HYPNEROTOMACHIa1こんな事なら医者になればよかったとデンゼルは後悔した。今も後悔し続けている。
それがおこったのは、久しぶりに家族でご飯を食べようと、休日のセブンズヘブンにみんなが集まった時だった。
デンゼルはWROの軍隊に入って三年が経っていたし、マリンも大きくなってバレットの仕事場とセブンヘブンを行き来する毎日をおくっており、
クラウドとティファと言えば全然変わらなかった。ティファはますます綺麗になるし、クラウドはデンゼルから見てもちょっと異様なくらい外見の変化がなかった。
最初に出会った時のまま、少しも色あせていない。子供でも出来ていれば変わったのだろうか?以前クラウドとティファに聞いた事がある。
二人はさ、俺がいるから子供が作れないんじゃないの、俺のせいなんじゃないの。
二人はびっくりした様な顔をして、目を合わせた。それから困った様な笑顔のクラウドが違うよお前のせいじゃないとデンゼルの頭をなでた。
そっか、デンゼルは知らないんだったね、ごめんねそんな事で悩ませて、ごめんね、いつかは話さなきゃいけないって思ってたんだけど...
ティファも笑ってデンゼルを抱きしめて、そうじゃないと言った。クラウドは、俺の体はな、ちょっと特殊なんだ。と言った。
それからとても真摯な顔になって、デンゼルはソルジャーって知ってるか?と聞いた。
そうか、知ってるか。じゃ、俺の目の事も分かるだろう。うん、そうだ。でもそれだけじゃ子供を作らない理由にはならないよな。
俺はな、ソルジャーじゃないんだ、うん、殆どソルジャーみたいなもんなんだけど、決定的に違う所があるんだ。検査して分かったんだ。だから子供が作れないんだ。
詳しく話したい所なんだが、それは長い長い話になるし、お前に話すには...とても勇気がいる。お前がもう少し大きくなるまで、そうだな16になるまで、話すのは待ってくれないか。
とても不明瞭な言い訳だった。デンゼルは頭の中に沢山の疑問符が浮かんでいたけれど、クラウドの真摯な態度に押されてひとまずうんと頷いた。
クラウドとティファはありがとうデンゼルと言ってまた頭をなでてくれた。それからデンゼルが16才になって、クラウドとティファは本当に何もかも包み隠さず、
詳らかに事の次第をデンゼルに話してくれた。ティファのされた事、切り殺された父。焼かれた村。クラウドのされた事、実験。S細胞。ジェノバの細胞の中でも特殊なそれは母体と子供にも影響する。だから子供を作ってはならない。
それから、二人がした事、テロ、七番街、メテオ。セフィロス。エアリス。ホーリー。すべて。
デンゼルは泣いた。激高してクラウドにつかみ掛かって、あらん限りの罵声を浴びせて罵り、何も言わないクラウドに更に気が高ぶって馬乗りになって殴りつけようと拳を振り上げた。
クラウドは抵抗しなかった。殴っていい、お前はそうしていい、俺を八つ裂きにしてもいいんだ。お前はそうする権利があるんだ。と言って指の腹で優しく涙を拭ってくれた。
だがデンゼルはクラウドを殴りつける事が出来なかった。そうするには余りに彼は賢すぎた。自分が16才になるまで、クラウドがこの話を黙っていた意味を、デンゼルは理解していた。
デンゼルがもう二人と一緒に居たくないと思うなら、自分の力でこの家を出て行ける様になるまで、復讐したいと思うなら、自分の力で殴りつけ痛めつけられる様になるまで、
そのために、クラウドはデンゼルに今まで話をしなかったのだ。それがクラウドの、デンゼルに対する優しさだった。
それに、今まで二人がデンゼルにしてくれた事、与えてくれた愛は、罪滅ぼしの為なんかじゃない事、ましてや同情なんかじゃ無い事を、ちゃんとデンゼルは分かっていたのだ。
だから二人がした事を話されても、まだデンゼルはクラウドが大好きだった。ティファが大好きだった。
それからデンゼルはセブンズヘブンを飛び出して短い家出をした。頭では分かっていても、感情はどうしようもなかったのだ。さっきは抑えられたけど、
その場にいたら、本当にクラウドをズタズタにしてしまいそうだった。
デンゼルは堪らず走り出した。今はとても二人のそばにはいられない。
セブンヘブンが見えなくなるまで走って、ふと立ち止まると、デンゼルは自分がちゃんと財布と携帯をもって来ている事に気がついた。
こんな時まで理性的な自分が呪わしかった。家出するなら財布はともかく、携帯まで持ってくるのはどう言う事だ。これではまるで帰って来いと声を掛けてもらいたいみたいじゃないか。
いや実際そうだったのだろう。さっきあんまり怒ったので色々と酷い事を言った。言ってはならない事まで言ったと思う。例えば話に出てきたクラウドの親友の事も馬鹿だ無駄死にだとか言ったと思う。
クラウドは凄く悲しそうな顔をして真っ青になって歯噛みしたがそれでも反論せずに黙っていた。デンゼルは深くクラウドを傷つけたのだ。
それでも帰って来いと、待っていると言って欲しいと言うのだから、お笑いぐさだ。甘えているんだ。16にもなって。クラウドは16才で軍隊に入って働いてたって言うのに。
それに比べて自分は何をやっているんだろうか。七番街が破壊されたのはクラウド達のせいばかりではない。確かにテロは悪い事だった。でも神羅だって悪かった。みんなみんな悪い。
誰に責任があるんだ?テロを計画したバレットか?支柱爆破のスイッチを押したレノか?いや、少なくとも誰か個人のせいじゃない。それを分かっているのに、こんな風に拗ねて。
携帯を見ると、クラウドからメールが入っていた。内容は二言「ごめん、待ってる」。飾り気の無い、簡素な文面。クラウドはいつもそうだ。本当は沢山言葉を伝えたいのに、こんな風に遠慮して、
怖がって、自分の中で何度も何度も推敲して、推敲しすぎて結局言葉は必要最低限の、ぶっきらぼうでそっけないものしか残らない。でも今はその簡素さが嬉しかった。
結局一週間して、財布の金が尽きた所でデンゼルはセブンズヘブンに戻った。ティファは毎日電話をかけてくれてクラウドは毎日どうしているかメールをくれた。でもデンゼルはそれらには一切返事をしなかったので、
少々バツが悪かったが、ドアベルをそっと鳴らしてセブンヘブンの扉を開けると、ティファとクラウドはすっ飛んで来てデンゼルを迎えてくれた。ティファは涙声でお帰りと言った。
クラウドもちょっと目が潤んでいるみたいで、鼻声でよく帰って来てくれたな、入れ、入れ、とデンゼルを促した。
そんなこんなで家出騒動は収束した。でもこの話で重要なのはデンゼルが家出した事じゃない。ううん。とデンゼルは思う。重要では無かったけれど、ヒントだった。ターニングポイントだった。
デンゼルは本当はあの一週間で人生を見つめなおす必要があったのだ。クラウドの過去。実験。その弊害。ずっと前にジョニーに言われた事。「誰かの痛みをずっとさすっていられる男が、これからは必要だ」
馬鹿にしていたけどその通りだった。デンゼルは軍隊になんか入らなきゃ良かったのだ。誰かを殺して誰かを守るそんな荒っぽい守り方じゃなくてもっと、もっと細やかに、誰かを癒せる男になれば良かったのだ。例えばそれができる科学者か、医者になれば。
他でもない、愛する養い親、クラウドの為に。
事件はその食事会の準備中突然おこった。予兆は無く突然に...とその時はみんなそう思ったが、本当の所そうとは言いきれない。今から思えば、計画的とすら思えるタイミングだった。
もしかしたら、もうずっと長いスパンで予兆はありつづけて来ていたのかも知れない。誰も気がついてやれなかっただけだった。巧妙に隠されすぎて、気がつけなかったのだ。クラウド本人にでさえ。