小鳥を殺す/16週目の君に会う時々、小鳥を握り潰す夢を見る。握り殺した小鳥を長い秋のコートのポケットに入れていて、懐炉か何かのようにずっと指先を触れている。どこへ行くのにも誰と会うのにもその小鳥にずっと片手を触れている。ときどき取り出して両手で包み込むようにして、少しさすってみたりするけれど小鳥は一つも動かない。ポケットの中に戻して指先で弄びながら歩く。秋風と小鳥が俺の指先を冷やす。そんな夢を見る。
ガバリと飛び起きると隣の弟が寒そうに身じろぐ。多分午前の四時くらい。俺のパジャマにはポケットがない。両の手どちらの中にも冷たい小鳥を握ってはいない。呼吸が落ち着くのを待ちながら枕に並んだ兄弟を数える。最後の鳥の名前を持つ弟を数え終わって、もう一度両隣の弟の顔を見て横になる。眉根が寄っているのは布団が持ち上がって寒かったからだろう。んんん、と不満げな寝息が上がるので肩まで布団をかけてやる。ごめんな寒かったよな。(でも俺の小鳥は多分きっともっと寒かった)大体午前四時くらいの薄い闇の中、俺の両手は小鳥を持っていない。手の甲がさっきまで寝ていたとは思われないくらい冷たい。交互に左右の手を握り変えて温めているけれど全然温まらない。暗いので持っているのが自分の手の甲か小鳥の死骸か解らない。小鳥を握り殺すことと知らない手に握り殺されることが同じくらいこわい。起きて天井を眺めている夢を見ているのかもしれないと思う。耳を澄ませて兄弟の寝息を数えている。いつ寝入ったとも気付かずに朝が来る。
朝日の中、俺の手は血の通ったあたたかな右手と左手でちゃんと生きている。天井は正しく天井で鳥は舞わず、家の中のどこにも小鳥の死骸はない。しばらく右手を見てぼんやりしていたけれど朝餉に呼ばれて夢も忘れる。
もうあの夢を随分見ない。俺はソファの背に顔をうずめるようにして目を瞑る。
窓の外で小鳥が死んでいる。
明晰夢を良く見る。夢は回帰願望の形をして居ると松野一松は思う。肌を露出している感覚があるのに肌寒さだけがない。見慣れた胸腹の続きにあるのが鱗に覆われた蛇身でもああそういう夢かと思うだけだ。蛇って吉兆でしょウケる、と思いながら鱗の模様を目で辿ると蛇の尾の代わりに二つ上の兄がついていた。ゾッと身がすくむ。つーか今ので起きろよ僕早くと思う。
兄は下を向くようにして小さな刷毛で何かをせっせと塗っている。見覚えのあるそれはきっと今覚醒し布団から抜け出して一階の台所までいけば同じものを手にすることが出来る、見慣れた蜂蜜だった。それを小筆みたいな刷毛に取ってペタペタ塗っている。ペタペタペタペタ、ペタペタペタペタ、そして長い時間をかけてやっと一枚鱗が剥げる。
「何してんの」
「起きたのか一松」
いや寝てるよとは言わずに置く。
「こうすると剥がれるんだ、くっついたままだと不便だろ」
兄は刷毛を再開する。ペタペタペタペタ、ペタペタペタペタ、二人の間はざっくり2メートル。さっき片手に握り込んだ鱗は5枚目くらいだった。5枚目。
「不便」
「ああ、ちょっと待ってなすぐ済ますから」
「くっついたままだと不便なの」
「不便だろ?」
カッと頭に血が上る感じがする。だからアグレッシブだな僕さっさと起きろよ。蹴る要領で下半身をねじると兄が瓶を取り落とす。まずくないじゃん才能あるんじゃない起きたらなんにも使えないけどね。
「返せ」
「うるせえ」
人の身を起こして掴み掛かろうとして襟口がなくて首を掴む。瓶の口からこぼれた蜂蜜がかかった部分、ヘソから下が燃えるように熱い。兄さんはこんな……
「兄さん兄さん一松兄さん」
「……なに」
朝だった。弟が布団の上から乗っているので重たい。
「蛇ってねースープにするとうまいよ。あとねー唐揚げとか」
「は、何」
「そんだけ!」
あさごはんはーへびじゃなーいーと歌いながら弟は部屋を出ていく。