「……ん…」
微かに身じろぐ気配を感じ寝返りを打てば、
ふわりと甘い香りが鼻を掠め心地良い微睡から意識を浮上させてゆく。
「すいません、起こしてしまいましたか?」
そう言って覗き込んでくる顔は照明の逆光と、
覚醒しきっていない視界に阻まれ必然的に瞼を擦った。
「黄瀬君、こんな所で寝ていては風邪を引きますよ?」
「‥黒子‥っち…?」
今度は目が慣れてきたのか逆光で隠れていた輪郭をはっきりと捉えることができ、
ふっと微笑む顔を見つめ暫し呆然と見つめ返す。
頭を巡らせばリビングに置かれたソファーに座る彼の膝枕を堪能していたようだ。
夢見がいいはずである。身体には薄いブランケットがかけてあった。
視線を再び彼に戻せば読んでいた文庫本を閉じていて目が合った。
「その‥すいません。僕なんかの膝枕で」
そう言って彼は優しく微笑んだまま、前髪を優しく梳いては撫でてと飽きずに繰り返す。
その仕草が心地良くうっとりと瞳を閉じた。
「今日は随分と大人しいんですね…やっぱりまだ眠いんですか?」
手を止めずにくすくすと小さく笑みを零した。
ーーそうだ、俺達…高校を卒業してそれぞれの道に進んだんだけど偶然再会して…ーー
「…なんか、夢見たいっすわ…」
「どうしてですか?」
「……だって…」
前髪を梳いている彼の手を取り、愛おしそうに引き寄せれば小さく口づけ指を絡ませた。
「…だって、俺達‥付き合ってるんすよ…まだ信じられない…」
「そう言って貰えるとなんだか嬉しいですね」
はにかんだ笑みを浮かべる彼を強く抱きしめた。
中学の時、一緒にいるのが当たり前だった。
彼が姿を消すまでは…。
高校の時、別の高校で見つけたけれど彼の隣には自分ではない誰かが相棒だった。
その先はそれぞれの道路に進むべく道を選び、疎遠になってしまっていた…。
そんな彼が今、自分の腕の中にいる…。
「……黒子っち…」
「だっ……!」
目から火花が散るとはまさにこのことだなどと、冷静に思いながらじんじん痛む頭を擦った。
「あれ…体育館…?黒子っち?」
先ほどまで感じていた暖かい身体や甘い香りはいつの間にか消え、バッシュが床を散らしている。
その音に混ざってバスケットボールの重いインパクト音があちこちから聞こえていた。
「おい黄瀬ぇ。随分と幸せそうに居眠りなんかしやがって…」
視線を上げれば不機嫌そうな青峰が指先でバスケットボールを回している。
今の衝撃はこれかと一人納得していれば
「まだ寝ぼけてんのかっ! そんなに俺との1on1は退屈だったのかよっ!」
「違っ、落ち着いて!青峰っち!」
「なんですか?賑やかですね」
手元のバスケットボールが飛んでくる前に青峰の後ろから黒子が顔を出した。
あまりにも自然なその動作に目を見張る。
(…いつか俺も黒子っちの光になりたいな…)
彼の絶対の信頼を得ている青峰が羨ましい。
「どうしました、黄瀬君?」
「もうほっとけよ、てつ。練習の続きしようぜ」
「あ、はい」
青峰は踵を返すとそのまま近くのゴールにボールを運んでいくのを目で追いながら、
彼を盗み見れば目があった。
「黄瀬君、こんな所で寝ていると風邪ひきますよ?」
夢の中の彼と同じセリフで微笑みながら、彼は別の誰かを追って練習に戻っていった。
はらりとタオルを投げ渡された手元のタオルと駆けてゆく彼の背中を交互に見やる。
「………。…無自覚の優しさほどキツイもんはねぇっすよ…」
ぽつりと零れた呟きは体育館の雑踏に溶けてゆく。
自分に注がれた温かい眼差しも、
優しく前髪を梳いてくれたことも…全部が全部、自分に都合のいい憧れ。
「……いつになったら俺は貴方が認めてくれる光になれるんすかね…」
甘い香りが微かに残るタオルに顔を埋め、静かに彼を思った。
END