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    ただいま追跡中小話。 戦っていた敵に止めの一撃を叩きこみ出久は大きく息をついた。
     少し先の路地で大きな爆発音がして戦闘音が止む。
    「かっちゃんの方も片付いたみたいだ」
     出久は個性封じの手錠を敵にかけながら立ち上がる。
    「……あ」
     その視界に大きく大通りに飾られたポスターが見えた。
     かっちゃんと有名な女優が色っぽく絡む話題のポスターが見えた。丁度結婚会見したすぐに出た広告だっただけに世間は爆心地が二股していたと湧いたが、女優本人と勝己の素早い否定にあっと言う間に鎮火した。
     一番最初にあのポスターを知ったのは勝己経由だった。


     その日、出久は休みで勝己は仕事に出かけた。良く晴れた日で洗濯でもしてしまおうとしていたところに勝己にしては慌てた様子で帰宅してきたのだ。





    「……どうしたの? ヒーロースーツのままじゃないか」
    「で、デク……!! みたか!?」
    「?? 何を?」
    「ま、まだか……」
    「???」
     今日はまだテレビも付けていなかった。
     勝己に促されソファに一緒に座らされ、なぜか手を強く握られた。まるで逃がすかという様に。
    「いいか、これはテメェと結婚する前に入った仕事だ。他意はねぇ。スポンサーの為に仕方なくだ。わかるな?」
    「??」
     勝己にしては回りくどい言い回しに首を傾げていると、死ぬほど不本意そうな顔をして一冊の雑誌を取り出しページを開いた。
    「……わぁ」
     色っぽく絡む黒を基調としたアクセサリーのCMポスター。勝己がメンズ用。女優がレディス用の物を身に着けていた。
    「似合うねーかっちゃん」
     買う? これ? と顔をあげると勝己がポカンとした顔でこちらを見ていた。
    「……妬かねぇんか?」
    「なんで?」
    「……なんで」
     釈然としない表情の勝己が言葉を重ねようとした途端電話が鳴りだした。
    「あああ! くっそ敵ぁぁ!!」
    「いってらっしゃい」
     どうやら出動要請だったようなので玄関まで見送る、というか勝己が手を放してくれない。
    「逃げんなよ」
    「逃げないよ??」
    「絶対だな? 逃げたら公衆の面前で犯すからな!」
    「犯罪予告やめて!?」
     何度も念を押して爆速ダッシュで出動していった。

     その後呑気に洗濯をしてお昼ご飯を食べて買い物をしてとしながら夕方近くにテレビをつけて。

    「ああ!」

     報道を見て気付く。ゴシップのネタとしてあのポスターが取り上げられていたことに。
     かっちゃんは僕がこれを見てまた君の隣に女性が似合うと身を引くことを懸念したのだということに。

     かっちゃんは結婚してからそれはもう愛情表現を憚らず。
     僕の中にあったその固定観念はさっぱり消えてしまっていた。

    「だからあんなに慌てて戻ってきたのか」

     鈍くてゴメン。直接謝っていいものかどうか迷っている間にまたもダッシュで帰ってきた勝己が部屋に出久がいることに安堵の息をつき。そのままベッドに引きずり込まれたので結局その件はそのままうやむやになったままだった。










     ポスターを見上げていたら後ろから声がかかった。
    「テメェと結婚する前に割り込まれたただの仕事だ。他意はねぇ」
     僕は今更気づかなかったことを謝っていいのか迷い言葉が出ない。
    「……」
     いや、でも今更謝ったら逆に怒らせそうだ。大体何と言って謝ればいいんだ。鈍くてゴメン?
     睨むような強い視線につい視線を逸らせたらかっちゃんに胸倉をつかまれた。
    「な、なに!? かっちゃん!?」
    「テメェはまた俺に女が……とかくだらねぇこと考えてんじゃ……」
    「ち、違……っ」
     違うんだ、そうじゃないんだ。

     弁解を口に上らせる前に小さな女の子にツッコミを入れられ、公衆の面前でキスをされるはめになった。
     恥ずかしすぎる……。




     そしてその日のSNSはばっちり撮られていた、というかかっちゃんが撮らせた写真でにぎわっていたが。
     つくコメントが悉くお気に召さないものばかりでスマホを見ながら。
    「くっそ、死ぬほど可愛がり殺してるっつーの!」

     あ、はい。そうですね……。

     もしかして、かっちゃん。不安なのかな?
     そういえば、何かしてくれるのはいつもかっちゃんからばっかりだ。
     僕だって僕なりにちゃんと好きだし腹括ったんだぞ。
     離婚なんてしてやらないからね! 僕だってちゃんと君が好きなんだ。

    「別に僕らが幸せならいいんじゃない?」
     イラつくかっちゃんに自分から初めてキスをした。
     たった、それだけだったのにかっちゃんが物凄く上機嫌になって。
     あれ、この人こんなに可愛かったっけ? そう思ってもう一度キスをしてみたら。
    「言うようになったじゃねぇかデク」
     わかりやすくご機嫌になった。っていうか何でご機嫌な顔が物騒な感じなの……。


     でも、きっとこんなかっちゃんの顔見られるのって。
     僕だけだよね。


     降りて来る唇に自分から顔を寄せ、誘われるように舐められた舌にそっと唇を開いてそれを迎え入れた。
    まめ瑠璃 Link Message Mute
    2018/07/17 16:49:34

    ただいま追跡中小話。

    人気作品アーカイブ入り (2018/08/13)

    ただいま追跡中の最後でデク君がかっちゃんの広告ポスターを見て挙動不審だったの書いてなかったなと思って。

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    • 記憶の欠片ヒーローデクが急病で入院中。
       そんな単語が耳に飛び込んできた。俺は噂話をしていたサイドキックの胸倉を思わず掴んだ。
      「どういうことだ? 詳しく言え!」
      「待て待て落ち着け爆豪!」
       慌てて切島がサイドキックとの間に割って入った。
      「俺は充分落ち着いてる!」
       サイドキックの話では今回の事件は敵の仕業ではないらしい。

       個性「仮想空間」という能力を使ったバーチャルゲームを作ろうという企画がとある会社から持ち上がった。
       その会社にはプログラムの世界に人の精神を飛ばせるという個性だ。本来は本人だけにかかるその個性を大勢のユーザーが使えるように。会社を上げて一大プロジェクトとして新しいゲーム機を作った。
       その名もフルダイブシステム。黎明期に有名になったアニメから取ったもので、システムもそのまま。
       脳に直接鑑賞して作り出したゲーム世界へ精神を飛ばし、ゲームを楽しむはずのものだった。
       初期生産は完売御礼。抽選で当たった一万人のプレイヤーは、ゲームの開始を待ってヴァーチャルゲームの世界へダイブした。そこで起こったのはアニメの世界のままの悲劇。
       開発者がゲームの世界を閉じてしまったのだ。
       理由は単純だった。この男ヒーローデクのストーカーであった。会社ではゲームの宣伝キャラクターとしてヒーローデクを起用していた。これはこの開発者のたっての願いだった。そしてゲームのデモンストレーションとしてヒーローデクを呼んでいた。テスターたちと一緒にフルダイブをして、そして予定の時間になっても目覚めないことを不審に思ったスタッフが調べた結果、開発者が今まさにゲームの世界に逃げ込む寸前のところを捕まえた。
       すぐにプログラムをチェックしたのだがすでに開発者がシステムを上書きしてしまった後でだった。
      「もう少しでデクを俺の嫁に出来たのに!! くっそ!」
       悔し気に何度も呟いて警察に連行されていった。


      「で、何で戻れねぇんだ。そのゲーム機外しちまえばいいだろ」
      「そこもアニメと一緒だ。外から強引に物理的な排除を与えれば脳を焼き切る信号が出る」
      「……つまり死ぬんか」
      「現に知らなかった家族や知人などの手によって死亡が報告されてる」
      「…………」
      「何とかなんねぇのかよぉ」
       上鳴が情けない声を出す。
      「中の人間がボスを倒す。それで個性は解除されるらしい」
      「ならさっさと倒しちまやいいだろ!」
      「そう簡単にいかねぇんだよ、ゲームの中は個性の使用は不可能。設定されたスキルでしか戦えない。その上、ゲーム内で死ぬと記憶を失っていくらしい」
      「どういうこった」
      「ゲーム内での死は脳内に多大な負担がかかる設定になっているらしくて死ぬたびにこの世界の記憶が消えていくらしい。何度も何度も死んだ人間はこの世界の事を忘れてやがてバーチャルの世界の人間になる」
      「「……」」
      「こちらの肉体が死ぬときデータと共に消えるんだってよ」
      「エグいことしやがる」
      「で? こっちからは何のアプローチもできねぇんか。ただ待ってるしかねぇのか?」
      「たった一つだけ。開発者が入るはずだったアバターが空いてるらしいんだけどよ……」
      「ンだよ」
      「開発者特別仕様。デクの個人アバターの能力に合わせた特注らしく適合者がいねぇんだって」
       何人か挑戦したらしいがアバターに適合できないらしい。






      デクは実質1万人の人質を背負っていて、プレイヤーにはボスを倒さないと現実世界に帰れないとだけ教えられている。積極的なプレイヤーたちが攻略を始める。そして攻略していくうちに死ぬたびに現実世界の記憶がなくなって行っていることに気付く。プレイヤーたちは徐々に尻込みを始める中、デクだけはこの閉じ込められた人たちを助けようとソロで無茶な攻略を繰り返していた。

      開発者のアバターを手に入れた勝己がゲームの世界に入った時にはもうデクの記憶の8割が失われていた。残っている記憶はボスを倒してこの世界の人を助ける。のみであった。
      勝己は開発者のアバターで降りているので仮想空間の洗脳効果で勝己を配偶者だと思っている。
      もっと早くここに来れば、もしくは現実世界で拗れた関係でなければもっと早く連絡が来て、こんなデクを見ずに住んだと思いながら残りのダンジョンを攻略していく。
      そしてラスボスを倒した瞬間、最後の一撃が勝己を襲い、死なないと判っていたのにデクの体が勝手に動いて庇ってしまう。
       デクの残りの記憶はわずか。この死で完全に記憶が消滅してしまっている可能背がある。
      崩れていく世界を見ながらぐったりとしているデクのアバターを抱き上げた。

      現実世界の肉体とアバターが重なる。
      殆ど記憶を失っていない者は肉体に戻れば全ての記憶が戻る。けれど記憶を失いすぎたデクはもう戻らないかもしれない。精神があの世界に囚われたまま一生を過ごすことになる。もうこの世界には戻ってこない。緑谷出久はもうどこにもいない。
       ゆっくり出久が目を覚ます……果たして……。





      デクサイド。


      このゲームのイベント補佐としてフルダイブしていた出久。
      元々ゲームは好きだったし、注目していたタイトルであったのでテストプレイだとしても大々的に広告されていた。
      出久はこのイベントが終わったら戻らなくてはいけないが、開発者が特別に出久を模してキャラクターを作ってくれており。そのアバターに入れるだけでもワクワクした。
      ステージでの出演を終え、催し物も殆ど終わるその時。
      空が一面赤黒く染まった。
      ヒーローデクが急病で入院中。
       そんな単語が耳に飛び込んできた。俺は噂話をしていたサイドキックの胸倉を思わず掴んだ。
      「どういうことだ? 詳しく言え!」
      「待て待て落ち着け爆豪!」
       慌てて切島がサイドキックとの間に割って入った。
      「俺は充分落ち着いてる!」
       サイドキックの話では今回の事件は敵の仕業ではないらしい。

       個性「仮想空間」という能力を使ったバーチャルゲームを作ろうという企画がとある会社から持ち上がった。
       その会社にはプログラムの世界に人の精神を飛ばせるという個性だ。本来は本人だけにかかるその個性を大勢のユーザーが使えるように。会社を上げて一大プロジェクトとして新しいゲーム機を作った。
       その名もフルダイブシステム。黎明期に有名になったアニメから取ったもので、システムもそのまま。
       脳に直接鑑賞して作り出したゲーム世界へ精神を飛ばし、ゲームを楽しむはずのものだった。
       初期生産は完売御礼。抽選で当たった一万人のプレイヤーは、ゲームの開始を待ってヴァーチャルゲームの世界へダイブした。そこで起こったのはアニメの世界のままの悲劇。
       開発者がゲームの世界を閉じてしまったのだ。
       理由は単純だった。この男ヒーローデクのストーカーであった。会社ではゲームの宣伝キャラクターとしてヒーローデクを起用していた。これはこの開発者のたっての願いだった。そしてゲームのデモンストレーションとしてヒーローデクを呼んでいた。テスターたちと一緒にフルダイブをして、そして予定の時間になっても目覚めないことを不審に思ったスタッフが調べた結果、開発者が今まさにゲームの世界に逃げ込む寸前のところを捕まえた。
       すぐにプログラムをチェックしたのだがすでに開発者がシステムを上書きしてしまった後でだった。
      「もう少しでデクを俺の嫁に出来たのに!! くっそ!」
       悔し気に何度も呟いて警察に連行されていった。


      「で、何で戻れねぇんだ。そのゲーム機外しちまえばいいだろ」
      「そこもアニメと一緒だ。外から強引に物理的な排除を与えれば脳を焼き切る信号が出る」
      「……つまり死ぬんか」
      「現に知らなかった家族や知人などの手によって死亡が報告されてる」
      「…………」
      「何とかなんねぇのかよぉ」
       上鳴が情けない声を出す。
      「中の人間がボスを倒す。それで個性は解除されるらしい」
      「ならさっさと倒しちまやいいだろ!」
      「そう簡単にいかねぇんだよ、ゲームの中は個性の使用は不可能。設定されたスキルでしか戦えない。その上、ゲーム内で死ぬと記憶を失っていくらしい」
      「どういうこった」
      「ゲーム内での死は脳内に多大な負担がかかる設定になっているらしくて死ぬたびにこの世界の記憶が消えていくらしい。何度も何度も死んだ人間はこの世界の事を忘れてやがてバーチャルの世界の人間になる」
      「「……」」
      「こちらの肉体が死ぬときデータと共に消えるんだってよ」
      「エグいことしやがる」
      「で? こっちからは何のアプローチもできねぇんか。ただ待ってるしかねぇのか?」
      「たった一つだけ。開発者が入るはずだったアバターが空いてるらしいんだけどよ……」
      「ンだよ」
      「開発者特別仕様。デクの個人アバターの能力に合わせた特注らしく適合者がいねぇんだって」
       何人か挑戦したらしいがアバターに適合できないらしい。






      デクは実質1万人の人質を背負っていて、プレイヤーにはボスを倒さないと現実世界に帰れないとだけ教えられている。積極的なプレイヤーたちが攻略を始める。そして攻略していくうちに死ぬたびに現実世界の記憶がなくなって行っていることに気付く。プレイヤーたちは徐々に尻込みを始める中、デクだけはこの閉じ込められた人たちを助けようとソロで無茶な攻略を繰り返していた。

      開発者のアバターを手に入れた勝己がゲームの世界に入った時にはもうデクの記憶の8割が失われていた。残っている記憶はボスを倒してこの世界の人を助ける。のみであった。
      勝己は開発者のアバターで降りているので仮想空間の洗脳効果で勝己を配偶者だと思っている。
      もっと早くここに来れば、もしくは現実世界で拗れた関係でなければもっと早く連絡が来て、こんなデクを見ずに住んだと思いながら残りのダンジョンを攻略していく。
      そしてラスボスを倒した瞬間、最後の一撃が勝己を襲い、死なないと判っていたのにデクの体が勝手に動いて庇ってしまう。
       デクの残りの記憶はわずか。この死で完全に記憶が消滅してしまっている可能背がある。
      崩れていく世界を見ながらぐったりとしているデクのアバターを抱き上げた。

      現実世界の肉体とアバターが重なる。
      殆ど記憶を失っていない者は肉体に戻れば全ての記憶が戻る。けれど記憶を失いすぎたデクはもう戻らないかもしれない。精神があの世界に囚われたまま一生を過ごすことになる。もうこの世界には戻ってこない。緑谷出久はもうどこにもいない。
       ゆっくり出久が目を覚ます……果たして……。





      デクサイド。


      このゲームのイベント補佐としてフルダイブしていた出久。
      元々ゲームは好きだったし、注目していたタイトルであったのでテストプレイだとしても大々的に広告されていた。
      出久はこのイベントが終わったら戻らなくてはいけないが、開発者が特別に出久を模してキャラクターを作ってくれており。そのアバターに入れるだけでもワクワクした。
      ステージでの出演を終え、催し物も殆ど終わるその時。
      空が一面赤黒く染まった。
      まめ瑠璃
    • スレイヤーズパロ手の中で踊る炎。風を纏って空を飛ぶ気持ちよさ。自由に水を操る楽しさ。出久は小さい頃から魔法に魅せられていた。最初に教えてもらったのは淡い光を放つ魔法だった。その神秘的な光の揺らめきに心を奪われたのが最初だった。4歳になる頃には母にねだって本が読めるように文字を教えてもらった。
      そして、文字が読めるようになるとあっという間に家中の本を読みつくした。その知識で簡単な魔法を使えるようになるともっと自由に魔法が使ってみたいと思い、村にある魔法協会へ足を運んだ。この村の魔法協会は王都で宮廷魔導士をやっていた人が理事を務めているらしく。
       他の場所とは比べ物にならないほどの蔵書を抱えていた。出久は足しげくそこに通い、世界を、魔法を、人ならざる者のことを学んだ。
       魔法を使うには混沌の言葉(カオスワーズ)を使い、力持つものに力を貸して欲しいと願い、己の魔力を対価に魔法を発動する。魔法協会で教えてくれる混沌の言葉はほんの少し。魔法はイメージ。混沌の言葉はそのイメージをより明確にするための言葉。きちんと理解していればアレンジして使うことが可能だ。そのために知識はあればあるほどいい。
       出久は他の遊びなどわき目も振らず魔法協会に入り浸った。

       同じ年の子供たちと遊ぶこともせず魔法に没頭する出久を魔法オタクとからかったけど、そんなことも気にならなかった。  村から少し外れた海岸で何度も魔法を試した。自分だけの魔法もいくつも生み出した。増える知識が、使える魔法が増えることが、操る魔法が思い通りに仕えることが楽しかった。
      そして8歳の時。
      「黄昏よりも昏きもの……」
       書物を読むうちに知った。この世界の魔王の存在。文献や魔法協会では教えてくれない。自分で辿り着くしかない魔法に到達した。

           血の流れより赤きもの。
           時間の流れに埋もれし偉大なる汝の名において
            我ここに闇に誓わん、我らが前に立ち塞がりし
           全ての愚かなるものに、我と汝が力もて、等しく滅びを与えんことを

      「竜破斬(ドラグ・スレイブ)!」
       力ある言葉に応え、出久から伸びた赤光が目標とした小島を破壊し巨大な水飛沫が上がった。
      「出た。魔王はいるんだ! なら、あの呪文も、あの魔王の力を借りた魔法もあるかもしれない! うわぁぁぁ!!」
       出久はさらに魔法に没頭した。
       この海岸に村人は来ない。出久はここでしか魔法を使ったことがなく、村では知識はあるのに魔法を使えない木偶の坊だとバカにされていた。
       でも、そんなことはどうでもよかった。新しく魔法に触れられることが。新たな世界の真理を知るのが楽しかった。
       そして10歳の時。魔王の中の魔王の存在を知った。その魔王について知られていることは多くなく、知識は虫食い状態ではあったけれど。
       出久には根拠のない自信があった。
       自分ならばこの魔法を唱えられると。
      「あ……僕……」
       目の前に広がる光景に体が震える。それは驕りであったことを叩きつけた。
       美しく広く広がっていた海岸は今は大きく抉れ、生きとし生けるものを拒むように瘴気が立ち上っている。  そこに住んでいた生物は全ていなくなり、また新たな生物がそこにやってくることもない。
       死の入江が誕生してしまった。
       出久は怖くなり逃げた。巨大な死の入江が出来たことは翌日漁に出かけた村人が見つけ話題になったが、出久は部屋に閉じこもったまま口を噤んだ。
       それから魔法と関わるのをやめた。
       魔法オタクと呼ばれていた影など今はない。
       ただ、平和に時を過ごす村人として平凡に暮らしていた。



       あれから5年の月日が流れた。少しばかり剣を習っては見たがあまり上達しなかった。根本的に筋肉が付きにくい体は剣を扱うのに不向きだったようだ。
       同じ年の子たちが、世界を見たいと村を旅立っていく中。出久は堅実に村に根を張るように過ごしていた。  あの旅人が来るまで……。

       遠くで剣を交える音がする。
      「こんなところで? 何で?」
       薬草を採っていた出久の手が止まる。随分森の奥まできたけれど、こんな場所で戦闘なんて。出久は薬草を入れたリュックサックをしっかり閉めて音の方へと走り出した。
       戦っているのは赤いマントを翻して大振りのバスターソードを振り回す金髪の冒険者と、いかにも野盗ですといった出で立ちの男数人。奥の方には倒された何人かが点々と倒れていた。
      「テメェら! いい加減しつけぇな!」
      「お前が俺らのお宝を奪ったんだろうが!」
      「返しやがれ!」
      「くっそお! 俺たちの稼ぎ根こそぎ奪いやがって! 血も涙もないのか!」
      「ハッ! 悪人に人権はねぇんだよ!」
       言いながらバスターソードを振り下ろすと、二人同時に吹き飛んだ。
      「うわぁ、凄い」
       まるで重さなど感じさせない剣捌きに一瞬見惚れた。赤いマントを翻して戦う様は、まるで本で読んだ英雄譚のヒーローのようだった。
       華麗に舞う様に剣を振るう姿にしばし見惚れていると、きらりと木の上に光る影をみた。
      「危ない!」
       出久は咄嗟に魔力を集中させた。
      「魔風(ディム・ウィン)」
       冒険者を狙っていた男に空気が圧縮された塊が当たり、
      「うわぁぁ!」
       バランスを崩した男が木から落ちた。
      「ンなとこにも居やがったのか」
       冒険者は逃げようとする野盗に剣を振り下ろし戦闘は終了した。
      「ぼく、魔法を……」
       咄嗟の事とはいえ、五年間一度も使うことのなかった魔法。あの冒険者を助けなければと思った瞬間、躊躇いもなく呪文が口にのぼった。
       それと同時にあの死の入江を作り出した
       恐怖を思い出させ出久は自分の体を強く抱きしめ、その場から逃げ出した。
       少し離れた場所からあの冒険者がこちらを見ていたことに気付くことはなかった。





      「チッ、しつけぇやつらだったな」
       汚れてしまったマントを払いながら背丈ほどの剣を背中の鞘にしまう。降ろしていたバッグを肩にかけ、自分を助け逃げて行った相手が消えた方向へ足を向ける。
      「借りっぱなしは性に合わねぇ」
       普段なら放っておくのに、なぜか気になって仕方がない後ろ姿を追いかけた。しばらく歩くと小さな村が見えて来た。この小ささならすぐ見つかるだろう。次の街までどのくらいかわからないがしばらく野宿が続いていた。
       そろそろベッドで寝たい。
       幸いすぐ宿屋は見つかった。
      「いらっしゃい」
      「部屋空いてるか?」
      「どのくらい滞在なさいます?」
      「んーあー……とりあえず三日」
      「はい。銀貨10枚先払いです」
       言われた通りの金額を若主人に渡せば部屋の鍵を渡された。
      「この村で緑の髪のもさもさしたやつはいるか?」
      「緑の髪……ああ、木偶の坊……じゃなかった。緑谷のことかな?」
      「木偶の……?」
      「ああ、いえ」
       何でもありませんと口を濁した若主人。
      「それならこの通りを真っ直ぐ行って奥の通りを右に入ったところにある薬屋の店主だと思います」
      「薬屋……ついでに魔法道具(マジックアイテム)の鑑定をしてくれるところも教えてくれ」
      「それもそこの薬屋でしてくれますよ」
      「武器や道具屋じゃなくてか?」
      「そっちでもやりますが、薬屋の店主の方が詳しいですよ。魔法オタクですからね。知識だけは山ほどあるんです」
       尊敬ではなくどこか嘲りを含んだその言い回しに不快感を覚えた。
       けれどその店主を庇うほどの何かを自分が持っているわけではなく。
      「どうも」
       礼を言うに留め、一旦部屋へと向かった。







        男は爆豪勝己という冒険者だった。世界を見たい。そんな理由で家を飛び出し今は気ままな冒険者だ。路銀が心もとなくなれば盗賊をぶちのめし金を巻き上げ、宝があると聞けば探しに行きそれを手に入れた。魔法は使えず、剣の腕一本で勝ち取ってきたそれらは大きな街につくたび現金化して銀行に預けてある。
       まずはベッドに座って剣の手入れをする。野宿では最低限の整備しか出来ない。部品を全部バラして汚れや血糊を拭っていく。そして入念に刃毀れがないかチェックして再び組み上げ鞘に納めた。
       次にバッグを取り出して荷物を金貨と魔法道具(マジックアイテム)にわけ、金貨は皮袋に仕舞い魔法道具だけを別の袋に入れた。
      「腹減った」
       とりあえず、薬屋に行って店主とやらを確認して来ようと思い部屋を出た。
       宿を出て村の大通りを歩きつき当りを右へ。少し細い路地の奥にその店は合った。あまり繁盛しているとは言い難いこじんまりとした店だ。
       ドアを開くと澄んだドアベルが鳴り薬草の匂いが鼻に飛び込んできた。
       新鮮な薬草でいい薬を作る店だ。勝己は漂う香りからそう判断した。
      「いらっしゃいませ、どんな薬をお求めですか」
       現れたのは自分と同じ年、いやそれ以下かもしれない少年だ。
       じっとその顔を見つめる。ふっくりとした頬に雀斑、大きな零れ落ちそうな目に柔らかそうな髪。おそらく自分がみたあの後ろ姿の人物に間違いないだろう。
      「あの……」
      「店主ってのはお前か?」
      「あ、はい。うちの両親は王都で店を出しているので」
      「一人か?」
      「はい、僕はこの村を離れる気がないので。冒険者の方ですよね? 出したらこの辺りの薬がお勧めです」
       言いながら指さされた棚には傷薬や飲み薬などが置かれていた。
      「その辺は今はいい。ここで魔法道具(マジックアイテム)の鑑定をやってくれるって聞いたんだが」
      「あ、はい。できますよ。あくまで鑑定だけです。解除や封印などは魔導士協会や教会に行ってください」
      「何でだ? お前魔法使えるだろ?」
       勝己はスンと鼻を鳴らす。
       勝己は魔法は使えないが魔力を匂いで感じ取ることができる。良くない魔法は悪臭として、強い魔力は甘い香りとして。出久の体からは爽やかで極上な香りが漂っていた。
      「……冒険者でその軽装ってことは宿屋に行きましたよね?」
      「ああ」
      「僕のこと、そこの主人は木偶の坊って言いませんでした?」
      「ああ」
      「そういうことです。僕は魔法が使えないただの魔法オタクですよ。鑑定する品を見せてください」
       業務用の笑顔に隠れる拒絶と嘘と恐怖の匂い。
       カウンターに近づき間近に店主をみる。近くによるとより鮮明に魔力の匂いを感じた。
       ぐい、と腕を引っ張ってその首筋に顔を埋め匂いを確かめる。
      「な!?」
       あまりに好みの匂いをさせる首筋をぺろりと舐めた。
      「悪くねぇな」
      「な、なんなの!? 君!」
      「俺か? 俺は冒険者の爆豪勝己。テメェは?」
      「緑谷出久……」
      「出久……こんなところもデクって読めるんかよ」
      「ほっとけよ」
       ようやく年相応の言葉遣いを引っ張り出した。
      「なぁ、俺と一緒に来いよ」
       何となく、こいつとの旅は楽しそうだと思った。今まで誰ともつるみたいと思わなかったけれど。
       こいつとなら一緒に行ってもいいと思った。
      「……この店もあるし無理だよ」
       出久は腕を掴む勝己の腕をそのまま。鑑定に出された品物を丁寧に鑑定した。
      「これとこの宝石には守護の魔法がかかってる。このままアクセサリーなんかに加工するのがお勧め。こっちの青いのは武器に魔力を与えるから剣にエンチャントがお勧めかな。結構いいものだよ。こっちの短剣は装飾は綺麗だけど質の良くない魔法が掛かってる。解呪するまで鞘は抜かないで。後の宝石は魔力は感じるけど特に何もないよ。あと……これ……」
       指さす先には古い本。
      「これはちょっと僕にもよく判らない。ごめんね。もっと大きな街の鑑定士に見せてくれないかな」
      「中身も見ねぇでか?」
      「ちょっとね、僕が見たことない魔力だ」
       怖がるような、それでいて正体を探りたいような好奇心たっぷりの顔でその本を見ていた。
       これはチャンスだと思った。
      「なぁ、この本の正体知りたくねぇか?」
      「……え?」
      「俺はこの村を離れたらもうここに戻ってくることはねぇ。それにこの本を二束三文で売り払っちまうかもしれねぇ」
      「……だったらそれを僕に売ってよ」
      「駄目だね」
      「……何でだよ!」
      「それじゃ一緒に旅をする口実がなくなっちまうだろ」
      「……隠す気ないんだ」
      「俺はテメェと旅ができるならそれでいい」
      「僕はただの足手纏いだよ」
      「いいや、テメェは使えるはずだ。魔法を」
      「……」
      「昼間俺を助けただろ?」
      「……」
      「俺は諦めが悪ぃんだ。ここを立つ間にテメェを口説き落とす」
       自信たっぷりに言い切って鑑定品を回収し店を出た。







       久々に広い風呂に入り、温かいベッドにありつけたっていうのに。
      「チッ……」
       勝己は体を起こし剣を手にとる。バスターソードの方ではなく、室内用のいつも腰に佩いているショートソードだ。
       窓の外にはビリビリと伝わる殺気。これはプロの類だろう。
       息を殺ししていると静かに窓が開いた。
      「何モンだ?」
      「……」
       勝己が相手の首元に剣を当てるのと、相手が勝己の喉元にナイフを突きつけたのは同時だった。
      「「……」」
       互いににらみ合い、同時に剣を引いた。
      「何の用事だ」
      「お前が盗んだもの、返して貰いたい」
      「盗んだとは、人聞き悪ぃな」
      「野盗から盗んだだろう!」
      「あれは盗んだんじゃねぇ。世の中に還元したんだ」
      「屁理屈はいい! ただとは言わない。金貨30枚出そう」
      「30……」
       中々の金額だ。冒険者として生活するなら贅沢さえしなきゃ半年は暮らせる金額。
      「物は何だ?」
      「それを言ったら惜しくなるかもしれん。お前が心当たりのあるものを3つ置いて部屋を出ろ。そしたら金貨と交換で去る」
      「それだとブツだけ持って金を払わねぇ可能性がある。金が先だ」
      「……いいだろう」
       ぽいと皮袋が投げられた。
      「ところで、ブツに心当たりがありすぎてどれだかわからねぇ」
      「野盗から盗んだのは一回じゃないのか!」
      「今週2つ、一月前まで遡りゃあ5個以上潰したわ」
       指折り数える勝己に相手が若干怯んだ。心なしか汗が浮いているように見える。
      「一番新しい場所の……魔力が籠った品だ」
      「そうか」
       それなら今日鑑定したばかり。
       おそらく強い魔力を持ったものから3つ選べばどれかが当たりだろう。


       質の悪い魔法のかかった剣、一番強い魔法が掛かっていると言われた宝石。そして本。
      「思い当たるものがあるようだな」
      「……まぁな」
      「金は渡した。さぁ……!」
       焦るような迫るような気配。余程目的のブツが欲しいと見える。皮袋の中身を確認した。きっちり金貨30枚。偽物などではないようだ。
      「おーけぃ、じゃ置いて部屋を出る。少し外に出てろ」
       そう言えば男は素直にベランダに出た。

       その様子に勝己は小さく舌を出し荷物を纏めてドアから出て走り出した。

      「バカが何かも分からないものに金貨30枚も出すならもっと高く売れんだろ。誰がはした金で売るか!」

       静かに宿屋から飛び出した。向かうのはあの雑貨屋だ。

      「ハッ、何だかおもしれぇことになってきやがった! 巻き込んでやらぁ!」

       気づいてすぐに追いかけてくる気配が5つ。
       どれも手練れだ。

      「おっと……!」
       足元に刺さるナイフを避け、飛んでくる魔法を叩き落とし、町外れの道具屋へと向かう。

       営業時間外。当然扉は閉まっている、けれど。
      「いらっしゃいませ!」
       自分で言いながらドアをバスターソードで切り裂いて道具屋の中に滑り込んだ。




      「わぁぁぁぁ!? な、なに!? 何事!?」
      「よぅ、いい夜だな」
      「何してんのぉぉぉ!」
      「旅に出る支度しろや。薬はこの辺にあるのでいいか?」
      「は? え?」
       戸惑う出久の返事を聞かないまま適当な革ザックに手あたり次第薬を突っ込んで放り投げる。
      「あ、うわわっ」
      「早くしねぇと……」
       勝己はバスターソードに手をかけて。
      「死ぬぞ!」
       窓を割って入って来た火矢を叩き落とす。
      「もぉぉ、何!? 何なの!?」
       出久は割れた窓から入り込んできた相手に何とかショートソードで相手をする。
      「悪くねぇ。けど、ヘタクソ」
      「もう! 知るか! 僕は剣が上手くないんだよ!」
       文句を言いつつも綺麗に捌き切っている。
      「魔法使えや」
      「……」
      「じゃねぇと、二人とも死ぬぞ」
       手練れは5人。こちらは2人。そして出久にもう一人。勝己にさらに二人飛びかかっていくのが見えて。
      「もぉぉぉ! ほんっっと、君何なの!!」


       叫んで出久は眉間に力を集中させる。

      「魔風(ディム・ウィン)」

       目の前の二人が突風で吹き飛ぶ。そして続けざまに。

      「封気結界呪(ウィンディ・シールド)」

       勝己を狙っていたナイフが風の盾で防がれる。

      「ハッ、やればできんじゃねぇか」
       喜びながら剣を振るう勝己を一睨みしてもう一つ。

      「翔封界(レイ・ウィング)」

       風の結界が傍にいた手練れを吹き飛ばし、宙に浮いた出久が突進するように勝己に向かう。
       その体を抱きかかえ壊された扉から外へ飛び出した。

      「おい、低いぞ」
      「うるさいなっ、重いと高度が下がるんだよっ! スピード落とすわけにはいかないんだから諦めてっ!」
       昼間見せた気弱な表情は今はない。
       勝己を抱え飛ぶ出久は手練れたちをどんどん引き離す。あっという間に山を一つ越え、開けた森の中へ降りた。

      「こ、これくらい離れたら……」
      「おう、お疲れ」
      「こ……のっ」
       地面に降りた出久は上手く立てずくらりと視界が揺らいだ。
      「おっと、あぶねぇな」
      「……魔法、使っちゃった……」
      「お前……」

       腕の中の出久は震えていた。




       使ってしまった。
       魔法を。
       同時に思い出される死の入江と化してしまったあの惨事を。あの入江は未だに瘴気を放ち続けて生き物の侵入を拒んでいる。
       あの入江を見に行くたびに深淵に触れた恐ろしさを何度でも味わう。
       怖い、怖い、怖い。

       でも、それ以上に怖いのは。
       あの深淵をもっと知りたいと思ってしまう自分自身だ。旅に出ればもっとたくさんの魔法やそれに関するとを知るだろう。あの未完成な呪文を完成させる知識が手に入るかもしれない。
       そうなってしまったら。おそらく自分は止まれない。
       調べて確かめて試して。またあの死の入江を作り出してしまうかもしれない。恐ろしいと思っていてもやめられない。自分の危うさを自分が一番判っている。

      「何躊躇ってんのか知らねぇけど、ある力使わねぇのは勿体ねぇ」
      「……」
      「自分の為に使うのが怖ぇなら俺の為に使え」
       そう言ってから勝己はふといいことを思いつく。

      「そうだ! 今日からテメェは俺の子分だ! テメェの力は俺の物! だから俺の為に力を寄越せ!」

       バスターソードを肩に担いで月を背負って偉そうに笑う勝己の様子に、出久は思わず笑いがこみ上げた。

      「なんて偉そうなの!?」
      「テメェの親分なんだから偉えだろ! 俺はすげぇ!」
       ふんぞり返る姿がまるでガキ大将のようで。
      「いいよ、僕の力。君が使ってよ。ただし……」
      「何だ?」
      「僕が暴走したら、君が止めてよ? 例え、命を奪うことになっても……」
       穏やかではない出久の言葉。けれど勝己はにやりと笑って。
      「ああ、いいぜ。たった今からテメェは俺のモンだ」
       しゃがみ込んでいた出久を立たせて宣言した。
      手の中で踊る炎。風を纏って空を飛ぶ気持ちよさ。自由に水を操る楽しさ。出久は小さい頃から魔法に魅せられていた。最初に教えてもらったのは淡い光を放つ魔法だった。その神秘的な光の揺らめきに心を奪われたのが最初だった。4歳になる頃には母にねだって本が読めるように文字を教えてもらった。
      そして、文字が読めるようになるとあっという間に家中の本を読みつくした。その知識で簡単な魔法を使えるようになるともっと自由に魔法が使ってみたいと思い、村にある魔法協会へ足を運んだ。この村の魔法協会は王都で宮廷魔導士をやっていた人が理事を務めているらしく。
       他の場所とは比べ物にならないほどの蔵書を抱えていた。出久は足しげくそこに通い、世界を、魔法を、人ならざる者のことを学んだ。
       魔法を使うには混沌の言葉(カオスワーズ)を使い、力持つものに力を貸して欲しいと願い、己の魔力を対価に魔法を発動する。魔法協会で教えてくれる混沌の言葉はほんの少し。魔法はイメージ。混沌の言葉はそのイメージをより明確にするための言葉。きちんと理解していればアレンジして使うことが可能だ。そのために知識はあればあるほどいい。
       出久は他の遊びなどわき目も振らず魔法協会に入り浸った。

       同じ年の子供たちと遊ぶこともせず魔法に没頭する出久を魔法オタクとからかったけど、そんなことも気にならなかった。  村から少し外れた海岸で何度も魔法を試した。自分だけの魔法もいくつも生み出した。増える知識が、使える魔法が増えることが、操る魔法が思い通りに仕えることが楽しかった。
      そして8歳の時。
      「黄昏よりも昏きもの……」
       書物を読むうちに知った。この世界の魔王の存在。文献や魔法協会では教えてくれない。自分で辿り着くしかない魔法に到達した。

           血の流れより赤きもの。
           時間の流れに埋もれし偉大なる汝の名において
            我ここに闇に誓わん、我らが前に立ち塞がりし
           全ての愚かなるものに、我と汝が力もて、等しく滅びを与えんことを

      「竜破斬(ドラグ・スレイブ)!」
       力ある言葉に応え、出久から伸びた赤光が目標とした小島を破壊し巨大な水飛沫が上がった。
      「出た。魔王はいるんだ! なら、あの呪文も、あの魔王の力を借りた魔法もあるかもしれない! うわぁぁぁ!!」
       出久はさらに魔法に没頭した。
       この海岸に村人は来ない。出久はここでしか魔法を使ったことがなく、村では知識はあるのに魔法を使えない木偶の坊だとバカにされていた。
       でも、そんなことはどうでもよかった。新しく魔法に触れられることが。新たな世界の真理を知るのが楽しかった。
       そして10歳の時。魔王の中の魔王の存在を知った。その魔王について知られていることは多くなく、知識は虫食い状態ではあったけれど。
       出久には根拠のない自信があった。
       自分ならばこの魔法を唱えられると。
      「あ……僕……」
       目の前に広がる光景に体が震える。それは驕りであったことを叩きつけた。
       美しく広く広がっていた海岸は今は大きく抉れ、生きとし生けるものを拒むように瘴気が立ち上っている。  そこに住んでいた生物は全ていなくなり、また新たな生物がそこにやってくることもない。
       死の入江が誕生してしまった。
       出久は怖くなり逃げた。巨大な死の入江が出来たことは翌日漁に出かけた村人が見つけ話題になったが、出久は部屋に閉じこもったまま口を噤んだ。
       それから魔法と関わるのをやめた。
       魔法オタクと呼ばれていた影など今はない。
       ただ、平和に時を過ごす村人として平凡に暮らしていた。



       あれから5年の月日が流れた。少しばかり剣を習っては見たがあまり上達しなかった。根本的に筋肉が付きにくい体は剣を扱うのに不向きだったようだ。
       同じ年の子たちが、世界を見たいと村を旅立っていく中。出久は堅実に村に根を張るように過ごしていた。  あの旅人が来るまで……。

       遠くで剣を交える音がする。
      「こんなところで? 何で?」
       薬草を採っていた出久の手が止まる。随分森の奥まできたけれど、こんな場所で戦闘なんて。出久は薬草を入れたリュックサックをしっかり閉めて音の方へと走り出した。
       戦っているのは赤いマントを翻して大振りのバスターソードを振り回す金髪の冒険者と、いかにも野盗ですといった出で立ちの男数人。奥の方には倒された何人かが点々と倒れていた。
      「テメェら! いい加減しつけぇな!」
      「お前が俺らのお宝を奪ったんだろうが!」
      「返しやがれ!」
      「くっそお! 俺たちの稼ぎ根こそぎ奪いやがって! 血も涙もないのか!」
      「ハッ! 悪人に人権はねぇんだよ!」
       言いながらバスターソードを振り下ろすと、二人同時に吹き飛んだ。
      「うわぁ、凄い」
       まるで重さなど感じさせない剣捌きに一瞬見惚れた。赤いマントを翻して戦う様は、まるで本で読んだ英雄譚のヒーローのようだった。
       華麗に舞う様に剣を振るう姿にしばし見惚れていると、きらりと木の上に光る影をみた。
      「危ない!」
       出久は咄嗟に魔力を集中させた。
      「魔風(ディム・ウィン)」
       冒険者を狙っていた男に空気が圧縮された塊が当たり、
      「うわぁぁ!」
       バランスを崩した男が木から落ちた。
      「ンなとこにも居やがったのか」
       冒険者は逃げようとする野盗に剣を振り下ろし戦闘は終了した。
      「ぼく、魔法を……」
       咄嗟の事とはいえ、五年間一度も使うことのなかった魔法。あの冒険者を助けなければと思った瞬間、躊躇いもなく呪文が口にのぼった。
       それと同時にあの死の入江を作り出した
       恐怖を思い出させ出久は自分の体を強く抱きしめ、その場から逃げ出した。
       少し離れた場所からあの冒険者がこちらを見ていたことに気付くことはなかった。





      「チッ、しつけぇやつらだったな」
       汚れてしまったマントを払いながら背丈ほどの剣を背中の鞘にしまう。降ろしていたバッグを肩にかけ、自分を助け逃げて行った相手が消えた方向へ足を向ける。
      「借りっぱなしは性に合わねぇ」
       普段なら放っておくのに、なぜか気になって仕方がない後ろ姿を追いかけた。しばらく歩くと小さな村が見えて来た。この小ささならすぐ見つかるだろう。次の街までどのくらいかわからないがしばらく野宿が続いていた。
       そろそろベッドで寝たい。
       幸いすぐ宿屋は見つかった。
      「いらっしゃい」
      「部屋空いてるか?」
      「どのくらい滞在なさいます?」
      「んーあー……とりあえず三日」
      「はい。銀貨10枚先払いです」
       言われた通りの金額を若主人に渡せば部屋の鍵を渡された。
      「この村で緑の髪のもさもさしたやつはいるか?」
      「緑の髪……ああ、木偶の坊……じゃなかった。緑谷のことかな?」
      「木偶の……?」
      「ああ、いえ」
       何でもありませんと口を濁した若主人。
      「それならこの通りを真っ直ぐ行って奥の通りを右に入ったところにある薬屋の店主だと思います」
      「薬屋……ついでに魔法道具(マジックアイテム)の鑑定をしてくれるところも教えてくれ」
      「それもそこの薬屋でしてくれますよ」
      「武器や道具屋じゃなくてか?」
      「そっちでもやりますが、薬屋の店主の方が詳しいですよ。魔法オタクですからね。知識だけは山ほどあるんです」
       尊敬ではなくどこか嘲りを含んだその言い回しに不快感を覚えた。
       けれどその店主を庇うほどの何かを自分が持っているわけではなく。
      「どうも」
       礼を言うに留め、一旦部屋へと向かった。







        男は爆豪勝己という冒険者だった。世界を見たい。そんな理由で家を飛び出し今は気ままな冒険者だ。路銀が心もとなくなれば盗賊をぶちのめし金を巻き上げ、宝があると聞けば探しに行きそれを手に入れた。魔法は使えず、剣の腕一本で勝ち取ってきたそれらは大きな街につくたび現金化して銀行に預けてある。
       まずはベッドに座って剣の手入れをする。野宿では最低限の整備しか出来ない。部品を全部バラして汚れや血糊を拭っていく。そして入念に刃毀れがないかチェックして再び組み上げ鞘に納めた。
       次にバッグを取り出して荷物を金貨と魔法道具(マジックアイテム)にわけ、金貨は皮袋に仕舞い魔法道具だけを別の袋に入れた。
      「腹減った」
       とりあえず、薬屋に行って店主とやらを確認して来ようと思い部屋を出た。
       宿を出て村の大通りを歩きつき当りを右へ。少し細い路地の奥にその店は合った。あまり繁盛しているとは言い難いこじんまりとした店だ。
       ドアを開くと澄んだドアベルが鳴り薬草の匂いが鼻に飛び込んできた。
       新鮮な薬草でいい薬を作る店だ。勝己は漂う香りからそう判断した。
      「いらっしゃいませ、どんな薬をお求めですか」
       現れたのは自分と同じ年、いやそれ以下かもしれない少年だ。
       じっとその顔を見つめる。ふっくりとした頬に雀斑、大きな零れ落ちそうな目に柔らかそうな髪。おそらく自分がみたあの後ろ姿の人物に間違いないだろう。
      「あの……」
      「店主ってのはお前か?」
      「あ、はい。うちの両親は王都で店を出しているので」
      「一人か?」
      「はい、僕はこの村を離れる気がないので。冒険者の方ですよね? 出したらこの辺りの薬がお勧めです」
       言いながら指さされた棚には傷薬や飲み薬などが置かれていた。
      「その辺は今はいい。ここで魔法道具(マジックアイテム)の鑑定をやってくれるって聞いたんだが」
      「あ、はい。できますよ。あくまで鑑定だけです。解除や封印などは魔導士協会や教会に行ってください」
      「何でだ? お前魔法使えるだろ?」
       勝己はスンと鼻を鳴らす。
       勝己は魔法は使えないが魔力を匂いで感じ取ることができる。良くない魔法は悪臭として、強い魔力は甘い香りとして。出久の体からは爽やかで極上な香りが漂っていた。
      「……冒険者でその軽装ってことは宿屋に行きましたよね?」
      「ああ」
      「僕のこと、そこの主人は木偶の坊って言いませんでした?」
      「ああ」
      「そういうことです。僕は魔法が使えないただの魔法オタクですよ。鑑定する品を見せてください」
       業務用の笑顔に隠れる拒絶と嘘と恐怖の匂い。
       カウンターに近づき間近に店主をみる。近くによるとより鮮明に魔力の匂いを感じた。
       ぐい、と腕を引っ張ってその首筋に顔を埋め匂いを確かめる。
      「な!?」
       あまりに好みの匂いをさせる首筋をぺろりと舐めた。
      「悪くねぇな」
      「な、なんなの!? 君!」
      「俺か? 俺は冒険者の爆豪勝己。テメェは?」
      「緑谷出久……」
      「出久……こんなところもデクって読めるんかよ」
      「ほっとけよ」
       ようやく年相応の言葉遣いを引っ張り出した。
      「なぁ、俺と一緒に来いよ」
       何となく、こいつとの旅は楽しそうだと思った。今まで誰ともつるみたいと思わなかったけれど。
       こいつとなら一緒に行ってもいいと思った。
      「……この店もあるし無理だよ」
       出久は腕を掴む勝己の腕をそのまま。鑑定に出された品物を丁寧に鑑定した。
      「これとこの宝石には守護の魔法がかかってる。このままアクセサリーなんかに加工するのがお勧め。こっちの青いのは武器に魔力を与えるから剣にエンチャントがお勧めかな。結構いいものだよ。こっちの短剣は装飾は綺麗だけど質の良くない魔法が掛かってる。解呪するまで鞘は抜かないで。後の宝石は魔力は感じるけど特に何もないよ。あと……これ……」
       指さす先には古い本。
      「これはちょっと僕にもよく判らない。ごめんね。もっと大きな街の鑑定士に見せてくれないかな」
      「中身も見ねぇでか?」
      「ちょっとね、僕が見たことない魔力だ」
       怖がるような、それでいて正体を探りたいような好奇心たっぷりの顔でその本を見ていた。
       これはチャンスだと思った。
      「なぁ、この本の正体知りたくねぇか?」
      「……え?」
      「俺はこの村を離れたらもうここに戻ってくることはねぇ。それにこの本を二束三文で売り払っちまうかもしれねぇ」
      「……だったらそれを僕に売ってよ」
      「駄目だね」
      「……何でだよ!」
      「それじゃ一緒に旅をする口実がなくなっちまうだろ」
      「……隠す気ないんだ」
      「俺はテメェと旅ができるならそれでいい」
      「僕はただの足手纏いだよ」
      「いいや、テメェは使えるはずだ。魔法を」
      「……」
      「昼間俺を助けただろ?」
      「……」
      「俺は諦めが悪ぃんだ。ここを立つ間にテメェを口説き落とす」
       自信たっぷりに言い切って鑑定品を回収し店を出た。







       久々に広い風呂に入り、温かいベッドにありつけたっていうのに。
      「チッ……」
       勝己は体を起こし剣を手にとる。バスターソードの方ではなく、室内用のいつも腰に佩いているショートソードだ。
       窓の外にはビリビリと伝わる殺気。これはプロの類だろう。
       息を殺ししていると静かに窓が開いた。
      「何モンだ?」
      「……」
       勝己が相手の首元に剣を当てるのと、相手が勝己の喉元にナイフを突きつけたのは同時だった。
      「「……」」
       互いににらみ合い、同時に剣を引いた。
      「何の用事だ」
      「お前が盗んだもの、返して貰いたい」
      「盗んだとは、人聞き悪ぃな」
      「野盗から盗んだだろう!」
      「あれは盗んだんじゃねぇ。世の中に還元したんだ」
      「屁理屈はいい! ただとは言わない。金貨30枚出そう」
      「30……」
       中々の金額だ。冒険者として生活するなら贅沢さえしなきゃ半年は暮らせる金額。
      「物は何だ?」
      「それを言ったら惜しくなるかもしれん。お前が心当たりのあるものを3つ置いて部屋を出ろ。そしたら金貨と交換で去る」
      「それだとブツだけ持って金を払わねぇ可能性がある。金が先だ」
      「……いいだろう」
       ぽいと皮袋が投げられた。
      「ところで、ブツに心当たりがありすぎてどれだかわからねぇ」
      「野盗から盗んだのは一回じゃないのか!」
      「今週2つ、一月前まで遡りゃあ5個以上潰したわ」
       指折り数える勝己に相手が若干怯んだ。心なしか汗が浮いているように見える。
      「一番新しい場所の……魔力が籠った品だ」
      「そうか」
       それなら今日鑑定したばかり。
       おそらく強い魔力を持ったものから3つ選べばどれかが当たりだろう。


       質の悪い魔法のかかった剣、一番強い魔法が掛かっていると言われた宝石。そして本。
      「思い当たるものがあるようだな」
      「……まぁな」
      「金は渡した。さぁ……!」
       焦るような迫るような気配。余程目的のブツが欲しいと見える。皮袋の中身を確認した。きっちり金貨30枚。偽物などではないようだ。
      「おーけぃ、じゃ置いて部屋を出る。少し外に出てろ」
       そう言えば男は素直にベランダに出た。

       その様子に勝己は小さく舌を出し荷物を纏めてドアから出て走り出した。

      「バカが何かも分からないものに金貨30枚も出すならもっと高く売れんだろ。誰がはした金で売るか!」

       静かに宿屋から飛び出した。向かうのはあの雑貨屋だ。

      「ハッ、何だかおもしれぇことになってきやがった! 巻き込んでやらぁ!」

       気づいてすぐに追いかけてくる気配が5つ。
       どれも手練れだ。

      「おっと……!」
       足元に刺さるナイフを避け、飛んでくる魔法を叩き落とし、町外れの道具屋へと向かう。

       営業時間外。当然扉は閉まっている、けれど。
      「いらっしゃいませ!」
       自分で言いながらドアをバスターソードで切り裂いて道具屋の中に滑り込んだ。




      「わぁぁぁぁ!? な、なに!? 何事!?」
      「よぅ、いい夜だな」
      「何してんのぉぉぉ!」
      「旅に出る支度しろや。薬はこの辺にあるのでいいか?」
      「は? え?」
       戸惑う出久の返事を聞かないまま適当な革ザックに手あたり次第薬を突っ込んで放り投げる。
      「あ、うわわっ」
      「早くしねぇと……」
       勝己はバスターソードに手をかけて。
      「死ぬぞ!」
       窓を割って入って来た火矢を叩き落とす。
      「もぉぉ、何!? 何なの!?」
       出久は割れた窓から入り込んできた相手に何とかショートソードで相手をする。
      「悪くねぇ。けど、ヘタクソ」
      「もう! 知るか! 僕は剣が上手くないんだよ!」
       文句を言いつつも綺麗に捌き切っている。
      「魔法使えや」
      「……」
      「じゃねぇと、二人とも死ぬぞ」
       手練れは5人。こちらは2人。そして出久にもう一人。勝己にさらに二人飛びかかっていくのが見えて。
      「もぉぉぉ! ほんっっと、君何なの!!」


       叫んで出久は眉間に力を集中させる。

      「魔風(ディム・ウィン)」

       目の前の二人が突風で吹き飛ぶ。そして続けざまに。

      「封気結界呪(ウィンディ・シールド)」

       勝己を狙っていたナイフが風の盾で防がれる。

      「ハッ、やればできんじゃねぇか」
       喜びながら剣を振るう勝己を一睨みしてもう一つ。

      「翔封界(レイ・ウィング)」

       風の結界が傍にいた手練れを吹き飛ばし、宙に浮いた出久が突進するように勝己に向かう。
       その体を抱きかかえ壊された扉から外へ飛び出した。

      「おい、低いぞ」
      「うるさいなっ、重いと高度が下がるんだよっ! スピード落とすわけにはいかないんだから諦めてっ!」
       昼間見せた気弱な表情は今はない。
       勝己を抱え飛ぶ出久は手練れたちをどんどん引き離す。あっという間に山を一つ越え、開けた森の中へ降りた。

      「こ、これくらい離れたら……」
      「おう、お疲れ」
      「こ……のっ」
       地面に降りた出久は上手く立てずくらりと視界が揺らいだ。
      「おっと、あぶねぇな」
      「……魔法、使っちゃった……」
      「お前……」

       腕の中の出久は震えていた。




       使ってしまった。
       魔法を。
       同時に思い出される死の入江と化してしまったあの惨事を。あの入江は未だに瘴気を放ち続けて生き物の侵入を拒んでいる。
       あの入江を見に行くたびに深淵に触れた恐ろしさを何度でも味わう。
       怖い、怖い、怖い。

       でも、それ以上に怖いのは。
       あの深淵をもっと知りたいと思ってしまう自分自身だ。旅に出ればもっとたくさんの魔法やそれに関するとを知るだろう。あの未完成な呪文を完成させる知識が手に入るかもしれない。
       そうなってしまったら。おそらく自分は止まれない。
       調べて確かめて試して。またあの死の入江を作り出してしまうかもしれない。恐ろしいと思っていてもやめられない。自分の危うさを自分が一番判っている。

      「何躊躇ってんのか知らねぇけど、ある力使わねぇのは勿体ねぇ」
      「……」
      「自分の為に使うのが怖ぇなら俺の為に使え」
       そう言ってから勝己はふといいことを思いつく。

      「そうだ! 今日からテメェは俺の子分だ! テメェの力は俺の物! だから俺の為に力を寄越せ!」

       バスターソードを肩に担いで月を背負って偉そうに笑う勝己の様子に、出久は思わず笑いがこみ上げた。

      「なんて偉そうなの!?」
      「テメェの親分なんだから偉えだろ! 俺はすげぇ!」
       ふんぞり返る姿がまるでガキ大将のようで。
      「いいよ、僕の力。君が使ってよ。ただし……」
      「何だ?」
      「僕が暴走したら、君が止めてよ? 例え、命を奪うことになっても……」
       穏やかではない出久の言葉。けれど勝己はにやりと笑って。
      「ああ、いいぜ。たった今からテメェは俺のモンだ」
       しゃがみ込んでいた出久を立たせて宣言した。
      まめ瑠璃
    • おたおめしたまめ瑠璃
    • 甘水君番外 ちびちび短編で書き足す予定甘水は手に持った封筒の差出人を見た。
       ごくりと喉が鳴る。差し出し主はとある機関のものでこの封筒の中には甘水の個性で作られた水を調べてもらった結果が入っている。
       ゆっくりと封を切っていく。1割期待する気持ちと、やっぱりなと諦める気持ちが9割。開けたいような開けたくないようなどっちつかずの気持ちを奮い立たせるように彼を思い出す。

      「こんな優しい味を作り出せる君は優しい人なんだね。凄い個性だよ!」

       初めて、この個性を褒めてもらった。何の役にも立たないと言われた個性が。笑われ続けた個性が。初めて愛しく思えた。
       自虐以外の意味でこの個性を披露したことはなかった。何だか煽てられるまま普段冷静な自分にしてはふわふわした気分のまま彼の言うまま成分分析の依頼をかけたその結果がこの封筒の中に入っている。

       ゆっくりそれを開いて。
      「うそ、だろ……」
       予想していたのは父のパティシエの個性の糖分が水分に溶け出す。そんな程度の物だと思っていた。
       けれど、結果は違っていた。

      「これは、母の個性はこっちに出ていたのか」
       これは味だけでは分からないはずだ。浄化する個性はここに出ていたのだ。
       成分表を見て笑い出したくなる。 ダイエット効果、美肌、デトックス、リラックス、疲労回復に効果あり。つまり飲んだ人間の体内を浄化する作用を持っていたのだ。
       水を甘くするだけの個性だと思い込んでいた。そもそも個性の強弱で生きざまが決まってしまうような世の中でつまらない、役に立たない、無駄な個性だと定義付けられてしまった者は己の個性を恥としてそれ以上踏み込んだりしない。それがこんな形で覆るなんて。


      「緑谷……」

       書類を読み切って深い息をつく。表情は晴れやかだ。

      「お前は本当に凄い奴だ」

       雄英高校に入学して数ヵ月。彼をずっと傍で見て来た。
       彼には個性がない。そのせいか、彼は個性というものをとても大事にしている。こんなものはいらないと丸めた紙屑のように投げ捨ててしまったそれを、大切に掌に握りしめて、まるで世界で一つだけの宝石のように褒めたたえてくれるのだ。
       あの気持ちよさはどう表現していいか分からない。特に自分のように自分の個性が嫌いな人間ならなおさら。


       成分表を見ながら国が運営している特許サイトへ登録を開始する。
       このサイトは個人の個性を企業がスポンサーとなって商品化するための足掛かりのサイトである。
       国が運営しているだけあって審査は厳しいがその分安全と保証がしっかりしている。
      「この個性は緑谷がくれたものだ。この個性で得たものは全て緑谷に還元しよう。それが俺の精一杯の恩返しだ」
       戦闘の役には立たなくても、強い個性じゃなくてもやれることはある。
       緑谷と一緒にいて充分身に染みたことだ。
      「この先、一生緑谷の傍に居続けたい」
       彼の傍は気持ちがいい。彼が望んで手を伸ばす先に自分が居たい。
      「まぁ、一番傍に居続けるのは爆豪だろうけど。俺は友人として一番傍に居続けたい」
       彼が困ったとき、彼が手を伸ばしたいとき、いつだって手を伸ばしたい。

      「緑谷……」

       もう一度書類を見直して、そっとそれを抱きしめる。

      「……ありがとう」

       静かに流れた涙は多分一番綺麗な涙であった。
      甘水は手に持った封筒の差出人を見た。
       ごくりと喉が鳴る。差し出し主はとある機関のものでこの封筒の中には甘水の個性で作られた水を調べてもらった結果が入っている。
       ゆっくりと封を切っていく。1割期待する気持ちと、やっぱりなと諦める気持ちが9割。開けたいような開けたくないようなどっちつかずの気持ちを奮い立たせるように彼を思い出す。

      「こんな優しい味を作り出せる君は優しい人なんだね。凄い個性だよ!」

       初めて、この個性を褒めてもらった。何の役にも立たないと言われた個性が。笑われ続けた個性が。初めて愛しく思えた。
       自虐以外の意味でこの個性を披露したことはなかった。何だか煽てられるまま普段冷静な自分にしてはふわふわした気分のまま彼の言うまま成分分析の依頼をかけたその結果がこの封筒の中に入っている。

       ゆっくりそれを開いて。
      「うそ、だろ……」
       予想していたのは父のパティシエの個性の糖分が水分に溶け出す。そんな程度の物だと思っていた。
       けれど、結果は違っていた。

      「これは、母の個性はこっちに出ていたのか」
       これは味だけでは分からないはずだ。浄化する個性はここに出ていたのだ。
       成分表を見て笑い出したくなる。 ダイエット効果、美肌、デトックス、リラックス、疲労回復に効果あり。つまり飲んだ人間の体内を浄化する作用を持っていたのだ。
       水を甘くするだけの個性だと思い込んでいた。そもそも個性の強弱で生きざまが決まってしまうような世の中でつまらない、役に立たない、無駄な個性だと定義付けられてしまった者は己の個性を恥としてそれ以上踏み込んだりしない。それがこんな形で覆るなんて。


      「緑谷……」

       書類を読み切って深い息をつく。表情は晴れやかだ。

      「お前は本当に凄い奴だ」

       雄英高校に入学して数ヵ月。彼をずっと傍で見て来た。
       彼には個性がない。そのせいか、彼は個性というものをとても大事にしている。こんなものはいらないと丸めた紙屑のように投げ捨ててしまったそれを、大切に掌に握りしめて、まるで世界で一つだけの宝石のように褒めたたえてくれるのだ。
       あの気持ちよさはどう表現していいか分からない。特に自分のように自分の個性が嫌いな人間ならなおさら。


       成分表を見ながら国が運営している特許サイトへ登録を開始する。
       このサイトは個人の個性を企業がスポンサーとなって商品化するための足掛かりのサイトである。
       国が運営しているだけあって審査は厳しいがその分安全と保証がしっかりしている。
      「この個性は緑谷がくれたものだ。この個性で得たものは全て緑谷に還元しよう。それが俺の精一杯の恩返しだ」
       戦闘の役には立たなくても、強い個性じゃなくてもやれることはある。
       緑谷と一緒にいて充分身に染みたことだ。
      「この先、一生緑谷の傍に居続けたい」
       彼の傍は気持ちがいい。彼が望んで手を伸ばす先に自分が居たい。
      「まぁ、一番傍に居続けるのは爆豪だろうけど。俺は友人として一番傍に居続けたい」
       彼が困ったとき、彼が手を伸ばしたいとき、いつだって手を伸ばしたい。

      「緑谷……」

       もう一度書類を見直して、そっとそれを抱きしめる。

      「……ありがとう」

       静かに流れた涙は多分一番綺麗な涙であった。
      まめ瑠璃
    • 異世界召喚 後天的にょたしかも後天的女体化っぽいので普通に本好きで図書館通いが趣味のデクが偶然開いた本に吸い込まれて無事に帰るまでのストーリーに違いない。
      一目惚れされたかっちゃんに「僕は男なんだってば!」っていいつつ気づいたら子供産まされてるやっちゃ。
      4歳くらいの幼馴染のかっちゃんが遠くへお引越しするっていって泣きながらお別れして淡い初恋だったなぁって思いながら否モテ人生を歩みつつ会社と図書館の往復に人生を費やしてて、将来田舎で晴耕雨読の生活したいなーってのんびりお金を溜めてたデクがある日初めていった
      街の大きな図書館に吸い込まれるように入っていく。珍しい蔵書がたくさんあるその図書館に入り浸る様になってある日お願いして持ち出し禁止の書庫に入らせてもらう。時間を忘れて読みふけっていたけれど閉館の音楽が聞こえて、後一冊と真紅の革表紙の本を手に取る。金色の読めない文字のそれをに取って開くと勝手にページが捲れ、光の中に吸い込まれる。
      かっちゃんは異世界人で、4歳の頃故郷に帰らなきゃいけなくなる。デクを嫁にする気で赤い勾玉のアクセサリーを手渡して帰る。アクセサリーはデクの目印兼異界への道しるべ。嫁にする気だったのでてっきり女だと思い込んでたので思いの強さが魔力に反応したのか召喚したらデクは女の体になってた。
      っていう。かっちゃんのせいで女になって嫁になれって言われて、最初は帰りたかったけど絆されてくやつ。


      かっちゃんとデクの世界は時間の流れが違ってて召喚主が召喚魔法を会得しないと狙った相手を召喚出来ないとかで、がんばって魔法を覚えるのに10年くらい経ってて、かっちゃん15歳、デク30歳とかでデクの肉体は召喚される時に分解再構築されてて、若返った上に女になってる。
      まめ瑠璃
    • ハヤトコスのデク。顔が描くたびに変わる。まめ瑠璃
    • 悪魔じゃないです(仮)十傑かっちゃんと眼鏡デクにセキュリティ対策ばっちりの高級マンションというシチュエーションを足して描(書)きましょう。描(書)いてください。
      #日替わり勝デク
      https://shindanmaker.com/779765
      Σ(´Д`;)現代ベースの魔法使いでっくんが召喚獣呼ぼうと思ったらかっちゃんきたの??混ぜすぎでは??
      まめ瑠璃
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