颪(おろし)
─────それはある晴れた日のことだった。
不意に風波さんに呼び止められたと思ったら、手には何かの封筒。
「どうしたんですか、俺に何か用です?」
「うん、これを彩凪君に渡しておきたくて。雷司と一緒にいっておいで」
と、薄桃色の封筒を俺に渡してくれた。
なんだろう、と開けてみるとそれはついこないだ新しく出来た遊園地のチケットだった。
はて、俺は風波さんにこんなものをもらうような事をしただろうか。
首を捻りながらおずおずと風波さん本人に聞いてみた。
「え、いいんですかこれ。ご兄弟お二人で行ってきては?」
「いや兄弟で行くような歳でもないしね。偶然手に入っただけだし、僕は用事があっていけなくて。いいから二人で行っておいでよ」
と、苦笑混じりに返されてしまった。
別に雷司さんと一緒に行くのが嫌なわけではない、寧ろ嬉しい方だ。
……いや、本当は想いがバレるんじゃないかとひやりとしているのも事実で。
俺、彩凪はこっそりと雷司さんに片思いをしている。
しているのだけど、知られてしまえば嫌われるんじゃないかと怖くて、言い出せずにいる。
風波さんには、片思いしている相手がいる、という事だけばれてしまっている。
誰に片思いをしているかとかはばれていない…筈。
「じゃあ、楽しんできておいで、感想とか楽しみにしてるね」
「あ、はい、ありがとうございます。楽しんできますね」
ニコニコと笑って手を振って立ち去る風波さんを見送った後。
残されたのは俺と二つのチケット。
……いや、ばれてない、よなぁ。
不安に思いながら俺は雷司さんをどう誘おうか悩んでいた。
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「失礼します。彩凪です」
「お、入っていいぞー」
すっと開けた襖の奥に、雷司さんはいた。
さてどうしようか。後ろ手には先ほど風波さんに貰ったチケット。
「何か用だったか?」
雷司さんが首を傾げる。
「いや、実は風波さんに遊園地のチケット貰って。一緒に行っておいでって言われたんだ」
「遊園地?兄貴が?兄貴にも恋人居るんだし一緒に行けばいいのになぁ」
「それが風波さん用事で行けないって言ってて」
「ああ、それなら仕方ないなぁ。でも俺とでいいのか」
雷司さんがまたこてんと首を傾げる。
「え、あぁ、俺他に一緒に行く人いないし」
まぁ事実なので苦笑混じりにそう答える。
ちょっと寂しい気分になってきた。
「仕方ねえな、じゃあいっちょ行ってやるかぁ」
雷司さんは意外そうな顔した後に伸びをしながらそう答えた。
「ありがとう。風波さんにもお土産とか買っていかないとね」
「おう、そうだな」
そんなやりとりをした後、俺は自室に戻ることにした。
嬉しくないといったら嘘になる、想い人と一緒に遊園地にいけるのだ。
まぁ、ばれるかもしれない可能性も残ってるけれど、大丈夫だろう、きっと。
日付は明後日。朝から行こうという話になっている。
眠れるか心配になりながら、遊園地についたらどこへ行こうかと考えを巡らせていた。
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でーt…じゃない、遊園地当日。
俺は人に化けて雷司さんと一緒に遊園地に来ていた。
思ったより人が多く。人混みに紛れながら並び、チケットを見せて中へ。
新しく出来ただけあって設備は美しく塗装されており、安全面も大丈夫そうだ。
ここの遊園地の目玉はジェットコースターらしく、ものすごい速さで機体が回っているのを見ることができた。
「ええと、雷司さん、最初はどこ行こうか」
遠慮がちに聞いてみると、パンフレット片手に色々見て悩んでいる雷司さんがいた。
「うーん、彩凪、絶叫系って得意か?」
「え、うん、平気だよ。いつも空飛んでるから大丈夫」
そう答えると雷司さんの顔が明るくなったような気がした。
「じゃあ最初はジェットコースター行こうぜ、並ばねえとすぐ客がいっぱいになりそうだし」
「わかった、じゃあ並ぼっか」
既に出来ている列に並び、時間まで暇を潰す。
雷司さんはスマホを弄っているようで、俺はというとぼんやりと風景を眺めていたりパンフレットを見ていたりした。
そして順番が来て、座席に座り込んだら安全装置を付けて。
クルーの「いってらっしゃーい」の合図を皮切りに徐々にガコンガコンと機体は動き出したのだった。
***
ああ、空はとても青かったし風は思いっきり吹き付けて来たなぁ。
ベンチに座りながらすっきりとした顔をしている雷司さんと並んでアイスを食べている。
「あー楽しかったなー!彩凪はどうだった?」
「ん?とても楽しかったよ、さすが目玉なだけあるよね」
「だなぁ。次はコーヒーカップ行こうぜ、それかメリーゴーランド」
「あはは、いいね。回しすぎないでよ?」
「なんだとー、あれは回してこそだろ」
そんなやりとりをしながらアイスを食べ終わって。
コーヒーカップに行けば案の定思いっきり回されて、二人して目が回っていた。
ふらふらになりながら次はこっちへ行こうぜ、と駆け足気味に次の遊具へ。
……不意に掴まれた手が、熱くて。少し火照ってしまった顔を見られないようにするのが精一杯だった。
***
楽しい時間というのはあっという間に過ぎてしまうもので。
最後にと選んだのは定番の観覧車。
あまり人は並んでなかったようで、すぐに乗ることができた。
───ゆらゆらと揺れる夕日が綺麗で、じっとその風景を見入ってしまっていた。
「彩凪、結構観覧車とか好きなのか?」
不意に雷司さんが聞いてくる。
「うん、風景を見るの好きなんだ、よく空から眺めてるけど、こういう観覧車から見る風景もいいよね」
少し笑いながらそう答える。穏やかでいい眺めだ。
「ふうん、確かにこんな上空からの眺めは結構いいものだよな」
雷司さんが同意したように頷きながら同じように外の風景を眺めていた。
そろそろ頂上まで来たかという時。不意に雷司さんが疑問を投げて来た。
「なぁ、彩凪には好きな人いるのか?」
「!?ごふっ、待って、誰から聞いたの…!」
思いっきり噎せてしまった。いや聞いたとは限らないんだけど、けども…!
「その反応は図星かぁ」
背中をさすりながら雷司さんが苦笑気味にそう答える。
ええ図星ですとも。
「実は兄貴から少し聞いててな」
「風波さん…」
少し恨めしそうに呟いてしまったがばれてては仕方がない。
「あーうん、まぁ、いるよ」
目を合わせないように視線を彷徨わせながら言えば、やっぱりなという答えが返って来た。
「俺とじゃなくてそいつとここに行ければよかったのにな」
その「そいつ」が貴方なんですとは言えず。「はは、そうだね」と短く返すしか出来なかった。
「でも俺、雷司さんとここにこれたのは嬉しいよ」
「そうかぁ?嬉しい事言ってくれるな」
ははは、と笑う雷司さんの顔を見ながら、少し寂しい気持ちになってくる。
隠すと決めたはずなのに、伝えられない事がもどかしい。
……いっそ打ち明けてしまおうか、でも一緒に居られなくなるのはもっと寂しいだろう。
「で、誰なんだ、好きなやつって」
「…知りたい?」
「お、おう」
雷司さんが好奇心旺盛にこちらを見てくる。
……もうすぐ観覧車は地上に着くだろう。
…嗚呼。此処で言わなければ一生言うことはないだろう。
気持ち悪がられるかもしれない、契約を打ち切られるかもしれない。
色々考えは巡ったけれども。
意を決して口を開いた。
「俺が好きなのは貴方だよ」
「ほうほ…へ?」
頷きながら固まって。ぽかんと開いた口、見開かれた目。
なんだかおかしくなってきて、少しだけ笑って。
「え、彩凪、どういう」
「ほらもう終点だよ、雷司さん。降りよう」
「あ、あぁ」
追随を許さずに観覧車から降りて、駆け足気味に出口まで向かう。
出口に出る前に一瞬振り返って。
「今日は楽しかった、ありがとう、それじゃあ」
「待てって彩凪、さっきのは───」
答えを聞くのが怖くて。駆け足で電車まで。
きっと嫌がられたんだろうな。仕方がないや。
契約を切られても仕方がないだろう。次の契約先も探さなければ。
そう思いながら駆けて行った。
少し浮かんだ涙は気のせいだろう。
***
彩凪視点のお話。
おろした風はどこに向かうのだろう。