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    せんこうはなび 沢村と喧嘩した。
     お互い朝から口も利かず、目も合わせないまま無言で朝食をかき込む。昨晩食卓を共に囲んだ時とは随分違う様子の俺たちに親父は怪訝な表情をしていたが、生来口数のあまり多い方ではない父は特に余計な詮索をせず、剣呑な雰囲気の漂うリビングから早々に撤退し階下に降りていく。
     溜息をひとつついてその背中を見送ると、あまり味のしなかった朝餉の後片付けをするため、空になった食器を手にキッチンのシンクに立つ。俺に続いて自分のぶんの食器を持ってきた沢村は、泡立てた食器洗い用スポンジを無言でぶんどって洗い始めてしまった。
    「おい」
    「………」
     言い争うのも莫迦々々しい。作業を諦め、空になった掌を軽く洗い流して、手持ち無沙汰にベランダの窓から外を見る。八月の早朝、容赦のない日差しが黒いアスファルトから早くも陽炎を立ち上らせていた。
     
     
     
     親父の運転する車が、新幹線の駅前のロータリーに滑り込んで静かに停車する。後部座席から先に降りた沢村は、バカでかい声で親父に礼をして、なぜか窓から手を突っ込んでブンブンと握手をしてから、助手席の俺に一瞥もくれぬままずんずんと駅のほうへ歩いていってしまった。続いて降車し助手席の扉を閉める直前、親父が俺に目配せして囁く。
    「片意地を張らずに謝れよ」
     言外に、どうせお前が悪いんだろうというような言い方をされ苦笑する。ただの決めつけか、あるいは親父自身の経験からくる助言なのか――似たもの親子と揶揄されることの多い俺達だ。多分後者だろう。
     特に返答をせず扉を閉めて踵を返し、大きめのエナメルを担いで駅へと歩を進める。先を歩いていた沢村は、怒っているんですよというポーズを崩さぬまま、それでも律儀に改札の前で立ち止まって待っていてくれたようだった。事前に購入してあった切符を取り出し、ふとロータリーを振り返る。父の車は、もう見えなくなっていた。
     駅に向き直り俺が改札をくぐるのに続いて、沢村が切符を改札に通す。未だに一言も交わさぬまま、長野行きの急行列車に乗り込んだ。進行方向を向いて隣り合うようにした指定席に、沢村が窓側、俺が通路側で座る。エナメルから冷えた緑茶のペットボトルを取り出して沢村に渡した。
    「……あざす」
    「ん」
     沢村はちらとだけ目を合わせ、すぐに窓の外に視線を戻してしまう。やがて車内に静かなアナウンスが流れ、じりじりと列車が動き出した。慣性に引かれるまま、背もたれに深く体重を預け、少しのあいだ目を閉じる。
     俺が眠っていると思ったのだろうか、左手の甲によく知った体温がそっと重なった。薄く目を開けて隣を盗み見たが、車窓に肘をついて窓側に顔を背けた沢村の表情を窺い知ることはできない。冷房の程良くきいた車内で心地よい振動に揺られながら、重ねられた手を握り返すべきか逡巡しているうちに、いつの間にか眠りに落ちてしまった。
     
     
     がらがらがら、と勢いよく引き戸を開け放ち、「ただいま!」と叫んで早足に玄関を通り抜ける沢村に続き、お邪魔しますと一礼して靴を脱ぎ揃える。ついでに脱ぎ散らかされた沢村のスニーカーも揃えて立ち上がると、沢村のお母さんがにこやかに出迎えてくれた。
    「いらっしゃい、疲れたでしょう」
    「すみません。今年もお世話になります」
    「ただいまって言ってくれてもいいのよ」
     にこやかに、というか若干からかい混じりなニュアンスで云われ、曖昧に笑って頭を下げる。
    「ところで……そのほっぺた痛そうね」
    「えっ? ……………痕ついてます?」
    「顔洗ってらっしゃいな。若いっていいわあ~」
     新幹線が目的地の長野に到着する頃、アナウンスで目覚めると、そっぽを向いていたはずの沢村が俺の手を握ったまま肩によりかかって涎を垂らして眠っていたので、起こしてやろうと舌でそれを拭ったのがマズかった。半開きになった唇に舌をねじ込んだ瞬間、茹でダコみたいに真っ赤になった沢村が飛び起きて俺の左頬にビンタを見舞い、ばっちんと響いた景気のいい音のほうが、列車の到着時刻を告げるアナウンスよりもよっぽど他の乗客の気を引いたことだろう。
     沢村母は呑気に笑って廊下の奥へ消えていったが、殴られた痛みよりも羞恥で真っ赤になっているであろう顔を首にかけていたタオルで隠しながら、そそくさと洗面台に逃げ込んだ。
     
     ナナメに傾いたご機嫌が直りかけているところに追い打ちをかけた自覚はあるが、実家に着いてからこのかた俺をほっぽってお爺さんと畑に出たり、中学の頃の友人知人に会いに行ったりと徹底的な放置を決め込んだらしい沢村と、まともに話もできないまま――俺の方もお盆時期で客が増えて忙しい沢村母の手伝いをしたり、買い出しを任されたりであっという間に夜になってしまった。
     短い夏休みの期間を利用して、俺の実家から沢村の実家へハシゴするように帰省するこの旅程も今年で三回目となる。俺の方は勝手知ったる他人の家、とはまだいかないが、沢村家はいかにも沢村家らしい自然さで本来よそ者の俺を受け入れてくれ、特に何も打ち明けてはいないにも関わらず家族のように接してくれている。
     田舎特有(といってもテレビで目にしただけの知見にすぎないが)の近隣住民を巻き込んだ酒宴で野球談義に花を咲かせながら、長机の端に座った沢村とは相変わらず視線も合わない。夜も更け、そろそろお開きという頃、酩酊とまではいかないが酔って歪んだ視界の端で、そっと玄関から外へ抜け出す沢村の後ろ姿を捉えた。
     宴会の後片付けの途中だったが、すみませんと断ってサンダルを引っ掛け、急いで沢村の後を追う。月明かりと僅かな街灯の光を頼りに、畑の横を通り抜けて裏庭に出た。舗装されていない砂利道は歩くたびに特徴的な足音が響く。俺が後ろをついてきていることにも、たぶん気がついているのだろうが――沢村はこちらを振り向かないまま用水路からバケツを持ち出し、さらに物置小屋から何かを取り出したようだった。
    「去年買って、余らせてたの思い出したんです」
     背を向けたまま、コンクリートで打ち付けられた縁側の段差にしゃがみ込む。手元で橙色がぽつりと光った。使いさしの、短くなった蝋燭に火が灯される。暖かい煌きがようやく沢村の表情を明確に浮かび上がらせてくれたが、俺のほうは沢村がいま何を考えているか相変わらず読み取ることができないままでいた。
     俺が高校を卒業すると同時に付き合い始めて四年。沢村が大学に進学し、同居して三年。そこそこ長い時間を一緒に過ごしてきたが、こいつの突拍子もない言動には未だに驚かされることばかりだ。時にわかりやすくもあるが、同時にどこまでも底の見えない奴だと思う。
     沢村に促され、蝋燭を挟んですぐ隣にしゃがみ込む。手にしているのは線香花火のようだった。ぴりぴりとそれを束ねるテープを剥がし、そのうちの一本を俺に寄越した。先に沢村が火を点け、火薬の弾ける独特な音と匂いが稲妻のように暗闇を劈いて放射状に光を放つ。何も云わずに、俺も線香花火の先端を炙った。去年のものだと沢村は言っていたが、少し湿気っても問題なく火は灯るようだ。オレンジ色の球が燻り、手元でぱちぱちと光が弾ける。
    「ごめん」
    「……謝ってほしいわけじゃねえし」
    「怒ってただろ」
    「怒ってますよ。で、電車であんなことするし。それに俺はただ……」
     灰となった火薬がぽとりとコンクリートの上に落ち、光を失う。沢村は続いて二本めに火を灯し、程なくして消えた俺の花火の換えを渡した。黙って受け取り、また火を灯す。
    「……ただ、あんたにわかってほしいだけです」
    「……なにを?」
    「………」
     無言のまま、線香花火の短い命が灯っては消えていく。花のように輝く光が咲いて、ぽとりと落ちて土に還る。
     やがて花火の束も減り、最後の二本になった。
    「……一球勝負しましょ」
     機嫌は持ち直したのだろうか、沢村は悪戯っぽく笑って花火の片方を俺に手渡す。軽く頷いて、同時に先端を蝋燭で炙った。じりじりと火薬の弾ける振動が指先に伝わる。
    「先輩が勝ったら、ここは俺が引き下がってやりやしょう」
    「偉そうだな」
     くく、と笑って、それでも勝負となれば集中する。発端はとんでもなく下らないことだった。盆の墓参りの話題になり、沢村は俺の親父をひとりにできないと言って、将来は御幸家の墓に入ると強く主張した。対して俺は、沢村がどれだけ沢村家の家族に愛されているか知っている。大事な跡取りをいつかはその家族の元に返してやりたい、親父には母が居るから俺は必要ないという俺の発言を皮切りに、この冷戦が始まった。
     昨晩、俺のこの発言を聞くや、沢村は顔を真っ赤にして布団を被りそのまま朝まで出てこなかった。さして悪いことを言った気はしていない俺はどう釈明していいか、そもそも釈明すべきなのかも解らず今ここに至るというわけだ。
     線香花火は、ときに人生に擬えられると聞く。炎とともに生まれ、燻る火種は花開くように成長し、やがて衰えて消えていく。俺と沢村の手の中にある炎も、最盛のときを終えてぱちぱちと小さく火花を散らす段に入りつつあった。
     酔いからか、僅かに指先を揺らした俺の火球のほうが、早く落ちるかと思われた。表面張力で球状になった火薬の根本が揺れ、雫が溢れるように橙色の塊が揺らいだ、その時。
    「あ、」
    「………何してんの?」
     沢村が自分の火種を寄せ、俺の火種にくっつけてさらに大きく閃光を散らした。膨れ上がった火球は正円から歪にその形を変えながらも、なお光を放つ。ゆらゆらと水滴のように揺れる珠は、やはり暫くして根本から溢れ、地に落ちていった。しかしこれでは、沢村から言い出した勝負の行方はわからない。
    「うへへ」
     火花は既に消え、蝋燭の光だけが灯る。
    「………」
    「あんただって同じように、愛されてますよ」
     暗闇に滲む蝋燭の光の中、沢村は囁く。
    「愛されてもいいんです」
     静かに囁きながら、沢村が俺の肩に寄り添う。歪かもしれない、もしかすれば永くは続かないのかも知れない。その不確かな永遠さを、確かに形造る光がある。知らず溢れた泪を拭う沢村は、満足そうに笑っていた。
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    2020/08/07 18:40:27

    せんこうはなび

    線香花火x御沢

    #御沢

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