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    archive, no archive.「いいからさっさとそれ渡せ、って! ……クソ、往生際がわりーぞ!」
    「往生際? それキミが言うべき台詞じゃないよね? こんな面白いモンみすみす引き渡すわけないじゃんヴァーカ!」
    「バカって言うな! あと無駄に巻き舌すんじゃねーよ腹立つんだよ!」

     夜、ベッドの上で取っ組み合いをする。……と表現すれば、色事の比喩とでも思われるだろうか。しかし百田にとっては不本意な事に、嘘偽り無く取っ組み合いだった。ぎゃあぎゃあと子供のように喧嘩をしている状況が事実を後押しする。……正確には、”それ”に持ち込もうとしたのだが、自分達の関係性がそんなロマンチックな状況には余りにもミスマッチだったせいだろう——と、百田は、ぐぐ、と腕に力を入れ冷や汗を掻きながら結論付ける。その汗は、断じて組み敷こうとした男の力が(知ってはいたが)存外強いせいではない、と百田は心の中で宣言する。その組み敷かれながらも人を小馬鹿にしたような高笑いを投げかけてくる男——王馬の手には、小さなICレコーダーが握られていた。奪い取ろうとする百田の腕をもう片方の手でがっしりと掴んで遮りながら、今も絶賛録音中である。百田は、無情に時間を刻み続ける小さな画面と王馬とを交互に睨みながら、それテメーの組織の備品とかじゃねーか私物利用だろ、と言いたい口をぐっと押さえ、戦法を変える事にした。

    「……王馬。いーから大人しく、こっちに寄越すんだ。悪いようにはしねー」
    「何それ、オレってば立てこもり犯みたいじゃん! いやーこんな間抜けな警察に渡したりなんかしたら証拠隠滅、むしろ事故で紛失がオチだよねー」
     出来る限り温厚な声で語りかける百田の言葉は、王馬に一蹴される。実際にその通りの行為をしようとしていた百田はぐっと唇を噛んだ。出方を図りかねている百田に対し、王馬は呆れたように息を吐く。
    「——あのさ、気付いてた? 態度に出過ぎなんだよ。オレが風呂上がった辺りからずっとソワソワしてんだもん」

    ……嘘や隠し事を見破る事において恐ろしく鋭い男の前では、必死の取り繕いも無駄だった。否、百田も、本来隠すつもりは無かったのだ。
     何の因果か、卒業後に二人でマンションの同じ一室で暮らし始めて暫くになる。
     元は百田が一人で住んでいた所に、王馬が難癖をつけて転がり込んで来たと百田は記憶している。だが、そこからの経緯は曖昧だ。お互い部屋や、いっそ日本から居ない時も多いせいだろう。肉体を伴う奇妙な関係を始めたのはいつからだったかなんて分かる筈もない。……或いは、互いに分からない事にしている。
     とにかく、転がり込んで来たのも王馬であるし、情事に縺れ込むきっかけを作るのも、いつも王馬だった。百田から仕掛けた事は無いし、それで済んでいた。しかし今晩は違った。
     元から共に過ごす頻度は少ないとは言え、最後に会ってから随分と久しぶりだったのだ。だから自然とそういう流れになるのだろうと百田も踏んでいたのだが、王馬は意外にも全く素振りを見せなかった。百田は自分でも整理の付かないじれったさを抱えながらも、自分から誘うのも負けた気分になるようで耐えていたのだ。
     しかし風呂上がりの王馬と不意に洗面所ですれ違った時、ふわりと鼻を擽った、体臭とシャンプーの混じった匂いに、ここに居るのだという収まりの良い安心感と、それとは性質の違う煽られるような感覚を同時に覚えて。そのアンバランスさにたがが、ぐわりと歪み、外れてしまった。だから、先程何事も無くベッドに潜り込み寝入ろうとした王馬に、無言で覆い被さって。驚いたように見上げてくる王馬に、百田は一言、熱っぽいトーンを隠せないまま告げたのだ。
    『今日、抱いてもいいか』——と。

     目を丸くする王馬と暫く視線が合い。その無言を肯定と受け取ってもいいのかと、百田が王馬の寝巻き代わりのパーカーに手を掛けようとした所で、王馬の手がすっとそのパーカーの内側に伸びたのだ。動揺して百田が手を引っ込めたのも束の間。そこから覗いたのは銃口では無かったが、それよりもタチの悪い代物だった。——件のICレコーダー。その画面表示を見て、百田が状況を認識した途端、王馬の瞳は丸い満月から、薄気味悪い程に細い三日月に変わった。そして話は冒頭に遡る。

    「あんな分かりやすい目線、勘付くよそりゃ。そんなバレバレの戦術じゃオレの部下は務まらないね!」
    「う、うるせーな! 大体テメーの部下になる気ねーよ! くそ、こんな事なら言わなきゃ良かっ……あー……」
    「……そこで言い切れない辺りが甘いよねえ」
     言い掛けて濁した百田に対し、王馬は鼻で笑う。それに苛立ちを感じつつも、百田が濁したのには理由があった。百田は、王馬の性質をうっかり取り零した衝動的な行為に後悔は覚えつつも、発言自体は後悔していなかった。最初こそ負けを認めるようで癪だったが、言ってしまった今、百田の中にその類の感情は意外にも生まれなかった。
     或いはこれは、何らかの宣言にも似ているのかもしれない。

     とは言え、王馬が百田を揶揄い混じりの視線で見上げてくるのは変わらない。どうにか鼻を明かしてやりたくて、百田は苛立ちの中で吐き捨てる。
    「ちくしょー……! もう、いっそこのまま録音続けてテメーの喘ぎも録……いやドン引いてんじゃねーよ!? 言葉の綾だろーが!」
     ちらりと挑戦的な言葉を零した傍から、王馬がわざとらしく顔を蒼褪めさせるのが分かったので、百田は慌てて訂正する。
    「いや、その発想力は怖すぎるよ、身の危険感じちゃったよ……大体オッケー出してないよオレ!」
    「じゃあどうなんだよ!」
    「売られた喧嘩は買う主義なんだよ!」
    「あーそうだろうなテメーが素直に応える訳が……へ?」
     最早ヤケクソだと言わんばかりに言葉の応酬をする中で、百田は王馬のその言葉に虚を突かれた。てっきり拒否か嫌味が飛んでくると踏んでいたし、実際に声はそのようなトーンだったのに、意味だけが宙に浮かぶ。その一瞬の隙を狙ったように、王馬は百田の胸倉を掴む。その手中にあった筈の録音されたままのレコーダーは行き場を失い、シーツの上に軽い音を立てて落ちた。それっきりの静寂。百田の発声器官が解放される頃には、二人の視線は至近距離で絡んでいた。睨むような、或いは別の感情を内包しているかのような双方の目は、どちらが蛇でどちらが蛙かは図りかねた。
    「……んだよ」
    「ん? 面白いもん見れたからね」
    「……。それを見越してたって事かよ」
    「何の話かなー?」
     ぽつぽつと低く小さく言葉を交わす中で、百田は一つ溜息を吐く。不敵に笑うすみれ色に乗せられたに等しい。漸くここで百田はしてやられた感覚に苛まれた。こうなったら借りは返すしかない。百田の心境の変化を百田の眼差しで感じ取ったのか、王馬はすっとその菫色を細め、口を開く。
    「——で、この後の戦術は?」
    「……バレバレは駄目なんだろ」
    「最低限、上司には共有しとくべきじゃない?」
    「誰が上司だ」
    「ん」
     これ以上喋らせまいとするように、今度は百田から唇を塞ぐ。口腔を探られる感覚に王馬は瞼を下ろしながら、手探りでレコーダーに触れ、録音停止ボタンを押した。その押した傍から、百田が王馬の腕を掴んで引き寄せる。後できちんと回収して消去しなければ——と百田は念頭に置きながら、今は目の前の存在に集中する。王馬が録音を止めたのと、ある意味で目的は同じくするのだろうと百田は直感した。
     ここから先は、一秒だって証拠は残してやらない。
    暮田ミキ Link Message Mute
    2018/10/17 19:43:59

    archive, no archive.

    育成軸。「百から誘うとしたら?」の話。ぎゃいぎゃい喧嘩してる。
    #百王

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    • 魔物が棲むとは云うもので育成軸。ほのぼの、シュール気味。ゆるい、というか妙に気を許してるが故の事故。「大火傷だよどうしてくれんの!」
      #百王
      暮田ミキ
    • "unveiled"本編後、終末旅行。雪の中、二人で寄り道しながらぐだぐだと話してるだけ。"すべては白日の下"。
      本編バレあり。
      #百王
      暮田ミキ
    • シェルター本編後、どこかの奇妙な世界にて。仄暗いけど雰囲気は緩め。麻痺こそが死であるが故に。
      全年齢ですが、性行為を仄めかす描写や直接的単語が含まれます。
      #百王
      暮田ミキ
    • memoria/l本編軸5章裁判前、謎空間。これは儀式だった。
      #百王
      暮田ミキ
    • 残留感覚本編バレあり、本編に関する捏造描写あり。全部キミだったと言えば、聞こえはロマンチックなんだろうけれど、生憎とそんな感覚は持ち合わせちゃいない。
      #百王
      暮田ミキ
    • 2Voyagers荷物を抱え、ふたり、航路を往く #百王
      ※Twitterワンドロ1周年記念企画で書いたものです
      暮田ミキ
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