ああああここ台詞抜けてる
「守ってやれなかった 死んじゃいないだろうけど…“彼”は苛烈だから」
レイナード&ルドラ、ガゼルパート〆
肉とも骨ともつかない残骸、その上澄みを蹴り上げて、『歪み』は震わすように音を搾り出した。
「ハンデだよ。不愉快だからね。どうせあんた死にはしないんだし、これくらい我慢してよ」
こちらも闇とも光ともつかない歪んだ輪郭から、人の声音に似た音が空間に満ちる。
自分の体を感知出来ない、意識だけがぼんやりと漂う中、その声は飽和する。
「全く…ガゼルときたら…ほんと情に流されやすいんだから」
揺らぎながら、『歪み』は続ける。
「…だけどさ。ほんと驚いたよ。まさかあんなのに渡してるだなんてね。前代は一体何考えてんだか。」
そして侮蔑と、嘲笑の滲む言葉を続ける。
「でもさ、あんた達も血迷ったよね。
籠で育てた出来の悪い鳥を逃がしても、すぐに食われて終わるのに。
僕には殺すつもりなんて始めからなかったんだ。
あっちで野垂れ死んだらあんたたちが殺したのとおんなじだよ、分かってんの?
そしたら次に生まれてくるまで随分待たなきゃならない。腹が立つよね」
そのままにしておけない発言だった。動かす唇もあるか無いかの中、それでもこれだけは、譲れない。
「……あいつはおまえが考えてる程簡単に終わらない…」
この身を挺して逃した、可能性に満ち溢れた奇跡の命を、何も知らないこの『歪み』のような者たちに再び定義、限定される訳にはいかない。
その身に秘めた力を開花させるかどうかは、彼自身が決めること。
そう――…あの子はこれから、己の意思で物を見聞きし、決定する為に――…“ウィルド”と、成る旅に出るのだから。
飼い殺された無為の日々に、終止符を打って、自分を始めるのだ。
その為の時間を稼ぐのは、あの子を引き受けた俺の役割だろう。
嘗て自分が貰った、得がたい時間を、今度はあの子が享受する番だ。
『歪み』は馬鹿馬鹿しいと呆れを含ませた声音を作る。
「は!出来損ないに何が出来るのさ。
外のことなんて何にも知らない、年だけ食った、赤子より質の悪い惨めな生き物だ。
あれを持ってたとしても、豚に真珠ってやつだ。どうせ使いこなせやしない。
使い方だって、碌に教えてないんだろ?」
「何が、殺さない、だ。
お前は…あの子を捕まえたら殺すより惨いようにするつもりだろう……
ただの、道具に…」
今度はこちらが相手を嘲笑する番だ。
惨めなのは、一体どちらだ。
赤黒く塗れ潰れた役に立たない視界の先に、それは居る。
自分の喉笛が鳴っているかも確認出来ない有様だが、内容は平行線ながら会話が成り立っているということは、きちんとその『歪み』に受け渡されているようだった。
『歪み』は唾棄すべき、と切り捨てた。
「役立たずはね、道具にもなれないよ。
第一あんたたちだってそう変わりない。
家畜のように慣らしてただけじゃないか。
少なくとも僕からはそうとしか見えなかったけど。
だって何にも教えてない。
それで守ってやってるつもりなの。
言葉なんて覚えても、経験のない、知識だけのからっぽな存在を、野に放ってどうしろっていうのさ」
「…」
この者には何を言っても無駄だ。
そこに潜ませた毒を、今理解させる訳にもいかない。
沈黙に充足し、『歪み』は穏やかに揺らぎながら会話を締めにかかる。
「まあいい。きっとすぐに捕まるさ。
そんであんたたちの前で、首に縄を掛け直してやるよ。
折角吹き込んだ生まれる必要の無い自我が壊れる様を、道具になる様を、拝ませてやる。
心配なら後を追って守ってやれば?
まあでも…」
「…出て来れやしないね。
幾らあんたでも掛かりきりにならないと解けない程組成をぐちゃぐちゃにしてやったから、体を組み直すまでに随分時を要すだろうよ
――…僕の、勝ちさ」
バチン
『歪み』は収束し、俺はそこで意識さえ途絶えた。