
     あと、昨年10月からポルナレフに宛てて書こうとしている手紙の下書きも。

    「……失礼します」

     邪魔しないように退室し、エレベーターへ。地上五階の会議室に向かう。
     ドアを開け、遅れたことを謝罪した。

    「……ああ、かまわないよ」
    「入りたまえ」
    「モハメド・アヴドゥル氏の変化について、報告書が回っていたところだ」

     ムジャーヒドをはじめ、各地財団支部長がそろっている。
     背負ってきた責務が刻んだ皺をもつ彼らの顔が、一様に渋くゆがんでいた。

    『…………
     体温:「0」℃
     血圧:「0/0」mmHg
     心拍数:「0」拍/分

     この数値は1年変わらず、また特筆すべき点として、モハメド・アヴドゥル氏の血液型が変わりつつある』

    「最後の一文は誰が?」

     イギリス支部長の指摘を受け、ムジャーヒドが促し、マリアンが口を開いた。

    「この検査は、支部長の許可を得て私が行いました。
     毎週水曜日、午前十一時に採血を行い、各種検査を行いました。……その際、血球の抗原、及び血清中の抗体を調べ、当初AB型の反応を示していた氏の血液が、へと変わりつつあることがわかっております」
    「A型、というのは……」

     血液型を検査する方法は、1900年オーストリアで発見された。

    「DIOの血液型は不明ですが、ジョナサン・ジョースターは、息子ジョージ二世と妻であるエリナ・ジョースター両名の血液型から、……A型と推測されています」
     一ヶ月後。1989年5月。

     マリアンは資料が散乱する収容スペースにて、……便せんの山を机に積み上げつつ、なおも書き出しで迷っているアヴドゥルと対面した。

    「……何枚目ですか、これで」

     図書館からの複写請求資料を待つ間という名目で書き始めたはずだが、すっかりアヴドゥルは思考の迷路に入ってしまった。

    「すみません。……秘書室の方々からもらった分はあと数枚で……」
    「ところでアヴドゥルさん。ポルナレフさんから七ヶ月ぶりの手紙です」

     小窓を開けるや否や、アヴドゥルは光速で手紙を受け取り、封を切った。

    「……来月設立予定のネパール財団支部が、現地建設現場でたまたまポルナレフさんにお会いして、その場で書いてくれたとのこですが」
    「間違いない! ……彼の字だ。恐ろしく汚いのになぜか読める独特の手癖で……」

     手紙に飛びつくという描写がピッタリだったアヴドゥルの反応は、……次第に目に見えて落胆していった。

    「……一年」
    「? どうしたんですか」
    「波紋使いがいた場所に着いたが、……財団職員も交え、……確実なことがわかるまで、……こちらに、……一年……」

     マリアンの目には、アヴドゥルの頭の中は見えない。

    「……彼の青春が、……時間が、」

     だが彼の脳が思考を口にするまでに、想像以上にポルナレフのことを考えていることはすぐわかった。

    「アヴドゥルさん。私、来月ネパール財団支部に研究者交流で行くんです。その際、もちろんヌー川にも行くと思います」

     ネパール財団支部からは、現在の波紋使い達の状況と、波紋の研究がどれほど進んだか伝えられている。

    「ポルナレフさんに、シンプルでいいので手紙を……」

     そこで、マイクが音声を拾うことに気づき、マリアンは手元のメモに書いて、アヴドゥルに見せた。

    『手紙で、『愛している』と伝えましょう』

     メモを見た瞬間、アヴドゥルはたじろぐリアクションを見せた。
     ……目をそらし、仕方ないという顔で便せんに文字を書いて見せてきた。

    『それだけは、絶対に言わないと決めている。なにがあっても』
    『どうしてですか』
    『彼の未来を縛りたくない』

     便せんに書いた後で、アヴドゥルは少し書き直した。

    『彼の未来を、……私の治療が難しいことがわかり、私が消えてしまっても、気にせず忘れて、次に進めるようにしたい』

     あきらめたように便せんをたたむアヴドゥルに、マリアンは黙って首を横に振った。
     半年かけてチベットの奥地へ。
     到着と同時に手紙を出し、さらに一年かけて救出する方法を探るつもりのポルナレフに、その深すぎる愛情は、残酷じゃあないだろうか。

    「アヴドゥルさん」

     マリアンは口で呼びかけ、便せんに走り書きをした。

    『愛しているって言わない方が、逆に酷だと思います。せめて相手を大事に思っていることぐらい伝えた方が』

     マリアンの意志を持った視線に気圧されたのか、アヴドゥルは少し黙っていた。

    「マリアンさん……」

     マリアンは、譲る気が無い。
     アヴドゥルの未来について、このエジプト支部で最も理解しているのは彼女だ。
     そしてポルナレフが達成しようとしていることが、どんなに不可能か知っているのも彼女だ。

    『彼を、一人きりにするつもりですか』

     ……間が開き、諦めたような顔でアヴドゥルは新たな便せんにさらさらと書いた。

    『〈愛している〉以外なら、なんとかします』
     1989年7月。

    「マリアンちゃん!」
    「お久しぶりです、ポルナレフさん」

     6月に設立されたネパール財団支部から、徒歩で一ヶ月。
     マリアンは、モンゴルのゲルによく似た住居で、すっかりモコモコに着込んだポルナレフに再会した。

    「いつもの格好にマフラーで十分なんだけど、周りから『見てて寒い!』ってクレームもらっちまってよー」
    「あはは。はい、……こちらを預かっています」

     昨年10月から執筆が開始された、アヴドゥルの超大作。

    「手紙!?」
    「アヴドゥルさんの直筆で、……ようやく私の出立三十分前にできあがったんですが、」

     便せん一枚。
     内容:


    『いざとなったら、承太郎たちに助けを求めろ。風邪引くなよ』


     ……ポルナレフは便せんをこすり合わせた。
     目から遠ざけ、近づけて、自分の目のピントが合っていないんじゃあないか? という動きをする。
     まるでアニメだ。

    「短っ……、マジかよ」

     だが、言葉とは裏腹にうれしそうな顔に、マリアンはもっと早く持ってくればよかったと思い、彼女もつられて嬉しくなった。

    「返信があれば、お預かりしますよ」
    「もちろん! ……あ、いや、急いで書くからな。マリアンちゃんが高山病になったら、アヴドゥルに申し訳が、」
    「心配無用です。健康ですし、私とアヴドゥルさんはそんな関係ではないです。むしろ、」

     マリアンは、今度はメモではなく、直接質問した。

    「ポルナレフさん。貴方の方が、ずっとアヴドゥルさんを大事に思っているんじゃないですか?」

     無垢な問いかけに、ポルナレフは全く考えていなかったという反応を見せた。

    「エジプト支部では、ずっと二人で部屋に入っていましたし、……ここまでするのは、」
    「いやいやいやいや! なーに言ってんの、マリアンちゃん。アレは、アイツが不安だろうって思うからだよ。オレじゃあなくて、アイツが!」
    「……ポルナレフさんじゃあなくて、」
    「アヴドゥルが! へ、変な誤解させちまって、困るよな~。うん」

     誰かに弁解するような口調に、マリアンは小さく微笑んだ。
     翌日、

    「では、私はこれで」
    「おう! ありがとうな! また一年後!」

     ポルナレフと別れ、ここから先はほぼ下山といえる道のりが続く。
     出立前に靴紐を確認するマリアンのかたわらに、男性がしゃがみ込んだ。

    「貴女は、エジプト支部の方ですか? ドクター博士ですよね?」

     相当若く、まだ成人もしていないような印象を受ける。
     だが、堂々とした物言いはもちろんだが、〈少年〉という言葉が似合わない、精悍な顔つきをしていた。

    「失礼ですが、年齢は?」
    「……今年で、三十五歳になります」
    「支部長であってもおかしくないですよね。確か現支部長のムジャーヒドが三十五歳で就任したはず。普段、貴女はどの職務を担当されているのですか」
    「……研究職です。何を研究している、というのは守秘義務に反しますので回答を控えますが、」
    「結構。ここに来た事実を以て、ある程度察します」

     彼女自身、自分の昇進が遅すぎるというのはわかっている。
     だが、言い返す前に男が一方的に話を続けた。

    「痩せこけた頬。反して童顔な印象。苦労を背負い込むも断り切れず、常に目上の者の顔を伺う、下の立場にならなければならない人間のにおいがする」

     男の名札を見ると、まだ大学生であることがわかった。

    「ご両親の介護なら、もっと周囲に相談した方がいいですよ。では失礼」

      ☆

     翌月1989年8月、エジプト支部地下四階には、アヴドゥルにとって懐かしい顔が来訪した。

    「花京院!」

     ムジャーヒド支部長に付き添われ、イギーと共に花京院が参上した。

    「大学が休みになったから、さっそく来たよ。少し早いインターンだと言えば、両親も納得してくれた。もっとも、母さんがカイロのホテルを二ヶ月予約して、一緒についてきたんだけどね」
    「そうか。……会えてうれしい」
    「本来はマリアンさんという方に教えてもらいながらという話だったが、……二ヶ月の休みを取るそうだね。まあ、どこかで挨拶する予定だよ」

     あの戦いから一年経っている。
     アヴドゥルの視線が、花京院の頭とつま先を往復した。

    「……背が、伸びたな」
    「ああ。イギーも成長した。NYに子どもがいるんだ」

     ガラス壁の向こう、花京院がイギーの子ども達の写真を見せる。
     ムジャーヒドに開けてもらい、小窓からアヴドゥルに差し入れた。

    「……そうか」

     ……満足そうなアヴドゥルとは対象に、花京院は歯がゆい思いをしていた。
     アヴドゥルは一年前から、全く変わっていない。

    (大人になると成長しないとか、そういうレベルじゃあない)

     DIOとの戦いのあの日から、髪も伸びず、皺の一つも増えていない。

    「では、私はこれで」
    「支部長、ありがとうございます……」

     見習い職員として頭を下げ、……ムジャーヒドがエレベーターに乗ったことを確認し、花京院は、

    「おい、」
    「いいんだよ、支部長も承知だ」

     ガラス戸のドアノブに手をかけ、鍵を開けようと試みた。

    「チャリオッツだって開けられるなら、ハイエロファントだって、」

     触脚がガラス戸をすり抜け、アヴドゥル側から手際よく鍵を開ける。
     一枚目、二枚目。花京院がドアノブを握る三枚目の鍵に触脚が触れたところで、鍵がかけ直される音が響いた。

    「アヴドゥル!」
    「だめだ、花京院。ここには入れられない。見習いでも」
    「……真面目すぎる」
    「万が一のことがあったら、君のことを心配してついてきた母親や、日本で待っている父親に申し訳が立たない」

     姿は変わっていないのに、大人だ。
     言葉に詰まっていると、鍵の閉まる無慈悲な音、そして

    「アグ」

     イギーが裾を甘噛みしていた。
     生意気そうな上目遣い。花京院は、………………意図をくんで彼の身体を持ち上げた。

    「じゃあ、アヴドゥル。この小窓からイギーが入るぐらいはいいだろう?」
    「だめだ」
    「ほら、顔が入るかどうか試したいんだ」

     普段は封筒や書籍を出し入れしている長方形型の小窓に、イギーの丸い顔が押し込まれる。
     不機嫌そうな様子を見かね、アヴドゥルがぶにぶにした彼の頬を押し返してきた。

    「やめてやれ。……ほら、結構顔がデカくなったから入りきらん」
    「じゃあ、尻ならいけるかな」

     反対にし、イギーの尻を小窓にはめる。
     案の定、そのままアヴドゥルが押し返そうとしてきた。

    「いまだ!」
    「?」

     ニヒッ。
     イギーの尻から、ブー……っ、と屁が放出され、アヴドゥルは思いっきり顔面から食らった。
    「さっきのは傑作だったね、きみ

     財団職員のワンと共に、花京院はイギーと連れだって、地下三階研究室へと案内された。

    「まだ大学一年だって? 是非SPW財団に来なよ。歓迎するよ」
    「……迷っているんですよね。両親は国内での就職を勧めてくるんですが、海外も考えていて、」
    「優秀な子は歓迎だ。特に理系。スタンド能力なら査定にプラスアルファがつくよ」
    「本当ですか」
    「誰もホンモノ見たことないから、査定された人も見たことないけど」
    「じゃあ見ます?」
    「アッハッハハ! きみ、面白いねーッ」

     腕の中、意外とイギーはおとなしくしている。……というより、寝ている?
     だがその耳がピクリと動く。世にも珍しい男性の泣き声なんてものを聞き逃すはずがなかった。

    「うわあっ、あ、ああ……」

     思わず出てしまった、という嗚咽に、花京院も王も足を止めた。
     第三研究室で上司と思わしき男の前、研究員が涙を流している。

    「っぐ、ううっ……」
    「……気持ちはわかる。だが、まだ希望はあるんだ」

     室内には、研究員達の机が五台ほど設置されている。
     ドアの前から、辛うじてそれら机の上に置かれた書類が見えた。

    『S市杜王町にて、エジプト支部の検体を使用し、男性が肉の芽から回復した症例』

    『アステカ遺跡にて発掘した石仮面千枚の分析結果』

    『吸血鬼化し、意識を保っていた女性の症例』

    『吸血鬼化した女性が、百年を経て波紋治療を受けたものの、死去した事例』

    「室長。……っ、僕たちのやっていることって、……なんの意味があるんでしょう」

     研究員の問いかけに、上司は口をつぐんだ。室内には、彼と上司の二人きりだ。

    「アヴドゥルさんを治す手立てはなく……、毎日採血と体温の計測をしているとはいえ、無駄でしかないじゃあないですか」
    「そんなことを言うんじゃあない」
    「ポルナレフさんだって、あんなに苦しい思いをしているのにッ! 全部、全部無駄だなんてッ!」
    「……やめろ」
    「……かわいそうですよ。……あのまま、……きっと一人で百年はあそこに……」

     花京院は、思わず手の力を緩めてしまった。イギーが落下するも、……花京院の表情を見て吠えることをやめた。

    「アヴ……ドゥル……」

      ☆

    「いいのか。国内企業は」
    「いいんだ。僕は僕にできることをする」

     それから毎年、夏には花京院がインターンとして来るのが通例になった。
     イギーと共にエジプト支部を訪れ、少しでも外部の情報を伝える。

    「承太郎と、……最近遊んでいないんだよね」
    「喧嘩か? どうしたんだ」
    「いいや。……結婚したんだから、相手を大事にすべきだろう。当たり前のことだ」
    「ほう、それはめでたい」
    「大事にすべきなんだ…………」
    「悔しそうな顔をするな」

     成人し、……大学四年生になった花京院が口にした話題が承太郎の結婚と、娘の誕生だった。
     唯一無二の親友のけいを喜んでいるのか悔しがっているのか。
     その頃にはマリアンだけでなく、他の職員も地下四階に降りてくるようになってきていた。
     ただ一人、ポルナレフだけが来なかった。
     1993年4月6日。
     承太郎から送られてきた、一歳になった娘の写真を見ていたアヴドゥルは、廊下の奥から響く、何かを引きずるような音に気がついた。

    「……誰だ?」

     もはや深夜といえる時間だ。
     地下四階のパスワードは研究員達ほぼ全員が共有しているが、……この足音は、

    「……まさかと思うが、」

     この足音の主は、打ちひしがれている。
     今すぐにでもガラス戸を開けて駆け寄りたいが、……アヴドゥルはドアノブをつかんだところで動きを止めた。
     うつむきがちな姿が、ようやくアヴドゥルの瞳に映る。

    「……ポルナレフ」

     記憶の中にいた彼より、少し髪が伸びて、少し痩せて、……だいぶ、元気がない。
     四年半前と変わらないズタ袋を引きずり、ようやくアヴドゥルに気がついた。

    「あ、……アヴドゥル」

     アヴドゥルの姿を見て、……彼が変わっていないことを理解し、ドアの数メートル前から動こうとしない。

    「どうした。……マリアンさんは、」
    「エレベーターでパスワード解除してもらった。……入っていいか?」

     鍵を三つ開け、アヴドゥルは彼を招き入れた。
     彼が入った途端、……おそらく風呂には入っているが、香水をつけていないことがすぐにわかった。
     つける余裕が、ないのだろう。
     ベッドに腰掛け、手を組む。……床をじっと見たまま、突如、

    「あー! しんどかった!」

     ……これまでの心配がなんだったんだと思うぐらい、ポルナレフは腕を振り回して文句を言い始めた。

    「アヴドゥル、悪ィな、四年も来られなくって! チベットから日本経由しようと思ったら、なんか手持ちが足りねえって言われちまってよー。なんか日本は経済がガタ落ちしたらしいな? エジプトも相変わらず治安が悪いって感じで、……ほら、さっきもらった新聞。まーだウィルソン・フィリップス上院議員の遺族が国家賠償訴訟続けてるんだとよ! 馬鹿だなアイツらッ!」

     ……相づちを打つ間もない。

    「そうか、知らなかった」
    「いい加減あきらめろっつー話だよな。有能だかなんだか知らねえが、金と成功さえあればなーんでもできるって思ってるんだろうな」
    「……ポルナレフ、」
    「いい身分だよな! 全く! あー、疲れた。……疲れた、マジで……、疲れた……」

     アヴドゥルがDIOの血を浴びたのが、1988年1月。

    「疲れた……」

     あれから五年たった。

    「疲れた……。……シェリーの時だって、……三年で終わったからさぁ……」

     ベッドの上、うずくまるポルナレフを、思わずアヴドゥルは抱きしめた。
     静かに、しゃくり上げる声が聞こえる。

    「すまねえ」

     ああ、また泣かせてしまった。

    「すまねえ……っ」

     だから忘れろと言ったのに。

    「すま…………………っ、」

     腕の中、ポルナレフが決してアヴドゥル以外には見せないであろう顔で、泣いた。
     自分の服が、抑えようもなく涙で濡れていく。
     だがそんなことより、もはや体温のない自分のせいで、彼が冷え切ってしまわないかどうかが心配だった。

    「うわあああああ……」

     大きすぎる声で、喉がかれてしまわないかどうかも。

    「すまねえアヴドゥル……っ。ずっとこんな場所にいて、待たせて……!」
    「……いいんだ」
    「だって、オレが夜明けを見せてやるって、……お前と星空を見るって、……ここを出してやるって、……言っていたじゃねえか……!」

     抱きしめ、あやすように背中をたたく。
     彼の身体は、温かい。
     口の開いたズタ袋からは、日本の小説や、彼が書こうとしていた便せんの書き損じ、そして波紋の記録を書き留めたノートがと出てきた。

    「……私こそ、手紙を一度しか出せずにすまなかった」

     勉強が苦手な男が、ここまでしてくれた。

    「そんなの、……別に……っ! 四年半も待たせたのに……!」

     しゃくり上げる声が徐々に収まり、苦しそうな呼吸にアヴドゥルが乱されなくなるまで、彼はなんどもアヴドゥルにゆるしを求めた。
    「……ポルナレフ」

     深夜勤の研究員達が仮眠室に消える頃、ようやく落ち着いたポルナレフは、チベットでの出来事を語り始めた。

    「最初にヌー川に心当たりがあるって言ったヤツを訪ねたら、……案の定だまされて、四百万もとられて、……ぶちのめしたら市場での聞き込みがやりづらくなって、……それでも続けても、……なんにも情報が出なくて、」

     その頃、ようやく承太郎と再会した。

    「地図片手にヌー川まで、もう一度チベットから出発したが、……雪山で一ヶ月、テントで一人きりになって、……ずっと夜みたいな暗闇で過ごして……」

     酸素は薄くなり、体温はずっと低いまま。

    「ずっとお前のこと、考えてた。今いてくれりゃあ、どんなに、どんなに……」

     励まし合う相手もおらず、ポルナレフはひたすら耐え忍んだ。

    「ヌー川にたどり着いたが、波紋の血統は途絶えていた。最後に残っているのが、波紋を使えないジョースターさん以上のじいちゃんだった」

     だが、波紋の知識は残っていた。
     ヌー川流域に残る資料を集め、ポルナレフは波紋の技術と、未知である〈波紋を用いて吸血鬼を人間に戻す方法〉を探った。

    「一年って言われたのに、気づけば四年経った」

     なんども手紙を書いたが、その度に成果を報告できない自分が嫌だった。

    「チベットでの生活に慣れた頃、……じいちゃんが、師匠が、……突然血を吐いた」

     ネパール財団支部の研究員も、ポルナレフも動転し、すぐに医者を呼ぼうとしたが、……その手が止められた。

    「すぐ、エジプトに戻れと言われた。波紋が使えない以上、運命はわかっている、と」

     ヌー川で一人待っていた老人の最後は、静かだった。
     人の死はあっけなく、ただ静かに流れる川の水のようにポルナレフのそばを通過していった。

    「……それからネパール財団支部と話し合って、……他の場所を探すことだってできたのに、……すまねえ」

     ポルナレフが、ぽつりとつぶやいた。

    「オレ、怖かった」

     上半身を染める吐血。
     そして息も絶え絶えに遺言を残す姿が、ポルナレフの心から逃げ場を無くした。

    「オレもいつか、ああやって消えていく。その時、お前をおいていく……」
    「ポルナレフ」
    「それは、嫌だ。何もできず、お前と離ればなれなんて耐えられねえ。でも、……何もできていない」

     財団から渡されたエジプト行きチケットを、……ポルナレフはどうしても破り捨てられなかった。

    「気がつくと、カイロに着いてた。……マリアンちゃんは副支部長で、……花京院はちゃっかり就職してて、……イギーなんざここに嫁と子ども連れてきて……」

     時間が経ち、すべてが変わっていく。

    「承太郎も結婚して、……オレだけが、何もできていねえ。次に会うときは、人間に戻す方法と一緒だって大口たたいて……、オレ……、オレ……」

     アヴドゥルの腕の中、ポルナレフの声が苦しそうなものへ変わっていく。
     自らを責めているから苦しいのだろう。そんなこと、しなくてかまわないのに。
     アヴドゥルは、腕に力を込めた。

    「お前が何もできていないなんて、ありえない」

     自分を否定して、涙なんて流さなくていい。
     ようやく、彼は運命を理解したんだ。

    「助けようとする思いも、行動も、正しい。だから、……泣かないでくれ」

     寄り添い、少しでも彼の心を温めたい。
     そして、自分の役目を果たしたい。

    「お前に泣かれるぐらいなら、忘れられた方がいい」
    「それは、そんなの」
    「今からでも間に合う。お前は、お前の人生を……」

     アヴドゥルの口が、涙を瞳にたっぷり貯めたポルナレフが、ふるふると顔を横に振る姿を見て、動くことをやめた。

    「いやだ……、忘れるなんて、……いやだ」

     頬を、透明な涙が流れていく。

    「アヴドゥルを忘れるぐらいなら、……他の人生なんてなくていい」

     一粒どころか、いくつもいくつも涙の宝石が。
     運命というだくりゆうに抗おうとするかすかな清流が、……ポルナレフの頬とアヴドゥルの心を濡らしていく。

    「いますぐ、終わっていい」
    「ポルナレフ、」
    「アヴドゥルがいなけりゃあ、……オレの人生なんて、っ!」

     手で、彼の口を覆う。
     とめどなく流れる涙に、アヴドゥルの心が動いた。

    「……すまない、忘れなくていい」

     ポルナレフの涙を拭い、アヴドゥルは囁いた。

    「私も諦めない。お前の努力を、決して無駄にはしない」
    「アヴドゥル、」
    「お前と、生きていきたい」

     ふと、マリアンの指摘を思い出した。

     ――『愛している』と伝えましょう。

    「……ポルナレフ」

     ポルナレフがこれほどの苦難に耐えている以上、……せめて大事であることぐらいは言った方がいいと。
     言わない方が酷だとも。

    「……ポルナレフ、私は、」

     ポルナレフが顔を上げ、こちらを見つめた。
     きらめく瞳が、何よりも美しい。
     地下にも、星が見えるのか。

    「……人間に戻りたい」

     アヴドゥルは、もうポルナレフを突き放すつもりはない。
     ワガママだ、エゴだ、大人げないといわれれば、甘んじてすべて受け入れよう。
     だが、彼を手放したくない。

    「人間になって、お前と生きていきたい。お前と共に夜明けを見たい」
    「アヴドゥル、」
    「お前の故郷に行きたい。太陽の下、故郷の町を歩いて、お前と共に笑い合いたい。うそや気を遣っているわけじゃあない。見てくれ」

     アヴドゥルは机の引き出しに手をかけた。
     フランスの地図や風土記、観光情報を取りだすためだ。
     だが、何かが引っかかって引き出しが動かない。

    「こんなに、……ええい、クソ。こんな時に限って、ッ!」

     力任せに何度も試し、ついに数枚の紙を巻き込んで開くと同時に、中身が舞い上がった。
     ……ポルナレフがきょとん、とする。

    「……これ、」

     大量の紙があふれだし、すべてにアヴドゥルの筆跡が残っている。
     数百枚の紙は、色とりどりの便せんであり、すべてが『Dear Polnareff』の書き出しで始まっていた。

    「ちがう、これは、……そのだな」

     弁明しようとするアヴドゥルを放って一枚を手にしたポルナレフが、……目から遠ざけ、近づけて、……自分宛であることを理解し、ヒヒッと笑った。

    「なんだよ、……これ。おんなじ紙と書き出しばっか……」
    「……やかましい」
    「こっちは三年前、……こっちは一昨日、……なんだ、ずっと出してなかっただけか、」

     涙で腫れた目が、これ以上なく幸せな弧を描く。
     ポルナレフの様子に安堵しつつも、……アヴドゥルは密かに浅はかさを自責していた。

    (……ポルナレフの未来を狭めるようなことをしないと、……誓ったはずが)

     彼が故郷に一人で帰りたいと言ったときに、……私の言葉は足かせにならないだろうか。

    「……ポルナレフ」
    「ん?」
    「手紙を、……全部くれてやる。明日にでも、フランスに持って行け」
    「いいの? やった! でも今日はここに泊まるからな! もちろん、このベッドもオレのモンだからな!」
    「……寝相は治ったんだろうな」
    「気にする方が悪いに決まってるだろ!」

     せめて、この想いだけは伝えずに。
     ポルナレフが潜り込んだブランケットの隣、自戒と共にアヴドゥルも身を横たえた。
     この五年で、ついに彼は睡眠が不要になった。

    「そうだ! アヴドゥル、お前まさかオレがいない間、調査をサボってたとかねーよな!?」
    「ないない。いいから寝ろ」
    「……四年半ぶりなんだけどー」
    「わかった。……はあ」

     ポルナレフの髪をぐしゃぐしゃと撫で、彼が眠るまでそれを繰り返す。

    「へへっ。こーいうことしてるから、女の子と縁が無いんだよ、お前」
    「……そうだな」

     全部、お前のせいだ。

      ☆

     翌日、ムジャーヒド支部長に連れられ、一人の男性が財団入り口でポルナレフとすれ違った。

    「おっと、すまねえな」
    「いえ……」

     男は駆けていくポルナレフの姿を見て、ムジャーヒドに聞こえないようにつぶやいた。

    「同類のにおいがする」

     この数時間後、SPW財団エジプト支部に新支部長・クラークが就任した。
     そしてポルナレフがエジプト支部でアヴドゥルと再開することは、二度となかった。

    【続く】
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    2022/08/18 23:12:40

    もう、太陽は見られない その2

    #ジョジョ-腐向け #アヴポル
    ピクシブ初出:2022年4月8日
    みやこ様主催「21世紀最高のアヴポル映画ベスト56(https://kissed.booth.pm/items/3420980)」※に寄稿させていただいたレビューをノベライズさせていただきました。
    ※現在は配布を終了されていらっしゃいます。

    全4話。
    次→https://galleria.emotionflow.com/112013/633019.html

    more...
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