第2話 人と精霊人は精霊と契約を結ぶことによって力を得ることができる。
ふわりと掌を風が撫でる。
俺は、風の妖精ユノ…ひいては、風の精霊ジュノンと契約を結んでいるから、風魔法を扱うことができる。
まだユノのように自由には扱えないけれど、これから先逃げ続けるなら、もっと練習しないといけない。
「あ。町が見えてきた」
『泊まろうよー』
「待って、ユノ。手配書が回ってたらすぐ捕まるから」
『もう!心配性なんだから…あ、そこの子、ちょっとおいで!』
ユノが上空に向かって手を振る。
すると、一羽の鳥が旋回しながら降りてきた。
『ヒスイの顔が書いてある紙が、あの町にないかどうか調べてきて』
鳥は喉を鳴らすと飛び立ち、町のほうへと向かっていった。
「すごいな…動物とも話せるんだ」
『えへん!』
ユノは誇らしげに胸を張った。
話を聞くと、どうやら風の恩恵を受ける動物とは特に意思の疎通が取りやすいらしい。
『鳥はユノたち風の精霊がいないと上手く飛べないから、大切にしてくれるの』
「へぇ…」
それから他愛ない話を続けていると、鳥が戻ってきた。ゆっくりとこちらに降りてきて、ユノに何かを伝える。
『ふんふん…無さそう?よかった。ありがとう!』
「さすがに兄上もこんな遠くにはまだ手を回してないか…」
『よかったね、ヒスイ!』
にこにこと笑うユノに曖昧に笑いかける。
いつまで逃げられるだろう。
どこまで逃げればいいだろう。
そんな思いを抱えながら、俺たちは町へと足を向けた。
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「結構活気がある町なんだな」
『そうだねー。あ、ヒスイ、ヒスイ。もし"聴きたい"なら、また魔法かけてあげるよ』
「あ、じゃあお願いしようかな…ごめんな、本当は俺が出来るようにならないといけないのに」
『大丈夫!ユノはいっぱい使えるから!』
ふわりとユノが飛び立ち、俺の周りを一周した。うっすらと自身を風の膜が覆う。たぶん、普通の人には見えてはいないんだろう。
耳を澄ます。
すると、風にのってたくさんの声が聞こえてきた。集中して膨大な情報量を脳内で処理する。
「今日もいいお天気ね」「新商品ですよ!」「お母さんあれ買って」「お夕飯は何にしようかしら」「なぁなぁ、あの噂本当か?」「ねぇ、私のこと好き?」「戦争になったら嫌だなぁ」「精霊様に祈りを捧げましょう」「もうすぐ祭りの季節だな!」「ねぇ、これもうちょっと安くならない?」「プレゼントあげたら喜んでくれるかなぁ」
「殺してしまえばいい」
はっとして足を止める。
物騒な言葉が聞こえてきて体に緊張が走る。
この魔法はまだ安定して使えない。でも、ゆっくりと声の範囲を狭め、路地裏から聞こえてきた声だと分かった。
品物を見るフリをしながら声を拾う。
「紅くれないは恐ろしい力を持ってると聞いたことがある。返り討ちにされるんじゃないか?」
「ふん、精霊様を縛り付けて使役するような奴ららしいからな…だが、紅も人間だろ?やられる前にやっちまえばいい」
「まぁ、その気持ちは分かるけどな。よーし、この町の近くに来たら取っ捕まえてやろう。国からも褒賞金が出るってよ」
「うちの領主様は頭が固いからな…国に直接持っていこうぜ」
どうやら俺のことを捕まえに来た刺客ではないようだ。ホッと安堵してその場を去る。
でも…そうか。ここでも紅狩りが浸透してきているんだな。
そうこう考えているうちに宿屋に到着した。
お金を支払い、久しぶりにふかふかのベッドに腰かけることができた。
「紅って…何をしたんだ?」
『んー、ユノよく分かんない。ジュノンが起きてた時はすっごい優しい一族だったみたいだけど』
「ふぅん…」
紅の一族…
紅の髪に、紅の瞳。一族皆、すべての精霊を見ることができるという。噂では精霊を無理矢理縛り付けて、世界を支配しようと目論んでいるとか、悪逆無道な振る舞いをしているとか。
どれもこれも眉唾物の、真偽が分からないものばかり。
ぽふん、とベッドに横たわり天井を見上げる。能力があるばかりに迫害されている一族。俺とは大違い。俺は無能で役立たずだったから、あの場所から逃げてしまった。