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    the Chair 初めて彼の部屋に案内された時、一番最初に抱いた言葉は「椅子だ」だった。



     十二畳間の真壁造、奥に絨毯を敷いてはいるものの、畳を残した部屋でそれはひどく異質な存在感を放っていた。
     傍らにある三脚のミニテーブルや床の間のワードローブ、畳と絨毯を隔てるように天付けされたカーテンなども和室に付け加えられた洋ではあるが、部屋のほぼ中央に鎮座するソファの質量に比べてみれば、印象に寄与する圧力は微々たるものでしかない。

     形状としてはラウンジソファに分類されるだろうか。
     座面は低く、幅と奥行きも十分あって、短刀の子なら二振並んで座れそうな広さがある。事実そのような用途も想定されているのかもしれない。ギャザーをたっぷりきかせたクッションは二つ。彼が長い手足を折り畳んで腰掛けるならば流石に二振並んでとはいかないだろうが、張地と同じく草花をモチーフにしたテキスタイルが両手で抱えるほどの布の固まりとなり、重なり合いながら背もたれに立てかけられている。
     椅子は大柄ながらどこに手をかけても掌に吸い付くようなフォルムをしており、優美という言葉が最も相応しいように思われた。ジャガード織の張地は背まで立ち上がり、肘掛けまでを丸く覆うようになだらかな曲線を描いている。その上をゆったりと這うのは幕板からのびる木製のアーム。ニスの効いたそれはローズウッドかマホガニーか、赤みと深みの重なった南洋材らしい杢目をしており、木自体は細身ながらも宛ら虎目石のような艶と重厚さがある。同じ材質の幕板には背と左右で3箇所に真鍮のレリーフが施され、その意匠は彼の大袖上部にも似ていた。
     彼のそのもののようだ──とまではいかなくとも、彼らしい品だと思った。例えば大広間にこれが一脚置いてあり、「誰の椅子か」と問われれば、逡巡なしに大般若長光の名を上げることができる程度には、色味も、細部への趣味も、彼のものだと思えた。

    「椅子をおいているんだな」

     絢爛なベッドがある洋間にでも置いてありそうな品だ、そういう意図を込めた訳ではなかったが、何を感じたのかは大般若も察したのだろう。興味深げに椅子を眺める長義に、彼は軽やかに笑って肩をすくめる。

     「敷布団派なのさ。だが、自室に椅子がある生活は良い。自分の居場所が此処にあると言ってくれているような気がしてね。湯上がりに布団を出す前、こいつに腰掛けてゆっくりと頁を捲るのはなかなか趣がある。カーテンを閉めて、深く背に凭れて、周囲の音から隠れるようにして過ごす夜は、俺と猪口と気に入った一冊との、密やかで濃厚なランデブーの時間さ」

     言い終わり、通りすがりに朝の挨拶でも交わすような自然な仕草でウインクが飛んできて長義は僅か面食らった。長船派のコミュニケーションについては耳にしていたものの、此方は本丸に配属されてまだ日が浅い。世話役を買って出たのか何なのか、彼とは何かと一緒に過ごす機会が多いけれど、この男はつくづく距離が近い。まだこの本丸に永久就職を決めた訳でもないのに。
     ゆるりと首を回して視線を椅子に戻す。ぎこちない動きになっていなければ良いと思った。

    「座ってみるかい?」
    「……え」

     熱心に椅子を見ている様子をどう捉えたか、大般若がそう言ってきた。遠慮は要らないと促され、強硬に断る理由も見つからない長義は、手を引いて導かれるまま座面に腰を落とす。

    「わ、」

     想像していたよりも深く沈む体に一瞬だけ四肢が攣る。
     思わず声が出たのを恥じた。つとめて無表情を装い、緩やかに身体の安定する場所を探す。肘掛に手を這わせ、なめらかに光沢を放つ木の艶を指腹でなぞることに集中しているように振る舞う。
     大般若はその反応を愉快そうに眺めながら、紅い目を細めていた。

     良い椅子だった。
     ゆったりと沈むけれど、初めから座面の嵩を理解していれば体勢を崩すこともない。彼が言っていたように、深く身を沈めると肘と背もたれに遮られて周囲の気配がほとんどしなくなる。更にカーテンを閉めてしまえば、この狭い空間だけが自分の世界であるかのような気がしてきて、襖の向こうでは共同生活が営まれていることを忘れてしまいそうになる。
     掛値なしに良い品だ。大して家具に対して知識も興味もない自分でもわかる。
     でも、その椅子を所有者に見下ろされながら身体の下に敷くのはなんとなく居心地が悪かった。
     たとえ許可があったとしても、こんな狭い場所のこんな近い位置からそんな目で見られるのは、むず痒いようで気に喰わなかった。




     でもそれも、随分前の話。
     今では隙を見つけてはこの部屋に入り込んで、椅子の主が居ようが居まいがその上に乗り掛かる。

     あれから、転寝するには少し硬い肘掛けも、クッションを窪みに乗せれば良い具合に頭を支える凹みになることを知った。
     少し身を屈めて背後から近づけば、背もたれの遮音のおかげで彼の不意をつけることも知った。
     彼が座っている時にリボンを解けば、銀の河が流れるようにアームの傾斜を伝うのも知っている。
     二振並んでは座れないけれど、腰の両側に膝を付くようにして跨れば、すっぽりと座面の幅に収まれることも知っている。
     汚した後の張地の手入れや交換の方法も。
     新調後の固い張地が素肌で擦ると少し痛いことも。
     左前の脚につま先を絡める癖がついたせいで、そこだけニスが黒ずんだことも。今ではよく知っている。

     椅子の上で好きなように振る舞う此方を、貴方は困ったように笑いながら眺めてくる。
     その瞬間の赤い瞳が細まる愛おしげな表情も、今はもう、それはよく知っている。



    Lilenzaaaa Link Message Mute
    2020/09/12 20:14:57

    the Chair

    ##SS #般ちょぎ

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