採光(冬城 柊)どんなに祈っても、あの頃には戻れない
ひだまりから闇に突き落とされた事にも気付かず
愚かな過去の私はあまりにも無知だった
気付いてももう何もかもが遅かった
後悔だけが募る、曇天の閉ざした小さな部屋に
ノックをくれたのはそんな時だった
あなたは私の光だった
採光
──室内に日光などの光線をとり入れること。
止んだ雨に、傘を閉じた。
街路樹から溢れる日の眩しさに目を細める。
雲は次第に掃け、強い日差しが水溜りを焼く。
水の含んだ空気が温くもありと匂う。
歩いた先は丘だ。
とある1等眺めの良い場所で、遠くには海が見えた。
背の低い野草に咲いた白と、日陰を一部作る木立の枝がさらと揺れる。
湿る匂いはもう跡形もなく、あとは乾いて熱された匂いと、それを冷ます木陰の蠢きだけだった。
来る途中に流石に汗をかいてきて、脱いで腕にかけていたコートを着直す。
汗は脱いでからここに来るまでにはとうにひいていた。
彼はこの丘でこの風にあたり、コートの裾を惜しげもなく風に好きに遊ばせていたっけ。
ここから見える景色を何をするでもなくぼんやりと見つめるのが彼のお気に入りのようだった。
彼のここの楽しみ方にならい、似たようにぼんやりと遠くを見つめてみる。
日に照り返し、動く車の小さな光を追ってみる。
…建物の陰に消えていってしまった。
今度は辛うじて見える海に浮かぶ船を追ってみる。
……長い間動かず飽きてしまった。
彼は何を見ていただろうか。
熱心に見つめていた、その景色の先には一体何があっただろうか。
まだ幼く、闇に全てを囚われていた頃の私には彼がそうしている意図さえもわからなかった。
彼に直接聞こうとも、そのうち解るようになると頬を撫でられ、渾身の膨れ面でさえも微笑みではぐらかされるばかりで。
終ぞ、彼が何を見ていたのか私にはわからなかった。
…私にも、わかる時が来るだろうか。
景色もろくすっぽ目に入れず、考え事にふけてしまう。
ふと思い返すように、手に持っていた花を目の前に置いた。
彼もこうして花を渡すのをいつも遅くなっていたのを思い出す。
風に吹かれつつも、目の前にある花は時折ふかりと匂わせた。
そのまま献花の体制で墓石を見やる。
特に目立つ傷もなく、たなびかせる物を得て存分に風に遊ばせていた。
このままだと年中吹く遊びたがりが持っていってしまいそうだった。
手頃な石を重しにし、落ち着いたところでいつもの様に彼に話しかけた。
今日は彼の墓参り。
それは不定期で、仕事もあるが主には自身の気分でここに来ていた。
彼と彼の家族が眠る墓石を見つめつつ、日々の些細を口に出していく。
日々の、とは言えども伝えることはあまりなく、私には持ち得る話題も少ない。
けれど生前、彼はどんな話でも聞いてくれていたので大丈夫だろう。
そうして他愛ない話を時には口が波に乗り、時には途切れさせながらも言って聞かせた。
そうして漸く満足したところで、立ち上がる。
待ってましたとばかりにコートの裾が捲れ上がり、帰り道へと引っ張られる。
最後にまた会いに来ると墓石に言い添えて。
丘を去る時、珍しく優しく風が頬を撫でた。
私は日常に戻った。
冬城 柊
ふゆき ひいらぎ
25歳 女性 12/24 165cm
マフィア ドリッパー[サーカス部隊 特殊構成員]所属
PCN:ヒイラギ
ピース:クラフター(創造主)
ウィーク:月(ルナ)
カラー種:創造使役(アルス)
「彼」のコートをブカブカなのも気にせず常に羽織っている。
彼
名称不明 成人男性
詳細不明
故人。
とある墓地の強い風が吹く丘に彼の家族と共に眠っている。
生前、闇に囚われていた柊に光を与えた人物。
頭を撫でるより、頬を撫でるのが彼の愛情表現だった。