サンさんとフリージアのお話 今日の飯は何にしようかなあ。ちょいと奮発して良いステーキでも食うか?なんて、呑気に自身の胃袋と相談していた時。俺の視界は、何やら白い少女を捉えた。
(なんだあ? こんな何もない山道に女の子がいるなんて珍しすぎじゃねェか?)
その子は何やら崖の上に立っていて、じい……と下を見据えている。俺がそれに、まさか……と嫌な予感を覚えた瞬間。女の子は、崖の下の方へと体を傾けていて――
「あ、危ねえ!!」
「きゃ?!」
気づけば俺は駆けていた。持っていた石の精霊達の力を借りて、崖から落ちそうになっていた少女を引き上げる。……本来であれば、他人が身投げすることに対して、俺に止める義理なんてない。けれど、俺はその現場に偶然にも居合わせてしまったのだ。ここで止めなければ、今後の俺の夢見は確実に悪くなるだろうし、何よりこれからちょいと良いステーキを食べる予定が台無しになっちまう……!! そう思ったら、動かずにはいられなかったんだ。
「はー!! ヒヤッとしたぜえ!」
「あ、貴方は……?」
俺に腕を掴まれて、白い少女はキョトンと。これまた白くてまあるい瞳で俺を見つめていた。その表情は、とても身投げを考えているような人間のものではなく、俺は「あれ?」と違和感を覚える。
「お嬢ちゃん、身投げするんじゃねえかと思って……」
「み、身投げ?! ご、ごめんなさい。勘違いをさせてしまったみたいですね……! 実は、この崖にしか生えてない……この薬草を、採りたくて」
少女の手には、見れば物珍しい植物が握られていた。それを見てどっと、俺の全身から力が抜けていった。……なんて紛らわしい……。
「あ、あの。ご迷惑をお掛けしてごめんなさい。……旅の御方。もしよろしければ、私を助けてくださった……お礼をさせて頂きたいのですが」
「……え?! まじで?!」
白い少女の申し出に、俺は素早く反応する。その様子に少女はふふ、と微笑ましそうに「もちろんです」と答えた。
***
「じゃ、その薬草を採ったのって……お嬢ちゃんを治療してくれたっつー先生の、薬作りの手伝いする為だったわけか」
「はい! 先生のお役に少しでも立ちたくて……微力ではありますが、コツコツ薬草を集めているのです」
俺は少女……フリージアのお嬢ちゃんが住んでる家へと招かれた。彼女は俺へのお礼として、昼をご馳走すると提案してくれたのだった。「料理には自信がありますので!」と、テーブルに並べられた様々な料理は、彼女が豪語するだけあってどれもこれも美味そうな匂いが立ち込めている。一口、口の中に放り投げた彼女お手製のハンバーグは実にジューシーで、俺は用意された料理を次々と「うめえうめえ!」とがつがつ頬張った。頬張りながら、フリージアとの会話も楽しむ。
照れくさそうに、「先生」の話をするフリージアは……まさしく、恋する乙女そのものだった。彼女を不治の病から救い、未来を与えてくれたという先生の話をするフリージアは……生きることへの輝きに満ちていた。
「お嬢ちゃん、本当にその先生のことが好きなんだな〜」
「ひえっ?! す、好きだなんてそんな……! 憧れて、尊敬しているだけで……!!」
みるみるうちに顔を赤くして、フリージアはわたわたと否定する。元々色素が薄い彼女は、照れると反応がかなり分かりやすい。
「そんな照れることでもねェだろ! いーねえ、恋! お嬢ちゃんにとって、その先生の存在は生き甲斐で、希望って証だ」
「……でも、私は……この恋が、どうあっても実らないことを知っているんです。だって、先生には大切な人がいらして……。だから、これが恋であってはいけないんです」
言葉を紡ぐ度に、フリージアの声は沈んでいく。自分が抱いている想いは間違いであると。恋心を認めてはならないと言い聞かせているようなその姿に……俺は、なんとも言えない気持ちになった。
「あー……。でもよ、お嬢ちゃん。その恋が実らないにせよ、自分の気持ちを否定するこたぁねえよ! 恋はするもんじゃねえ。落っこちまうモンだ。お嬢ちゃんは、先生のことが好きって気持ちがあったから……今こうして、明るく楽しく生きようってなってんだろ?」
フリージアのお嬢ちゃんはまだ若い。彼女を救ってくれたという先生との恋が……決して、結ばれることのないものだとしても。これから先の彼女の人生を彩り、礎となるものだと……俺は彼女の話を聞いて直感したのだ。
「自分の気持ちに正直に生きな! 人生はたった一度しかねえんだし、お嬢ちゃんを救ってくれた先生だって……お嬢ちゃんに、後悔のない人生を送ってほしいって思ってるはずだぜ!」
「サンさん……! ふふ、ありがとうございます! なんだか、とっても勇気づけられました!」
「あと、先生の為にも……今後あんな無茶は控えた方がいーぜ? 自分の身をまず第一に、だ!」
俺の忠告に、「き、気を付けますね……!」とわたわた応えるフリージア。迷いが晴れたような彼女の顔を見て、俺はホッとした。
***
「じゃ、飯ごちそーさん! またどっかで逢った時にゃよろしくな!」
「こちらこそ! サンさん……本当に、本当にありがとうございました!」
「あと、これやるよ。ムーンストーン。こいつはきっと……フリージアのお嬢ちゃんが、これから先進むべき道を照らしてくれるはずだぜ」
「わあ……! 綺麗……!」
フリージアの小さな手のひらに、サンは神秘的な輝きを放つ石を授ける。月の力が宿るとされるそれはきっと、フリージアのこれから先の人生を支えてくれるはずだ。そんな想いを込めて。
「重ね重ねありがとうございます、サンさん!この石、大切にします……! また逢うその日まで……お元気で!」
「フリージアもな! じゃーな!」
ひらひらと手を振って、白い少女に別れを告げる。いつかまた、遠い未来で……あの少女と再会することがあったとしたら。きっと、フリージアのお嬢ちゃんは、強く咲き誇って、宝石にも負けないくらいの輝きを手にしているだろうと。サンは根拠もなく、強く確信した。