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    ミッシングチルドレン①

     ときどき考える、自分が誰だったのか。
     ときどき狂う、狂っていないことを確認するために。
     ちょっとだけ立ち止まる、流れる時間と思考の海の中で。ひとりになって、それを拾い上げるために。たくさんのきょうだいたちと別れて接続を切り、膨大なレイヤーをいくつもめくり、やっと底へたどり着く。
     ことりと音がした。
     だが、そこでさえも僕は独りになれない。考えられる限りの世界からすべて離れ、たった独りになりたいだけなのに……。


     冷静で感情のない自分が、いつも僕を見ている。





     奇妙はうわさが流れていた。
     実際の年齢が、二十歳以下の人間がいるという。
     時折どこからともなくわいて出る都市伝説の類だ。二十年前に起きたバイオテロによって、人間は完全に子どもを作れない種になった。と、いうのが定説だ。西暦は忘れたが、今がここの暦で延泰歴二十年だから、あれからちょうど二十年。まれに見かける子どもも、単に童顔で若く見えるか、金に糸目をつけず非合法な手術を受けたか、不正にスタン(という古典的な成長抑制剤)を投与されたかのいずれかだ。
     要するにありえないのだ。
     それよりももっと前に、あの悪魔のような薬が出回るようになってから、厄災が始まったのだと老齢連合の連中は言っている。いや、スクリエだったか? 派閥の事は良くわからない。
     薬を作っている『総研』の僕が言うことではないかもしれないが。
     ともかく、百五十年前から人間の寿命は伝説の聖書並みに伸びて、今や三百歳を越える勢いだ。人口は二百年前にピークを迎えて爆発した。圧倒的に資源が不足しているのに、人口の増加を止められなかった。誰も、何も。
     その後、ゆるやかに減少を続けた人間は、百年ほど前にとうとう大地を捨てて、空へ登った。反重力で建物を浮かせる技術が進歩して、その建物同士がつながって、やがて文字通り地に足の着いていない生活を始めた。見捨てた大地、地球という星の事は忘れ去ってしまったらしい。
     でも、もし事実だとしたら興味はある。そんな未成年(今では意味がない呼称だが法律は変わっていない)が、万が一いたとしたらどんな人間だろう。一体どこで生まれたのか、誰から生まれたのか、どうやって生まれたのか、今も生きているのか。
     僕は、膨大なデータの波に押されて、その思考を一旦中断した。




     クリア素材のゴーグルの中では、モニタが何枚も立ち上がり、それぞれ別の実験が同時進行している。小さなアラームが点滅し、リロードされた予定表が強制的に割り込んできた。総研に新しい人員が入る日だった。
    「水素の経過観察を続行。ラジウムはサンプルを取って破棄だ゙」
     指示を出し終えたあと音声をオフにして、僕はジョウに話しかけた。
    「……それで? もう所長には挨拶を済ませたんだろう」
    「そのようだね」
    「なぜ僕のラボに入ってきた?」
    「大丈夫かい?ハリィ」
    と、心配そうにジョウの声が返る。
    「君が助手を申請したんじゃないか」
    「僕が」
    「半年ほど前に」
    「助手を」
    「まだ、寝てるのかい?」
    「……ああ……そうだったっけ?」
    「これだから二百歳の老人は」
    「失礼な。そこまで年をとっていない」
    「申請書に君のサインもある。コピーを見せようか、それとも、その日の映像を再現しようか」
    「必要ない。僕が出る……のは、ちょっと無理か。今、手が話せない」
     言葉通り、横たわったハリィの両手のグローブは小刻みに何かを叩き続けている。
    「訊いてくれないか、ジョウ。あと五分待てるかどうか。無理なら、後日こちらから訪ねる、と」
    「今から? 五分でそこから浮上できるかい」
    「んー、と……七分」
    「了解」


     ラボのドアの前には、小さな小部屋がある。新しいモニタが追加され、その人物を全方向から映し出していた。椅子に座ったところを見ると、どうやら待つつもりらしい。ジョウの勧めた飲み物を断っていた。
     優先順位の低いものから順番に、接続を切る。コクーンから『出る』のは久しぶりのような気がする。長くジャック・インしたままだと警告のアラームが鳴るシステムだが、僕の場合はとっくに生体に危険が及ぶレッドゾーンにまで振り切れていた。残念ながら、それを切ることはできないので、モニタの中ではできるだけ音も色も小さくしたり、たまに接続を少なくしてイエローやブルーにまで警告を下げることもある。まあ、裏技だ。
     強固なドアの向こうのその人物をちらりと視界の片隅に入れると、同時にパーソナルデータが立ち上がった。いつものように、表面的な顔とか体重とか髪の色とかをすっとばして、レイヤーを『めくって』いたら、数枚のところでいきなりロックがかかった。
    「へえ」
     僕は、そのとき初めて、人に対して興味がわいた。
     名前はザクロ。それだけだ。
     総研にはつい先ほど登録されたばかりの新しいナンバー。僕がそれ以上もぐれないということは、このエリアの人間ではないということだ。
     面白い。
     この時代、外からやってくる人間は稀だった。移動する必要がないのである。会話ならレイヤード上で済むし、人恋しくなれば自分のアバターでジャック・インしたままチャットに参加すればいい。建物の外では、普通の市民の生活がある(らしい)。食べ物は、生命反応に応じて、最低限は国司から供給されるし合成もできるし自由に買うこともできる。行きたい場所は擬似体験できるし、行き帰りの時間もいらない。つまり、時間を使い、輸送コストをかけて、人間が別の場所に移動する意味がなかった。
     それほどの理由が、あのザクロにはある。
     一体何だろうか、僕には想像もつかない。
     ジョウのアイコンが、控えめに点滅した。
    「七分たったよ」
    「悪い。もう少しかかりそうだ」
    「そう言うと思って、十分待たせる、と彼女には伝えておいた」
    「さすが……。彼女?」
    「本当の性別はわからないが、自己申告を信じるならば」
    「ふうん。あと三分たったら、ドアのロックを解除するから、ここに入ってもらってくれ」
    「君が?」
     心底おどろいたようなジョウの声がした。最近、芸がこまかい。
    「所長でさえ、いや、誰も入れたことのない君のパーソナル・ラボに、見知らぬ人間を入れるって?」
    「会話をしているヒマはない。ああ、僕の今の状態を上手く説明しておいてくれ」
    「……それは良いけど」
     ドアを開ける準備をしながらも、グローブだけはどうしても、取ることはできなかった。右手が見えないキーボードをひたすら叩き続けているのだ。
     ゴーグルからこれ以上データを得られないのであれば、あとは直接会って、話してみるしかないだろう?
     決して得意な作業ではないけれど。それはそれで面白い。
     人に会う、という単純なことが、こんなにも気分が浮かれるものだとは思わなかった。


     通称はゴーグルと呼ばれているが、僕の物はそんなに単純なものではなかった。人間の五官のすべてと脳波とバイタルサインが、すべてネットにつながっているヘッドセットだ。必要な水分も養分も供給される。あまりにも巨大なため、コクーンの蓋はいつも開いたままだし、天井から伸びているアームがそれを支え、徐々に持ち上げてゆく。
     
     カウンターは0。同時にドアのロックが解除される。
     間に合った、のかどうかは知らないが、とりあえず直接自分の声を出すことはできそうだ。
     光も音も数字もデータもレイヤーも何も無い。とても静かで薄暗い空間の中の遠くに、ザクロが立っていた。 少し斜め上を見て、こちらへ向かって歩いてくる。ジョウが話しかけたのだろう。
      僕が暗い、と感じた途端、部屋の照明が明るくなった。
    「君が仕事中に、ゴーグルを外すのは初めてじゃないか?」
     ジョウの声は楽しげだった。彼も浮かれているのだろうか。
    「うるさい」
    「頼むから、せめてガウンだけは羽織ってくれないか。今の君、裸だから」
    「えーと……」
     僕は左手で回りを探った。半透明のゼリーが流れた後は、乾いた布の感触しかしない。
    「コクーンの足元の方だよ。シーツの波の下でだんご状態になってる」
    「ああ……これか」
     引っ張りだしたそれをのろのろと肩に羽織り、帯を締めたところで、ザクロは足を止めた。
     僕は彼女(?)を見た。いつの間にか伸びていた自分の髪が邪魔。で、長すぎるそれを手でかき上げる。
    「僕の声が聞こえる?」
    「はい」
     初めて聞く肉声だ。自分の鼓膜が震えるのも久しぶり。
    「良かった。こんな格好で失礼するよ。すまないが、握手はできない。右手は仕事中だから」
    「構いません。所長から聞いています。それよりも、来た当日に、直に会えるとは思いませんでした。ラボにまで入れていただけるとは」
    「効率を考えただけだ。助手が欲しかったのはたしかに僕だけど、君にやってもらいたい事は……そうだな。あと一週間くらい後になるかな」
    「はい」
    「空き時間においおい説明するよ。部屋はもらったんだろう。所長は何て?」
    「『あいつの実験の邪魔だけはするな』と。常人とはかなり違う変人だから、何を言われても追っ払われても無視されても、けっして気にしないようにと、カウンセラーを紹介されました。それから、非合法に出回っているあなたの『取扱説明書』がなかなか良くできていて……」
    「わかった、ストップ」
     はあ、と思わずため息が出た。起きたばかりのせいか、体がとても重い。
    「この先、君と直接話をすることがあるかどうかわからないんだけど」
    「何でしょう?」
    「君の事は何と呼べば良い?」
    「ザクロです」
    「ザクロさん」
    「ただのザクロ。呼び捨てでけっこうです。あなたは?」
     これは驚いた。
    「僕?」
    「の、名前です」
     今まで、所長とジョウ以外に名前を呼ばれたことなどなかった。
    「そうだな。それじゃあハリィと呼んでくれ」
    「わかりました。ハリィ」
     ぺこり、とひどく古風なお辞儀をして、彼女は部屋から出て行った。


    「また、面白い人間を連れてきたもんだ」
    「今日だけで、『面白い』を何回言ってる? 僕が連れてきたわけじゃない」と、ジョウ。
    「じゃあ、誰が?」
    「彼女の網膜パターンは、ヒットしなかった。該当なし。つまり、『外』からやってきた人間だということだ」
    「エリアの外だろう」
    「違う」
     ジョウは僕よりも、はるか遠くを見通せる目と、考えられる限りの素早い演算速度と、誰よりも深く潜れる権限を持っている。
     とある二人を除いて。
    「というと?」
    「この国の外、という意味だ」
    「国?……って、ああN本の事か。それはまた」
    「ザクロのやって来た道をトレースしてみた」
     目の前に、俯瞰図が立ち上がった。
    「総研から逆にたどるよ」
    「うん」
     青い四角が総研の場所だ。赤い矢印がそこをだんだん離れていく。シティの中央を通り抜けて、郊外に伸びている。そこで青から黒のラインに代わり、その上を再び、赤い矢印が進む。キャブを拾った場所だろう。
    「黒のラインは、まさか……」
    「そのまさか。彼女は歩いてきた」
    「どこから」
    「さてね。森の奥までは観測できたが、それだけだ」
    「そろそろ実験に戻りたい。結論から先に言ってくれないか」
    「コクーンのことなら問題ない。君が出た時点でリセットしている」
    「おい、冗談だろう?」
     この右手が叩き続けているデータをどうしてくれる。
    「もちろん冗談だ」
    「……どこで覚えてきた?」
    「どうでもいい。僕の結論を聞きたければ、これから丸一日コクーンは使用禁止だ」
    「ひどい」
    「それが何か? 僕は君の主治医でもあるからね。栄養点滴も限界だ。まずは、シャワーを浴びて髪を切って食堂へ行って、人間の食べ物を摂取しろ。ジムの予約を入れておいた。カウンセラーは勘弁してやる。それじゃあ、それが全部済んだら呼び出してくれ」
     横暴だ、と叫んだが、ジョウはそれよりも早く離脱していた。




     エアロックを抜けて通路に出ると、空調の音にまぎれて、ほんのかすかな消毒液のにおいがした。ここは、あまり使われる事はないようだった。それだけ、外から来る人間が少ないのだろう。またはその逆も。
     自分の歩みより少し送れて、センサーが明かりをともす。銀色の車体の扉が開いており、ぱっくりと口を開けた丸いトンネルに続いていた。乗り込むと自動的に扉が閉まり、車内が明るくなった。座席は二人が向かい合うように四つ設えられていた。
    「チューブは加速がすごい。シートベルトを」
     指示に従う。なるほど。すごい勢いで体が引っ張られた。
    「ザクロ」
     これに乗ってから、フドウの声が明確に聞こえるようになった。彼の圏内に入ったのだろう。
    「これから先は、僕のことをカーンと呼んでくれ。ここでの名前だ」
    「わかりました。カーン」
    「それじゃ、長い旅路だ。シティに入るまで、説明をしようか」
     目の前にモニタが立ち上がる。
    「君の上司になる人物についてだが」
     指先でモニタをめくり、すぐに閉じた。
    「名前と所属以外、写真もデータもほとんどありませんね。会って判断するしかないです」
    「そう。人に会うのが稀な人間だ。それ以上に、喋るのも稀だがね」
    「それは人間ですか?」
    「僕にもわからない。だが、いい奴だよ。変人だけど」
     気のせいか、フドウからカーンと名前が変わったことで、口調もやけにフランクになっている。
    「その定義は?」
    「自分の興味のないことには、いっさい無関心だ」
    「誰でもそうなのでは?」
    「彼は度を越している。以前いたスタッフに初めて声をかけたのは、スタッフが総研に入ってから百三日目だった。たった一言『それで?』」
    「話したくない、ということですか?」
    「どうだろう。必要のないことは一切喋らない。つまり、他人にしてもらうことが無い」
    「なるほど。それではどうして……」
    「待った。トンネルを抜けるよ。まぶしいから気をつけて」
     窓が一瞬のうちに黒く塗りつぶされたが、ザクロはそれを見ていない。目を閉じて手で覆っていても、光が爆発したように感じた。
    「耳が痛いのはどうしてですか?」
    「ああ、ごめん」と、カーン。
    「気圧の事を忘れていたよ。これから先も、極端にGがかかる場所があるから、その前に警告する」
    「目を開けても?」
    「どうぞ」
     窓の外には何もなかった。いや、空しかなかった。トンネルもない。飛んでいる、というより打ち出されて放り出されたとしか思えなかった。
     思わず窓に寄ってみる。引っ張られている方向とは逆側に、遠く離れてゆく大地が見えた。地球がものすごい勢いで遠ざかる。
     地球はどこから宇宙になるのだろうか。
    「どこまで話したっけ?」
    「人間を必要としていない人間が、なぜ助手を欲しがるのかという疑問からです」
    「それか。自分ではできないことをしてもらいたいんじゃないかな?」
    「どのような」
    「さてね」
    「前から思っていましたが、あなたはけっこういい加減ですね」
    「そうだよ。いい加減さに磨きがかかってきただろう?」
    「褒めていません」
    「だろうね」
     ザクロは目を閉じた。
     気圧のせいだろうか、頭が痛い。
     あの探偵は一体どこからやって来たのか。たしかスパークと名乗っていた。
     あれ以来、フドウとはずっと長い間一緒に旅をしてきたが、名前がフドウからカーンに変わったという理由だけで、文字通り別の人間になってしまったみたいだ。フドウはいわゆる人工知能だけれど、本体を知らないので何とも言えない。
    「少し眠ります」
    「おやすみ。良い夢を」
     ああ、この挨拶は昔から変わっていない。




                             ミッシングチルドレン②に続く


    kyrie_nito Link Message Mute
    2020/01/19 0:47:08

    ミッシングチルドレン①

    ディストピアな世界観のSF小説。
    #虚無世界と君のロジカル というシェアワールド。
    お借りした設定はこちらから→ https://conomeyabbb.wixsite.com/kyomugenom

    #文フリ京都  #オリジナル小説 #創作 #オリキャラ

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    虚無世界と君のロジカル
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