魔法仕掛けで世界はまわる。魔法少女が連れて歩くのはお供の妖精だけで十分だ。
「……やっぱり、元の姿に戻ったりはできない?」
魔法少女ラピスラズリこと皆守瑠璃は大きなため息を吐いた。
人目を引く外見の異性を三人も連れて歩いていたら当然周囲の視線が痛い。
せめて長身の二人は早急に元に戻って頂きたいと重い口を開く。
「すみません。私達は自分の意思で姿を変えられる程力を持ちませんので」
「だな、無理無理。あぁ、これって魔法国女王の粋な計らいだろ?青春を魔法少女として生きる哀れな嬢ちゃんに潤いってのを──痛っ」
「瑠璃に謝れ!ロッド」
どうしてこうなったか。
それは昨日の夜の事だった──……
***
『なんと、瑠璃殿は今一人暮らしをしているのか』
時々、部屋の姿鏡を通して魔法の国の女王様と話をする。
今日は料理についてだったが、自炊をしていると話して女王様は驚いていた。
「正確には両親が海外を飛び回る仕事をしているんです」
『そうか、そうか。それはさぞかし大変だろう。──よし、妾が瑠璃殿に日頃の感謝を込めて召使を用意しよう。何、ほんの礼じゃ』
「えっ、あのっ……」
歌う様な口調で女王は言うと、手にした杖で床をトン、と突いて魔法を発動する。
時々、女王は話を聞かずにホイホイ魔法を使ってしまう癖がある。
それで犠牲になることは多々あった。
キラキラと瑠璃の部屋の中に魔法の粒子が降り注ぐ。
綺麗だな……。
「って、女王様何し……」
光で部屋が満たされ、やがて収縮する。
眩しさに眩みベッドに手を着くと、お供の妖精トルテのふわふわした毛ではないものの感触がした。
視界が戻ると寝てる筈のトルテの姿が無い事に気付いた。代わりに柔らかそうな白い髪をした少年がすやすやと寝息を立てている。
異常はそれだけじゃない。明日トルテがメンテナンスをすると立て掛けて置いた魔法の杖、サイドテーブルに置いた魔法のコンパクトの代わりには壁に背を預け眠っている黒髪の青年と、サイドテーブルに腕を枕にして眠る鈍色の髪の青年の姿がそこにあった。
ひょっとしなくても……。
『うむ、上手くいったようじゃ。ふふっ、どうだ?妾が用意した召使は。元はお供の妖精トルテ、変身コンパクト、魔法の杖だ。家事や身の回りの世話、瑠璃殿の好きに命じるがよい』
女王の言葉に絶句する。
何て事を。しかも鏡の向こう側の女王はとても得意気だ。
「わ、私、今の所生活に不便は無いです!トルテや二人を元に戻してあげて下さい。きっと起きたらびっくりすると思います!」
目が覚めて子供の世話係を命じられるなんて可哀想だし、嫌に決まっている。
寝てるだけでもなんか美形だって分かる顔立ちの少年や青年が世話係というのも心臓に悪い。
『ふむ、困ったのう。妾がこの魔法を使えるのは満月の夜に一回だけなのじゃ』
「えぇっ、何なんですかそれ!」
『うぅ、そう妾を責めないでおくれ。妾とて、瑠璃殿に喜んで欲しいと思い魔法を……』
そうだった、女王はよく泣く人だった。大胆なのに繊細すぎるのだ。
「な、泣かないで下さい!トルテ達起きちゃう」
取り合えず説明書きを残してリビングのソファで寝る事にしよう。
寝たら元の姿に戻ってたなんて淡い期待を込めて……。
***
「──という訳で、次の満月までトルテ達はこのままみたい」
朝起きても結局元の姿には戻っていなかった。
勿論、三人の居ない部屋で自分は就寝したと弁明しておく。
取りあえずリビングに三人を集めて詳しい説明をする事にした。
リビングのテーブルを挟んで鈍色の髪と黒髪の二人の青年、瑠璃の隣にはトルテが席に着いた。
「だったらぼく一人でも十分だったのに!瑠璃のお供はぼくだからね!」
「うるせぇ、お前毛むくじゃら妖精の時から戦いで役に立ってなかっただろ。「ラピス!敵だ!気を付けて」ってばっかりで」
「うぅ……」
それに関してはフォローできないなぁ。
「まぁまぁ、それに関しては私達も変わりませんよ。主の魔力あってこそ使えるアイテムですし」
「コンパクト優しいな。杖は意地悪だ!」
「杖言うな。──ってか嬢ちゃん」
「えっ、私?」
女の子は一応私だけだから答える。
「そうそう。このおチビに名前あるのに俺達には名前が無いってのはずるい。なぁ、俺達に名前を付けてくれないか?」
「う、うん……」
「私からもお願いします。せめて人間の身体を借りている間は……」
「えっと、じゃあ、杖だった貴方をロッド、コンパクトの貴方を
各務。安直……だけど」
申し訳ないけど伝説の聖剣とかみたいな仰々しい名前のボキャブラリーは無い。
「おぉ!格好良い俺にぴったりだな!」
「ありがとうございます。主」
──が、気に入ってくれたみたいだ。
「取り合えず、部屋は二部屋開いてるから一階の空き部屋がロッド、二階の空き部屋が各務でどうかな」
「なんで俺が一人一階なんだ?このおチビはどの部屋に行くんだよ」
「ロッドはトルテと相性悪そうだし、一階。トルテは前から私の部屋で寝てたから私の部屋だよ。布団引けば寝れるし」
「やった!瑠璃と一緒!」
こういう素直な所は可愛いなぁ。
「待てよ嬢ちゃん、この小さな狼を部屋に入れる気か?」
狼って……。どちらかというと小さな柴犬だと思うけど。
言い合うトルテとロッドを横目に瑠璃と各務は小さく嘆息した。
少し話してみて大体三人の印象はこうだ。
白髪のトルテは妖精だった頃の無邪気さはそのまま。話せるようになったロッドとは喧嘩の多い兄弟みたい。
黒髪のロッドは口がちょっと悪い。豪快な気質のお兄さんというより、兄貴分。魔法の杖以外に敵を撲ったりにも使っていたから粗野な性格になってしまったのかも。
鈍色の髪の各務は紳士的だ。コンパクトだったから三人の中では美形というより美人。トルテの扱いが上手いみたいでトルテもすぐ懐いた。優しいお兄さんだ。
共通して言えるのは皆瞳が紫掛かった濃い青色だった事。つまり、瑠璃色。それは多分魔法少女である自分に仕える存在として女王の魔法が掛かっているからだと思う。
そして、皆美形なのは……女王の趣味かもしれない。
「朝御飯できたよー」
何とか話も纏まって朝食を取ることにした。女王の魔法とは凄い。ちゃんとお腹が減るらしい。
「それがお腹が減るって事だよ」と、何時も一緒に御飯をしているトルテが得意気に言う。
「主、焼けたパンは私が運びましょう」
「じゃあ、ぼくはサラダと牛乳」
「うん、じゃあお願い。ロッド、テーブルの上片付けてくれた?」
「おう。ちゃんと拭いといたぜ。毛むくじゃらペットの毛一つ無いからな」
「なっ!」
「ロッド、トルテを弄るのは程々にね。二人共喧嘩したらお買いものは各務と行くから」
自分の足で外を歩けるのを楽しみにしているロッドにはこれが有効だ。
慌てて「悪い悪い」とトルテの肩をバンバン叩く。
「流石ですね、主」
くくっ、とパンを皿に盛りながら各務が喉で笑う。
やれやれ。
「……賑やかだなぁ」
自然と口に出た言葉は少し弾んでいた。
何時もは自分とトルテの分しか料理が並ばないテーブルの上は彩りのある料理で埋まる。
両親が居た時の朝食のテーブルはきっとこんな感じだったのだろう。
皆で席に着いてトースターで焼いただけのパンにバターを塗って頬張った。
たったそれだけなのに美味しい。
スーパーで買ったパンがこんなに美味しかったのかなぁ、と考える。
訳に気付くのはまだ少し──先だ。