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    シェルター 瞼の向こうで燦々と降り注いでいる白い光によって、百田の意識は覚醒させられた。鈍った五感が少しずつ研ぎ澄まされていく。所々穴の開いて煤けた天井、格子窓から差し込む日光。拭い切れないかび臭さ。寝転んだ視界の端に掠める、生い茂った植物。そのせいで百田は一瞬だけ、今居る場所を誤認した。

    (……。朝、か。そう言っていいのか分からねーが)
     百田はむくりと体を起こす。即席の寝床から手を伸ばし、手持ちの――どこかの時点から持ち歩いていた――目覚まし時計を確認する。針はアラームを指定した時間よりも、少しばかり手前の時刻を示していた。何とかは三文の徳とは云うが、特段予定も組まれておらず、そもそも時間の概念も曖昧な場合の徳とは如何程なのだろう、と思いながら、百田は景色を確かめる。
     まずは隣から。こちらに背を向けて寝転がっている体。胎児のような体勢をしており、小柄な体が余計に小さく見える。あまり見ない状況だが、傍目には特段不思議な点は無い。それから周囲へ。前述の通り天井が一部崩れているこの部屋は、道中で見つけた廃墟の中の一室だった。外観からも内装からも、ホテルとして営業していたもの――あるいはそういうテーマで作られたもの――だろうと百田は推測している。古ぼけて壊れた家具が散乱し、床板の隙間からは傍若無人に大振りの葉を持つ植物が顔を出している。

     百田は――様々な意図はあったが――此処を一度きりだとしても根城ねじろにするのには反対だった。何より、この崩れ方では危険が伴う。しかし。
    『オレは疲れたんだよ! 暗くなってきたし此処で今日はおしまい! じゃなきゃ舌噛んで死んでやるよ!』
     そう言って聞く耳を持たなかったのは、横で寝息を立てている奴だった。余りにも煩いので、百田も疲れはあったせいで渋々承諾した。そもそも疲れたのはこのホテルを走り回ったせいだろ、という点は勿論指摘したのだが、聞き入れる筈も無かった。
     ともかくそうなると寝床の確保が必要だったのだが、備え付けのベッドはいつ壊れてもおかしくなかった。なので散乱するマットレスや布団の中で、少しでも状態が良いものを各部屋から掻き集めて床に敷いた。

    ――出来上がったものを見て、まるで巣作りだな、と百田は思った。たとえ一夜限りで巣立つそれだとしても。

     古びた匂いのする布の山に二人で横たわると、体は素直に休息を求めていたのか、生地がひどく皮膚に馴染んだ。難点は匂いと埃だったのだが。百田が溶けていきそうな微睡みの中、けれども鼻を突く黴の臭いでどうにか意識を保っている間で、同衾の相手と、夜の闇の中で視線が絡んだ。そうなれば最後、言葉を交わす必要は無かった。そのまま互いに無言で、縺れ込むようにセックスをした。
     布を下に乱雑に敷き、掴んで皺にして。自分たちの匂いをその場に擦り付ける、動物のマーキングのような行為。昼間の子供のような喧嘩は息を潜め、しかしその延長とも呼べるような、奇妙な形のコミュニケーションだった。いつからこれが習慣になったのだったか。

    「王馬」
     百田は、その相手の名を呼ぶ。多少自分の方が早起きしたとは言っても、王馬の方がいつもなら早い。セックスをした次の日でもそれは変わらない。寝顔を見せたく無いのだろうと百田は思っていたが、今日はそれを白日の下に晒してしまっている。珍しい事もあるものだ。
    「おい、起きろよ。この時間に起きるってテメー言っただろーが」
     百田は少しだけ嘘を吐いて、王馬の体を揺する。前述したように、時間なんて概念はもはや曖昧だ。彼方地獄への旅路の中で、辿り着く前に気が狂う事の無いように――百田には絶対そうならないという自負はあったが――いつからか二人で示し合わせた取り決めのようなものだった。
     だから適当に理由を付けて放置しておいてもよかったのだが、どこか胸騒ぎがした。
    「……おい、王馬」
     表情が窺い知れなかったので、百田は身を乗り出した。だが跳ねた黒髪がちょうどその顔を覆っているせいでよく分からない。薄い唇だけが視認出来る。百田は、導かれるように手を伸ばした。
    (……? 息、してるよな――)
     そう、百田は率直に思った。だから掌を王馬の口元に翳した。呼吸を確かめるには手っ取り早く、且つ妥当な方法だった。
     これが現実ならば。

    (……あ? オレ、今)
     ぞわ、と百田の体を悪寒が走った。息をしていたか、していないかではない。
    ――息をしていたら、何だと云うのだ?
     
     百田は呆然として、己の掌の皺に目を凝らした。喉が渇く。それくらい、自分の行動に動揺した。
     百田は、何の躊躇いも無く、王馬が『生きているかどうか』を確認したのだ。確かに掌で呼気は感じたし、それに合わせて体が浮き沈みしている事も理解した。だが、それだけだった。それが此処においては生の証明にならないどころか、行為自体が異常とも呼べるものである事は、百田は理解していたのに。

    「……王、馬」
     これだけ呼び掛けても、全く反応しない。まるで、この草叢の中で永遠に眠り続けるんじゃないかとすら百田には思えた。眠り姫なんて似合わない男だと云うのに。麻痺した感覚の中で、百田は歯を食い縛る。元より誰に何の保証もされていない状況で、今こうして在る事の意味を思い知る。

    「――ああ。潮時、って事か」
     百田は小さく息を吐いた。此処が旅の終わりだと云うのなら、それも有り得るのかもしれないと思ったのだ。この草木で覆われた無機質な建物の中で、終わる。いつか仲間達と色濃い日々を過ごしたあの場所を彷彿とさせる、此処で。それはある意味で御誂え向きだろう。
     そうなれば、この体はどうしてやるべきなのだろう。放置するのも忍びない、葬るには未だ動いているので扱いに悩む。ならば、やはり。かつてそうしたように、自分が終わらせないといけないのか――と百田が思い、まずは状況をどうにかしなければと周囲に目を向けた所で。
    「いや、見切り付けるの早過ぎでしょ」
     下から声が聞こえて。百田が振り返るより先に、百田の体がぐいっと引き寄せられた。
    「う、わっ」
     引力に導かれるまま、百田の体が再度布の山の上に沈む。首の後ろに何かが伸び、がしりと拘束された。百田には、それが王馬の腕だと分かるのに時間は掛からなかった。
    「ッテメー、狸寝入りかよ……!」
    「王馬王馬って、熱烈なラブコールされたらそりゃ起きるよ」
     首をホールドされている百田の視界には、一夜を共にした布団の古びた生地だけが広がっている。後は微かに黒髪がちらつく程度だ。何処に隠しているか分からない、王馬本人曰く『出し入れ自由』らしい腕力によって、身動きが取れない。
    「誰がラブコールだ! 適当言うんじゃねーよ」
    「そうだよ嘘だよ、呼びながら息荒くしてるから『えっこれ起きない方が身の為じゃない?』って思ったからだよ!」
    「何でそうなるんだよ! 言い掛かりだ!」
    「何も間違ってないじゃん! ……全く、勝手に幽霊見たみたいな声上げちゃってさ」
     王馬はいつも通り根も葉もない事を並び立てたかと思うと、不機嫌そうに語尾を低くした。その頃には腕の拘束は微かに緩んでいたので、百田は少しだけ視線を王馬の顔の方に向ける。寝転んだ状態の視界から見ると周りの植物の丈が高く、まるで草原に二人きりで寝転がっているような感覚さえ受けた。

    「オレが文句言いたいのはさ、それで一人で納得しちゃった所だよ。つまんないよ。そういうのはさ、オレがはっきり指摘して初めて気付いて、愕然として間抜けな顔晒してほしかったんだけどなー」
    「……テメー、本当に性格悪いな」
     繰り出される王馬の論法に、百田が溜息を吐く。
     百田は王馬のその性格を知っていたし、百田に対してどんな点に苛立ち突っかかってくるかもある程度は学んでいた。しかしその決して良好とは言えない間柄で、それでも体を重ねるのは何故だろう、と百田は時折、否、頻繁に思う。こうして体を拘束されながら、その仮初めの体温と体臭と、それから一晩で二人で擦り付けた寝床の匂いに感覚を満たされている。それが好悪という感情以上に、何か、自分の中でかさを増していく事には気付いていた。
     自分達はあの日、計画を実行に移す契約を交わしてから、隣に居なかった時間を含め、随分と長く一緒に居過ぎたのかもしれない。体を重ねるようになったのは悪手だったのかもしれない。だからこの体温を、誤解しそうになる。

    「百田ちゃん、戻れなくなってるよ?」
    「……テメーも大概だろ」
     王馬の煽りに、仏頂面で百田は返す。怒りはしない。王馬は以前であれば、もっと精神の根幹まで抉り出す勢いで突っかかってきていた。それがこの言葉遊びにも似た児戯で済んでいるのも、もしかしたら慣れによる所もあるのだろうか。
     或いは。お互いがお互いの指摘によっては変わりようもないくらい、強固である事を理解したからか。それでも言い合いを止めないのは、互いの性だ。百田は目を伏せる。
    「なあ」
    「ん」
    「オレは、ぜってー、忘れたりしねーからな」
     だからこそ、百田は宣言する。先程過ぎった感覚の、異常性の再認識の為に。
    「テメーがやった事も、オレがやった事も」
     そして主義の為に。

     目を閉じていた百田は、横で王馬が低く笑う気配を空気で感じ取った。
    「バカだなー。……百田ちゃんは」
     声は低く、幼く、少しだけ力が抜けていた。名前を呼ぶ前に間が空いたのも含めて寝起きのせいだろう――などと、此処まで散々王馬が喋っていた事実と相反する推測を浮かべながら、百田は再度微睡みと体温に身を浸す。
     首に掛けられた腕はまだ、そこに在る。アラームの時間までは少し残っている。だからそれまでは、この草木の青さの中で。その猶予は時間の隙なのか、あるいは心の隙か寄り道か、置き場所か。いっそその中で緩やかに淡白に死んでいくのが、犯した罪に対する罰なのかもしれない。
     途切れた会話と、穏やかな呼吸。草木が日差しに照らされて密室の光源を形作る中、目覚まし時計はコツコツと、機械的に時を刻み続けている。
    暮田ミキ Link Message Mute
    2018/09/13 19:09:36

    シェルター

    本編後、どこかの奇妙な世界にて。仄暗いけど雰囲気は緩め。麻痺こそが死であるが故に。
    全年齢ですが、性行為を仄めかす描写や直接的単語が含まれます。
    #百王

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    • 魔物が棲むとは云うもので育成軸。ほのぼの、シュール気味。ゆるい、というか妙に気を許してるが故の事故。「大火傷だよどうしてくれんの!」
      #百王
      暮田ミキ
    • "unveiled"本編後、終末旅行。雪の中、二人で寄り道しながらぐだぐだと話してるだけ。"すべては白日の下"。
      本編バレあり。
      #百王
      暮田ミキ
    • archive, no archive.育成軸。「百から誘うとしたら?」の話。ぎゃいぎゃい喧嘩してる。
      #百王
      暮田ミキ
    • memoria/l本編軸5章裁判前、謎空間。これは儀式だった。
      #百王
      暮田ミキ
    • 残留感覚本編バレあり、本編に関する捏造描写あり。全部キミだったと言えば、聞こえはロマンチックなんだろうけれど、生憎とそんな感覚は持ち合わせちゃいない。
      #百王
      暮田ミキ
    • 2Voyagers荷物を抱え、ふたり、航路を往く #百王
      ※Twitterワンドロ1周年記念企画で書いたものです
      暮田ミキ
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