とある吸血鬼の守護者たち その日、ロナルドは浮き足立つ気持ちを抑えながら、昼前の騒がしい街中を早足で歩いていた。
遠方での吸血鬼退治があり、2週間ほど拠点としている街を空けていた。本来であれば移動日も含めれば数日で終わるはずの仕事が長引いたのは、報告されていたよりも多く下等吸血鬼の個体数が多かったことと、実はそれらを操る高等吸血鬼が裏に存在し、その制圧に時間がかかったことだった。
しかも、不運というものは続くもので、帰りの街道が続く長雨で崖崩れを起こし、足止めと遠回りを余儀なくされた。なんとか天気の回復を待ってから旧道を使って馴染みの街へと帰り着いた時には、ロナルドは嬉しさのあまり小躍りしたくなったくらいだった。
そのまま山奥にある古城へと向かおうかと思ったが、まだ陽も高く、今の時間は深く眠りについているであろう古城の主を起こすのは忍びない。それに、乙女心として旅の埃を落として、身綺麗になってから会いたい、というのもある。
まずはギルドで仕事の報告をしてから一度家に戻り一休みしてからにしようと決めたロナルド。ギルドへと向かう彼を呼び止めたのは、懇意にしている果物売りの店の少女だった。彼女はロナルドだけでなく、古城の主とも仲がよい人物だ。
真っ青な顔でロナルドを見上げる彼女に、ロナルドは古城の主に何かよからぬことが起きたことを悟り、心臓が冷たい手で握り締められるような痛みを感じた。
宵の口ですらないというに、その男たちは街の食堂で大酒をかっくらい、周囲が眉を顰めるのも気にせずに騒いでいた。外からでもその喧騒は聞こえてくる。
ぎぃ、と木製のドアを開ければ、ドアに付けられたベルがチリンと軽やかな音を立てた。飛び交う大声の合間にもその音を聞き取った食堂の女主人が、ロナルドの姿を認めて、ホッとした顔で「ロナルド、やっと帰ってきたのかい」と駆け寄ってくる。
「ええ、女将さん。遅くなりましたわ」
女主人へ挨拶すれば、彼女は無事でよかったと頷く。そして何か言いたそうに奥のテーブルで騒ぐ男たちをちらりと見やった。
「その、ロナルド。あんたもうギルドに行ったのかい?」
「まだですわ。それよりも女将さん、あのうるさい方たちは……?」
「あ、ああ…その。流れの退治人らしいんだけど……なんか大きな仕事を終わらせた祝いだって騒いでて……なぁ、ロナルド。あの人たち、さっきからドラルク様を退治したって話してるんだけど、本当かい?本当にドラルク様は退治されてしまったのかい?」
先ほどの果物売りの少女のように血の気のひいた顔をする女主人にロナルドが答えるより先に、ロナルドという名前に反応した男たちがロナルドたちを振り返った。
「あん?……ああ、その銀髪に赤い外套。きさまがロナルドだな?」
無礼な態度に、ロナルドがほんの少し目を細めるだけで返答しない。だが、男たちは気にせずビールジョッキを掲げて笑い出した。
「悪かったなぁ、ロナルド!一足お先に、お前の狙ってた吸血鬼を退治してやったぜ!」
「おうよ!竜の一族と聞いていたからな、どれだけ手強いかと思ってたけど、雑魚も雑魚。簡単に殺せたぜ!!」
「ほんとだよなぁ。拍子抜けだったわ。まぁ、棺桶で呑気に眠っているところを銀のナイフで一突きだから、碌な抵抗できたとは思えないがなぁ」
「すぐ塵になっちまって再生もしないし、歯応えなくて逆に困っちまったよな。とりあえず使い魔のよくわからねー動物ごと棺桶ごと庭に出しておいたから、あとで確認しに行ってこいよ。まぁ、塵の一部ならここにあるがな」
男が懐からガラスの小瓶を取り出す。その中には、青灰色の塵が詰められていた。
ぎゃははと笑う男たちに、ひぃ、と小さく悲鳴をあげた女主人は立ちくらみを起こしたようにふらりとよろめいた。それを近くにいた常連の客が慌てて支え、近くの椅子に座らせる。
ロナルドはといえば、表情の読めない顔で男たちをじっくりと眺めていた。棺桶を外に、というくだりでぴくりと肩を震わせ、また男が取り出した小瓶を食い入るように見つめる。
その視線に気づいた男が、ゆったりと小瓶を懐に戻す。
「やらんぞ。これは俺のコレクションだからな。欲しいなら、棺桶に残ってるのとってこい」
「こいつはこれまで倒した吸血鬼の塵を集める趣味があるんだよ。悪趣味だよなぁ」
「お前は吸血鬼が持ってる金品剥ぎ取ることしか考えてねーだろうが」
「ああ?別に死んじまってんだからそいつらに宝は必要ないだろうが!それに人様に迷惑かけてる吸血鬼なんだから、そいつの宝もんもらっても誰も文句言いやしねーよ」
「そういや、あいつの塵から拾ったやつはどうした?」
その言葉に、男がああ、と腰につけた革袋に手を突っ込み、ひとつの丸い玉をとりだした。
「ああ、これな。宝石かと思ったがわからん。なんかの魔力が込められてるっぽいから、魔道具かもしれんが、詳しくは鑑定士に見せない、と……っ!?」
突如その場に走った臓腑を凍り付かせそうな殺気に、男たちがそれぞれの獲物に手をかけて椅子を蹴倒しながら立ち上がる。
2つの銃口と2振の剣先が向けられた先にいたのは、先ほどから微動だにせず男たちを眺めていたロナルドだった。
「なっ……なん、なんだっ……」
目の前の男は、腕をだらりと垂らしたまま、武器を構えたりもしていない。それなのに、肌がじりじりと焼かれるようなほどの殺気はどうしたものか。これまでにも多くの高等吸血鬼と対峙してきた男たち。中には、危険度S級とされるものもいた。
だが、ロナルドから放出される殺気はそれ以上だった。すぐそこにある死の予感に、未だかつてないほどの恐怖を感じた男たちがガクガクと震え出す。
殺気を直接浴びせられていない食堂の客たちも、息を潜めるようにして、みじろぎひとつせず成り行きを見守っている。それは、さながら神の怒りを恐れ、通り過ぎるのを待つ子羊たちのようだった。
ガチガチと男たちの噛み合わない歯の根が鳴らす音が微かに聞こえる中で、すう、と小さく息を吸った、少し俯き加減だったロナルドが顔を上げた。
「……義眼」
「な、なんだ?」
「義眼だと、申し上げましたの。貴方がお持ちのそれ。宝石と見紛うのも無理はありませんわね。とても美しい、あの人の眼なんですもの」
うっとりとつぶやくロナルドの言葉が理解できず、男はガタガタと震えるだけだった。ロナルドは男たちの様子など気にした素振りも見せず、顔をあげて語りかける。
「……もう、ギルドには退治の報告を済ませましたの?」
「ひっ……い、いいや、いや、ま、まだだ…っ」
ロナルドの視線を受けた男がぶるぶると首を振る。
「そう。それはよかったですわ!手間が省けました」
場に満ちる空気とは裏腹に、にこりと笑ってみせたロナルドが手を胸元で組んで微笑む。
「な、なにがだ……?貴様、手柄を横取りしようってのか……!?」
「あら、いやですわ。全然違います。ギルドに報告されてたら、その誤解を解くのが面倒だなぁと思っただけです。おじ様はまだ死んでないですよって」
「お、おじ様……?」
「ええ。そうですわ。ドラルクおじ様。愚かにも穢らわしい貴方たちが手を触れた、私のかけがえのない宝物。夜に咲く黒百合の如き誇り高く高貴なお方……何か考え違いをされているようですが、そもそも、あのお方が貴方たちのような下品で粗野な三流以下の退治人に退治されるはずないじゃありませんの。おじ様はとてもお強くて優しくて可愛らしい方なんですから……貴方たちに簡単に退治されるような方じゃありませんわ。貴方たちのためにやられたふりをしているのでしょう……全く。おじ様ったら。享楽主義なんだから。ああ、でもだからと言って容易に城に闖入者を入れてしまう防犯意識はいただけませんわね。そこはおじ様によく言っておかないと……棺桶の場所も考え直さなくては。私がいない時はあの秘密の地下牢に閉じ込めて……ええ、そうしましょうそうしましょう」
ブツブツと何か恐ろしいことを呟くロナルドは、答えを見つけたのかうんうんと1人頷いてから、はっと思い出したかのように男たちをみる。
「すみません、ちょっと考え事を」
うふふ、と頬に手をあてて微笑んでから、ロナルドは「ですから」とこほんと空咳をして話を続けた。
「貴方たちがおじ様を『退治』したなんて、本当噴飯物ですわ。思い上がりも甚だしくて、ふふ、ごめんなさい。笑いが堪えられなくて……ええ、でも。冗談も過ぎれば笑い事じゃなくなりますわね」
ふ、と笑みを落として無表情になったロナルドに、彼の気の抜けた雰囲気に一瞬警戒を解き始めていた男たちが慌てて武器を構え直すより早く、4人組の男たちのうち、銃をむけていた1人が「ぐげ」と短い悲鳴をあげ、首に手を当ててどうと床に倒れ込んだ。
「ええ、ええ。笑えませんわ。しかもおじ様の寝込みを襲うなんて、なんて穢らわしい。あの方の寝顔をみていいのは私とジョン様だけですのに」
首に突き立ったよく磨かれた銀色のナイフが、食堂の灯りに照らされてキラキラと光る。首と口から大量の血を噴き出している仲間の姿に、呆然と男たちがロナルドを振り返るが、その頃にはもう1人の男が額にナイフを突き立てられてテーブルに倒れ込んだ。
がちゃんどたん、と食器が割れたり人が倒れる音に続いて、ようやく状況を理解した男たちが騒ぎ立てる。
「き、貴様………ひぃぃっ!?!?」
だが、アクションを起こす前に、いつの間にか距離を詰め、目前に立っていたロナルドに引き連れた悲鳴をあげるしかなかった。しかし、ロナルドは目の前の男の首を片手で掴み、そのまま軽々と持ち上げる。身長こそロナルドより低いが、厚みはロナルドよりある男を軽々と片手で持ち上げるその膂力に、食堂の誰もが息を呑んだ。
「本当は触れるのも嫌なのですけれど。返していただけます?」
「……ぐ、う、な、なに、を……」
喉を握られ、呼吸困難から顔を紫色に染め始めた男が言えば、ロナルドは不思議そうに首を傾げる。
「何をって。おじ様の塵に決まってますわ。あの方の髪一筋、塵の一筋まで、ぜーんぶ私のものなんですの。卑しい貴方が持っていいものではありませんのよ」
形のいい唇はゆるく笑みの形をかたどっているが、その碧眼に輝くのは、燃えるような瞋恚の炎で。
かひゅ、と男の喉がなったところで、残った男がロナルドの頭に向けて銃口を向けて叫んだ。
「そ、そいつを離せ!ぶち殺すぞ?」
自分に向けられた銃口を横目でみて、ロナルドははぁとため息をついた。
「まだ、ご自身の立場をわかっていないようですわね」
胸元の方をみろとばかりに顎をしゃくってみせるロナルドに、銃を向けた男が恐る恐る目線を下に向ける。そこには、仲間の男を吊し上げている腕とは反対の腕で、ロナルドが男の胸元……正確に言えば、心臓の真上びったりに銃口をつきつけていた。
「い、いつの間に……」
「いやですわ。見えてなかったんですの?」
ロナルドにとっては、純粋に疑問として尋ねただけだったのだが、相手は馬鹿にされていると感じたらしい。顔を真っ赤にして、きさまぁぁ!と怒鳴りつけ、引き金にかけた指に力を込めた。だが、引き金を引き切る前に、男はどん、と胸を強く押される感触がして、目をぱちりとまたたかせた。ゆっくりと胸元をみれば、白いシャツの胸元部分に穴があいていて、小さな赤いシミが、段々と広がって……
男が認識できたのは、そこまでだった。他の2人と同じように、何が起きたかわからないという顔で、床に倒れ伏す。
冷たい目で男を見下ろしてから、銃をショルダーホルスターへと戻す。そして吊し上げたままだった男を見て、あら、と声をあげた。酸素の供給を絶たれ、口元から泡を拭き、顔色を真紫にした男がびくびくと体を震わせている。口からこぼれる泡が手に触れる前にぱっと手を離し、無造作に床に放り投げると、痙攣し続ける男の胸元に手を突っ込み、ゴソゴソと探る。
「えーと、たしかここに……ありましたわ!あとはおじ様の義眼も……ああ、よかった。傷もないですわね」
痙攣したままの男を踏みこえて、今度は胸元と床を赤く染める男の元へ向かうと腰から革袋を引きちぎり、中を覗き込んで1つの黒い玉を取り出す。小瓶と黒い宝玉を大事そうに手に取り、頬擦りをするロナルド。
瞬く間に戦闘不能にした男たちには、道端に落ちているゴミほどにも意識を向けることなく、しんと静まり返った食堂の中心で、愛しい宝物を愛しむように黒い宝玉へ口付けすると、それを大事そうに自分のポケットへと仕舞い込んだ。そして、女主人のほうを振り返ると、申し訳なさそうに頭を下げた。
「ごめんなさい、騒がしくしたし、汚してしまったわ。お皿も何枚か割れてしまったし……弁償しますわ!許してくださるかしら?」
先ほどまでの荒ぶる鬼神のような姿からはうってかわり、おろおろとした様子のロナルドに、女主人は詰めていた息を吐き出す。気にしなくていい、と答えるより先に、ロナルドの横に中空より黒い影が『滴り落ちて』きた。
「ーー私が元通りにしよう」
滴り落ちてきた影は、床に触れる前に1人の長身の男を象る。
「あら!おじ様のお祖父様!」
「やぁ、お嬢さん。ドラルクの塵と眼を取り返してくれてありがとう」
黒いマントを身に巻きつけた、長身のロナルドよりもさらに長身の男がいう。
「みんなも、迷惑をかけたね。後始末は私がしよう。あとこれ。迷惑料ね」
はい、と目を白黒させている女主人の手に、ずしりと重い皮袋を持たせると、突然やってきたドラルクの祖父であり、竜の一族の真相でもある男が、ぱちりと指を鳴らした。瞬きほどの極々短い時間、食堂に闇が落ちたと思ったらすぐに光が戻る。そのころには、食堂の床には男たちどころか血の一滴も落ちておらず、流れの退治人たちが使っていたテーブルはといえば、割れた食器やぶちまけられていた料理も元通りになっており、まるで客が食事の途中で席を立ったかのような状態だった。
ぽかん、と口を開けたままの食堂の客の真ん中で、ロナルドははぁとため息をついていた。
「相変わらず規格外な方ですこと」
古城の一室で、ロナルドは棺桶の中で眠る最愛の人がいつ起きるか、いまかいまかと待ち望んでいた。果物売りの少女から「ドラルク様を退治したと豪語している男たちがいる」という話を聞いて、すぐに古城へと向かったロナルドが見つけたのは、かの吸血鬼が眠る棺桶がバラバラになって庭先に落ちている光景だった。塵も周囲に散らばり、顔を上げれば2階の窓の一部が割れて、カーテンが風にはためいているのが見えた。あそこから、棺桶を投げ捨てたのだろう……中に眠るドラルクの塵ごと。
「ヌヌヌヌヌン?」
「ああ、ジョンさん!ご無事でしたのね!」
背後から呼びかけられた小さな声に、ロナルドが慌てて振り向けば、足元に小さなアルマジロがいた。ドラルクの使い魔である彼が無事なのを確かめ、涙を流して喜ぶロナルド。一通りジョンに怪我がないことを確認してから、心の全てが冷たい怒りと憎悪の炎で凍りつくのを感じながら、ジョンと一緒に常備している小さな塵取りで棺桶の周囲に散らばる塵を丁寧にかき集めると、これまた常備している袋に詰めて、ジョンと一緒に大事に抱えて城の中へと入った。
予備の棺桶へ塵を移すと、途中で立ち寄った貯蔵室から持ち寄った保存用の血液ボトルの封を開けて、塵に少し血をふりかけたところで、ふと何か考えついたかのように手を止めるロナルド。
ボトルをテーブルに置くと、自分の指先を噛み切り、ぱたぱたと自分の血を与える。
ぞわり、と蠢く塵にほっと安堵の笑みを浮かべてから、ジョンも棺桶の中にいれてやり、ロナルドは棺桶の蓋をそっと閉めた。
ダメージがダメージなので、完全に復活するまでには時間がかかるだろう。その間に、やるべきことを終わらせなくてはならなかった。
報復のために食堂に向かったロナルドは、最初こそ話し合いでなんとかできないかとは思ったのだ。非暴力をすすめる彼として、いくら最愛の人を傷つけた者であっても、同じ退治人として話し合えば、もしかしたら、と。
だが、ダメだった。
目の前で騒ぐ男たちが、あの下賎で卑しい、見るのも穢らわしい男たちが、ロナルドの愛しい吸血鬼とその愛らしい使い魔を傷つけたのかと思うと、怒りで気が狂いそうだった。しかも、笑い話のように加害の方法を語り、戦利品のように塵と義眼を持っているのを見て、ああ、もうだめだと思った。
この身の内に燃え盛る怒りの炎は、彼らの血でもっても消し去ることはできないだろう、と。
無事にドラルクの塵と眼を取り戻せて、そしてドラルクの祖父が男たちを引き取ってくれてよかった。もし、これでドラルクの塵か眼が永遠に喪われていれば、竜の一族は愛しい子供を奪った人間を許しはしないだろう。人間と吸血鬼の全面対決になっていたかもしれない。
真相が連れて行った4人の男がその後どうなったのか、ロナルドは知らないしどうでもよかった。1人息が残っているやつがいたが、まぁ、真相がひきとらなかったらひきとらなかったで、人間の手によって他の3人の遺体と一緒に始末されるか、吸血鬼の手によって始末されるかのどっちかだ。
どうせ鼻つまみものらしかった彼ら4人の消息が途絶えたところで、誰も何も言わないだろうし、万が一誰か探しにきたとしても、ギルドは、彼らが街にきた記録はないと言い切るだろう。
この街は、竜の一族の庇護下にある街なのだ。
人間を襲わず、彼らを他の害ある者から救う代わりに、住民は吸血鬼を匿い、また必要な血液ボトルなどを流通させている。古くはそのような契約にあった住民と吸血鬼の関係も、今では共存を認めあい、良好なご近所付き合いをするまでになっている。
竜の一族であるドラルクは、この街で特に愛されている吸血鬼だ。彼が傷つけられたかもしれないと知った果物売りの少女や食堂の女主人以外が、慌ててロナルドやギルドに報告したように。彼を守ろうとする勢力は多い。
「本当、馬鹿な人たちですこと」
ドラルクとジョンが眠る棺桶に上半身を預け、くすくすと笑うロナルド。ドラルクを傷つけた時点で、彼らの命運は決まったようなものだ。運よくこの街を離れることができたとしても、ロナルドと、竜の一族が地獄の果てまで追い詰めていた。訪れる破滅が今日か明日かの違いなだけだった。
こつり、と小さく棺桶の蓋が裏側から叩かれた。
慌てて身を起こすと、棺桶の蓋がずれ、細い指が隙間から現れた。
「……おはよう、お嬢さん。」
「おじ様!」
蓋を開けて現れた男にロナルドが縋り付く。
「迷惑をかけたね」
肩口に顔を埋めるロナルドの頭をよしよしと撫でるやせぎすの男。
「本当ですわ!もう、だからあれほど戸締まりは気をつけてくださいと申し上げたのに!」
「いやぁ、まさか寝込みを襲われるとは……ジョンもすまない。心配をかけたね」
「ニュー!」
ドラルクの胸元で甘えた声をあげるジョンも優しく撫で、ドラルクは申し訳なさそうに微笑んだ。ロナルドの頭にキスを落としたドラルクは、ふと鼻を掠めた匂いに眉を顰める。
「ああ……すまない。君に嫌なことをさせたようだ」
「いいえ、いいえ!これくらいどうってことないですわ。おじ様のためなら、私、なんでもしますのよ。前にもお伝えしたでしょう?」
そういうと、顔をあげたロナルドがドラルクの顔を大きな手で包み込むと、額や目元。鼻の頭、頬へキスをしていく。
「それでも、同胞殺しは…」
「同胞なんかじゃありませんわ」
きっぱりと言い切り、ドラルクの眼を見つめる。
「無抵抗の吸血鬼の寝込みを襲い、あまつさえその所持品も強奪していくのは、退治人としても、それ以前に人間として同種とは認めません。ですので、おじ様は気にしなくて良いのですわ」
「…そう。それならいいんだけど。では、あらためて。私と私の使い魔を助けてくれてありがとう、ロナルド君」
「…ドラルクおじ様!」
にこりととろけるような微笑みをうけて、ロナルドは周囲に花が咲き誇るような笑みを浮かべ、そして嬉しそうにその唇に貪りついた。
「ところで、この部屋は…?」
「地下牢ですわ」
「ちっ、ちか…!?」
「防犯意識についてお話し合いが必要だと思いまして。それに不可抗力とはいえ、その可愛らしい寝顔を私以外にお見せになったのですから、お仕置きも必要かと」
ぽ、と頬を赤らめるロナルドに代わり、ドラルクのもとから青白い顔からさらに血の気が引いていく。
「い、いや…それは、ちょっとジョン、たすけ……あれ?!ジョン!?」
「ジョンさんには、お話を通してあります。別室でお待ちいただいておりますわ。あとでみんなでお茶しましょう。さぁ、おじ様。覚悟なさって!2週間分の私の溜まりに溜まった私の愛とお仕置きを始めましょう!」
「話し合いをするんじゃないのかね!?あ、ああーーーっ!!!」