紫煙香るは
ハンターという生き物は大部分が嫌煙家であると思う。まず、鼻のいいオトモが煙を嫌がるし、そもそも体力勝負であるハンター稼業において身体に害しかない煙草をわざわざやる理由もないからだ。
だが、新大陸にギルドの推薦でやってきた男は違った。大概が嫌煙家の同業者に気を遣って人目があるところではやらないものの、与えられたマイハウスやひとけのなくなった飯処ではよく一人煙を燻らせる程度にはそれを嗜んでいた。
だが、新大陸にやって来て困ったことがあった。拠点が狭いのである。そして狭さの割に人が多いのでなかなか煙草を口にする場所がないのだ。
なにせマイハウスでさえ、同期団の推薦組と同室。彼らのことは好ましく思ってはいるが、流石に換気も悪そうなあの部屋で同室者が煙を燻らせているのは、気のいい彼らもあまりいい顔をしないだろうということだけは認識していた。
(だからといって何が悲しくてこんな場所で吸わなきゃならんのか…)
そうして行き着いた先が、人が増えるたびに増築に増築が重ねられた建物と建物の間にある人一人ギリギリ通れるか怪しいぐらいの隙間だった。
乱雑に物が積み上げられていることもあり、人目にも付きにくく勿論狭いので人も来ない。屋外なので煙が籠もる心配もない。火の処理さえ間違わなければ、喫煙場所としてこの拠点内では最適の場所と言えた。
自分の嗜好が、狩人として些かどうかと言われることを自覚している男は、まあ吸えるだけマシかと喉元まで上がってきていた溜息をグッと飲み込んで代わりに煙をふぅと吐き出した。
※※※※※
いつものように任務を終えて、さぁ一服しようと軽く装備を外していそいそと喫煙セットを持っていつもの場所に向かい火をつけ煙を吐き出す。はぁ…この瞬間がたまんねえんだよなと煙草を咥えた口元が勝手に緩む。口元と一緒にゆるんだ頭でぼんやりと今日の狩猟の反省と明日やるべきことを反芻する。
(……とりあえず明日の朝はもう少しゆっくりでもいいか…出発前に加工屋に寄って、必要な素材の個数確認をして…)
「よぉ、カエルム。こんなところで何やってるんだ」
「……は?」
声が急に頭上から降ってきてカエルムは大層驚いた。その上、喫煙しているところを見られてしまった事と、それを見られた相手に動揺してかけられた言葉に間抜けな声しか返すことができなかった。
(見られたこともまずいが、よりにもよってリーダーにか………)
そう、何を隠そうカエルムに声をかけたのは指南役でもある調査班リーダーその人だった。
これはどうしたもんか。よりにもよってこういう健康面とかに一番うるさそうな人間に見つかるとは。ああ…やっちまったどうして気配を察せなかった。向こうの出方がなんとなく予想がつくだけに頭痛が痛い。どう言い訳しようかと考えるが狩猟終わりで緩んだ脳はどうにもいつも通り動いてくれなくて頭を抱えたくなる。
動揺してウンウン唸っているカエルムを尻目に、リーダーは漂う紫煙にスンと鼻を鳴らすと
「あぁ、時折お前から香ってた匂いはこれだったんだな」
そうして今度は首筋に近づいて一嗅ぎ。
「うん。やっぱりそうだ」
満足そうにうんうんと何かを納得しているリーダーにカエルムはさらなる動揺を隠せない。
(匂いやっぱり残ってたのか…って、いやいや今のはなんなんだ?わざわざ俺の匂い嗅ぐのにそこから嗅ぐ?ていうか近くねえ?これが新大陸式の距離感ってやつなのか?)
混乱しながらも、口はなんとか一番の疑問を絞り出しリーダーにぶつける。
「リーダー、なんでここに?」
「あぁ、お前に用事があったんだが、任務の報告したらさっさと戻っちまっただろ?急ぐほどでもないからどうしようかと思ってたら、またお前がどこかに行こうとしてたから追いかけてきた」
なるほどね。至福の一時は頭から全て見られていたらしい。リーダーがここにきた理由に納得したことで、多少混乱がおさまったものの、やはりこのあとくるであろう煙草についての小言のことを考えるとやはり頭痛は収まらない。
「……で?その用事ってのはなんなんだ?」
「いや、さっき言ったとおり急ぎじゃないんだ。お前の休憩を邪魔してまで言うことじゃない。それに」
そうして、ひょいとカエルムの手から煙草を取り上げ
「ッ!ゲホッ!……いけるかと思ったけどやっぱり俺には良さがよくわかんないな」
「………………は?」
そのまま、すぅと口に咥えて盛大に噎せたあと顔をしかめてぼやく彼に完全に脳の動きが、止まって。
「ハンターは体が資本だからな。吸うなとは言わないけどほどほどにしておけよ」
リーダーの行動についていけず、ぽかんとしているカエルムをよそに、手に持った吸いかけの煙草を彼が手にしていた携帯用の灰皿にねじ込むと、じゃあな。と手をひらひらさせながらどこかへと歩いていく。
呆然としたまま、リーダーの背中を見送って頭を抱えて溜め息ひとつ。
「っはぁ〜〜……なんなんだあの人は……」
小言を回避したことよりもリーダーの行動に意識が何もかも持っていかれてしまった。あんなタイプ、現大陸でもそう会わなかった。明日、どんな顔をして司令エリアに行けばいいのか。ただ一つ。かたく決意したのは、
「明日から…煙草吸う場所変えるか…」