出会い(アスラン&一希)
ここは人間の世界の裏側に位置する魔法が存在する世界『メロディ世界』
魔法使いと使い魔だけがここに滞在することを許される、選ばれし者のみの世界。
動物の姿でその場を走り回る者、おしゃべりする者。魔法使いと一緒にいる者。空を見上げる者。
各々が各々好きなように時間を過ごしている時、一人の魔法使いがその場に現れる。
「うわ、やばい。闇の魔法使いアスランだ!」
誰かがそう声を荒げると、その場にいた面々は散り散りにその場を後にする。
漆黒の衣装とマントに身を包んだ魔法使いアスランは、たった一人で時を過ごしていた。
「くそっ。闇の魔法を馬鹿にして、何と愚かな...!!」
怒り任せに吐き捨てると、先程使い魔が座っていたであろう場所を睨みつける。
視界の隅でこちらを伺っている者がいたが、彼にとってはどうでもよかった。
彼がこうして一人でいる理由は、先程の言葉にあった『闇の魔法』である。
このメロディ世界でも、魔法使いの中で闇を扱う者は圧倒的に少ない。
また闇の魔法については書物や伝承で悪いものとされている為、寄り付こうとしないのである。
なので、彼は魔法使いになってからというもの、一度も使い魔と盟約を結べていない。
唯一話し相手になってくれる賢者もまた、彼にとっては禍々しい存在だ。
「あのように我を見下し、憐れむなど言語道断!」
先程会ってきたばかりというのもあり、アスランの怒りの炎は収まることを知らず。
ひたすら燃やし続け、自身の中にある魔力もどんどん渦巻いていく。
「我は偉大なる闇の魔法使い!!あぁ、そうだ。闇の魔法でも、この世を守れるはずだ!!」
誰もいないこの場所で、アスランは己の思いの丈をぶつけた。
実際、使い魔がいなくとも何度もメッチャークとの戦い、そして勝ってきた。
それなのに、闇の魔法だからと誰も称賛しない。彼に歩み寄ろうとしない。
どうにかしてこの『孤独』から開放されたいのに、魔法がそうさせてくれない。
生涯孤独だとわかっているのが、彼にとってはとても悲しく切なく、悔しいことだった。
「...あぁ、どうしてこうも、理解されないのか」
心の中の炎が何もかもを燃やしてしまったのか。彼は弱音を履いてベンチに座った。
途方に暮れて、呆然と空を見つめる。もう、彼の中で魔法使いとして頑張る意味が不明瞭になっている。
魔法は心に左右されるもの。このままでは、本当に自分の存在意義がなくなるのではないか。
首を横に大きく振ってそれを否定する。自分はまだ、ここで朽ちるわけにはいかなかった。
「ともかく、使い魔さえいれば、打開できるはずだ...何処か使い魔は...」
色々と使い魔についての情報は集めているものの、これといった使い魔は合致せず。
この世界では『魔法使いor使い魔お探し掲示板』もあるので、それを活用しているらしい。
だが、そういった使い魔は全てアスランのことを知っているようで、アポすら取れない。
「むしろ、我の存在を知らぬ者のほうが良いのか。遠方まで行くのも手か...」
真面目に考えていたときに、ふととある書物の伝説を思い出す。
闇の使い魔が封印されている。という不思議な物語だが、この話に出てくる使い魔もまた孤独だった。
ただ『闇の力を授かった』それだけで疎外され、挙句の果てに封印までさせられたという。
これはあくまで伝説であり物語。現実に起こったわけではない。
しかし、アスランはこれに賭けるしかないと、その考えで頭がいっぱいになりつつあった。
「...他に手段はない。一か八か、その伝説が本物か確かめる意味も込めて赴くとしよう」
使命感に駆られたアスランは、魔法で大きめのステッキを生み出しそれに跨ぐ。
少し念じれば体ごとそのステッキは宙に浮き、瞬く間にその場を後にしてしまった。
書物に書かれた物語の通り、アスランは幾つもの茨の道を超えて、誰もいない不穏な地にやってきた。
木々は枯れ、川だったであろう溝はひび割れていて、烏がひっきりなしに鳴いている。
自分が今まで見てきた世界とは全く違う光景に、アスランは流石に動揺を隠せなかった。
「この世界にもこのような土地があるとは...。魔境とはこのことか」
そんな悍ましい場所であったが、アスランは前に進む。少しの可能性があれば、それに賭けたいと願っているから。
同じ闇の魔法を持つものならば、きっとこの状況を打破できるに違いない。
希望を捨てずに書物のとおりに進んでいけば、一つの洞窟の入り口にたどり着く。
中に電気は通っているわけもなく、ただただ闇が広がっているだけだった。
改めて書物の内容を確認すれば、この先に闇の使い魔が封印されていると記されている。
「...行こう」
そう言いながら、魔法で一つの火の玉を生み出し。一緒に中へと足を運ぶ。
烏の鳴き声も届かなくなり、自分の足音だけが妙に響き渡る。それがとても恐ろしかった。
洞窟に入って十分程経ったところで、アスランの足が自然と止まる。
眼の前には大きな岩が立ちふさがっていたからだ。これでは、先に進めない。
「此処まで一本道だった。となれば、この先に行くしかあるまい」
そう言いながら、アスランは呪文を唱えてこの岩をどかそうとする。
刹那、アスランの足元で急に魔法陣が浮かび上がり、膨大な魔力が動いているのが確認出来た。
「んな?!」
思わぬことにアスランは身じろぐ。だが、魔法陣が発動しただけなら良かったが、そうはならなかった。
轟音と共に地面がいきなり崩れたのである。
咄嗟に魔法で宙へ浮こうと試みるが、その前に見えない何かがアスランの身体を引っ張る。
「っ!!は、なせ!!」
逃れようとするも、身体が宙に浮いた影響で抗うことすら叶わず。
重力も相まって、アスランは見えないなにかに引き寄せられるように奈落へ落ちていった。
この時、アスランは自分の死を覚悟した。
あぁ、こんな伝説なんかに頼ったから、神様も見捨てたのだと考える。
結局自分は天涯孤独で、誰にも留まらなずに消えたほうが良かったのかもしれない。
最後の最後も悲しいことを考え、アスランはそっと瞼を閉じた。
こうすれば、安らかにあちらへ行けると思ったからである。
そうして数十秒、数分、時間の経過は感じるものの、身体に衝撃はかからない。
流石に違和感を覚えたアスランは恐る恐る瞼を開ける。
すると、身体は宙に浮いたまま、地面にぶつかること無く静止していた。
「こ、これは一体...?」
慎重に身体を動かすと、アスランの身体を支えていた何かは消えて、一瞬バランスを崩す。
おまけに光源がこの場にはあり、壁や柱には神殿のような彫刻が掘られている。
随分と手の混んだ彫刻品だと思っていると、視界の隅で引っかかる物が写った。
それは大きな水晶の塊だ。人が一人入れるのでは無いかと思うほどの、綺麗な青色の水晶。
惚れ惚れするその美しさに歩み寄ると、更に驚くことに気づいた。
「な、中に人。いや、これは使い魔か?!」
思わずそう呟きながら水晶に手をやった。そう、中に人が閉じ込められているのだ。
橙色の髪色をしていて、片目が前髪で隠れているその使い魔は、表情はとても安らかにしている。
ここでアスランは思い出す。此処まできたのは、闇の使い魔を探すため。
であれば、此処にいる使い魔こそが、伝説になっていた闇の使い魔そのものではないかと。
「...はは、我もまだチャンスがあるということか」
ぎこちない笑いを浮かべながらも、アスランは己がやることをすでに理解していた。
ステッキを水晶に向けて、そして高らかと詠唱する。
「闇の力よ!我の声に応えよ!今こそ、かの者を開放すべく、力を解き放て!!」
力強く叫ぶと、ステッキの先端から紫色の禍々しい球体が生み出される。
その球体は水晶に向かって一直線に飛ぶと、触れた瞬間に霧散した。
何も起こらないように見えたが、時間差で水晶が『バキバキ』と嫌な音を立ててヒビが入る。
そして、全体にひびがはいった直後。水晶は粉々に砕けて、中にいた使い魔が解放された。
だが解放されたからといって目覚めていないようで、アスランは魔法を使ってその体を支えた。
「にしても、これが本当に闇の使い魔か?禍々しさは感じないが」
書物に書いてある使い魔はもっと荒々しく、見た目からも悍ましいとされていた。
だが、今自分が目にしている使い魔はその気配は全く無く、他の使い魔と大差はなかった。
「さて、こうして伝説は現実であると実証されたが、どう説得すべきか...」
まじまじと眠っている使い魔を見ながらつぶやく。
すると、ピクリと瞼が動き、ゆっくりとその瞳が顕になるのに、アスランは息を呑む。
真っ赤に染まったその瞳の奥に光はなく、ただ常闇が広がっている感覚に襲われたのだ。
思わず恐ろしさで動けないでいると、使い魔はゆっくりと顔をアスランに向けて口を開いた。
「...貴方が、俺を目覚めさせた闇の者、か?」
その声はとても落ち着いていて、若々しく感じたアスランは更に動揺する。
しかし、相手の質問には答えねばならないと、咳払いをして彼の瞳を見つめた。
「いかにも。我がそなたを解放した」
「そうか。それは、大賢者様の命令か?」
「否、これは我の意思だ。他の者は関与していない」
「...そうだったか。わざわざありがとう」
ニコリと微笑む使い魔に、再びアスランは動揺をする。
まさか、闇の使い魔と言われている者が、こうも笑うとは思ってもいなかったからである。
と、使い魔はなにか思い出したかのように、小さく『あ』とつぶやいてから、そっと頭を下げる。
「俺の名前はカズキ。この世界で唯一闇の力を持った使い魔です」
「ふむ、我はアスラン。闇の力を秘めし魔法使いだ」
カズキの自己紹介に答えるかのように、アスランも頭を下げて自分の正体を口にした。
そしてアスランは、自分が伝説が事実であると立証した張本人になったことに、少し感動を覚える。
達成感で胸がいっぱいになりつつある時に、カズキはそっと右手を差し出した。
「俺を目覚めさせたということは、盟約を果たしに来たのだろう?」
「あ、あぁ。そのとおり。だが、少し確認したいことがある」
盟約を唆されたアスランは一度冷静になろうと、此処までくる途中で感じた疑問をぶつけることに。
カズキはそんな彼を見て待つ気になったのか、首を縦に振って口を閉ざした。
「書物には、そなたが災いをもたらしたと書いてある。これは真実か?」
「いいや。俺は何もしていない。たまたま災いが降り注いだだけ」
「...次に、我と盟約を果たすとどうなる?」
「不思議なことを問うな。勿論互いの力が同調し、安定すると同時に力が増幅するだろう」
「ではこれで最後だ。外へ出て、そなたは何を望む」
最後の質問に、カズキは眉をひそめる。彼の中で迷いがある証拠だ。
しばらく口にしない彼に対して、アスランは何も言わず、表情も変えずにじっと答えを待った。
「...そうだな。まずは俺に関する“間違った真実”を撤回してほしい、かな。
確かに闇の力があるとはいえ、根も葉もないことを言われるのは、心苦しい。
その後は、貴方の力に慣れれば本望だ」
視線を下に向けながら、カズキはぎゅっと己の腕を握りしめる。
全ての問に返答をもらったアスランは、少しだけ情報を整理してから、カズキに歩み寄る。
じっとカズキのことを見つめながら、彼は口を開いた。
「我もまた、闇の魔法使いと言われ忌み嫌われている。その気持は我も痛いほどわかる。
だから、二人で誤解を解こう。すぐには理解されずとも、きっとその未来は我らの手の中にある」
はっきりと断言した彼の瞳は、眩しくてずっと見ていられない程に輝いていた。
アスランと目があったカズキは少し驚きつつも、ただ彼の思いを受け止める。
「あぁ、ありがとう。アスラン」
そうして、カズキは胸元から何の飾りもない素っ気ない円盤を。
アスランは己のステッキを呼び出して、右手で差し出してから唱える。
『俺、使い魔カズキは、魔法使いアスランと盟約を結ぶ』
『我、魔法使いアスランは、使い魔カズキと盟約を結ぶ』
二人の言葉が重なり、そして互いの持っている物が紫色の光を放ち始めた。
これにて無事に盟約は結ばれて、アスランもカズキも真の力を発揮できるようになる。
はずだった
突如紫色の光は輝きを失い、黒色の光が全て覆い尽くそうと言わんばかりに溢れ出す。
様子がおかしいことに気づいたアスランは、すぐにカズキに声をかけようとした。
が、光の変化と同時に、己の中の魔力が急激に暴走していくのを感じ取る。
「な、んだ。これは...!!あ"、あ"ぁ!!」
体中に痛みが走る。自身にある闇の力が、別の何かに触発されている。
そして頭の中に響き渡る声が、彼を追い詰める。その言葉は、彼にとって一番聞きたくない言葉だった。
『闇 の 魔 法使い は 悍ま し い』
『 消 えろ 失 せ ろ』
『お 前 なん か に 守 られ た く ない』
魔法使いとして、ただただ誰かのためになれればと努力を積み重ねてきた。
唯一必要としてくれた、賢者様に従って、戦ってきた。
なのに、それは報われない。むしろ疎外される現実を、アスランは受け入れたくなかった。
「嫌だ!やめろ!!それ以上、は!!ぐ、あ"、あ"ぁあ"あ!」
激しい痛みと呪われた言葉で心身共に悲鳴を上げていた。このままでは、自分がどうにかなってしまう。
倒れないようにと、必死に身体を支えながら、アスランは唯一助けを求められるカズキに目をやった。
まるで憐れむような眼差しで、寂しそうにこちらを見ていた。
「やはり。いくら同じ闇の力といえ、こうなるのが定めか」
絶望したアスランは、全ての思考を停止する。この瞬間、己がどれほど醜かったか理解してしまった。
そして視界は真っ暗に包まれて、彼は全く動かなくなってしまう。
その様子をただ見ていたカズキは、そっと彼の頬に手を当てて顔を引き寄せた。
「...目覚めて。俺の契約者。まだ、物語は始まったばかりだ」
すると、ゆっくりとアスランの瞼が開かれる。が、その瞳にはあの時の光はない。
全てを飲み込むかのような瞳で、アスランはカズキを見てからニコッと笑った。
「あぁ、目が冷めた。我が何をすべきか、ようやく理解したさ」
少しふらつきながらカズキの手から離れると、ステッキを高々と上げる。
すると、そのステッキは黒い靄に包まれ、靄が晴れた時には新たな姿となって彼の手の中にあった。
その晴れ姿に満足したのか、アスランは振り返ってカズキにこう告げた。
「我らを認めぬ世界は滅ぼそう。人間の世界も、この世界も、何もかもをめちゃくちゃにしてやろう」
とても残酷なことを言っているはずなのに、彼は正しいことだと言わんばかりに満足げな表情をしていた。
そんな彼に対して、何も言葉を投げかけられないカズキは、寂しそうに彼に向かって一礼した。