マンボウロック百万回死んだマンボウ
百万回死んだマンボウがいました。
百万回も死んで、百万回も生きたのです。
りっぱなマンボウでした。
一回も死んでいないうちから、まわりで起きたふしぎな事件の謎を解くことができたし、人々が考えていることを言い当てたりできたのです。
と言っても、その才能をありがたがる人はあまりいませんでした。
そんなわけで、百万人の人にかわいがられたり、マンボウが死んだとき百万人の人が泣いたりはしませんでしたが、たった一人ですが、時々泣いてくれた人はいました。
マンボウは一回も泣きませんでした。
死んでいるときは泣けないし、生きているときに泣いたって意味がないからです。
あるときマンボウは、傘男のマンボウでした。
マンボウは傘男なんか大嫌いでした。
そもそも、傘男のマンボウになったつもりなんかなかったのです。
傘男は権力をふるうのがとても上手でした。
ロンドンは傘男の手の中にあり、そこで暮らす人々は傘男の思いのままでした。
ある日、傘男はマンボウに、「隣の国のスパイを見つけてこい」と命令しました。
マンボウは命令されてムカつきましたが、スパイを見つけるのは面白そうだったので隣の国にでかけました。
人が隠していることを見つけるのが得意なマンボウは、すぐにスパイを見つけましたが、街を歩きながら傘男に暗号メールで報告している時に、角を曲がってきた人と鉢合わせしてしまい、驚いて死んでしまいました。
それを知った傘男は「やれやれ」と言って、マンボウの死骸を届けさせ、裏庭の一角に埋めました。
あるときマンボウは、誰のマンボウでもありませんでした。
マンボウはこれがあるべき形だ、と思い、とても満足していました。
ただ、誰のものでもないということは、住むお家がないということです。
マンボウは家を見つけるためにロンドン中を探しましたが、マンボウ一匹で借りられる部屋はありませんでした。
どの大家さんにも、「飼い主がいないんじゃあねえ…」と、難色を示した挙句、やんわりと断られてしまいました。
マンボウは激怒しましたが、それで部屋が借りられるわけではありません。
マンボウは歩くのを一度やめて考えました。
マンボウは考えるのが得意でした。
ときには、実際にロンドンを歩くより、頭の中で歩いた方がいい場合もありました。
この時もそうで、マンボウは昔、困っているところを助けてあげたハドソンさんという人が、ベイカー街に家を持っていたのを思い出したのです。
ハドソンさんをたずねると、思ったとおりの大歓迎がマンボウを待っていました。
そして、家賃が払えるなら221Bという部屋に住んでもいいと言ってくれました。
ここなら気持ちよく暮らせそうです。
ただ、一匹で支払うには家賃が高かったので、マンボウはルームメイトを探すことにしました。
自分が人に好かれないことはわかっていたので、長期戦を覚悟していましたが、いっしょに暮らしてくれる人はすぐに見つかりました。
ジョンです。
ジョンはお医者さんでした。
それも、ただのお医者さんではありません。戦争に行って戦っていた軍医でした。
一見人畜無害そうですが、実際のところアドレナリンジャンキーであることは、マンボウからしたら一目瞭然です。
マンボウはすぐに、ジョンといっしょに住むことを決めました。
ジョンも最初は戸惑っていましたが、マンボウを気に入ったようです。
みんなが「うっせえ!」と罵倒するマンボウの推理も、目を輝かせて「アメージング!」と褒めてくれます。
褒められたマンボウは、驚いて死んでしまいました。
ジョンは頭の後ろをかいて、そんなつもりじゃなかったんだけどな、と呟き、マンボウを裏庭に埋めました。
あるときマンボウはジョンのマンボウでした。
マンボウはジョンのものになったつもりはないので、みんながそう言うのが面白くありませんでしたが、ジョンのことは気に入っていたので、何も言いませんでした。
マンボウとジョンは、中国の暗号を解読しようと走り回っていました。
そしてとうとう、ジョンが暗号を見つけました。線路のそばの壁にスプレーで書いてあったのです。
ジョンは急いでマンボウを呼びに行きました。
マンボウを連れて戻ってくると、壁の暗号は消えていました。
マンボウはジョンの頭を両手で抱えて、思い出せ!と迫りました。
ジョンはその手を外させて、自分の携帯電話を取り出しました。
マンボウがその画面を覗き込むと、ジョンが撮ったらしい壁の暗号の写真が写っていました。
マンボウは驚いて、死んでしまいました。
ジョンは、ああ、くそっと言って、マンボウを裏庭に埋めました。
あるときマンボウは、ジョンのマンボウでした。
マンボウとジョンは、爆弾魔を追いかけていました。
そしてとうとう、爆弾魔の正体が、コンサルタント犯罪者のモリアーティだとつきとめたのです。
マンボウは、モリアーティが欲しがっていたUSBメモリを餌に、モリアーティをプールに呼び出しました。
マンボウがうきうきと出かけていくと、そこにはモリアーティに爆弾が詰まったベストを着せられたジョンがいました。
そのときはなんとかこらえたのですが、ジョンが、自分のために身をていしてコンサルタント犯罪者を羽交い締めにしたことに驚いて、結局マンボウは死んでしまいました。
コンサルタント犯罪者は、やれやれ、と言って、ジョンのベストを脱がせると、自分がそれを着て、ステインアライブを口ずさみながら帰っていきました。
ジョンは、プールサイドでコンサルタント犯罪者に服を脱がされているところを見られたらただじゃすまないな、と思いながら、マンボウを裏庭に埋めました。
あるときマンボウは、ジョンのマンボウでした。
ある日ジョンが言いました。
僕、結婚することにしたよ。
マンボウはそんなことは薄々勘づいていたので驚きませんでしたかなぜか死んでしまいました。
ジョンの奥さんは、うちの庭に埋めましょう、と言ってくれましたが、ジョンは首を振って、221Bの裏庭に埋めました。
あるときマンボウは、ジョンのマンボウでした。
ジョンは離婚して221Bに戻ってきていたのです。
久しぶりにジョンのコーヒーを待つ間、マンボウは満ち足りた気持ちでした。
やがてジョンがコーヒーを持ってリビングに戻ってきました。
ジョンがコーヒーを差し出してきたとき、その笑顔を見た瞬間、マンボウは心臓がしぼられるように痛み、死んでしまいました。
ジョンは、マンボウのエラの下をそうっと撫でながらコーヒーを飲み、それがすむとマンボウを裏庭に埋めました。
あるときマンボウは、ジョンのマンボウでした。
マンボウとジョンは、たくさんの事件をいっしょに解決しました。
ジョンは、少し、おじいさんになっていました。
マンボウはジョンのマンボウでいることが気に入っていました。
このごろでは、自分の死亡原因が驚きではなくジョンにあることはわかっていましたが、そんなことはまったく気にならないくらいでした。
マンボウは、ジョンといっしょに、いつまでも生きていたいと思っていました。
実際には週一回は死んでいたのですが。
ある日、ジョンは、リビングでしずかに動かなくなっていました。
マンボウは泣きませんでした。
あんなにジョンのことでいちいち痛み、とびあがり、マンボウを殺していた心臓は、もうこそりとも音をたてなくなっていました。
マンボウはジョンを墓地に埋めました。
マンボウは、もう、けっして死にませんでした。