恋と戦争は告白してしまった。
ほんとはこんなところで言うつもりじゃなかったのに……
いや、もともと今日こそ告白する気だった。
夜景を見ながらロマンチックな雰囲気の中で。
そう。今日のデートは始まってもいないんだよ、まだ!!
どうするの、あたし!!!
「ぁ、の……」
【恋と戦争は】
事の発端はこうだ。
待ち合わせ場所に早く着きすぎて、近くにあったコーヒーショップに入った。
その時のあたしは、一週間かけて練りに練った今日のデートプランをさらりとお復習し、完璧な計画であること改めて確信していた。
それでも時間が余ったから、ぼんやり前回のデートで撮った写真を眺めていた。
中には隠し撮りみたいな写真も沢山ある。
これはあたしのあたしだけの宝物。
ちなみに、どれだけ早く着いたんだっていう突っ込みは誰からも受ける気はない。
ほんと可愛いなー……
この横顔とかすっごい好き。綺麗……
あー……彼女にしたい……
そう思っていた。
思っていただけのはずだったんだけど。
「あなた、意中の方が居らしたのね。」
不意に背後から愛しい声がして振り向くと、びっくりするくらい笑顔のダージリンが立っていた。
彼女がいつからいたのかさっぱりわからない。
「ダ、っ!?」
「今日は失礼いたしますわ。
遊びに出かける気分ではなくなりましたので。」
踵を返して出ていこうとする彼女を、慌てて席を立って追いかけた。
そして咄嗟に帰すまいと腕を掴んだ。
「待って。どうして?」
「どうして?あなたと、二人きりで出掛けるのはいかがかと思いまして……」
掴んだ手が振り払われないことに安心はしたけれど。
言っている意味がよく分からない。
「どういう…?」
「他に好きな方がいらっしゃるのでしょう。
なのにどうして……」
え。あたし……もしかして……
さっきから思ってたことダダ漏れで、それをダージリンが聞いていた?
うそぉ……恥ずかしすぎて死んじゃうよ!!
「違うの。違うから。ダージリン!」
その辺にいたウェイターに紅茶を一杯追加オーダーしつつ、話を聞いてと帰ろうとする彼女を無理矢理自分の座っていた席の隣に座らせた。
その時覗き込んだ彼女は、今にも泣き出しそうな表情だった。
今まで感じたことのない焦燥感と不安感。
気だけが焦って全然頭が回らない。
とにかく誤解を解かなきゃ。
好きなのはダージリンだと伝えなきゃ!
「ダージリン。なにか勘違いさせたみたいで……
謝るわ。ごめんなさい。」
「別に。わたくしには、関係のないことですから。
…お気になさらずに。」
「本当に違うの。違うから。」
目も合わせてくれず、俯いたまま。
今までダージリンと二人でいてこんな空気になったことがない。
正直どうしたらいいのかわからなくて、物凄く戸惑う。
……どうしよう。言わなきゃ。
「ダージリン。あたしの目を見て?」
「いやよ。」
「ねぇ、お願い。」
顎に手を掛け有無を言わさずこちらを向かす。
つーっと涙が頬を伝うのが見えた。
罪悪感に押し潰されそうになったけど、それではだめと自分を奮い立たせる。
そっと、出来うる限り優しく、濡れた頬を掌で拭った。
「あのね……
あたしが好きなのはダージリン。あなたよ。」
「う、そ……」
「嘘じゃない。本当だよ。」
「だっ、て……」
やっと目を合わせてくれた。
言うしかない。
泣かせてしまった責任を取らなくては。
「好き。好きだよ、ダージリン。
あたしの彼女になってください。」
気が遠くなるくらいの間。
見つめ合ったままダージリンは何も言ってくれない。
この妙に長い間に、あたしは冷静さを取り戻した。
そして気付いた。
告白してしまった。
ほんとはこんなところで言うつもりじゃなかったのに……
いや、もともと今日こそ告白する気だった。
夜景を見ながらロマンチックな雰囲気の中で。
そう。今日のデートは始まってもいないんだよ、まだ!!
どうするの、あたし!!!
「ぁ、の……」
声を掛けたら彼女は、ハッとするように瞬きをパチパチとして、そっと視線をあたしから外した。
なんか急に変な汗が……
急に激しい喉の渇きを覚え、冷めきったコーヒーを一口啜った。
つもりだったが、いつの間にか置かれていた紅茶を飲んでいて驚く。
あたしのじゃないよ、これ……
「返事は!あの!その!えっと……
い、急がないからね!!
き、今日は…解散、しましょうか?」
頭をフル回転させて導き出した答えは、逃げることだった。
あくまで彼女に主導権を握らせる形で。
お互いにこれでいいはずと自分なりに納得したつもりだったのに。
すると黙りこくっていた彼女が、再び泣き出してしまった。
「ケイさ……な、で…どうし……」
「ちょ、ダ、…え?」
「ここで……わたくし、ひと……の……」
どうやらひとりにするなと訴えているようだった。
もはやあたしはどうしたらいいのかわからない。
「ご、ごめん……
置いてかない。一緒にいるから。
ダージリン、泣かないで……」
よしよしと小さな子供をあやしている気分になりつつ、持っていたハンカチで涙を拭い続けた。
落ち着いてきた頃合いを見計らって改めて訊ねた。
「ダージリン。あたしはあなたが好きよ。
ライクじゃなくて、ラブの方。
あなたは、あたしのことラブの意味で好き?」
「訊くまでもないでしょう…ケイさん……
ずっと、ずっとその言葉を待っていましたわ。」
「じゃあダージリン、つまり、その……」
「何度も言わせないでいただきたいものね。
お慕いしております、貴女を。」
考えるよりも身体が先に動くってこういうことらしい。
あたしは場所もわきまえず、無意識の内に彼女を思いきり抱きしめていた。
「好き、好きよ。ずっと言いたかった!」
「……ケイさん。」
「ご、ごめ……!」
慌てて彼女と距離をとる。
その時視界に入った表情は少し嬉しそうに見えた。
「折角注文していただいた紅茶が冷めてしまいましたわね。」
「あ、それ……さっきちょっと飲んじゃったからオーダーし……」
あたしの言葉を無視して一口。
そしてカップを片手にお決まりの格言ポーズ。
「ケイさん。こんな言葉を知っている?」
さっきまで泣いていたとは思えないいつもの口ぶり。
「All’s fair in love and war.」
「え?」
「いえ、なんでもないわ。」
彼女がくすっと笑った気がした。