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    しおり
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    しおり
    その一 結論から言えば、私は死んだ。
     話を始める前からショッキングな導入だと我ながら思う。だけど私は死んだのだ。異世界転生を希望したわけではないし、生まれ変わりたいわけでもない。死んでやろうと思って自死を選んだ。初めて自分の意思をもって選んだ、私だけの道だった。
     そうしてこの魂は今、未来の政府……管理局とやらから来たという小さな狐に握られている。正確には狐にと言うより、バックについている管理局に、だろう。こんのすけと名乗ったこの狐が言うには、期を見て審神者へスカウトしようとしていたのだと言う。それも楽しそうだなぁと、憤懣やるかたない様子のこんのすけを見ながら思った。
    「それ、九日と五時間前に教えて欲しかったな」
    「貴方が勝手に死にやがったんでしょうが」
     口が悪い狐だ。でも事実なので何の反論も出来ない私である。おとなしく座って話を聞くことにしたら、こんのすけはようやく怒りをおさめて、小さく咳払いした。
     いわく、私は審神者として見るなら、霊力の量も質もかなり良いものを持っているらしい。もし肉体があり、かつ毎日の禊も欠かさず行ったら、純度も高くなるそうだ。とはいえ、純度の高すぎる霊力なんて碌なものじゃないのだとか。過ぎたるは及ばざるが如し、と言うものだろう。
     頷きながら、これからのことをこんのすけに確認する。ひとまずは仮の器がいるからと、かなり精巧なからくり人形を手配してもらうことになった。からくり人形と言えば丸関節のあれかと思いきや、今は人外が仮初の肉体として使うもの全般を指して呼ぶらしい。全くからくりは関係ないと思うけど、多分そこは大人の事情なんだろうな、と深く追求しないでおいた。
     ちなみに人間とほぼ変わらない型になると、高級外車数台とその駐車場やら保険、車検代もろもろ含めてもお釣りが来るほどのお値段だった。一番安い型でもいいかなと思ったけど、せっかく管理局が予算をもってくれると言うので、中の上ほどくらいのものを選ぶ。ただより高いものはないとは言え、他人の金でしていい贅沢は焼肉までと決めている私なのである。
     ちなみに『要らない』と言う選択肢はない。私の魂も霊力も、外から見たら垂涎の的となるくらいには価値の高いものだから、何かしらに包んで守らなければならないのだ。低級の妖やら何やらにとって、身体を持たない私は「ご馳走が歩いている」状態に等しいらしい。
     肉体があれば気にしなくてもいいんですけどね、とジト目のこんのすけに言われたけど、まあ、九日と五時間前に人生エンドロールをキメたのだから、放置された元の身体は碌なことになってないと思われる。試しに見に行こうかなと呟いたら、ドン引きしたこんのすけに「大丈夫? 心療内科行く?」みたいなことを言われてしまった。失敬だ。
     さておき、審神者とはなんぞやの話について、次に教えてもらうことになった。
     私の生きていた時代からだいぶん未来の話で、歴史を変えようとする時間遡行軍とそれを阻止する政府が、長いこと戦争しているらしい。圧倒的数の暴力により戦局は不利、故に最後の砦とばかりに切られたカード。それが、モノに宿った心に呼びかけ、刀剣男士と言う付喪神を励起し従える『審神者』なるものだとか。
     切り札をそうそうに出している時点でかなり絶望的なのでは、と思わなくはない。けど、ここを守りきってもらわないと、私がわざわざ死んだ意味も無くなると言われては、仕方ないと重い腰をあげる気になるものだ。こんのすけ、もしかしてセールス上手なんじゃないだろうか。某魔法少女の勧誘役が頭をよぎった。
    「……今失礼なこと考えませんでした?」
    「気のせいじゃない?」
    「はぁ……まあいいです。とにかく、貴方には審神者の任に就いていただきたいと思います。まあ、どうしても駄目なら無理強いは致しませんが」
    「審神者になるのは一向に構わないのだけど、ひとつ聞いてもいい?」
    「なんです?」
    「死者も審神者になっていいものなの?」
     私は死んだことを含め、自分の人生を時間遡行軍なんかに引っ掻き回されたくないので、審神者になることへ抵抗感はない。話を聞くに命の危険と隣り合わせのようだけど、既に死人の私には関係のないことだ。まあ、からくり人形を壊されたり魂に干渉されたら分からないけど。
     こんのすけは澄ました顔で、ああそれですか、と事も無げに教えてくれる。曰く、審神者として働く意思があるなら誰でも拒まないスタンスらしい。だから妖怪だとか半妖、果ては獣神と言った格の違いすぎる存在が審神者をやる例もあるのだと言う。獣神審神者の例について詳しく尋ねたら「私が口にするのも畏れ多いので」と震えだしたので止めた。狐の最高クラスだと言うのだけは聞けたけど、なんで審神者をやっているのやら。
     閑話休題。
     審神者として私に与えられるのは、庭付きの大きな平屋敷の建物が付いた本丸空間に、最初の刀剣男士とも言える初期刀。あとは、審神者としての名前。特に生者と違って肉体という縛りがないので、名前によって魂を縫い付けないといけないらしい。名前にはいい思い出がないし、可能であれば好きに呼ばせたい気持ちはとても強い。どうせ刀剣男士は私のことを「主」としか呼ばないだろうし。
    「……閃いた」
    「却下します」
    「ねえ私に対して塩過ぎない?」
    「気のせいでは?」
     しれっと言いながら端末で私の情報を登録していくこんのすけが、一応聞いてやろうとばかりの目を向ける。なんだその目は、私が死者だから気になるのか。呪うぞ。呪い方は知らないけど。
    「まあそれは置いておくとして。刀剣男士に名前を貰うって出来るのかな」
    「出来なくはありませんよ」
    「そうなの!?」
    「状況によりけりですが」
     こんのすけは語る。諸事情により、年老いた女性審神者の元に引き取られた子どもが跡継ぎとなった話を。
     その子には名前がなかった。今まで名前ではなく「とある」固有名詞で呼ばれていたから、必要とも思っていなかったようだ。その子はある刀剣男士に『名前をください』と頭を下げ、初めて自分を示す名前を手にしたのだと言う。
     本来は推奨されないし、刀剣男士から名前を貰うのは出来れば避けて欲しいと、こんのすけは私を見た。
    「名は体を表す、と聞いたこともありましょう。文字通り、名前によって存在が定義されるからです。有機物も無機物も名前で存在を認知され、魂を定められるのです。ことに無機物が人間の信仰を得て成る付喪神の皆様は、それをよく知っておられる」
    「なら、呼び間違えも気を付けるべきなのね」
    「間違いは誰にでもありますし、意図的でないなら怒られるくらいでしょう。ただ、意図的に何度も違う名で呼んだ際の保障は致しかねます。貴方の身も、刀剣男士様の身も」
    「……」
     さすがに危ない橋を渡りたくはないな、と思ったので、刀剣男士から名前を貰うのは止めておいた。確かに色々あって死を選んだ私だけど、被虐趣味はない。下手に何かやらかして消滅なんてごめんだ。魂まで消えるなら、もっと穏便に消えたいなと思う。
     そんな背景があるので、審神者名は原則変えられないものらしい。どうせ刀剣男士は主としか呼ばないし、こんのすけや政府関係者も「審神者」と役職で呼ぶのでいいかなとも思ったけど、変えられないのに変な名前をつけたら後悔しそうだ。
     だから私は、×××××と自分に名前をつけた。今まで好きでもない名前で、好きでもない肩書きで呼ばれ続けてきた私だけど、こうして自分で名前をつけるだけで力が湧くような気がする。
     審神者名と本丸を置く仮想空間(日本の旧国名を模しているらしい)を決めたら、あとは最初の刀を選ぶだけ。その他必要な情報は、こんのすけがある程度の捏造フィクションを混ぜて登録してくれたらしい。興味があるので見せて、と端末を覗き込む私に、狐は迷惑そうな顔をした。なんでだ。
    「初期刀を決めてくださいよ貴方は」
    「まあまあ。そう固いこと言わないで。……ふむふむ。審神者名×××××、年齢は一七歳……なるほど……」
     割とどうでもいい話だけど、一七歳というのは私の享年だ。ちょうど誕生日を迎えたその日の夜、私は死んだ。だから誕生日は同時に命日でもある。せめて一日でも二日でもずらせば良かったかなと思ったけど、死ぬことを選んだ私は一日も待てなかったんだったと思い出した。
     もういいでしょう、と尻尾で追いやられてしまったので、諦めて「初期刀」が安置されている部屋の前に来た。今更ながら、ここは管理局の中にある審神者任命施設らしい。全体的に和風の内装なのは、日本刀の付喪神である刀剣男士が馴染みやすいから、だとか。
     だから本丸空間の屋敷、いわゆる本拠地も初期設定では和風になっている。これが審神者としての経験を積み、刀剣男士とのコミュニケーションを経ていくうちに、洋風建築になったりマンションになったり、果ては住宅街になったりするとマニュアルに書いてあった。
     いや住宅街って何。と思って取り上げられた一例を読めば、刀剣男士一振りごとに長屋のような住居ひとつをあてがったものである、と書かれていた。神様は狭い一室に集合させると喧嘩すると言うし、ある意味間違ってはいないんだろう。維持費が気になるけど。
     さて、初期刀の間と掲げられる厳かな部屋の前に来たはいいけど、既に現時点で試練が課せられていることに気づいた。引き戸が開けられないのだ。よく考えなくても幽霊なので、物理的に干渉出来ないじゃないか。どうするんだこれ。こんのすけのところへ戻るのも考えたけど、あの狐の大きさでは取っ手にすら届かないだろうし。
    「俺で良ければ開けようか?」
     悩む私の耳に低く、心地の良い声がした。声の先には銀髪に青い目の美青年が、綺麗な笑みを浮かべている。黒いスーツに手袋はお洒落に疎い私でも分かるほど洒落ていて、青いクロスタイも決まっていた。
     私は一も二もなく頷いた。引き戸をすり抜けても良かったかも知れないけど、まず間違いなくあの小姑狐の雷が落ちるからだ。悲しいことに、私のこんのすけは私にだけ厳しい。
     彼が開いた先は、真っ暗闇に飲まれていた。夜よりも暗いなんて聞いていない。手袋に包まれた形の良い指が、室内の暗がりを真っ直ぐ指し示した。
    「暗くて怖いかも知れないけど、入れば明るくなるよ。どうしても明るくし続けることは出来なくてね」
    「なるほど。ありがとうございます。えっと……?」
    「ああ、すまないね。俺としたことが、名乗りもせずに」
     小さく咳払いして、彼は優雅な礼をする。何処ぞの王族貴族を相手にしている気分だ。幽霊と呼べる存在になって初めて優しくされたのもあって、色々な意味で感動した。
    「俺の名は、山姥切長義。備前長船派が傍流、長義の打った一振りだ。ここで新人審神者のサポートをさせてもらっている」
    「山姥切長義さま……そう言えば、初期刀の中にも山姥切国広さまがいましたね。本科山姥切の写しってマニュアルにありましたけど、貴方がその本科さまと言うことでしょうか?」
    「いかにも。俺こそが長義の打った本科、山姥切。何処かの偽物くんとは、似ている似ていない以前の問題だよ」
    「……はあ……」
     聞いてないことまで教えられてしまった。私は山姥切長義さまのことだけ聞いたつもりでいたのに、言葉って難しい。そもそも写しと偽物って何が違うのかが分からなかったのだけど、本能が『この話を振ると絶対に面倒くさい』と警鐘を鳴らしたので聞かずにおく。審神者をやっていけばいずれ嫌でも知るだろうし、面倒ごとは避けるが吉だ。
    「……君は、これから選ぶ初期刀の一振りを俺がこき下ろしても怒らないのかな?」
    「何故? 私が山姥切国広さまを選ぶと決まった訳でも無いですし、そもそもこき下ろしてなくないですか?」
    「審神者殿の最初の刀剣男士になる刀へ『偽物』などと言ったのは、こき下ろしていない……と?」
     そう思う私だけど、意外にも向こうが食い下がってきた。構われないとムキになるのだろうか。でもムキになっていると言うよりは、疑問をぶつけている様な顔をしている。
     多分、純粋に知りたいだけなんだろう。審神者になろう相手にこんな態度を取られたのが、彼にとっては初めての出来事なのかも知れない。なら、聞かれたことには素直に答えるのが礼儀と言うものだ。彼、山姥切長義さまには、触れられなかった扉を開けてもらった恩もある。
     ただ、審神者の総意と受け取られてはいけないので、あくまでこれは私の考えだと念を押してから話を続けた。
    「刀に関してはド素人ですけど、『偽物』なんて同じ刀剣男士から本気で呼ばれる刀なんて、新人審神者どころかベテランにもあてがわないと思ってます。審神者は貴重な戦力と聞いてますし、偽物を掴ませる余裕があるなら、審神者なんて要らないんじゃないですかね」
    「……なるほど?」
    「第一、他人を不愉快にさせるかも知れない単語をわざわざ使うメリットなんて、貴方にないでしょう? 逆に言えば、そう言わないといけない貴方なりの理由があるんだなと思った。それ以上も以下もありません」
     そも、攻撃的な言葉は防衛本能から来るらしいと何かで聞いた記憶がある。きっと彼の『偽物くん』呼びもそうなんだろう。だからと言って私には何の関係もないし、彼が自分を守るために山姥切国広を攻撃するとして、私に止める権利もない。自己防衛の範囲なら好きにしたらいいんじゃなかろうか。私のことまで馬鹿にし始めるなら、それなりのお返しはするつもりだけど。
     彼はぽかり、と目を丸くして私を見た。完璧すぎる微笑みの時は気づきにくいけど、気を抜くと意外にも幼さが目立つらしい。多分言ったら怒られそうだし、仮に怒らないとしても、初対面の刀剣男士に「山姥切長義さまって意外と童顔なんですね」とは、さすがに失礼すぎるので言わないでおく。
    「……変わった審神者殿だね……」
    「まあ、変わっているでしょうね。……貴方も刀剣男士なら、いつか、私のような審神者の本丸に来るんでしょうか?」
    「さて、どうかな。そこは守秘義務と言うものがあるから、俺の口からは言えない。ただ、君のように理解のある審神者殿の所なら、喜んで力を貸したいと思うよ」
    「ありがとうございます。その時がもし来ればよろしくお願いしますね。山姥切長義さま」
     彼は笑顔で応じてくれた。素直と言うか、心からの表情はやはり童顔に見えるので、普段の表情はかなり無理をしている、もとい作り上げられているんだなぁと思った。長船派とやらの刀は、彼がそうやって背伸びするほど大人っぽいのかも知れない。まさかホストばりの顔面じゃないだろうとは思うけど、今後の審神者ライフが少し楽しみになる私だった。
     部屋に入った途端、中が仄かに明るくなる。刀掛けへ掛けられた五振りが、厳かに暗がりの中へ浮かんで見えた。正直、どれも同じに見えるとは言えない。
    「最初の刀を選んでください」
     いつの間にか隣にいたこんのすけが、機械的にそう告げる。同時に、すぐ目の前で電子画面が展開した。まるでSFだ。そう読んだことはないけれど。
     画面には、人の姿をした刀剣男士が映されている。刀と同じ位置に立っているので、対応する刀剣男士が表示されているようだ。刀ド素人の審神者にも優しい仕様に心の中で感謝しつつ、画面の情報を指でスライドさせた。
     初期刀に多くを求めるつもりは、実はあまりない。最初の刀くらいには「私、幽霊です。人間としては既に死んでます」とカミングアウトするつもりでいるので、咎めたり悲しんだりしないのがいいなと思った。それくらい。
     何故って、怒られたり哀れまれたり追求されたり報復を誓われたりするために、私は私の命を絶ったわけではないからだ。そもそも私は死を持って報復してやっているのだし、制裁は要らない。死ぬきっかけとなった場所になんか、金輪際関わりたくもない。
     そんなわけで、歌仙兼定と蜂須賀虎徹は真っ先に除外した。こんな包容力高いお兄さんみたいな二振りにカミングアウトしようものなら、「命を粗末にするんじゃない」だとか「誰がそこまで主を追い詰めた」だとか言われるのは分かりきっている。
     似たような理由で、陸奥守吉行も除外した。快活な兄貴分と言えそうな彼はなかなかに好感触だけど、なんと言うか犬っぽいし、泣かせそうだと本能的に感じた。私の死を悲しむ存在なんて、この世に一人たりとも要らないし、作りたくないのだ。だから、惜しかったけど彼は止めておいた。
     加州清光は……どうだろう。割り切りそうにも見えるし、主至上主義にも見えるから悩みどころだ。大事にするならそこは拘らないと言ってくれるならいいけど、泣かれたりブチ切れられたりしたら面倒そうだなと思う。
     そして、山姥切国広。霊剣山姥切の写しで、実力は十分だが色々拗らせていると説明にはある。聞いてもいないのに「写しなのが気になるのか」みたいなリアクションされてもな、と思った。刀ド素人に写しだ本科だと訴えられても分からないので困る、としか言いようがない。
     でも、見たところ彼は自分のことで手一杯のようだ。まあ「俺が写しだから死者なんて云々」くらいは言われるだろうけど、怒られたり同情されたり泣かせたりするよりは、余程付き合いやすい気がする。
     私は死んでいる。それはどうやっても変わらないし、変えてほしくないことだ。まさか審神者にスカウトされるとは思っていなかったし、こんな形でセカンドライフを開始することになるとも予想していなかったとは言え、どうせなら少しでも過ごしやすく審神者生活を送りたい。
    「決まったら、その刀の元へ。貴方の霊力で顕現してください。……ああ、顕現が終わったらすぐに本丸へ行きますよ。貴方は霊体なんですから、本丸にいた方が存在も安定しやすいと言うものです。本丸と言う空間そのものが、霊的な護りのちからを持っていますのでね」
    「……もしかして心配してくれてる?」
    「審神者が初期刀顕現と同時に消滅しましたなんて、笑い種にもならないでしょうが。刀剣男士様にも無礼だと思わないんですか」
     確信した。これは私のこんのすけだ。機械的に初期刀選びを告げてきた時は別人、もとい別狐になったかのようだったけど、私に対する塩対応の具合、間違いない。
     妙な感動を覚えながら、初期刀となる刀、山姥切国広さまの本体の前へ向かう。いつの間にか他の四振りは、部屋の暗がりに飲まれて見えなくなっていた。
     ところで顕現って、どうやるのだろう。刀を持ってくれと言われたらどうしようか。引き戸にすら触れなかった私が、刀に触れてもすり抜けるに違いない。
     橙色をした下緒に触れる。刀をひと撫でして、すり抜けないことに驚いた。やっぱり神様の器だからなのか。ゆっくり撫でてから、その姿を思い浮かべた。祝詞なんて唱えられるわけがないので、何度か撫でて、ただ一言。私の刀になる彼の名で、この現世に現れてもらうのだ。
    「――山姥切国広」
     ふわり、と桜が目の前に舞った。静かな夏の空の空気。触れていた刀が、不意に私の前から消える。
     最初に目を引いたのは、姿を隠す大きな布だった。わざと汚している白い布は、それでも不潔さを感じさせない。布から覗く金色の髪は柔らかな色で、こちらに向けられるまなざしは、入道雲の向こうに広がる空を切り取って閉じ込めたかのよう。真一文字に引き結ばれた唇は意思の強さを感じさせると同時に、何かを耐えて歯噛みしているようにも見えた。
     外見年齢を人に当てはめるなら、私と同い年くらいの見た目を持つ刀剣男士。幼さと達観した様を同時に併せ持つ彼こそ、私の選んだ最初の刀、初期刀になる。
    「山姥切国広だ。……あんたが、俺の今代の主か」
     本科である山姥切長義さまよりも低い、ともすれば陰鬱にも聞こえる声が、私を呼んだ。手を伸ばそうとして止めた代わりに、こくりと頷く。物理的に触れられないのをうっかり忘れていたのだ。直前で思い出したから良かったけど、危うくファーストコンタクトからおかしくなるところだった。本体に触れられたからと言って、山姥切国広さまの手を握り返せるとは限らない。と言うより、多分無理だと思う。
    「はい。私が今日から、貴方の主となる審神者です。よろしくお願いします、山姥切国広さま」
    「……よろしく」
     山姥切国広さまは顔を隠すように布を引き下げて、何かぼそぼそと話している。小さすぎて聞こえないけど、多分聞かせたいわけでもないでしょ、とスルーした。
    「山姥切国広様、お初にお目にかかります。私はこの度、こちらの審神者様お付となったこんのすけにございます」
    「そうか……」
    「色々とお話したいことはございますが、まずは本丸へ。このまま転移致しますので、動かないでください。……本当に、動かないでくださいね?」
     何故私を見るんだこの狐野郎。
     頬を引き伸ばしてやりたい衝動を抑えながら、こんのすけが展開した陣の上に乗る。ふわりと足元が浮いたような感覚を覚えたかと思えば、目の前に平屋建ての屋敷が佇んでいた。
     辺りの景色は、良く言えば自然豊かで、悪く言うなら田舎のようだ。遠くまで見える山に、ころころ流れる小川の澄んだ水。今は春だっただろうか。お昼寝にぴったりな陽気と花の柔らかな香りすら感じた。マニュアル通りなら、これら全てが私、審神者の所有物となるのだ。とはいえ私物ではなく、いわゆる公費で賄われるものらしいけど。
     隣の山姥切国広もぽかりと屋敷を見つめていた。盗み見た横顔は、初対面の時よりどことなく幼さを感じる。変なところが本科さまに似たものだな、と思った。血縁関係があるか分からない刀剣男士に、似てるとか似てないとか言うべきかは分からないけど。
     玄関を上がり、廊下を渡る。本丸は新品なのでどこもかしこもぴかぴかだし、畳は藺の真新しい香りが感じられた。ある程度の調度品も揃っている。すぐにでも何人かが生活するのに事足りる仕様だ。
     色々見て回りたい気持ちはあったけど、こんのすけに無言の圧力をかけられてしまった。仕方なしに執務室へ足を向ける。障子はこんのすけが念動力か何かで開けてくれたようだった。……それが出来るなら、初期刀の間とやらの引き戸も開けてくれと思ったのは内緒だ。
     そう言えば、からくり人形っていつ届くのだろう。こんのすけにいつまでも襖の開け閉めだとか雑事を任せるのも気が引けるし、山姥切国広さまにはもっと申し訳ない。
     そんな私の考えを読むかのように、部屋のほぼ真ん中へからくり人形が鎮座していた。出来ればお届けする場所も指定したかったなと思うけど、執務室へ届ける以上の指定はできなかったのかも知れない。
    「……主の部屋に、誰かいるぞ。先客か?」
     予想通り、そんな問いかけが隣からやって来た。こんのすけが足元でなんと言うべきか悩んでいる。当事者として、私が教えるべきだろうと一歩踏み出した。着物を着せられ、お行儀よく正座して瞑目する黒髪の少女。昔の私と重なって吐き気がした。
    「山姥切国広さまには、先にお話しなくてはなりませんね。どうぞ、中に」
    「あ、ああ」
     戸惑う彼の後ろで目配せすれば、こんのすけは即座に襖を閉めた。出来た狐だと感心する。これで私にだけ辛辣になるのを止めてくれたら満点なのだけど。
     私が出せない代わりに、こんのすけが座布団を用意してくれる。楽にするよう呼びかければ、山姥切国広さまはゆっくりと腰を下ろした。本体になる刀を右に置く姿勢は流れるように自然で、武士なのだなぁとしみじみ思う。
    「さて……結論から先に言いますが、私はもう死んでます」
    「は?」
    「待ってください審神者様。いきなりぶっ飛びすぎです」
     人形の傍に座って話を切り出せば、即座にこんのすけが話を中断した。ぶっ飛びすぎも何も、ここから話さないと何も進まないのだから仕方ない。
     とはいえ山姥切国広さまが困惑を全身で顕にしたので、順序を追って話すことにした。結論から言った方が話も短くなると思うのだけど、こんのすけが鬼の形相で睨んでくるので、今回は順序正しく話すことにする。どうせ、彼以外には明かさない話だ。
    「一七の誕生日を迎えた日、私は自ら命を絶ちました。そして輪廻に乗る前に、こんのすけから『僕と契約して審神者になってよ』と勧誘されて、断る理由もなかったので着任したのです」
    「そんな言い方してないですけど!?」
    「……だが、俺には主が普通に見える。幽霊とやらは人に見えないんじゃないのか? 刀剣男士おれたちが人と違うとは言っても、身体は人間だ。こんなにはっきりと、あんたの姿は見えないと思うが」
    「審神者に就任したことで、審神者名によりある程度の存在が定義されたからじゃないですかね。でも、今のままだと私には触れられないと思いますよ」
     言いながら、山姥切国広さまへ向けて手を差し伸べる。おっかなびっくり握手しようとした彼の手は、果たして私の手をすり抜けた。
     やっぱりな、と頷く私の前で、山姥切国広さまはますます困惑している。顕現〇日目で仕えるべき審神者が死人かつ幽霊と知ったのだから、妥当な反応ではなかろうか。普通の人間なら泡を吹いて卒倒くらいはしてそうなものだ。山姥切国広さまは人間じゃないし、本人的にはコンプレックスであろう『妖怪山姥を切ったかも知れない刀の写し』だから、困惑だけで終わっているに違いない。
    「山姥切国広さまが客人だと言ったこれは、私の身体代わりになるからくり人形です。からくりとは言いますけど、実際にはもっと高度な技術が使われているのだとか……まあそれはいいんですけど」
    「人形?」
    「はい。先程も申し上げました通り、私は死人。今見えているのは幽体です。今の私には無機物、有機物問わず、魂を守る器がない状態ということですね。だから、こうして……」
     未だに困惑が消えない彼の前で、人形へ重なるように入り込む。正座の格好から『私』は動き出した。思ったより滑らかに動く関節や手足、眼球その他に感動しながら続ける。
    「魂を守る器が必要、と言うわけです。自分で言うのもですけど、こうして見るとなかなか人間っぽいでしょう? これでもからくり人形らしいですよ」
    「……」
    「ちなみにですけど、この事を私が話すのは貴方にだけです。これから来る刀剣男士の皆さまには、一切お話するつもりはありません。だから山姥切国広さまも、私が死人で、この身体は人形に過ぎないと言うことは黙っていてくださいね」
    「あんたがそう命じるなら、俺は従うだけだ。……が、何故俺に話したんだ? 初期刀だからと言うだけで、こんな話を聞かせても良かったのか」
     囁くように聞き返してくる彼は、困惑を拭いきれない様子ながら、真っ直ぐに私を見つめてくる。知りたいから聞いているその視線は、本科さまに少し似ているような気がした。
     私は笑う。頬の筋肉が笑みの形を作るのが分かる。本当に人間みたいに出来ている人形だな、と感心した。
    「初期刀にだけは話そうと、決めていたことですから。……山姥切国広さまを選んで正解でしたよ。だって、貴方は私が自死したからと話しても、困惑こそすれ、怒ったり哀れんだりしていないでしょう? それがいいんです。どんな風に生きたとしても、どう言う道を選んだとしても、私は私なんですから」
    「……」
     山姥切国広さまはそれを、何処か遠くの出来事みたいに聞いていた。そう言えば彼も、自分がオリジナルでないことを悩み、生き方に迷う刀だったような気がする。
     本科さまにはああ言ったけど、私が彼を選んだのは、ある意味必然だったのかも知れない。傷の舐め合いとは違うし、そんな関係になるのもちょっと困るけど、私の言い分を彼は分かってくれる気がした。私が彼を分かるだなんて、畏れ多すぎてとても言えないけど。
    「改めて、これからよろしくお願いします。山姥切国広さま」
    「……その『様』呼びは何とかならないのか……? 写しの俺なんかに、様呼びする必要はないだろう。敬語だって要らない。あんたが主なんだから」
    「ですが、私よりも余程位が上の御刀さまに呼びタメはさすがにどうかと思うのですが」
    「よび……ため?」
    「呼び捨てと敬語なしの略です」
     よく考えなくとも、付喪神の彼は最低で百歳を超えているのだった。呼びタメと言って理解されたら、そちらの方が違和感だろう。
     それはそれとして、どうしたものか。敬語は抜こうと思えば抜けなくもないとして、彼のことをどう呼ぶべきなのか、まるで考えていなかった。
     山姥切と呼んだら本科さまと比較して落ち込みそうだし、国広呼びは馴れ馴れしいと言うか、どうもしっくり来ない。山姥切を文字って「まんば」と呼ぶのも、個人的には何だか収まりが悪い気がする。
     山姥切国広。山姥切長義の写し刀。とても良い名前だから、何とかして両方の要素を残したい。彼が私の初期刀ならば、尚更。
     彼の目は「好きに呼べばいいのに」とばかりに私を見ている。その澄んだ瞳と視線が合った瞬間、天啓のようにかちりと嵌る呼び名が脳内に降りてきた。在り来りだろうけど、気に入ったからこれにしよう。
    「……なら、切国と呼んでも?」
    「切国?」
    「ちょっと、敬語はすぐに抜けないので……せめて呼び名だけでも親しみあるようにしたいなと。私の初期刀につける呼び名としては、なんというか、無難ですけど」
    「主が『初期刀の俺』に、その名をくれるのか?」
     名は体を表す。何処にでもいる『山姥切国広』に、たとえあだ名でも「私の初期刀」と示すための名前を与えることは、彼のかたちを定義することに他ならない。
     こんのすけが何も口出ししてこないのを見る限り、アウトラインは踏み越えていないのだろう。本当に駄目なら、きっとこの狐は私の手を噛んででも止めるはずだ。からくり人形の身体に痛覚があるかは分からないけど。
     彼もそれを理解したから、重ねるように問いかけてきたのかも知れない。だから、ひとつ大きく頷いて見せた。
    「私の初期刀、山姥切国広。私の刀ならば、この呼び名を受け入れてもらいたいのです。改めて、切国と呼んでもいいでしょうか?」
    「……あんたの命令だからな。好きにしたらいい」
     傍から聞くとすげない言い方だったけど、締め切って桜の木も見えないはずの執務室に、ひらりと桃色の花弁が落ちる。なるほど、刀剣男士は嬉しい時でも桜の花びらを舞わせるのか。新しいことを学んだ気分だ。
    「では、改めて。これからよろしくお願いしますね、切国。この話を内密にすることも含めて」
    「分かった。宜しく頼む、主」
     今なら触れられるから、と手を差し伸べる。握り返してくれた手は、線が細く見えてしっかりと武人の硬さを持っていた。
     かくして、予想だにしなかった私のセカンドライフは幕を開けたのだった。
    JURAKU(じゅらく) Link Message Mute
    2024/06/30 10:37:58

    その一

    刀剣乱夢、山姥切国広×女審神者です。まだ出会ったばかりなのでCP要素がないですが、今後姥さにになる予定なのでタグ付けしておきます。
    伏字は尊敬する作家さんリスペクトにつき、長かろうと短かろうと✕5つです。テスト投稿中。

    【注意】
    以下の要素を含むシリーズです。ひとつでも無理だと思う方の閲覧は推奨しません。
    ・審神者が死人(幽霊)です
    ・審神者の一人称で話が進みます
    ・とうらぶ政府などに関する独自解釈、ねつ造設定があります



    #刀剣乱夢
    #姥さに
    #女審神者
    #独自解釈
    #ねつ造設定

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    • その三刀剣乱夢、山姥切国広×女審神者です。まだ出会ったばかりなのでCP要素がないですが、今後姥さにになる予定なのでタグ付けしておきます。
      テスト投稿中。
      今回から、刀剣男士にこの本丸独自の呼び方(あだ名)がつきますのでご注意ください。
      また、審神者ちゃんの特殊能力も出てきます。(読む人によってはチートと思われるかも知れない)


      【注意】
      以下の要素を含むシリーズです。ひとつでも無理だと思う方の閲覧は推奨しません。
      ・審神者が死人(幽霊)です
      ・審神者の一人称で話が進みます
      ・とうらぶ政府などに関する独自解釈、ねつ造設定、ねつ造単語があります



      #刀剣乱夢
      #姥さに
      #女審神者
      #独自解釈
      #ねつ造設定
      JURAKU(じゅらく)
    • その四(切国視点)刀剣乱夢、山姥切国広×女審神者です。まだ出会ったばかりなのでCP要素がないですが、今後姥さにになる予定なのでタグ付けしておきます。
      テスト投稿中。
      今回は切国(山姥切国広)視点で「その一」を書いたものとなります。


      【注意】
      以下の要素を含むシリーズです。ひとつでも無理だと思う方の閲覧は推奨しません。
      ・審神者が死人(幽霊)です
      ・審神者の一人称で話が進みます(一部は相手刀剣視点。タイトルに〇〇視点と入ります)
      ・とうらぶ政府などに関する独自解釈、ねつ造設定、ねつ造単語があります



      #刀剣乱夢
      #姥さに
      #女審神者
      #独自解釈
      #ねつ造設定
      JURAKU(じゅらく)
    • その二刀剣乱夢、山姥切国広×女審神者です。まだ出会ったばかりなのでCP要素がないですが、今後姥さにになる予定なのでタグ付けしておきます。
      テスト投稿中。
      初期刀山姥切国広、チュート鍛刀(短刀)乱藤四郎、初太刀小狐丸です。
      ねつ造単語がここからばんばん出て来ますので、分からないところがありましたら教えてくださると幸いです。

      ちなみに今回のねつ造単語:
      指導短刀⇒原作ゲームでいうチュートリアル短刀のこと。


      【注意】
      以下の要素を含むシリーズです。ひとつでも無理だと思う方の閲覧は推奨しません。
      ・審神者が死人(幽霊)です
      ・審神者の一人称で話が進みます
      ・とうらぶ政府などに関する独自解釈、ねつ造設定、ねつ造単語があります



      #刀剣乱夢
      #姥さに
      #女審神者
      #独自解釈
      #ねつ造設定
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