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GALLERIA[ギャレリア]は創作活動を支援する豊富な機能を揃えた創作SNSです。

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    さよならをうたうための序章一日目幕間二日目の朝二日目の夜一日目

     肌寒い空気に体を震わせて、しんと眠りについている廊下を歩く。歴史を感じさせる焦げ茶色の木々が家を支える柱になっている。壁もまた、くすんでいて時間の経過を感じさせた。
     今、この屋敷に住んでいるのはアーサー、一人だけだった。家族である長女モルガンと父、ウーサーはで死亡。この家に引き取られる前に家族だった人々もすでにこの世にはいない。
     家の子であったとウーサーの遺言が出て来たため、反対する親族を納得させて、アーサーは魔術師の家系であるペンドラゴン家の当主についた。元々、英国から冬木の大聖杯の研究をするために移住してきた魔術師だ。しかし、分家の多くがイギリスに拠点を置いており、結婚相手も向こうで見つけることが多い。なので、日本人というよりも英国の特徴が現れている。この家の血を引いているアーサーもそうだ。
     アーサーは冷たい水で顔を洗って、鏡を見る。完全には青年になりきれていない英国人男性の顔が鏡に映っているだけだ。
    (僕はこんな顔だったっけか……?)
     顎を擦り、自分の輪郭を確かめるように顔を擦ったが、確かに自分の顔だと再認識するだけ。寝起きでぼんやりとしているのだろうと、キッチンへ向かった。
     アーサーは冷蔵庫の中身を見て、何が作れるかを考える。卵を3つ、厚切りベーコンを一ブロック、野菜を取り出した。作る献立はスープとオムレツとサラダとフランスパン。
     朝練がないので、朝食はいつもより少なくても大丈夫だ。あまり、食べ過ぎると食費だけで生活費や研究費を食いつぶしてしまいかねないので、残された資金相談が必要だった。
     大きめに材料を切り、鍋に入れて似ている間にオムレツを作ってしまう。
     二つ皿を取り出そうとして、手を止めた。
    (片方はベーコンを少なめに……って、ああ、今はもう一人なんだけ……いい加減この癖を直さなきゃな……)
     苦笑しながら一枚の皿を元に戻して、自分の皿にオムレツを盛る。
     黒猫の顔が書かれたカップを手に取って、お茶を淹れて、食事を始める。味気なさを感じるが、いつものことだ。ケイやエクターと共にいた頃はよく彼らと取っていたがウーサーに養子として引き取られてから、一度も彼らと食事をしたことはないので、一人の食卓には慣れた。
     義務的な食事という行動を済ませて、鞄と竹刀を持って家を出る。今日は朝練があり、主将であり部長でもあるので、遅刻をするわけにはいかない。ましてや、最近は新都のほうでガス漏れ事故のため人が倒れている事件が立て続けに起きているため、帰宅時間を早められて、練習する時間が取れなくなってきている。
    (そろそろ、僕もサーヴァントを呼ぶべきなのだろう)
     その事件が聖杯戦争によって、呼ばれたサーヴァントの仕業である可能性が高い。だったら、それを止めるためにも自分も参加を早めるべきだと思った。
      学校に到着すると人はまだまばらで、朝練する生徒たちがいるくらいだ。部活の準備を始めているところもある。特に変わったところはなく、危険は何もないとひとまず安心して、道場に向かい、アーサーは歩き出した。
     道場にはまだ、誰もいなかったので、道着に着替えて、軽く運動をしてから、竹刀で素振りを始めた。
     本来ならば魔術師として必要のないものだが科学技術が変化し、魔術師ありようも変革を迫られているというのを建前に、気分転換にとケイが薦めてきたのだ。自分にあっていたようで、魔術を研鑽する間に気分転換を兼ねて続けていた。
    (ケイだけでなく、アンブロシウスにも稽古をつけてもらったような気がする)
     後見人の男の顔を思い出して、アーサーはくすりと笑った。今頃、何をしているのだろうか。
    (……竹刀が軽い)
     最近は、練習のせいかもあって、筋力がついてきたのだろう。竹刀の重さが軽いと感じるようになっていた。
    「おはようございます。アーサー部長。今日も早いですね」
    「ああ、おはよう。アルトリア副部長」
     アーサーが素振りをしていると、副部長のアルトリアが道場へ入ってきた。  アルトリアはアーサーと同学年で別のクラスだったが、剣道部の部室で初めて出会ったとき、兄妹と間違われるくらいには似ていた。養子だったことも、同じだった。
     部長の推薦すらどっちがなるかで部員が半々にわかれてしまったときにはお互い顔を見合わせたものだった。そして、アーサーが部長なのもアルトリアが副部長なのは、最終的にじゃんけんで決めることになった結果だからだ。
     アルトリアと共に素振りをしながら、朝練開始まで待った。
     朝練が終わり、予鈴の少し前に教室に行く。窓側の席にアーサーの席はある。席に鞄を置いて、席につく。ざわざわとしたクラスメイトたち、愛すべき平穏なのに何かが足りないと思うのは贅沢なのだろうかとアーサーは頬杖をつきながら、教室の様子を見守っていた。
    「えーここは過去形になるのよ。間違えないでね」
     明るい大きな声が教室中に響く。英語担当の藤村大河は活発で明るい女性だが、時々困った癖が出るが良い先生であるとアーサーは思っている。アルトリアのクラスの担任教師で、よく、アルトリアの家に遊びに行っているらしい。
    (遊びにというより、襲撃らしいが……。確かに虎の着ぐるみが合いそうだ)
     失礼なことが頭の端をよぎった気がするが、アーサーはいつも通り授業をこなした。予習して来たところなので、戸惑う箇所もなく、ノートを丁寧に取る。窓の外からは体育の授業をしている生徒たちの声が聞こえた。平和そのものである風景に安心と寂しさを覚えながら、アーサーは窓の外に視線を向けて、すぐに戻した。

     授業が終わって、帰宅準備を始める。今日は部活が休みだ。聖杯戦争に参加する合間はあまり、近寄らないほうがいいだろうとアルトリアにぼかしながらも事情を話して、しばらく参加出来ないことを伝えた。アルトリアは珍しいですねと驚いていたが、アーサーの雰囲気から察して余計なことは聞かなかった。彼女が副部長でよかったとアーサーは感謝し、顧問の先生にも伝えたので、問題はないだろう。
     アーサーは帰宅したあとの予定を思い描きながら、教室を出た。
     長い廊下の向こうから一人の女子学生がきょろきょろと周囲を見回しながら、アーサーの元へ歩いて来る。
    「アーサー、マシュ見なかった?」
     アーサーと比較的、仲がいい女子学生、藤丸立香がいた。燃えるような夕日のような髪と強い意志を秘めた目が特徴的な女の子。いつの間にか人の心にするりと入ってくるのが得意な子でよく色々な人と話している。一年のときは同じクラスだったが、二年では別のクラスになってしまったが、こうして、親しげに話かけてくるところは変わらない。
    「いいや、見てないな。今、ホームルームが終わってすぐなんだ。探すの手伝おうか?」
    「ううん、待ち合わせ場所決めてるし。出来るなら、早めに会いたかったから、知ってたらいいなって程度で聞いただけ。じゃあね、アーサー」
    「さよなら。立香」
     仲のいい後輩を探す立香を見送って、アーサーは剣道場へ向かった。彼女の背中を見て、眩しくもあり、悲しいものを見るような不思議な気持ちを心の端に残したまま。

     家に帰宅すると、その瞬間を見計らったようにじりりりりと電話がなった。アーサーは古びた型のアンティークな電話の受話器を取って、耳に当てる。自分に似た声で陽気な挨拶が聞こえて来た。
    『やあやあ、元気かい? アーサー。ずいぶんとこんがらがって面白いことになってるようだね。うんうん、恋する女の子は実に偉大だ。でも、とある小説家が言ったら三文劇だと悪態をつきそうだけどね。僕も近くで見たいんだけど、どうやら、そちらへ行くのはやっぱり、無理そうだから、こっちから応援してるよ』
    「アンブロシウス。これから、聖杯戦争が始まるから、こちらにくると危ないよ。すでにこっちではその予兆がある」
    『……ああ、そうだね。そういえば、その家に温室があったはずだ。そこを拠点するといい。それじゃあね。また近いうちに、会おう』
     一方的に喋って、アンブロシウスはがちゃんと電話を切った。アーサーは慌ただしいアンブロシウスに苦笑する。会おうというのも珍しい。
    (だって、少し前に……いや、会ったのはかなり前か……)
     世界中を飛び回っているはずの魔術師であり、アーサーの現在の後見人だ。人を振り回すのが得意でありながらも、時に母親や父親のようにアーサーを教育した。現在はロンドンにいる。いつ、帰ってくるのかわからないが、ひょっこりと顔を出すのだろう。
     アーサーは部屋に戻り、屋敷の鍵と儀式用の道具を持って、階段を降りてアンブロシウスに言われた温室を見に行こうと思った。アーサーの記憶の中ではあそこはこの地を買ったときからあって、何らかの術がかかっているのか、下手に壊したり出来ずに、鍵があっても錠が錆びてて奥まで入らないのか。鍵かかったままなので、中に入ることすら出来ないので放置されていた。きっと、中は手入れがされておらず、蔦や木々が伸びっぱなしで荒れていたはずだ。
     アーサーが裏口のドアを開けようとした途端、ぴりっと、肌に電流が走り抜ける。結界が破られたことを感知した。
    (泥棒というわけでもなさそうだ。奇襲? ……まだ、人数が揃っていないし、僕が聖杯戦争に出ることはまだ知られていないはずだ。考えられるのは、魔術師の魂食い目的か)
     感知した方向は西のほうだ。自分の魔術工房に行けば、鉢合わせる可能性が高い。それだったら、このまま、温室で儀式をしてしまったほうがいい。幸い、トランクは手に持っていた。それに庭園の脇を駆け抜ければ人が少ない路地に面している。いざとなれば、逃げることが出来るようになっているが、残された記録を見るかぎりサーヴァント相手に難しいだろう。
     アーサーは裏口から温室の入り口へ出ようとした瞬間、ぎゅっと心臓を掴まれるような違和感を感じ、体を傾けさせて、後ろに飛んだ。
    「……人の家に上がるときぐらい、呼び鈴くらい鳴らしたらどうだい? ずいぶんと、礼儀の無いお客様のようだ」
    「どうして、気づいた? ちゃんと、気配は遮断していたのに」
     褐色をした白い髑髏の仮面を被った少女が天井の影の中からすっと現れる。しなやかな体を持ち、音もなく現れる様子はまるで、死神のようだった。
     彼女と相対した瞬間、一瞬で彼女が相当な手だれであり、アーサーは時間稼ぎすら許しては貰えなさそうだと直感した。
    「けれども、大丈夫。次はちゃんと外さない」
     クナイのようなナイフを両手に持ち、死神が投げようとした瞬間、魔術を発動させ、更に後ろに後退したが、攻撃を避けることに必死になりすぎて、後ろには閉じられた庭園の扉があることを忘れていた。
    (扉が!! くっ!!)
     アーサーが扉に激突した瞬間、錠ががちゃりと空いて、体が中に転がる。雑草がクッションの役割を果たしてくれて、強く体を叩き付けられずに済んだこと幸運だった。そして、開かなかったはずの錠が開いたことも、ちょうど、誰が残したのかわからない魔法陣が残っていたことも。サーヴァントに追われている今のアーサーには、出来すぎた幸運だったことに気づかない。
     壊れた扉に魔力を通して、光の剣を何本も差して檻のように入り口を塞いだ。少しは持ってくれと祈りながらアーサーは呪文の詠唱を始める。
    「素に銀と鉄。礎に石と契約の大公。祖には我が大師シュバインオーグ。降り立つ風には壁を。四方の門は閉じ、王冠より出て、王国に至る三叉路は循環せよ」
     静かに魔法陣が呼応し、赤い光が線の上を走り始めた。
    「閉じよ。閉じよ。閉じよ。閉じよ。閉じよ。繰り返すつどに五度。ただ、満たされる刻を破却する」
     かんかんと外から、扉を破ろうとする音が鳴り始める。
    「————Anfang」
     じわりと熱くなった体の中のから魔力が失われていく。
    「————告げる」
     ばちっという扉が破られる音がして。
    「告げる。汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うなら応えよ」
     かさりと侵入者が足を踏み入れる音がして。
    「近いを此処…」
    「させない」
     ひゅっと風を切る音と死神の死刑宣告が下された。
    (間に合わなかったか!)
     詠唱の途中で、目を閉じた瞬間、まばゆいほどの光がアーサーから溢れ、庭園を包んだ。わずか数秒のことだったが、アーサーの感覚ではそれよりも長くに感じられた。
     まばゆい光の中から白いローブをきた女性が、アーサーの元にふわりと舞い降りた。色とりどりの花びらが舞う中で自分の元に舞い降りた彼女は妖精のように見え、呼吸が止まった。
     濡れ羽色の艶のある背中で切りそろえられた髪。晴れた海の底を切り取った色の瞳。整った大人の女性の顔立ち。その瞳に自分が映し出されたことにアーサーは魂が震えたような気がした。
    「あなたが私のマスターですか?」
     落ち着いた声がアーサーに向けられる。その声を聞いた瞬間、色々な感情が胸から溢れ出てきた。
    「……×××」
     胸から溢れた思いが、口から出たが言葉は音にならず、何かにかき消されて消えた。けれども、彼女はアーサーの姿を見て、音にすらならなかった言葉を拾ったようで、愛おしむような困った子供をみるような微笑みを讃える。
    「私はキャスター。あなたを護るサーヴァントです」
     ローブの女性。キャスターは太陽の日差しのように穏やかに笑って、そう告げた。
     キャスターと名乗った彼女との邂逅は永遠にも似た一瞬だった。しかし、そんな空気も現状の状況が許してはくれなかった。
    「詳しいことは後でみたいですね」
     キャスターと名乗ったローブの女性は温室のドアのほうに向かって視線を向けた。風圧で吹き飛んだ死神が起き上がって、召喚されたサーヴァントを観察しているようだった。アーサーは彼女を召喚したことで、一瞬、状況を忘れかけたがまだ、自分の危機は去っていないのだ。
    「少し後ろに下がってて」
    「けど……君は」
    「大丈夫です。貴方のサーヴァントだもの」
    「そういうことじゃ…!」
     心配するアーサーを宥めるようにキャスターは笑う。そして、天に向かって伸びる木のような杖を横に凪ぐように振るって、剣に変えて死神が投げたナイフを全て撃ち落とす。ナイフは地面にちらばり、キャスターはナイフを落ちたナイフを見て相手が目くらましに投げたことに気づく。
    「しかし、こういうことは、あんまり得意じゃないんだけどね……」
     ふぅと小さくため息をつき憂鬱な様子だが、彼女は警戒し戦う姿勢を崩さない。彼女の後ろ姿を見ながら、アーサーはなんだかもどかしい気持ちになる。自分は魔術師であり、サーヴァントを戦わせるのが聖杯戦争という魔術儀式だ。それになのに、彼女に自分はこうして守られているのだろうと言う矛盾した気持ちがよぎり、アーサーはぎゅっと拳を握った。
    「その姿と、気配の消し方。アサシンのサーヴァントですか」
    「……」
     無言を肯定と取ったのか、キャスターは言葉を続けた。
    「ここは一旦、引いてくれませんか? 貴方には分が悪いでしょ?」
    「撤退の命は受けていない」
     アサシンはナイフを構え直す。
    「簡単に引いてくれるとは思ってなかったけどね。それなら、こっちもやるしかないか」
     キャスターは杖を構え直して、アサシンと対峙する。お互いが少しでも動けば、戦いの火ぶたが切って落とされる。息をつくことが出来ぬほどの張りつめた空気を壊すのはどちらかなだけだ。
     それをやぶったのは意外にも、キャスターだった。
    「capture」
     杖をこんと軽く地面に叩き付ける。魔術を行使するにはあまりにも短い動作。地面の植物が蠢いて、生き物ようにアサシンに襲いかかる。アサシンは素早い身のこなしで、踊るように己の肉体を捉えようとする植物を避けて、キャスターの元へ近づいてくる。
    「al…ぐっ!!」
    キャスターの口が動き始めた瞬間、彼女の元へナイフが飛んで頬をかする。アーサーはキャスターの詠唱が一瞬、遅れたように見えた。すっと一筋の赤い筋が出来て、最初は一つだった深紅の玉が連なってくっつく。
    「そんな体で勝てると思うのか?」
     懐に入ったアサシンはキャスターの喉元に向かって、刃を突き立てようとするが、キャスターは杖を思い切り、腕に叩き付けた。あまりも雑な動作にアーサーは驚いた。
    「ぐっ!!」
     雑な攻撃も計算に入れてのことだったのか、青々とした蔦がアサシンの足に絡み付き、太い木へ叩き付ける。アサシンの軽そうな体は木の幹からずるりと地面に落ちた。
    「まだ、やります?」
     アサシンはキャスターの問いかけに答えず、一瞬、虚空へ視線を向ける。キャスターは彼女の視線を追わず、アサシンを観察していた。
    「……貴方の状態は把握した。一旦、引かせてもらおう」
     分が悪いことを察したのか。また、別の動機か。きっと、後者なのだろうとキャスターは戦いながら分析した結果を出す。このまま、戦い続ければ、完全に負けるのは調子が整っていないこちらだ。
     キャスターはアサシンが消えた。
    「見逃されました」
    「!?」
     キャスターはアサシンが去ったあと、そう批評した。つまりはアーサーとキャスターはいつでも潰せると判断されたということだった。
    「キャスター……。君、もしかして、調子がよくないのか?」
    「ん、大丈夫って言いたいところだけど、少し体に毒が回ってるみたいです。これくらい大したことありませんよ。昔はよくあった傷ですから」
     彼女の形のいい顔に深く切れていて、ぽたぽた真っ赤な血が足れて頬を汚している。
    「よくあったって…君はどんな……っっ!」
     キャスターの過去を問いつめようとした瞬間、ずきっという頭痛がして、体中から力が抜けてふらりと体が傾く。予想以上に緊張してたのだろうか、いや、そんなことはなかったはずだとアーサーは自分への疑問に答えを出す。
    「えっ、ちょっと!」
     アーサーの意識がなくなる前に、キャスターの焦る声を聞いた。また、同じ失態を繰り返してしまうと謎の焦りを感じたまま。
    幕間 

    金色の髪、青い目を持った黒服の女性と対峙している。薄暗い神殿の中で骨の剣士たちが剣や槍を持って、自分を威嚇するように取り囲んでいた。隣にはフードを被っている小柄の少年がいるが、自分よりも前にいるために顔は見えない。けれども、なんとく、自分に似たような、もしくは臆病になってしまった誰かを思い出せるような空気を纏っていた。
    「あなたも王の復活を望んでいるのではないの?」
    「……あのことを調べてたのは、そういうことだったのね」
    「その子を使えば、それも可能なのに?」
     びくりと肩を揺らす。少年の動揺を把握している自分は、ぽんと肩を抱いて、引き寄せた。
    少年はふっと顔を上げて、自分の顔を見る。少年を安心させるように笑ってから、告げる。
    「この子は、弟子よ。弟子を差し出す。師なんていないわよ」
    「師匠」
     少年が感動したような声を出す。アーサーは少年の声を聞いた瞬間、驚愕した。なぜなら、彼の声は自分の幼いときと同じ声だったからだ。
    「そう……じゃあ、貴方はいらないわ」
     黒服の女は能面のような顔を浮かべて、手に持っていた黄金と木で来た杖を構えた。
     自分も少年も女や周囲の骨の兵がいつ攻撃してもいいように構えた。
     続きが気になるところで、ざっとノイズが走った。そして、突然、場面が切り替わる。夢はいつだって脈絡がない。いいや、魔術的には意味があるんだっけかとアーサーはぼんやりと考える。
     アーサーが考えている合間に、次のシーンが始まっていた。夜の街を白いフードを着た女性と歩いていた。キャスターだった。橋に差し掛かろうとした瞬間、大型犬サイズの白い獣がどこからともなく、現われ始めた。その中心にはシスター服を着た女性が立っている。
    「ここから、先は通すわけにはいきません」
     シスター服についている銀の指輪をネックレスにしたものが翻る。トップについてるのは青い石。誰かの瞳を思い出させるような深い蒼だった。
    「あなたは!」
    「これ以上は知る必要のないことです」
    「そうもいかないのよ!」
    「待って、××!」
     キャスターの肉体が引き裂かれて、吹っ飛ぶ。アーサーも白い獣に飛びかかられ、目の前がまっくろになった……。
    二日目の朝
    次にアーサーが目を覚ましたとき、初めて見たのはダークグレーに染まった天井だった。時計を見ると朝の6時を差している。
    「……」
     昨日はまだ、夕方だったはずだ。アーサーは数時間前のことを思い出して、自分がなんでベッドに寝ているのかを思い出した。
     キャスターが運んでくれたのだろう。自分の不甲斐なさにため息をついて、ベッドから起き上がった。今日はどちらにしろ、学校は休んだほうがいいだろう。
     パジャマを脱いで、着替えようとして、鏡に映った自分を見る。胸には3つの形から作られる剣のような真っ赤な令呪が浮かんでいて、昨日のことは夢じゃないことを示していた。
    (あれ、そういば、彼女は……?)
     霊体化しているのだろうか、姿が見えなかった。
    「キャスター?」
     そっと、呼びかけてみるが、どこからも返事は返ってこない。もしかしたら、この周辺の様子を見に行ったのかもしれない。
     アーサーは彼女はどんな人物が知らないけれど、守ると言った。真っ直ぐな目と言葉には何の嘘も感じられなかった。
    (呼ぶ必要もないだろう……いざとなったら令呪がある)
     屋敷のどこかにいるのだろうと、アーサーは起き上がって、部屋を出た。そして、大広間に続く階段を降りると、キッチンダイニングからいい匂いが漂ってきた。
     アーサーは気になって、匂いの元へ向かった。
    「キャスター? ここにいるのかい?」
     白いローブではなく、パーカーとジーンズの動きやすそうな服を着たキャスターが紅茶を椅子に座って飲んでいた。
    「おはようございます。体のほうは大丈夫ですか? あっ、着替えるところは見てないですよ」
    「大丈夫だけど。いや、そうじゃないだろう。君こそ大丈夫なのか?」
    「ん? 大丈夫ですよ。 貴方が寝ている間に毒抜きして、リハビリに朝食作ったんですが食べます?」
     白い湯気が立っている食事が置いてあった。目玉焼きはアーサー好みのターンオーバーになっている。
    「……食べるよ、けど、僕は君を使用人にするために呼んだわけじゃないんだから」
    「そりゃそうですよ」
     何がおかしいのかくすくすと笑いながら、キャスターはカップに口をつけた。アーサーが気になったのは違うことだ。
    「それ、僕のカップなんだけど」
     彼女はいつもアーサーが使っているマグカップを使って、紅茶を飲んでいることだけだ。
    「ごめんなさい。目についたものがこれだったんです」
     別のカップに移そうとするキャスターにアーサーはそのまま、構わないよと告げる。
    「その敬語やめてくれないか? なんだか、その……慣れない。それとマスター呼びも禁止」
    「わかった。そうね。こっちのほうがしっくりくる。私も慣れなかったから」
     キャスターはそう言って、喋り方をさらりと変えた。特に敬語に括る理由もなかったようだ。
     アーサーはキャスターの向かいに座って、ランチマットに置かれているシルバーを取る。
    「いただきます」
     アーサーはベーコンとほうれん草のソテーを一口食べる。強すぎないバターの風味とほうれん草にしみ込んだ塩気が絶妙だった。きつね色のトーストを齧ればさっくりとした香ばしさが口に広がった。キャスターは料理が上手いようだった。それだけじゃない、誰かの作った食事は美味しく感じたのだ。
    「この時代の料理作れるんだね。てっきり、君の時代の料理を作ってるのかと思った」
    「聖杯の知識がありますから。一応」
     アーサーの皮肉にキャスターは優しげに懐かしさを滲ませた目で言葉を返す。どうして、そんな目で見られるのかわからなくて、食事に集中することになった。
     穏やかな食卓だった。久しぶりに誰かの朝食を食べたなと思いながら、アーサーはキャスターが淹れたお茶を飲みながら一息つく。
    「では、本題に入ろうか」
     これからのことを決めなくてはいけない。戦いはまだ、始まったばかりなのだから、少しの憂鬱を引きずりながらアーサーは彼女と対話することにした。
    「君の聖杯にかける望みはなんだい?」
    「どうして、そんなこと今、聞くの? もしも、貴方と願いがすれ違っていれば、私は貴方を新しいマスターを得るために売ったりするかもしれないわよ」
     不思議そうにキャスターは尋ねた。確かに、彼女の言っていることは正論だ。けれども、アーサーは彼女が自分を売るとは思わなかった。先ほどの朝食といい、部屋に運んだことを総合的に見ればわかることだ。
    「それは大丈夫だろう。最初に君は僕を守ると言ってくれた。理由はわからないけど、それを信じるよ」
     アーサーの答えにキャスターは不用心ね…と呆れたように言った。そういう君のほうがお人好しだと思うよと呟くようにアーサーが言えば、キャスターに聞こえてたらしく、うっ…否定は出来ない……と嫌そうにぼやいた。
    「そう…ね。私の願いはもう叶ったわ。いいえ、貴方を守って、共に過ごすことで叶う」
    「えっ?」
     そんなに彼女の願いは些細なものなのかとアーサーは疑問に思うと同時に納得した。まるで、彼女は誰かを自分に見ているような気がしたから。きっと、彼女の過去に関係することだろうと思って、少しもやもやする気持ちから目を反らして、アーサーは納得した。
    「ねえ、私からも一つ聞いてもいい? 聖杯に何を願うの?」
     青く透き通った瞳にアーサーが映る。キャスターはアーサーを見極めるつもりだ。こちらが答えを間違えれば、彼女がどんな反応を返すのが少し怖かった。
     魔術師としての答えなら、一つしかない。けれど、ただそうしたくはなかった。自分を守り戦ってくれる彼女に嘘をつきたくなった。
    「何もない。ただ、望むのは聖杯戦争に関わりない人々の犠牲者が少なくすることさ」
     アーサーの答えにキャスターは絶句する。
    「えっ、根源はいいの? 貴方、魔術師よね?」
     目を白黒させて、キャスターはアーサーを問うた。アーサーは変わらず、キャスターを見据えたまま答える。
    「本来なら、根源と言うべきなのだろうけど……生憎、僕はそれよりもこの町の平穏を守るほうが大事なんだ。あまり、サーヴァントの戦いとは実感がなかったけど、君たちの戦いを見て確信した」
     キャスターはアーサーの答えを聞くなり、くすくすと笑い出した。しかも、とても嬉しそうに。
    「やっぱりか……」
    「何か言ったかい?」
     キャスターが後半に呟いたことはアーサーには聞こえなかった。
    「ううん、ただ、変わってるわねって思ったの」
    「君がそれを言うのかい? いきなり、守るっていうサーヴァントも珍しいと思うけど」
    「私はいいんですよー」
     口を尖らせて、つんとすますキャスターはなんとなく、少女のようにも見える。一体彼女はどこの英霊なのか気になった。けれど、まだ、真名を聞く段階ではないだろう。
    「それでは、これからよろしく、キャスター」
     アーサーはキャスターに向かって手を差し出す。
    「こちらこそよろしく、アーサー」
     アーサーに差しだされた手を少し遅れてキャスターは握った。彼女の指は細く繊細な指先をしていた。

    「学校はいいの?」
     キャスターは食器を洗うアーサーの背中に話かけた。どちらが食器を洗うか揉めたが、ここは僕の家だと主張したアーサーにキャスターはふと昔のことを思い出し、引き下がった。
    「今日は休むことにするよ。街を案内しなきゃいけないだろ?」
    「うん……そうね。実際、地形把握は大切ね」
    「むしろ、学校へ行くのは止めないのかい?」
    「……別に。もしかしたら、敵のマスターがいるかもしれないけど、そこは私が姿消しの魔術使うだけでいいし」
     キャスターは私の時は止められたけど行っちゃってたしっと心の中でぼやく。アーサーはキャスターの返答に疑問を抱いた。サーヴァントは霊体化出来るはずだ。なぜ、それをしないのだろうかとほんの少し嫌な予感を感じながら。
    「ちょっと待ってくれ。霊体化すればいいだけの話じゃないか?」
     キャスターはその質問に目を浮かせる。
    「えっとね、ちょっと霊体化出来ないの……召喚が不完全なせいか、いまいちだし……」
    「すまない……僕のせいか」
     アーサーの予感は当たったようだ。あんな中途半端な召喚になってしまえば、何か欠落しててもおかしくない。むしろ、あんな召喚で来てくれたキャスターが奇跡だった。
    「あんなときに暢気に召喚なんて出来ないでしょ。どうせ、戻ると思うから落ち込まないで」
     キャスターはアーサーを慰めつつ、まだ、その時じゃないだけとつけたそうとして口をつぐんだ。
     アーサーはキャスターの慰めを受けながら、彼女が何の英雄か調べてみよう、もしかしたら、力になれるかもしれないと考えていた。
    「で、君はどこの英霊なんだい?」
    「マスターであるあなたには言っておくべきかな……。私はマーリン」
    「……マーリンだって? あのアーサー王伝説の?」
     アーサー王を補佐した、伝説の花の魔術師という言葉が頭をよぎる。けれども、何か違和感がある。そうだけど、そうじゃないという変なズレをアーサーは感じる。その疑問もキャスターが続けて答えた。
    「本当はもう一つの真名も教えたかったんだけど、これも召喚が不完全なせいか記憶がぐっちゃぐっちゃになって、忘れちゃったみたい」
    「待った。色々と呼び名はあるにしても真名は基本一つだろう」
     アーサーが古びた本の知識だったから、もしかしたら、現代と昔の聖杯戦争のルールが違っているのかもしれない。キャスターはアーサーが考えていたことを見透かしたように捕捉した。
    「今回の聖杯戦争は少し特殊なの。だから、前回の知識は使えないとは言わないけどイレギュラーも多いから注意したほうがいいと思う」
    「わかった」
     昔、この冬木の地にあったという大聖杯は解体された。その後、聖堂協会から奪われたものが流れに流れて、他の盗人がこの冬木の地に持ち込んだ際、この土地に根付いてしまったという曰く付きの聖杯。それが今回の聖杯戦争の始まりと言われている。同時にペンドラゴン家がセカンドオーナーになったのもそのときだった。
     食器を洗い終えたアーサーはとりあえず、彼女の工房を作るために、空き部屋の提案を出そうとしたが、キャスターは決めていた場所があるようで聞いてきたのだ。
    「ねえ、アーサー。あの召喚に使われた庭園を工房に使ってもいい?」
    「ああ、構わないけど。あそこでいいのかい?」
     確認の為にもう一度聞く。植物を使う戦い方を見れば、あそこの庭園が適切なのだろうが、あの場は放置されすぎていて、まともに使えるのだろうか。
    「むしろ、あそこじゃなきゃ駄目なの」
     キャスターは強い口調で断言した。他にも何か理由がありそうだなと気づきつつ、アーサーは古びた鍵を手渡した。
    「本当なら、僕の工房の近くでもよかったんだけど」
     アーサーの言葉にキャスターが目を丸くする。今のところでおかしなところはなかったはずだ。
    「えっ、工房あるの?」
    「僕は魔術師なんだからあるに決まってるだろ。そこまで記憶が怪しいのかい」
    「ごめん……なんだか、魔術師っぽくないからつい」
     確かに、魔術師っぽくはないと言われるがそこまでずばっと言われてしまえばアーサーも苦笑するしかなかった。
     アーサーの工房に興味が湧いたのか、キャスターは見たいと言いだした。魔術の腕を見るかぎり、キャスターの見立てなら何か参考になるだろうとダイニングから工房に移動する。
    「アーサーの工房はあのガ…いえ、庭園から逆方向にあるのね」
    「そうだよ」
     廊下を歩きながら、キャスターはきょろきょろと家の守りを見て頷いて、時々、柱や壁に触れる。
    「だから、あのとき、工房に籠れなかった……か。本当にぎりぎりのところで私を呼んだのね」
     地下に続く、階段を降りて、くすんだ飴色の重たい扉を開く。そこには、使い込まれた魔術の工房があった。長い間、引き継いできたのか、どの道具も年期が入っている。
     キャスターにはずっと古くから使ってきて、見慣れた材料が並んでいた。生きた鴉が入っている鳥籠に包丁、禍々しい赤の陣、思い当たる魔術の系統を思い出して、アーサーに尋ねた。
    「あのさ、貴方の使う魔術って…」
    「黒魔術だよ。姉上のほうが得意だったんだけどね。前の聖杯戦争で亡くなって僕にそっちの役割も回ってきたんだ」
     キャスターは眉間に皺を寄せて、頭痛をこらえるような顔になる。アーサーは毒の後遺症でも残っていたのだろうかと心配になった。
    「気のせい? 今、とてつもなく、不可解なことを聞いたような気がしたんだけど」
    「喧嘩を売っているのかい? 黒魔術だ」
     これって、どう考えてもあれよね…とか、ぶつぶつ……とキャスターは何か一人事を言いっていたが、納得したのかアーサーに向かってきっぱりと断言した。
    「全然、似合わない。そんな陰険なことするくらいなら、強化のほうが合ってる」
    「ペンドラゴン家が受け継いできたものなんだ。僕はそのために引き取られたんだ」
     アーサーは何かを自分に言い聞かせるように答える。
     合う合わないで継ぐものが決まるわけでない。それに黒魔術なら、本来は魔術に関してモルガンのほうが勝っていたのだ。しかし、モルガンの根源への研鑽ではなく権力寄りの方向性に向かっていった。危惧したウーサーによって、アーサーが跡取りになるように遺言に記された。
    「はぁ……強情ね。はい、ちょっと、手見せて」
    「ちょっ! キャスター!」
     キャスターはアーサーの手を取って、指先を見る。慌てるアーサーのことなぞ気にせず、キャスターはアーサーの剣ダコのある手を握りしめながら、指先に治癒の魔力の跡を見つけてため息をついた。それだけで、キャスターはアーサーが供物が殺せず、自分の血でまかなっていることに気づいた。
    「……家に伝わってきたものでも、合わないものを無理矢理合わせようとするはただ辛いだけよ。目的に合わせて変えることは悪いことでないわ」
     まるで体験したようなキャスターの言葉にアーサーの手が止まる。彼女もそういうことがあったのだろうか。けれど、マーリンは夢魔と人間のダブルなはずだ。もしかしたら、人と夢魔のダブルの独特な悩みもあったのかもしれないとアーサーは思った。
     アーサーの工房を見終えたキャスターとアーサーはキャスターの工房を作るために、姉と父の残した道具を一つ一つ吟味して部屋から持ち出した。
    「いいの。こんないいもの使って?」
    「いいんだ。出し惜しみして、死んでしまったら元も子もないだろ」
    「そうね、じゃあ、ありがたく使わせて貰う」
     アーサーは強化の術で、キャスターは浮遊の術を使って持ち運ぶ。キャスターが選んだのはフラスコなどのほんの少しの道具だったので、二人で運ぶだけで間に合った。
    「ここはこの家に住んだときからずっとこのままなの?」
    「そうだよ。僕らの祖先がこの地を買って移り住んだときから、ここにあって誰も入れないようになってたらしいんだ。取り壊そうと思ったらしいけど、なかなか強力な結界が貼ってあって、壊すにも壊せなかったらしい」
     朽ちた庭園の前で、アーサーの言葉を聞いたキャスターが寂しげにけれど、幸せそうに笑った。少女のような笑みでもあり、年を取った老婆が思い出を懐かしむような微笑みにアーサーは彼女との距離を感じてしまって、置いてけぼりの子供のような心細い気持ちになる。
    「キャスター。入ろう」
    「うん」
     壊れた庭園の扉を魔術で直したあと、キャスターと共に放置されている庭園に入る。
     この庭園に入るのはアサシンに襲われた以来だった。アーサーは庭園を初めてじっくり見た。雑草が伸びっぱなしで、元々生えていた草と区別がつかなくなっている。壊れて水の出ていない小さなオブジェの奥には埃まみれの二つ椅子のあるテーブル。
     その奥に、まるで伸びた蔦や草が守るように魔術道具が置いてある机があった。古びた机はずっと使われてきたもののようで、至るところに細かい傷、大きな傷など使用されてきた痕跡があった。
    「やっぱり、あった……」
     手が汚れるのも構わず、すっとキャスターは長年の恋人に出会ったかのような顔で机を撫でた。キャスターの様子をちりっとアーサーの胸に何かが擦れてるような痛みを感じた。さっきから、不安定になる気持ちの正体がわからずアーサーはまだ疲れが残っているかもしれないと思い、今日は早く休むことにしようと決めた。
    「——Ivy,rosids,call」
     キャスターが呪文を唱えるとするすると、草花が机から退くように動き、守られていた魔術道具や陣が姿を表す。
    「……これは」
     机の載るものは元素変換術で使われるものが多かった。その道具を手慣れているのか、一つ一つ取って確かめてから、机の埃を吹き飛ばした。
    「さて、始めるか。アーサーはどうするの?」
    「僕も手伝うよ」
    「じゃあ、持って来た道具、並べるのをお願いするわ」
     アーサーはキャスターの指示と使う道具について聞いたり、魔術に関して質問しながら、キャスターの工房制作を手伝った。まるで、アンブロシウスと一緒にいるみたいだなと思いながら、アーサーは自分の中にある暖かな感情を誤認した。
     アーサー王の教育係をしていたというキャスターの教え方はわかりやすかった。必要なものを置かれた工房は荒れ果てた庭園から、美しい庭園に生まれ変わったのだ。神殿のような濃い済んだ空気。しかし、神殿と呼ぶには少し暖かみのありすぎる工房。どこかチグハグな雰囲気にアーサーはアンバランスさを感じるが、不安は感じなかった。むしろ、これで正しいとすら思うのだ。
     工房の準備が整う頃には夕方になっていた。アーサーの予想よりも早く篭城に適した工房が一通り完成した。
    「よし、これで完成。ようやく、ガーデンに戻ったわね。」
    「ガーデン……」
    「そうよ。これが私たち一族の工房。継ぐ誰かに残すために作るもの」
     キャスターは噛み締めるようにアーサーに告げる。アーサーは奇麗になったガーデンを眺めながら、忘れ去れて、封じられたガーデンを思い出し、寂しい気持ちになった。ふいに黒髪に眼鏡をかけた制服の女性が手を伸ばしている幻想が見て、何度か瞬きして、目を擦った。
    「付き合わせて悪かったわ。ご飯の用意するからちょっと、待ってて」
    「君は随分と余裕があるんだな。このあとは外に出ると言っただろう」
     アーサーはやれやれと言った様子で、キャスターに皮肉げに言った。キャスターはアーサーの皮肉を慣れたようにいなす。
    「下ごしらえしても、バチはあたらないと思う。それに私のマスターはサーヴァントに出会ったとしても、戻ってこれないとでも思ってるの?」
    「……思ってないが万が一のことがあるじゃないか」
    「それも含めてのおまじないよ」
     アーサーは仕方なく、キャスターがキッチンに入っていくところを見送った。数分後、アーサーは自分で作ろうと思っていたはずだったことを思い出した。キャスターに口に乗せられて、いつの間にか主導権を握られている。
    二日目の夜
     数分後、下ごしらえを終えたキャスターと共に街へ出た。工房を作っているうちに、夕方になっていた。キャスターはもの珍しそうにきょろきょろと見ている。日本が珍しいのかもしれない。
    「そんなに日本の街並が珍しいのかい?」
    「……いいや、珍しくはないんだけど、ずいぶんと変わった土地だなって思ったの」
     過去、塔からこの地で起きていた聖杯戦争を見ていたとキャスターは言った。遠見の術を使っているのか、もしくは魔眼の持ち主なのだろう。
    「龍脈がここは多く走っているんだ」
    「それもあるけど……まるで、蜘蛛の巣みたいね」
     街を見下ろしながら、彼女は言う。何を彼女が見ているか、アーサーには見当もつかなかった。今の彼女は世界がどう見えているのか気になった。
    「ん?」
     双子の弟と後輩の様子がビルの下にあった。桃色の髪の少女と黒い髪の少年が振り返って、ビルの上にいるアーサーたちを見た気がした。アーサーは一歩下がり、キャスターと共に壁の影に身を潜める。
    「どうしたの?」
    「今、同級生たちと目があったような気がしたから」
    「魔術師ってわけじゃないわよね……それなら、わかるだろうし……」
     この街で魔術師の数は数えるほどだ。神秘を秘匿する側であるアーサーはこの地に根付く魔術師をオーナーとしてほぼ把握している。藤丸兄妹はこの街の出身であり、他に繋がりはなかったはずだ。
    「彼らは大丈夫だろう」
    「そう……」
     しばらく、キャスターは考えていたようだが、区切りがついたのか下におりましょうと静かにアーサーに告げた。
     ビルから降りて、静まった街を歩く。街灯がポツポツと一定の間隔で道筋を照らしている。その一つの下を歩きながら、彼女に一つ一つ説明していく、聖杯の知識と照らし合わせるためだ。
    「ここをまっすぐいけば、柳洞寺というお寺に着くんだ。こっち寄りの僧とかはいないと聞いているし、たまに様子を見に行くこともあるけど、特に変わったことはなかったよ」
    「けど、聖杯戦争が始まってからもそうとは限らないし、しばらくしたら使い魔を使って様子は見ておく」
    「そうしてくれると助かる。僕のところの使い魔は何も見つけられなかったから」
     アーサーは困ったように、肩を下げる。キャスターはそんなアーサーと道を見比べて、……やっぱり、反らされるのねと心の中で呟いた。今はまだ気づかなくても大丈夫なこと。けれど、夢は醒めるもの。
    「で、逆の方向は……」
     そういえば、もう一つの道をまっすぐに進めば、アルトリアの家がある。名簿に乗っていた住所を思い出した。そっちの方は住宅街だが、一応、見ておいた方がいいと判断して、アーサーはキャスターと共にアルトリアの住む家がある道を歩こうと踏み出した。
    「!?」
     突然の悪寒に周囲を確認して居たキャスターが立ち止まり、道の先を睨む。アーサーも同じだ。この感覚はサーヴァントがいる。
     警戒を強めて、誰も居ないことを確認し、キャスターはアーサーに視線で尋ねる。アーサーはこくりと頷いて、介入の意思を示す。様子見ということだろう。綿密に術をかけてから、悪寒のした方に向かった。
    「grrrrrrr!!!!」
     獣のような叫びと金属と金属が打ち鳴らされる剣戟の音。それは少し広い日本の家屋から聞こえて来た。アーサーはその場所を知っている。その場所に誰がいるのかを知っていた。
    (もしかして、彼女の家にサーヴァントが押し入ったのか? で、あれば、隠匿に引っかかる!)
    「アーサー!」
    「ああ、キャスター! 行こう!」
     口封じするには殺す方が簡単だ。アーサーは最悪を思い描きながらも、急いで壁から内部に侵入しようと考えた。
     だが、彼らが屋敷に入る前に黒い影が空を跳躍して、素早く屋根をつたって逃げた。それを追うようにもう一つ、赤い影が塀の上に着地した。
    「チッ、逃したか……」
     火炎が燃えているかのような髪、腕に巻かれている紅蓮の布。白い着物が肩にかかり、揺れている武士の男。一目でアーサーは彼はサーヴァントだと気づいて、警戒を強める。先ほど、打ち合ってたのはこのサーヴァントと黒い影なのだ。
    (さて、どう動くか……)
     アーサーが思案していると、金色の目がちらりとキャスターとアーサーを映して、嫌そうにため息をついた。
    「もう1組、客か。勘弁してくれ。召喚されたばかりなんだが」
    「…!」
     真っ赤な武士が地面に着地して、キャスターとアーサーの前に立ちはだかった。

    葉月寒天 Link Message Mute
    2018/09/29 0:38:37

    さよならをうたうための序章

    スパーク発行予定新刊。
    20××年、大聖杯が解体されたはずの未来、冬木で聖杯戦争が始まる。
    召喚された黒髪の東洋人の女性はマーリンと名乗るキャスターだった。
    アーサーを襲う近親感、謎の監督役のシスター、後輩を捜す同級生、そこに隠された真実とは。

    文庫サイズ/88P/1500円

    #fate/prototype #セイ綾 #ぐだ静  #fate/grand order  #士剣 #ぐだマシュ

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