テツ譲「すっごいキスが欲しいです」
「キスならしてるだろ」
「そうじゃなくて『すっごいやつ』です」
徹朗さんの眉間がギュッと寄って、視線が中空を漂って、ひときわ深いため息があった。
「お前…意外と物より思い出みたいなこと言うよな」
アメリカ生活もすっかり軌道に乗り、学部生活を終えようというところだった。メディカルスクールへの進学が無事確定したこと、主席を狙えそうなほど好成績を残せたことと、もろもろを理由に「ご褒美」をもらえることになった。徹朗さんからの「何か欲しい物はあるか?」である。このチャンスを見逃す僕じゃない。
とはいえ、今回は旗色が悪そうだ。そもそもダメもとの申し出だったし、珍しい顔を見られたから良しとするか。なんて考えているうちに、絞り出すような声で「第二希望を考えておけ」と逡巡の結果が下された。
さて何が良いだろう。出歩き用にするサブのタブレットが欲しいような気がするし、いっそこの機会にスーツを用立ててもらうのも良いかもしれない。
「いくつか候補はあるんで選んでおきます」
「良い子だ」
徹朗さんの手が伸びて僕の頬をさする。伸びてきた親指がまなじりを撫でたので、僕は眼を閉じる。柔らかい口付けが降ってきた。本人が自覚的かどうかはわからないけど、徹朗さんはキスの時、決まって親指で僕のまなじりを撫でるのだ。
戯れるような可愛いキスが、頬に鼻に降りそそぐ。埋め合わせのつもりなのだろうか。行き場なく彷徨っていた腕を徹朗さんの胸まで伸ばし、身体をあずける。徹朗さんの腕も僕の背中に回り、優しく撫でてくれた。
「ふふふ」
「どうした」
「ずいぶん優しいなって」
徹朗さんはまた眉を寄せ、もう一度僕の唇を吸った。ちゅ、ちゅ、とリップ音が鳴る。唇で唇に触れるだけの仕草が愛おしい。
「優しくないのが良いんだったか?」
「激しいあなたには興味がありますね」
空いた手が僕の椎骨をたどる。トントンと手遊びのように指を踊らせるものだから、なんだか気持ちよくなってしまう。襟首をぎゅっと掴んで次のキスをねだった。徹朗さんは、柔らかくなった背すじに沿う形で、もう一段深く口付ける。そんな息継ぎの隙をぱくりとやられたものだから熱い息が傾れ込んでくる。抱き止める腕がきつくなって、口内に侵入した舌が僕の口蓋を撫でた。
身体の奥に電流が走る。
思わず力が抜けそうになって、徹朗さんの腕に抱き止められて、掬い上げるようなキスをもう一度。歯列をなぞって、絡ませ合って、自分では触れない舌の裏をくすぐられて、舌ごと吸い上げられる。僕はすっかり腰くだけになって、徹朗さんの胸に倒れ込む。
「これが『すっごいやつ』かどうかはしらんがな」
ああもう、心臓がうるさい。
「欲しけりゃいつでもしてやるよ」