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    WITHOUT YOU

    「きりえちゃん、ぼくのことすきじゃないんだよ」
     その時あたしは、その男の子のことを睨んでいた。もう名前も覚えてない。だってすっごい昔のことだから。でもなんで睨んでたかは覚えてる。泣かないように。その子のひどい言葉で、これ以上、目の前がにじまないように。あたし、その子のこと好きだったの。ほんとよ。名前は思い出せないけど、らっこ組。あたしはあざらし組。今思えばへんな組み分け。まあそれはいいわ。とにかく、その子は走るのが早くて、ジャングルジムに登るのだって一番だった。それに笑顔が素敵だったの。だからあたしが好きじゃないわけなかった。ウソじゃないわ。ほんとにあたし、好きだったの。





    「結局、小南はその子のこと好きじゃなかったんだよ」
     ダイニングテーブルに肘をついて、あたしは迅のことを睨んでいた。なんであんたにそんなことわかるのよ。あたしの手にはお気に入りの赤と白のストライプのマグカップ。中にミルクティーが入ってるそれが、あたしの手に熱を伝えてくる。少し落ち込んでみえたあたしに、迅が入れてくれたやつ。はちみつと牛乳と黒糖が入ってる。あたしの好きなやつ。はい、なんて言って手渡されて、それで次はどうしたのっていいながら真向かいに座ったこいつの手には緑茶の入った赤いマグカップ。無地。柄は被ってないから間違えたことはないけど、なんであんたも赤なのよ似合わないわよって、前に迅にそう噛みついたことがある。だけど迅は「知ってる」って笑うだけで、理由は教えてくれなかった。まああたしは今日、その赤あんたには似合わないわよなんてつまんないことは言わないで、いつもみたいにうさんくさく微笑んであたしの言葉を待っている迅に昨日のことを話した。だって、迅が聞きたいって言ったんだもの。

     三週間前。星輪の最寄駅西口。あたしがいつも使う改札のそばに、背の高い男の子が立ってた。そうね、迅と、レイジさんの間くらい。そこそこ大きい。いやかなり。近くの私立男子校の制服。名前は知らないところのだけど、よく見かけるやつ。多分あたしが知らないだけ。あの、っておずおずと声をかけられて思わず顔がこわばった。なによこいつ。でも一応立ち止まる。もしかしたら大事な用かもしれないじゃない。落し物を拾ってくれたとか。
     いつもこの時間に電車に乗るよね。そうだけど。その、いつも可愛いなって思っていて。あやしいものじゃないので連絡先を交換してくれませんか。いつもかわいいなっておもっていて? あやしいものじゃないのでれんらくさきをこうかんしてくれませんか? それってつまり、あたしのこと、どうおもってるってこと?

     迅はからかうみたいなウソや質問を挟むことなく、あたしの話の全部を聞いてから、なんでもないことのようにさっきの一言を言った。でも、それにあたしはなんだかムッとした。それってどういう意味よ。あたしが、彼に、すっごく悪いことしたことみたいじゃない。まるで、最初から好きになることなんてないって、迅にはわかってたみたいな言い方。それってつまり、あたしもそれを分かってて彼と連絡先を交換した。そういうことになるでしょ。だって迅に分かってあたしにわからないことがあるわけない。サイド・エフェクトは関係ない。人の心の話よ。迅は緑茶を一口、ごくんとゆっくり飲んで、うーん、と言葉を探した。
    「小南が悪いって言ってるわけじゃないよ。ただ、好きになれなかった、それだけの話でしょ」
    「迅が言ってること全然違う」
    「違わないと思うけど」
    「あたし最初、好きになれるかもって思ったの」
    「どうせ可愛いねって言われてそれだけでどうしたらいいかわかんなくなったんだろ」
    「そ、そんなことないわ」
    「あるある」
     2回。2回だけ遊びに行った。防衛任務のない時。映画に行ってご飯を食べて、それだけ。あたしはその、女の子が主役のハリウッド映画が観たかったし、彼もそれでいいって言った。小南さんの観たいやつを観ようって。確かに栞の調べてくれた評判通り面白かったけど、あたしは主人公の子が着てたバトルスーツが真っ青なことがなんとなく気に入らなかった。ヒーローって言ったら赤でしょう。なんなのよ。黄緑なことは期待してなかったけど青だとは思わなかった。その日は晴天。
     次の約束、水族館の日はあいにく小雨だった。昨日ね。でも小雨でもよかった。いきなりゲートが開く、そんな可能性の限りなく低い日だって迅が教えてくれたから。二週間前、そしておととい。それとなく迅に聞いた天気のこと。きっと迅はわかってた。
    「なあんでそんなにあんたにあたしのことがわかるのよ」
    「わかるよ」
     小南とは長いだろ。今日は木曜日。試験最終日。明日は金曜日で、普通だったら学校がある日。自分のお家に帰る日。でも、明日は試験期間終わりのお休みで学校はない。支部に泊まってもいい日。たくさんの人におやすみなさいを言う日。勿論ママにもパパにも、おばあちゃんにも電話で言った。支部から帰るレイジさんやとりまるに栞、千佳や修には「気をつけてね」だってつけた。遊真は今日は本部。支部長、ボスはなぜかいない。忙しいんだと思う。だから今日のあたしの「おやすみ」を言う最後の人。それが、お得意の暗躍からそっと支部に帰って来た迅。
    「付き合いが長いと、直接会ってもいないのにあたしが人を好きになるかどうかまで分かるの」
     やつあたりだって勿論分かってる。やつあたりって言うのかしらこういうの。

     一個だけ質問いいかな。駅に着いた時だった。少し雨が降っていて、だからあたしたちはおっきな傘に二人で入った。三種類から選べる、水族館限定のわりと可愛いビニール傘。傘を買おうって言ったのは彼からで、どれがいいって言われたから、ピンクのエイの柄にした。薄紫のタコと水色のイルカより、女の子っぽいと思ったから。ネコをかぶっていなくても多分ピンクにしたけど。小南さん、ボーダーに入ってるんだよね。その一言であたしはもうすでに彼の後ろに見える、プラスチックのピンクの海を泳ぐエイを目でなぞっていた。言葉を続ける彼にはわからなかったと思う。危なくない? 怪我したりしてない? あ、オペレーターなんだ。忙しいのかな。あんまり、連絡をくれないのって、ボーダーが忙しいからなのかなと思って。
     優しい人だった。あたしの話にへんなウソとか相槌を挟まない。苦手なものはちゃんと苦手って言ってくれたしあたしはその方が好き。とりまるほどのイケメンではないけど、笑った顔がちょっと可愛くて、なんて言うの、いい人だなって。ほんとよ。だからあたし言ったの。うん、そう。少し忙しいの。ボーダー、あたしはオペレーターだから危なくないし怪我もしない。だけど、それでもちょっと忙しくて。だから。ごめんなさい。
     あたしウソはつけないなって思ってだから彼にごめんなさいって言ったの。

    「小南にはまたすぐきっといい人見つかるよ」
     答えになってなかった。よおしよおしなんて言いながらあたしの頭に手を伸ばす迅。お風呂に入ってもう寝るだけのあたし、頭のてっぺんでお団子にしてたのがぐしゃぐしゃ。どうしてくれるの。あと寝るだけだろって言われるから言わないけど。その通りだし。
    「迅ってほんとうに意地悪」
     思ってもないことを言った。でも気にしない。だって迅はにやにやしている。あたしの憎まれ口が本気じゃないって分かってる顔。最悪。嫌い。うさんくさい。でも何を思ったかあたしの頭から手を離した迅は。「嵐山だったら、おまえのこともっとちゃんと慰めたかもな」なんて言った。あたしは迅のせいでぐしゃぐしゃになった頭に手をやって、そして思い出した。すっごい昔のこと。



    「きりえちゃん、ぼくのことすきじゃないんだよ」
     きのうともるくんにいわれたことをじゅんにいった。きりえちゃん、ぼくのことすきじゃないんだよ。あたしともるくんにそういわれたって。じゅんはあたしがそのことをおもいだして、またじわじわかなしくなってきたのをわかってくれたのか、あたしとおんなじくらいかなしそうなかおをした。まゆげとまゆげのあいだに、おおきなしわをつくって。「きりえは、ともるくんのこと、ちゃんとすきだったんだよな」じゅんがあたしのせなかをなでながら、そういうから、あたしはなんだかもっともっとかなしくなってきた。ともるくんどうしてしんじてくれなかったの。きりえちゃん、ぼくのことすきじゃないんだよ。そんなことないよ。あたし、ともるくんのこと、ほんとにすきよ。あたしがさやちゃんとけんかして、ひとりでおすなばにいたとき、きりえちゃんどうしたのっていってくれたでしょ。だからあたし、ともるくんのことすきになったの。ほんとよ。
     でもじゅん、ちゃんとって、なに?

    「ちゃんとってどういう意味?」
     え。マグに舞い戻った迅の指先が少し動いた。
    「昔准があたしを慰めたの。迅が今言ったみたいに。でも、あたし“ちゃんと”の意味がわかんなかった」

    「迅は今あたしのこと、ちゃんと慰めた。あたしはあの人のこと、好きになりそうだったけど、あたしにはボーダーがある」
     あたし、もしもの時にあの人にウソつきって思われるの嫌だった。これはちゃんと、好きってことじゃないの?

     迅はまた一口、マグいっぱいの緑色を口に含んだ。あたしも真似する。迅の入れてくれたミルクティーは美味しい。「おれのレシピ、小南好きだもんな」悔しいけどそんなことないなんて突っぱねられない。あたし、ウソつけないもの。
      ウソをつきたくなかった。あの時も今もそのまた昔もそう。迅はあたしがミルクティー入りのマグから顔を上げるとそれを見計らっていたように言った。
    「小南は、ちゃんとその人のこと好きだったよ」
     でも、そう言われたくないだろうなって思ったんだよ。迅はあたしと付き合いが長い。そういうこと。あたしは笑う。ねえあんた過去まで視えるの。まさか。でも、小南のことは分かるよ。あたしはあんたのことわかんない。ひどいな。おまえも結構、おれのことわかってると思うけど。そうね、あんたと違って准はとっても優しいって、それぐらいのことは分かってるつもり。そんな思ってもないこと。でも迅は気にしてない。だってそう言ってんべっとあたしが舌出すと、迅は笑ったから。それだけ分かってれば充分すぎるくらいだってあたしにもわかる。でも、なにがそんなにおかしいの? ねえ、教えてよ。
     笑いが止まらない迅に照れ隠しのため息ひとつ。席を立って一言、これは伝えなくちゃ。
     今日は、ありがと。おやすみ、あんたもちゃんと寝なさいよ。
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    2022/07/14 16:54:40

    WITHOUT YOU

    ##ワールドトリガー
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