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    しおり
    異世界は額縁の中に。異世界から現れた少年、栄との出逢いは奇妙なものだった。
    自分が描いた絵画が何故かあるはずも無い異世界にあり、それを偶然に手にした彼が自分の世界に飛ばされて来たのが始まりだ。
    画家である蓮水はその奇妙な出逢いをもたらした絵画の前に立ち、彼を思う。
    歳から考えれば甥、または弟子、生徒みたいな関係か。
    ダークブラウンの癖の無い髪と瞳。澄んだ凛々しさを持つ整った顔立ち。歳の割りには大人びた印象を感じさせる振舞い。そして、料理が上手い。
    そんな彼に絵を教え、何でもない時間を共にするのが蓮水の今の楽しみとなっていた。

    ***

    「こんにちは、蓮水先生」

    異世界への移動もすっかり慣れたものだ。
    今日から連休、何時もより長く異世界に滞在ができると栄の声は明るかった。
    手には着替えの入ったバッグと手土産、準備は万端だ。
    「あぁ、久し振りだな。栄君」
    低く優しい声音。
    変わらず迎え入れてくれた蓮水にほっとする。
    両親が海外で一人暮らしに近い生活をしている栄にとって今は此処が帰る家のような気がしていた。
    「先生、昼食はもう食べた?」
    「いや、筆が思ったより進んでな」
    子供っぽく笑う。
    「だと思った。作ってきたから一緒に食べよう」
    「あぁ、栄君の飯は美味いから楽しみだ」
    ポンと頭に手を置かれた。温かい、大きな手だ。
    くすぐったいような嬉しい気持ちになる。


    ホットサンドとサラダ、来る前に買ったフライドチキンを二人で平らげ、食後に蓮水の入れてくれたコーヒーを口にする。
    「前に言ってたけど今日から俺、四連休なんだ。食事の用意も家事もちゃんと出来るからさ」
    任せて、と栄が言う。
    「折角の休みにすまんな、バイト代はちゃんと出す。時間があれば気晴らしにでも出掛けよう。いや、おじさんと一緒ってのは面白くも何とも無いか」
    笑って蓮水は苦いブラックコーヒーを飲む。
    おじさんと自称するが見た目も年齢もそこまで上だと栄は思っていない。
    「先生はまだおじさんじゃないだろ。気晴らしって言うけど、この屋敷で過ごすのも普段できない体験だと思う。俺は好きだよ」
    「そうか、栄君は出来た子だな。その言葉に甘えてしまって申し訳ない。俺も休日だと思って、決めた時間以外は筆を握らない事にしよう」
    早速今から街に出ようか、と言う蓮水の言葉に栄も二つ返事で頷いた。窓の外は快晴だ。



    蓮水の世界に来て驚いたのは衣食住に関わるものの名前が同じだった事、文明の発達にそう大差が無かった事だが、一番はこれだと栄は思った。
    人間――この世界では人間族以外に角や翼、羽を持つ種族が存在して、魔法も当然のようにあるという事。
    ゲームかマンガの世界みたいだよな、と街に出ると改めて思う。
    しかし、もっと大きな都会に行けばマンションやビルもあるのだという。完璧なファンタジー世界じゃ無いところがリアルだ。

    「先生が人間族だから、街に出ると此処が異世界だって改めて実感するよ」
    「ん、そう言えば折角の異世界なのにそれっぽい文化に触れさせる機会があまり無かったな」
    異世界っぽいものか、と言って蓮水は顎に手を添え考える。
    「大丈夫、それなりに俺も楽しんでるよ。先生が屋敷に居ない時は街に出るし、顔見知りも少しだけ増えたから」
    この間覗いた魔法具店の話、公園で出会った人狼族の少年達とサッカーをした話を聞かせる。
    「なんだ、その内栄君に街を案内してもらう事になりそうだな」
    「先生ももう少し街に出たらいいのに」
    「だな」
    言って肩を竦める。

    と、街をぶらぶら歩いていた所で栄が知り合った双子の兄弟が声を掛けて来た。

    「「こんにちは、栄おにーさん!」」

    魔法学校に通っているという双子の人間族、アリスとルイスだ。
    濃紺のローブに砂時計と茨をモチーフとした校章。魔法学校の制服を着た彼らの手には菓子店の紙袋がある。
    兄のアリスは銀の髪に青の瞳、弟のルイスは金の髪に青の瞳。瓜二つだが見分けはつく。歳は栄より幾つか年下で、兄と慕われるのは嫌な気はしない。
    「お前達か。先生、二人は街で知り合った魔法学校に通う双子で――」
    「おれは兄のアリス」
    「弟のルイスです」
    快活そうな兄、優しげな印象の弟が蓮水に向かって挨拶をする。
    「そうか。俺は蓮水だ。画家をやっている」
    「蓮水……。あ、おにーさんが言ってた画家のせんせーだな!」
    「ん、知ってるのか?」
    「うん。おにーさんがお世話になってる大好きなせんせーなんだよね」
    ルイスの言葉に栄が慌てる。
    「なんで尊敬が大好きになるんだ」
    「おにーさん、せんせーの話してる時すげー喋るじゃん」
    否定はできない。言葉を詰まらせ、恐る恐る蓮水の顔を見る。
    「はは、そうか。嬉しいよ」
    何時もと変わらない笑みで頭にポンと手を置かれた。何だか気恥ずかしい。
    「そ、それはいいから。学校は?」
    「見て分かるだろ、終わったし買い食い」
    「お菓子だよ。はい、おにーさんとせんせーにもお裾分け」
    そう言って紙袋からキャンディーを取り出す。輸入菓子みたいなビビットカラーのキャンディーだ。
    二色のマーブル模様がちょっと毒々しい。
    「懐かしいな。この店のお菓子はよく食べてた」
    「先生、知ってる店?」
    「ん、あぁ。魔法菓子店でな。食べると人狼族、エルフ族のような見た目になれるクッキーや、食べると身体が大きくなったり、小さくなったりするチョコレートなんかが売っている店だ。このキャンディーは食べると髪や目の色が変わるんだったな」
    そう言って貰ったキャンディーを口に入れると、程なく蓮水の黒髪は青銀に、紺の瞳は暗緑色に変わった。それだけで印象ががらりと変わる。
    倣って栄もキャンディーを舐める。よくあるイチゴ味だ。
    ふわりとした奇妙な感覚。前髪を摘んで目線を上げる。色は暗い赤に変わっていた。
    「お、眼は金だな」
    蓮水が栄の顔を覗き込む。華やかではないが、精悍でいて整然とした彼の顔が近付く。
    「――っ!」
    変に意識をしてしまった。よろける栄を慌てて蓮水が抱き止める。
    「っと危ない、危ない。すまんな、驚かせてしまったか」
    「あ、はは。ちょっと見慣れない先生の顔に驚いて」
    まぁ、あの店の商品は味よりサプライズを楽しむものだからな、と言って蓮水は笑う。
    「おにーさん顔赤いな」
    「赤いよね」
    双子が意地悪く突っ込む。

    「っ、驚いただけだから」

    二人と別れて栄は小さく嘆息した。
    二人は自分が蓮水に対して特別な感情を抱いているのだと気付いている。
    幸い蓮水は尊敬、憧れとして慕われているのだと思っているようだが。

    ***

    蓮水に対して最初に抱いた感情は年上に対する尊敬、憧れみたいなものだった。
    それがどうして変わったのかなんて栄自身もよく分からない。
    マンガやドラマにある恋愛感情へ変わる明確な境界が栄には無かった。
    ひょっとしたら最初に感じた尊敬、憧れの感情が既に恋愛感情だったのかもしれない。

    「自覚してはいたけど、第三者から指摘されるとな……」

    彼の顔を見るだけで、声を聞くだけで、ふとした時に意識してしまう。
    栄は自由行動をしたいと蓮水に伝え、大通りで別れた。
    蓮水も絵の具の買い足しをしたいと思っていたらしく「すまんな、助かるよ」と言って画材屋に向かう。助かるのはこちらの方だ。
    一時間もあれば気持ちも切り替わるだろう、適当に街をぶらつく事にした。
    真っ直ぐ通りを抜けて港に出る。潮の香りと波の音が心地いい。



    ぼんやりと海を眺めるだけだったが、気持ちは凪いだ。
    時間はまだある。近くには街に繋がるだろう別の道があった。少し遠回りとなるが、時間を潰すにはいいかもしれない。
    角にはアイスクリーム屋があり、土産店が幾つか並んでいる。
    他にも店が続くかと思っていたのだが、進めば段々と入り組んだ路地になり、バーや空き家が増えてきた。
    どうやら先程来た道が本通りで、此方は裏路地らしい。
    少し化粧の濃い綺麗なお姉さんが二人、栄の方を見て「君、迷子~?ジュース奢るよ~」なんて声を掛けてきた。
    どう返せばいいか分からず会釈して進むと、後ろから「何あれ、可愛い~!」という声が上がる。気恥ずかしい。
    本通りに繋がる道は無いだろうか、足を速める。

    進めば進む程迷っているような……。

    景観からして怪しい路地に出てしまった。転がったゴミ箱の横をすり抜ける猫の目も何だか殺伐としている。
    その中で蔦の這うレンガの外壁、金字で店名が書かれた看板が掲げられたお洒落なバーが目に入った。辺りとは一線を引いた佇まいだ。
    飴のように艶やかな木製のドアが静かに開く。出てきた客も路地に似合わず整った身形をしていた。

    「――おや、君は蓮水先生の……」

    店から出てきた青年に声を掛けられた。涼やかな声音。
    バーから出てきたのは白に近い銀の髪、紫色の瞳を持つ柔らかな雰囲気の美青年だった。
    外見の特徴から人間族ではないと気付く。彼の口から蓮水の名前が出てきた。知り合いだろうか。
    栄の姿を見て驚いていた。治安の良くなさそうな裏路地に普通の少年がいたら驚くのは当然か。

    「あぁ、失礼。君とは直接の面識がなかったかな。僕はレナート。先生の知人だ。父が画廊を営んでいてね」
    柔らかな物腰、知人という言葉に栄は小さな警戒心を解く。
    「俺は栄といいます。レナートさん、俺の事知っているんですか?」
    「以前、先生の個展で。すれ違いになってしまったけれどね。絵を教えてる少年だと聞いているよ。よかったら今度君の作品も見せてくれるかな?」
    「あ、いや、俺は学校の授業の為に見て貰ってるだけです。そんな凄いものでは……」
    「おや、君の学校には絵画の授業があるのだね」
    この世界の学校には美術という教科はないのだろうか。
    「いえ、その絵だけではなくて、造形とかもあって……美術という授業の一環です。それよりレナートさんはどうして此処に?」
    「父の仕事の手伝いでこの店のオーナーに絵画を届けに。君は――こういった場所を訪れる風には見えないけれど……」
    「その、少し散策しようと思ったら裏路地に出てしまって、はは……」
    「あぁ、成る程。この店はそうではないが、此処の通りは少し治安が悪いから気をつけないといけないよ。僕は大通りに戻るけれど、君も一緒に行くかい?」
    渡りに船だ。是非と頷く。
    「お願いします。大通りの画材店に蓮水先生がいるので」
    「じゃあ僕も先生に会っていこうかな」

    ***

    画材屋の店先に着くと丁度いいタイミングで蓮水も店から出てきた。
    「栄君……と、君はレナート君か。こんにちは」
    「蓮水先生、お久しぶりです。個展で栄君を見掛けた事があったので声を掛けさせて頂きました。迷って裏路地を歩いていたようですね。声を掛けたのが僕で良かった」
    その言葉に蓮水が驚く。
    「なっ、裏路地って栄君、大丈夫だったか?」
    「あ、うん。大丈夫、レナートさんに会うまで特に何も無かったから」
    綺麗なお姉さんにはからかわれたが。
    「得意先のバーに絵画を届けに行ったのですが、裏路地に居た彼を見た時は驚きました。先生、彼は見目がいい。気を付けてあげて下さい」
    「いや、見目ってレナートさんの方が……」
    彼の顔を見る。少女マンガに出てくる美男子ってこうだろうか、と思う。
    「僕のは種族特有のものだよ。神魔族の」
    神魔族といえば魔族の上位種族だ。美しい顔立ちと高い魔力を有すると本で読んだのを思い出す。
    この容姿は彼等にとって普通なのだろうか。
    「すまなかったな、レナート君。栄君も無事で良かった」
    「いえ、栄君も裏路地には気を付けて。――すみません、僕は次の仕事があるので失礼します。また個展の打ち合わせで」
    「あ、レナートさん、ありがとうございました」
    柔和な笑みでそれに返し、レナートは二人と別れた。


    「栄君、すまなかったな……」
    改めて蓮水は申し訳ないと栄に言った。短く息を吐く。
    「違う、俺が迷って裏路地に入っただけで先生は悪くないから」
    この世界での栄の保護者として責任を感じているらしい、蓮水の表情は複雑だ。
    「その、まだ日が高くて良かった。君の世界でどうかは知れんがな、ゴロツキ連中の中には欲の為に見目のいい者に目をつける者がいる。男でも女でもな」
    できるだけ言葉を選んで栄に伝える。
    「――分かった。歩く時は大通りを歩くから」
    栄も心配させまいと頷いた。頭にポンと手を置かれる。
    「あぁ、そうしてくれ。さて、夕飯の買い物をして帰るか」
    「先生、今日は何がいい?」
    「そうだな……」

    「すまん、個展について急な打ち合わせが入ってしまってな。行ってくる」

    言って栄は絵を描く為に着ていた白衣をソファに預け、慌ただしく屋敷を出ていった。
    連休二日目の朝、折角の朝食も蓮水が居ないと味気無い。
    夕方には帰ると言っていた。街に出れば誰かしら会えるだろうか。
    「ついでに夕飯の買い物も、だな」
    夕飯には蓮水の好物を用意して出迎えよう。


    この世界でもこの日は休日で、平日だった昨日より街は賑わっていた。
    昨日場所を聞いていた魔法菓子店に何となく足を向ける。
    双子に聞いていた通り、ショーウィンドウにはガラス製キャニスターに詰められた色取り取りのお菓子が並んでいた。
    店内はテーマに沿った装飾で彩られ、龍人族の祭、龍神祭をイメージした龍や赤、金で華やかに飾られている。
    昨日は龍人族の住む区画からあまり近くなかった為気付かなかったが、ここら辺は祭の装飾をする店や家が多く、祭のムードに包まれていた。

    「「あ、栄おにーさん!」」

    やはりと言うべきか、店内に双子の姿があった。
    金の髪と銀の髪。同じ背丈で同じ顔立ちの少年がそれぞれ沢山のお菓子を籠に入れ抱えている。
    「昨日も買ってたよな」
    「新作が出るって昨日知ってさ。おにーさんは?」
    「先生が出掛けて暇なんだ。街に出ればお前達か知り合いに会えると思ってさ」
    「嬉しいな!おにーさんも一緒にお買い物してぼく達と遊ぼう!」
    「な、そうしようぜ!」
    双子が栄を挟んで誘う。
    「分かった。なら、菓子を買って何処かで食べるか」
    「「さんせー!」」


    お菓子の入った紙袋を手に公園に足を運んだ。
    公園は広葉樹に囲まれた緑豊かな公園だった。子供から老人までスポーツや読書にと思い思いに過ごしている。
    「へぇ、良い所だな……」
    「蓮水せんせーと此処でお弁当食べるのに良いかも、なんて?」
    ルイスがニコニコと言う。考えている事が筒抜けだ。
    「だ、だから先生は先生。世話になってるから恩返ししたいっていうか……喜ぶかなって」
    「おにーさんホントせんせー好きだよな。おれはさ、せんせーとおにーさん仲良くしてるの良いと思うよ。話だけで知ってたせんせーだけど、会ってみておにーさんが言ってた通りの人だったし」
    「ぼくも。おにーさんって大人びてるでしょ。せんせーみたいな甘やかしてくれる人がいなくちゃ」
    その二人の言葉に驚く。
    からかっているのかと思ったが、彼等なりに思っていてくれたらしい。
    「……そうか、ありがとな」
    「な、折角だし、せんせーがおにーさんの事を意識してくれるような作戦を立てようぜ!」
    嬉々とアリスが提案した。いや、どうしてこうなる。
    「は、いや待て。何で先生に俺を意識させないとならないんだ」
    「昨日見ただけで分かるよ、せんせーがおにーさんのこと可愛い甥っ子みたいに思ってるなって」
    言われるとキツイ。
    「で、おれ考えたんだけどさ――」

    ***

    「せんせー!大変だー!」
    「大変だよ!せんせー!」
    屋敷の玄関前、双子が声を上げる。
    既に日は傾き、栄の帰りが遅いと思っていた所だった。その声に何かあったのではないかと慌てて蓮水は玄関へ急ぐ。

    「栄君!」

    玄関の扉を慌ただしく開いて目にしたのはぐったりとした様子の栄と、それを支える双子の姿だった。
    「おにーさん、龍人族に絡まれて龍神酒を飲まされたんだ!」
    言われて気付く。今日は龍人族の祭日、龍神祭の日だ。
    度数の強い酒、龍神酒を種族以外の者にも振舞い、始祖たる龍神生誕を祝うのだというが……。
    「子供に、か?」
    いくら龍人族でも子供にあの強い酒を無理やり飲ませるとは思えない。
    「魔法菓子店の成長グミ食べたから大人だって勘違いされて。御免なさい、ぼく達止められなくて」
    怒るに怒れない。いや、彼等のせいではない。
    「君達のせいではないさ。――聞こえるか?栄君、俺の肩に腕を回して」
    意識は酩酊しているが、蓮水の声は聞こえるようだ。双子に回していた腕を蓮水が引き寄せる。
    栄が買い物した紙袋も受け取る。
    「よっ……と。君達二人は大丈夫か?」
    「おれ達はグミ食べてなかったから」
    「そうか、良かった。では、もう暗いから帰った方がいい。此処まで運んでくれてありがとう。気を付けて帰るんだぞ」
    「分かった!せんせー、明日お見舞いに来るからおにーさんを頼むぜ!」
    「よろしくお願いします!」
    頭を下げ、空間から箒を取り出す。それに乗って二人は空に飛び立っていった。



    屋敷に戻り、蓮水は一階にある自室のベッドに栄を寝かせる事にした。
    栄に与えた自室は二階にある。が、直ぐにでも横にしてあげなければと思っての事だった。
    「さ、俺のベッドで悪いが、少し休むんだ。水と薬を持って来るからな」
    紙袋をベッドサイドのテーブルに置き、上掛け布団を捲ろうと空いた手を伸ばす。
    と、ぐらりと倒れる栄につられバランスを崩し、栄と共に蓮水はラグに横倒しとなってしまった。

    「――っ!」
    ラグなので痛くは無かったが、大丈夫か、と声を掛けようとしたところで栄の腕が自分の首に回された。
    首元に顔を埋めるように引き寄せられる。
    「さ、栄君……?」
    顔が見えないので彼がどんな顔をしているのか分からないが、龍神酒特有の甘い花の香りが蓮水を包み、目眩にも似た感覚が脳を痺れさせた。
    「ん……先生、頭、痛い」
    「あ、あぁ。分かった。今、薬と水を――」
    回された腕を優しくタップし、腕を解こうとしたが逆に引き寄せられ、距離が近付く。

    「駄目。行かないで……先生」


    栄の纏う強い龍神酒の酒気に当てられたのか、蓮水も僅かな時間だが気を失っていたようだ。
    緩まった栄の腕を解き、具合はどうかと彼の顔を覗き込む。
    赤い頬、淡い朱の唇、伏せられた柔らかく長い睫毛が整った顔立ちと相俟って色香を感じさせた。
    華奢ではないが少年と青年の境にある四肢もすらりとして美しい。

    ――いや、彼は少年で自分の甥や弟子、生徒みたいな存在ではないか。

    酒気によって自分の頭がどうにかしてしまったのではないか、と内心恥じる。
    「腕、痺れてきたな」
    枕代わりにと彼の後頭部に回した腕が痛い。空いた手でどうしたものかと栄の髪を梳く。



    栄の伏せられた睫毛が震えた。ゆっくりと開かれたダークブラウンの瞳は、蓮見の照れたような困った表情を映す。
    「あ、いや、これはだな……」
    目線を外された。蓮水の綺麗な紺の瞳が近くで見れて嬉しかったのに残念だ。
    「もう少し、このまま。お願い……」
    甘え、なのだろうか。
    長く両親と暮していないという彼は普段大人びた印象を感じさせる。
    が、口にした言葉は縋るような、甘えるような色を含んでいた。
    「――分かった」
    背を小さく叩き、笑みを向ける。
    腕が痺れて痛いんだ、と言い栄をベッドに寝かし、蓮水も隣に添う。
    これは子供にしてやる添い寝だ、と自分に言い聞かせる。
    だが、誰かに見られたら弁明しづらい微妙な状況だ。
    「先生、蓮水先生……」
    腕にすっぽりと収まった栄が小さく自分の名を呼んだ。そんな風に彼に甘えられた事は無かったから素直に嬉しい。
    「どうした、俺は此処にいるぞ」
    栄の顔が蓮水に向けられた。こんなに近くで彼の顔を見たことは無かった。
    ただ澄んだ美しさを持つ容貌。
    「……俺を嫌わないで」
    そんな事勿論じゃないか、と口を開こうとしたら、それが彼の柔らかな唇で塞がれた。
    思考が追い付かない。甘い香り、酒気がそれを溶かす。

    「蓮水先生、俺は先生が――」

    ***

    啄むような稚拙な口付けを蓮水は拒絶する事もなく受け入れた。
    髪を梳いて、しやすいようにさせてやる。
    嫌悪感など無い。甘く心地好い。
    こうしていてようやく分かった。弟子として彼を思う気持ちも、個人として彼を思う気持ちも同じ位蓮水の中にあった。
    どちらかではない。だから気付かなかったのだ。
    が、自分の行動一つで今までの関係が瓦解してしまうだろう、それが怖かった。

    ――全ては酒のせいだ。

    彼が眠って起きた頃には忘れている。覚えていたって夢なのだと素知らぬふりをすればいい。

    だから――……

    「――今だけ言おう。栄君、俺は君を大切に思っている。弟子だからではなく、君が君だからだ」
    離れていた唇を蓮水から栄に静かに寄せる。
    「……ありがとう。先生」
    「眠ったら忘れるんだ、……こんな事」

    そう、自分にも言い聞かせる。

    しばらくして栄が身動いだ。起きたのだろうか、声を掛ける。
    「ん……先生、喉渇いた。買い物した紙袋に飲み物があるんだ」
    取って欲しいと言われ、サイドテーブルの紙袋から飲み物の入った瓶を取り出し、蓋を開けて渡す。栄はそれに口をつけた。
    ついでに薬を持って来ようとベッドから降りようとした時、栄が「待って」と蓮見の腕を掴んだ。
    「もう大丈夫。これ、酔い醒ましだから」
    「……?」
    何を言っているのだろうか。いや、顔色は確かに良くなっている。瓶のラベルには魔法製薬の酔い醒ましと書いてあった。
    「騙すような真似をしてごめん。でも、知りたかったんだ。いや、変えたかったんだ、先生の気持ちを」
    「俺の気持ち?」
    「先生は俺を甥か弟子位にしか思ってないだろ。双子にも言われた」
    言われてあぁ、と頷く。
    「だから切っ掛けを作る為に双子が作戦を立ててくれたんだ」
    「――はは、あれは演技か……」
    「お陰で先生の気持ち、分かったから。先生認めてくれたんだよね、俺の気持ちも、先生の気持ちも」
    「ま、待ってくれ。あれは酒と酒気のせいで……夢なん……っ」

    「させないよ、夢なんかに」
    塞がれた唇が離れる。笑う栄の表情は蠱惑的だった。

    ***

    「あー、そのだな、栄君は具合が悪い。今日は顔を見せられないそうだ」

    翌朝玄関先、頭の後ろを掻いて蓮水は見舞いに来た双子にすまなそうに言った。
    その言葉に双子が顔を見合わせて笑う。
    「だったらせんせー、おにーさんにおめでとーって言っといてよ」
    「うんうん、お礼は魔法菓子店隣のパーラーのパフェでいいからね」
    その言葉に蓮水は空笑いするしかなかった。
    最近の子供って恐ろしい。
    「あれ?せんせーげっそりしてお疲れかな?」
    「やっぱ体力的にきついんじゃねーの」
    「あぁ、そうだな、おじさんは疲れているから今日は家に篭るよ……」
    これ以上自分と栄についてあれやこれやと言われるのは今は遠慮して欲しい。
    「あ、だったらコレを使ってみたらどう?」
    持ってきた例の魔法菓子店の紙袋からアリスはグミの入った袋を取り出した。
    成長グミの対となる反成長グミだ。砂糖が塗された矢印型のカラフルなグミが袋に入っている。
    「アリス君、コレはどういう……」
    「やっだなぁ、コレ食べて栄おにーさんと同じ年齢位になったら万事解決だろ?体力的な意味で」
    「あ、食べ過ぎたらおにーさんよりちいさくなっちゃうから気をつけて」
    「それはそれでいいじゃん?」
    「はははは……」
    笑うしかない。

    結局あの双子に言われるがまま様々な魔法菓子をお見舞いとして渡された。
    子供の悪戯菓子を違った用途で使うというのは大人として少し気が引ける。
    渡された魔法菓子は反成長グミに意思交換バターサンド、変身種族クッキー等々だ。
    「はぁ、どうしたもんか……」
    まぁ、反成長グミは使う。体格差で無理をさせたし、自分が若いに越したことは無い。
    自室に戻り、ベッドに伏している栄に声を掛ける。
    「体調はどうだ?双子からの見舞いを貰った。いや、栄君が嫌なら俺は使わんが」
    「……想像はつくよ。先生、からかわれただろ」
    ゆっくり起き上がり、シャツを羽織る。
    「まあな、二人がおめでとう、だとさ。あと、コレを」
    見舞いの紙袋から魔法製薬の回復薬を取り出し、差し出す。
    昨日勧めるのを忘れていたのだと買っておいてくれたらしい。
    差し出された薬を飲むと、全身の痛みやだるさが一瞬で回復した。が、
    「……先生が付けた痕も消えたね」
    そう言って見せた栄の肌は象牙色の若者らしい匂やかな肌だった。昨日付けた鬱血の痕など一つも無い。
    「また付ければいいさ」
    何度でも、と口にすれば栄が小さく笑った。
    「先生変わったな」

    「――栄君が変えたんだよ」
    sasayuki Link Message Mute
    2019/01/16 18:30:00

    異世界は額縁の中に。

    #創作 #オリジナル #小説 #ファンタジー #BL #異世界
    30代おじさん画家×大人びた少年
    ※ゴシックフォント推奨

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