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    今日はいい夢を見たんだグラウンドで元気に部活動をする生徒たちの声は遠く、時折、風によって備え付けられた扇風機のプロペラがカラカラと回る音がする放課後の図書室。じめっとした夏の暑さを残しつつ、開けた窓から入ってくる冷たい風が季節が秋に移ろい始めていることを教えてくれていた。

    入口近くに本棚が密集し奥に行くと本を読むための広めのスペースがあるこの部屋を、弓嗣は知りすぎるほど知っていた。

    ―ーあぁ、いつもの夢か。

    気が付くと部屋の入り口にポツンと佇んでいた弓嗣は勝手知ったる足取りで窓際の本棚に向けて音をたてないように移動する。気配を消して慎重に動くのは『図書室では静かに』なんてよくあるルールを守るためでは無く、どんな音も聞き逃さないためだ。
    弓嗣が窓際から2つ目の本棚にまで近づいた時、小さく本のページをめくる音と話し声が聞こえた。どうやら声の主は二人の少年で、聞こえてきた音の方向的に読書スペースに座っているのではなく窓辺にいるらしい。
    きっと一人は壁に寄り掛かるように床に座り込んで、もう一人はそこに椅子を寄せて座りお互い好きなように本を読んでいるのだ。それぞれ本の感想を言い合う事もあれば同じ本を読んで考察を交わして、時折最近身近に起こった出来事なんかをだらだらと駄弁る仲なのだと知っている。
    なぜならこの茜色の西日が優しく差し込んだ図書室の風通しの良い窓際が当時中学生の弓嗣が本を読むときに一等好きだった場所で、そしてそれを共有する相手がいたから。

    「先輩またそれ読んでるんですか」

    「別にいいだろ?好きなものは何度読んだって面白いからね」

    「でもそれシリーズものの冒険譚でしょう?それなのにいつも同じ巻だけ読んでて、主人公たちの旅が進まないじゃないですか」

    「流石にちゃんと全部一通り読んだって!そのうえでこの話が好きなの。そういうお前だって似たようなサスペンス小説を読んだりしてるじゃないの」

    「!…似たストーリーだとしても犯行の手口や動機は違いますからね!?」

    「ふふふ、はいはい」

    彼らの他に人は居ないがそれでもやはり図書室という場所がそうさせるのか潜めた声で他愛もないやり取りをしてはくすくすと笑っている。ちょうど本棚同士が重なるように配置されているせいで彼らの姿は見えないが、それは彼らからも弓嗣の姿も見えないということなのでこれ幸いにとその場に座り込んで二人の会話を聞くことにした。


    ほぼ毎回こうやって始めるこの夢は弓嗣にとって過去の幸せの時間を切り取ったものであり、青春そのものの形だった。

    それこそ中3の終わりごろから始まった逃亡生活の中で、最初の頃はこうして微笑ましく幸せな夢を見る度にもう戻れない安寧を突き付けられているようで「もはや悪夢だろ!」と嘆いたものだ。
    でも今は違う。


    ―ーもう少し、もう少しすれば…

    少しずつ遠ざかる少年たちの声を追うように本棚に背を預け目を閉じる。まるでゆりかごのような優しさの中にまどろみながら、次に聞こえてくるはずの音を今か今かと待つ。

    ほどなくして、今度は沢山の子供たちの声が聞こえてくる。

    「つぐちゃん!」

    「つぐさ~ん。あれ、寝てる?」

    「おひるね?」

    それは大事な大事な子供たちの声だった。
    静かに目を開けるとそこはもう図書室ではなく、見慣れた探偵社の一室。皆がよく集う部屋のソファに弓嗣は座っている。先ほどまでは第3者として空間に存在していたが、今は現在の弓嗣そのもののようだ。その証拠に目を開けた先で子供たちがこちらを見つめている。
    弓嗣にとって寝ることが能力の反動であるということは説明済なため、どうにも彼が就寝時間外で寝ているとこうして声をかけてくれることがあるのだ。

    「起きてる、起きたよ。ほら」

    軽く微笑んで手を広げる。しばらく声を出していなかったはずだが、特に問題なく発声できることに内心ほっとする。

    「嗣さん」

    ふと上からかけられた声にひかれて顔を上げると、両手にマグカップを持った彰人がそのカップの片方をこちらによこす。中身はブラックコーヒーのようだ。

    「ありがとう。…心配性だなみんな。俺だってお昼寝したいときもあるんだぞ」

    「やっぱりおひるね、してたんだね」

    「寝るならベッド行けよな~」

    「いやいやいや、ここで寝るのも良いもんだよ」

    恐らく誰かがかけてくれたのであろう大きめのひざ掛け、ホットコーヒーの香り、大事な子らが和気あいあいと談笑している声、目が覚めた時に誰かしらがいてくれるという安心感。どれもこれもここ数年当たり前のように探偵社での生活の中にあった弓嗣の幸せだ。

    「そう、幸せなんだよ。俺は。今、とってもね」

    だんだん皆の輪郭がぼやけていく。
    どうやら朝が近づいてきているらしい。

    さぁ、起きるとしよう。

    きっと起きたらすぐに子供らのうち誰かが部屋に顔を出してくれるのだろう。今日の朝食当番は誰だっただろうか。



    朝を迎えることが嫌にならなくなった。目覚めた先に幸福があると知っているから。

    夜眠ることが怖くなくなった。優しい夢に浸り、自分がどれだけ幸せなのかを改めて感じれるから。

    そして寝て、また目覚めれば新たな一日が待っているのだと、期待で胸がいっぱいになるのだ。



    あとがきというか、言い訳というか。

    弓嗣の夢の話。タイトルは何も思いつきませんでした。許してください。

    幸せいっぱいな夢を見て、弓嗣はそれが実際に自分が感じてきた幸福だと理解して噛みしめています。

    本文中にも描写しましたが、昔は幸せな夢を見るのも怖かったし、朝起きてもそこには誰もいない。冷たく絶望の日々が来てしまうので目を覚ましたくないと願うことも数多くあったでしょう。
    でも今はそんなことは無く。むしろ朝起きて今日は何をしようかと胸躍らせて考える日だってあります。
    それは探偵社のみんなの笑顔が、やさしさが弓嗣に幸せをくれたからです。みんなありがとう。

    余談ですが、目が覚めた時に誰かしらがいることがなにより弓嗣的にはとても安心するので、よくメンバーが集う部屋のソファとかで寝ていると思います。210cmが収まるソファってあるんですかね?普通のソファだと足と腕がはみでまくってそうで絵面がシュールですね。



    いつか、いつか、深い深い眠りにつくことになっても、彼は幸せな思い出があるので目を閉じることが怖く無いのです。
    裁縫箱 Link Message Mute
    2023/11/06 3:19:17

    今日はいい夢を見たんだ

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