出会い(雨彦&ピエール)真夜中の街中。すっかりあたりは静けさで包まれ、電気が灯されている建物も少ない。
音も光もほぼないに等しいこの時間帯で、一人の人間がこの街を放浪していた。
淡い水色の短髪と透き通った青色の瞳、スラッとした高身長の男性。
この人はただの人ではない。普通の人間には見えない、魔法が使える使い魔という存在。
いつもなら動物の姿をしているが、今は人の体を己の魔力で作り上げている。
と言っても、ただ放浪しているわけではなく、彼なりの理由があって此処に来ていた。
「...今日も異常はない、か。ま、何事も無いほうがいい」
安心したように使い魔は言う。たった一人でありながら、何かを見張っているようだ。
ポケットの中から一つの懐中時計を取り出し、時間を確認する。時刻はすでに二時を指していた。
「どうも落ち着けないな...。あの人にも伝えておこう」
そう言うと、彼は懐中時計を胸に当てて目をつむる。
瞼を閉じればそこは暗闇。一切光が入らない空間が広がっているだけ。
だが不思議なことに、瞳の中の暗闇に一筋の光が差し込まれる。
そして何度か心の中で誰かに声を掛けると、この場にいないはずの誰かの声が彼の脳に響く。
『お疲れ様。そちらは異常なかったようだね』
『はい。ですが、静かすぎるとも思えるのです。このまま、帰っていいものか』
用心深い彼がそういうと、相手は少しだけ笑ってからこう答える。
『用心に越したことはないけれど、無理しすぎるのもよくないよ。いくら君が優れた使い魔といえど、
今は魔法使いと盟約を果たしていない。全ての力を発揮できないってことは、忘れないでおくれ』
穏やかな口調でありながら、話の中身は彼の心に突き刺さる。
使い魔は、本来魔法使いと盟約を結ぶ。そうして互いの力を支え合い、より強さを手に入れる。
だが、今の彼には共に歩む魔法使いはおらず、たった一人で行動していた。
『...十分理解しています。だから、偵察と同時に魔法使いを探しているのです』
『それもそうだったね。じゃあ、君が気の済むように。僕はずっと此処にいるから』
『ありがとうございます。賢者様』
賢者、そう呼ばれた相手は最後に彼に別れの挨拶を告げ、一筋の光も瞬く間に消えていった。
完全にその光が消えたことを確認した使い魔は、すっと瞼を開いてため息をつく。
「わかっているさ。だからこうしているというのに、どうして俺は...」
ぐっと拳に力が入り、これまで出会った魔法使いのことを思い出してしまう。
それは決して良い思い出ではなかった。魔法で暴力を振るう者、悪行に使う者、魔法が全てと唱える者。
どれほど相棒を手繰り寄せる運がないのだろうと、自分を戒めるほどには屈辱だった。
自分が探し求めているのは、ただ『一緒に守ってくれる』そんな魔法使いなのに。
悶々と悪いことばかり考えているのに気づき、使い魔は拳を額にぶつけて己を取り戻す。
「いけない。これじゃあ汚点を見落としてしまう。もう少しだけ偵察するか」
仕切り直しと言わんばかりに、彼はそう言って一歩前に踏み出した。
【助けて】
脳に直接届く声。思わず使い魔は振り返りあたりを見渡した。
はじめての体験に驚きながらも、冷静に情報を整頓すれば周りには誰もいなかった。
だが、確かに声は届いた。これは何かあったのではないかと不安にもなる。
「今の声、どこから」
何か繋がるようなものは何処にもない。あるのは、自分の直感だけだった。
咄嗟に使い魔はその場を駆け出す。無我夢中で、その声の主を探し初めたのだ。
彼が駆け込んだ先は住宅街。家が立ち並び景色もあまり変わらぬ路地を、ひたすら走り抜ける。
右へ、左へ。時には直進へ。そうして走っていると、再び声が聞こえた。
【誰か、助けてよ...】
最初は突然だったので聞き取れなかったが、とても若い少年の声だとこの時わかる。
それも大きくなっていることから、自分は確実に近づいていると確信を得ることが出来た。
自分の直感を信じて突き進むこと十分程。とある家の前で使い魔の足は止まった。
一見普通の家に見えるが、この家の中になにかがある。そう自分の直感が告げていた。
本来なら無本位に人間の家に入ったりしないのだが、この時の使い魔は躊躇いがない。
「ここだな...。少しだけ、お邪魔する」
小さい声で呪文を唱えると、使い魔の身体が少しだけ透けて、更に身体が宙に浮いた。
本人はすでに慣れているのか平然としていて、そのまま二階まで上昇すると壁を通り抜けてしまう。
通り抜けた先は子供部屋だったのか、とても可愛らしい壁紙や家具、ポスターが貼られている。
すぐ横にベットがあったが、そこに誰かが寝ている様子はない。
視線の先に、ただただ泣いている少年の姿があった。
金髪が特徴的の少年は、一人ぼっちで眠れない夜を過ごしていた様子。
そっと使い魔は彼に近づく。特に何も出来ないのだが、どうしてかそうしたいと思った。
すると、少し落ち着いた様子で少年は少し顔を上げ、視線も上に向けた。
普通の少年ならば見えないはずなのに、この時使い魔と少年の視線はしっかりと合わさった。
「うわ?!」
「なっ!」
いきなり目が合ったものだから、思わず少年と使い魔は声を上げる。
一番驚いていたのは使い魔のほうだ。まさか目が合うとは思わず、且つこうして驚いた様子を見せた。
つまり、彼は普通の少年ではない。
また少年は自分の部屋にいきなり人が現れたと思い、その場で身体を震わせている。
怖がらせてしまったことに気づいた使い魔は、少年の表情を見て我を取り戻す。
「あ、あぁ...すまない。その。こ、怖いやつでは、ない」
「...怖いやつじゃない?」
「そうだ。その、説明が難しいのだが...決して危害を加えるつもりはない。信じてもらえないだろうか...?」
いくら自ら進んだ道とは言え、このような展開を全く予想していなかった使い魔は、しどろもどろに少年に伝える。
すると、少年はきょとんとした表情をしばらく見つめてから、首を縦に振ってくれた。
「そうか、なら良かった...。にしても、こんな遅くまで起きてて、どうしたんだ?」
安心した反動だろうか。使い魔はそのまま抱えていた疑問を、少年に投げかける。
だがすぐに少年は口を開かず、変わりに視線が彼の右下へ向けられた。
その先を見れば、使い魔は思わず目を見開いた。彼の右手には緑色を中心に飾られた、ステッキが握られている。
一見ただの玩具に間違えられるだろう。だが、使い魔だからこそわかる。
それはれっきとした魔法道具。彼が『魔法使い』だという決定的な証拠だ。
「僕、魔法は実在するって皆に言ってるのに、全然で...魔法もうまくいかなくて...からかわれて...」
少年は素直に使い魔の質問に答えるも、思い出してしまったのかその声は徐々に小さくなる。
しかし、それだけで使い魔は彼がどんな経験をしたかを想像できた。
魔法はそもそもこの人間の世界には存在しないもの。周りに伝えても、理解されないのは当然。
ましてや自分で使おうとするにも、まだ子供なのだから、一人でどうこう出来る問題ではない。
「...君、魔法を使えるのか?」
「うん。でも全然駄目。すぐにぱっと消えちゃうし、杖も吹っ飛んじゃうし...」
そう言いながら、少年は杖を握りしめてそっと自分の身体の前へ。
すると、ステッキの先端部分にある綺麗な飾りが光だし、翼の部分が徐々に膨らんでいった。
だが、それはあっという間の出来事。『ボフン』という音と共にステッキは元に戻ってしまった。
「駄目だー。これができれば、信じてもらえるはずなのに...」
少年は自分が全く出来ない落ちこぼれと思っているようで、肩を落として落ち込んでしまう。
しかし、たった一瞬の出来事とはいえ、使い魔は驚きを隠せずにいる。
「...いつから魔法を?」
「んーっと、一週間前、ぐらい」
「何をやろうとしたんだ?」
「カエール!あ、僕の友達なんだけど、カエールを呼べないかな、なんて」
恥ずかしそうに少年はそういう。本当に魔法の扱いが出来てない少年に見えるかもしれない。
だが、使い魔だからこそわかるところがある。彼は、決して落ちこぼれなんかではないと。
本来魔法に目覚めたばかりの魔法使いは、使い魔と盟約をするまで、魔法そのものを発動させることが困難。
いつか来るであろう使い魔との出会いを待つ。それが魔法使いの最初だ。誰もが通る道。
だが、この少年は違う。
言葉を失っている使い魔に対して、少年は心配そうに彼の顔を覗き込む。
「...あ、いや。幻滅したわけでない。むしろ感動していた。本当に、君は魔法が使えるんだな」
使い魔の言葉に、少年はびっくりしながらも、嬉しそうに瞳を輝かせる。
自分の言う魔法を信じてくれる人が、目の前にいるからだろう。
「本当!?信じてくれる!?」
「勿論だ。君は立派な魔法使いになれる」
そう使い魔は言うと、懐から何かを取り出そうとしたその時。
外からけたたましい轟音が街に轟いた。
音に驚いた少年はビクリと身体を震わせて、使い魔は険しい表情で窓の外を見る。
「な、何?!今の!!」
「...最悪だ。ここで現れたか!」
咄嗟に使い魔は外へ出ようと窓を開き、音の下方向へ目を向けた。
そこには巨大な『何か』がいた。あれの正体を知っているのは、使い魔と一部の魔法使いだけ。
嫌な予感が的中してしまったことに腹を立てながら、すぐに外へ出ようと足をかける。
が、少年の視線を感じて振り返れば、とても不安そうに見つめている姿が入り込んできた。
「い、いっちゃうの...?」
少しだけ返答に迷った使い魔は、懐に入っている大事な物を外から握り、少年に向き直る。
「君は此処にいるんだ。大丈夫、あれは俺がなんとかしよう」
「一人で大丈夫なの?!」
少年はまだ壁際にいる。『何か』を直接見たわけでもないのに、ましてや使い魔の正体を知らないのに。
それでも、少年は目の前にいる誰かのためを思って言葉にしている。
使い魔にとって、それはとても嬉しいことであり、だからこそ何も言わないことを決めた。
最後に笑ってみせた使い魔は、窓から思い切り外へ飛び出してしまう。
慌てて少年は呼び止め、窓へ駆けつけるも、そこにはもう使い魔の姿はなかった。
目に映る光景は、得体の知れない『何か』が、空に向かって咆哮をあげている姿だ。
使い魔は最短距離で巨大な『何か』の元へたどり着いた。
場所はとても広い公園のようだが、すぐとなりにはビルもあれば住宅もある。
少しでも暴れれば被害がでるのは間違いないだろう。
一方、ビル四階建ての大きさに匹敵するそれは、足元にいる使い魔を見て眉をひそめる。
「ふん。随分図体がでかいな。太りすぎじゃないか?『メッチャーク』」
鼻で笑いながらそういうと、言葉を理解したメッチャークと呼ばれた物は、呻き声を上げて威嚇する。
動じない使い魔は、胸元から一つの円盤を取り出す。それは何も飾りがついていない、素っ気ない何か。
「さ、掃除の時間としよう」
気合を入れた使い魔は、その円盤を空高くに投げる。すると、円盤は突如意思を持ったかのように光を纏う。
そして、一瞬強い光が放たれたかと思うと、二人の周りには結界が張られた。
これはこの世界に被害が出ないようにと、常に使い魔たちが持っているお守りのようなものだ。
結界が張られたことを合図に、使い魔とメッチャークは互いに攻撃を初めた。
使い魔は周りに青く光を無数に生み出し、それをメッチャークに向けて放つ。
身体がでかい相手は避けることすらままならず、全ての攻撃を受ける。だがびくともしない。
怒りを顕にしたメッチャークは、お返しと言わんばかりに腕を使い魔に向けて振り下ろす。
動きはゆっくりなのでなんなくかわせるが、重量から生まれる風圧が襲いかかってくる。
「っ!」
思わずバランスを崩しそうになり、咄嗟に使い魔は背中に水を生み出しクッションにする。
しかし休む暇はない。次の手を打つために、今度は空高く上昇、メッチャークの顔の高さまでやってきた。
「これでくたばりな!」
右手を銃の形にして突きつけると、無数の水の塊が剣の形となって、メッチャークに向かって飛ばされる。
これには相手も危険と感じたのだろうか、腕でかばうようにし全ての攻撃をしのいでみせた。
相手にろくなダメージを与えることが出来ないことに、使い魔は苛立ちのあまり舌打ちをした。
「やっぱり、魔力不足か...!」
思わずそんなことを口にした時、一瞬メッチャークの両目が紫色に光りを放つ。
ほんの一瞬の出来事で、咄嗟に防御をするも攻撃を受けた反動で地に落ちる。
ギリギリ体勢を立て直したおかげで、身体を強打することはなかったが、悲鳴を上げていることに変わりはない。
ふと、ここで賢者様に言われた言葉が脳裏をよぎった。
頭でわかっていても、どうしても今ここで倒さなければという使命があった。
“ここで俺が負ければ、あの少年に被害が出るかもしれない”
それを思うと、使い魔はここで引き下がるわけにはいかないと、拳に力を入れる。
何か打開策はないかと頭を働かせる。がさりと近くの茂みが動く音がその動きを止めてしまう。
条件反射で振り返ると、そこには先程出会った少年の姿があった。
「君!なぜここに!!」
「だ、だって!あれ、悪者みたいだし、お兄さん、一人じゃ危ないって思って...!」
この展開は使い魔にとって最悪の展開だった。守ろうと行動に出たのに、このままでは巻き込んでしまう。
一刻の猶予もない。メッチャークはすでに少年がいることに気づき、腕を振り上げている。
一方、少年は小刻みに身体を震わせながらも、メッチャークから視線を外さない。
むしろ、その瞳にはやる気に満ちていて、そっとステッキを敵に向けた。
「君は下がれ!あれは到底太刀打ちできない!」
「でも!あれがお兄さんを傷つけるなら、僕はそれを止めたい!!」
その言葉に嘘はなかった。あの時、ほんの少しだけ会話しただけなのに。
少年は、使い魔のことを見捨てなかった。むしろ、今困難に一緒に立ち向かおうとしている。
小さい体でありながら、誰かを守ろうとする姿には、使い魔にとってとても大きく見えた。
咄嗟に使い魔は少年の身体を抱きかかえ、茂みの中へと身を潜ませる。
風圧で巻き上がった砂埃で、メッチャークは見失ったのか、キョロキョロとあたりを見渡していた。
これで多少はこちらに余裕が出来た。そう判断した使い魔は少年に問う。
「少年。本当に誰かを守りたいと願うなら、どうかこの俺と盟約を結んでほしい」
そう言いながら懐から取り出したのは、先程結界を貼った何の変哲もない円盤だ。
しかし、言葉が難しかったのか、少年は使い魔の言葉を繰り返すだけで、理解をしていないよう。
「あぁ、すまない。簡単に言えば、俺と約束をしてほしいんだ」
「約束?」
「そう。君が魔法使いとして、俺と一緒に誰かを守ることを約束する。と。
魔法使いになれば、より多くの課題、あぁ、宿題と言ったほうがいいか。それが君に突きつけられる。
それでもなお、君は魔法で誰かを助けたいと思うか?」
真剣に嘘はつかずに使い魔はそう少年に語りかける。
これは単なる遊びではない。覚悟がなければ、すぐに壊れてしまうと、使い魔は理解していたから。
しばらく考え込んだ少年は、ぎゅっとステッキを持つ手に力を込めて。口を開いた。
「やるよ。僕、魔法をちゃんと使えるようにして、皆を守る!!」
力強い返事に、使い魔は笑った。もうすぐ敵が次の攻撃をしようとしている中で。
使い魔はそっと少年のステッキを、円盤に向けるようにジェスチャーをする。
汲み取った少年は言うとおりにステッキを向けると、円盤とステッキが同調するかのように光り始めた。
『我、使い魔アメヒコは、ここに盟約を結ぼう』
『...あ、えっと。僕、魔法使いピエールは、ここでアメヒコと約束をします!』
二人が約束をすることを改めて意思表明すると、二つは瞬く間に強烈な光を生み出し、二人を包み込む。
そしてそれはメッチャークの目に届き、あまりに眩しいのかもがき苦しむ姿が見て取れた。
光は収まることを知らず、むしろその光の中から一振りの大きな剣が現れた。
それは躊躇いなくメッチャークを一刀両断。あっという間に倒してしまう。
何か起こったかわからなかったのか、やられた本人はただ悲鳴をあげて、身体は霧散していった。
「...さて、これでようやく本領発揮ってところか」
敵がいなくなったことで、光は徐々に収まり、二人の姿も目視することが出来る。
ただ、包まれる前と打って変わって、二人とも衣装が大きく変わっていた。
使い魔アメヒコは真っ白な衣装を身にまとっていたが、今は緑色が栄える衣装へ。
そして少年、魔法使いのピエールは寝間着から大きく変わり、まるで魔法少年のように愛らしい衣装へ。
こちらも緑色がとても綺麗に見える。頭には蛙の頭をモチーフにした帽子が被せられていた。
「色々あって、落ち着いて盟約は出来なかったが。どうかよろしく頼む。マスター」
ニコリと微笑みながら使い魔アメヒコは言う。と、ここで彼の表情を見て気づく。
先程とても勇ましい表情をしていたのだが、急に服が変わったせいか、プルプル身体を震わせていた。
「...おい、マスター?」
「こ、こ、これからどうなるのーーー!!!??」
眼の前で起こった出来事を全て理解出来なかった少年は。ただただ、思いの丈を空にぶつけるしか出来なかった。
こうして、彼らの物語は今始まったのである。