ちょぎさにSS2 ただの一言で良いのに。彼は私の思惑にはまらない。
「ねえ、長義君?」
「何かな」
ソファーに横になって本を読む山姥切長義の傍に私も腰かけ、彼の腹に乗り上げんばかりに詰め寄る。反応は無し。仕方なく今度は読書の邪魔にはならない程度の力加減で彼の思ったよりも厚みのあるしなやかな上体へやんわり圧をかけてみた。すると彼が僅かにこちらを目だけ動かし見る。すかさず期待をして私はにこにことしたが、その視線は直ぐ本へと戻ってしまったので私は眉尻を下げた。
うん、とかああ、とかじゃあない。ちゃんとした言葉を返してほしい。別に毎日言ってほしいわけではないけれど。偶々聴きたくなったその言葉が、欲しいときに欲しいだけ。彼はとても聡明だから、いつも私の求めるものはなんだってくれる。なのになのに、どうしてどうして。
「もー!どうして長義くんは好きって言ってくれないの!?」
しびれ切らして自ら口にしたその言葉。突然無性に欲しくなって先程からそれとなくアピールをしていた訳だが、彼の口は私の欲しいものを紡がなかった。それどころか――。
「恋人の俺に好きと言ってくれない人が目の前に居るからかな?」
「!」
表情も変えず彼は本に目線を流し続けながらきっぱり言った。思わず唸り怯んでしまう。負けるな私。ここで引き下がったら勝負にもならない。勝手に吹っ掛けたのは自分だが、欲しいものは手に入れたい。
「い、いじわる!」
「この場合、意地が悪いのは貴女の方じゃないのか」
図星を指摘されてもなんとか噛みついてやる。しかし彼は平然と反論を返してきた。言い出しっぺの法則ならば彼は正しいのかもしれない。けれどそれはどちらか一方の意見が強い場合に発生するもの。私達の好きは互いに釣り合っている筈。つまりこれは卵が先か鶏が先か。それなら互いにイーブンだろう。そうだ。きっとそうに違いない。さあさあ、言ってやるのだ私。
「それに、貴女は俺が所構わず好きだ好きだと言っても構わないのかな」
「そ、れは…」
意気込んでいた私に再びちらと目をやって彼は首を傾けた。所構わず好きだと言ってくる彼を想像してみる。それはとてつもなく恥ずかしいし不自然な気がした。彼の追加攻撃は絶妙な角度で私にヒットする。けれども私は今、欲しい。今日はとてもとてもわがままなのだ。そう、自ら言い出した手前もう良いです、とは言えなくなってしまったなんてことは決してない!
「もー!長義くんなんか…」
私の欲しい言葉をいの一番にくれない彼なんか知らない。もうこのままここから立ち去ってやろうか。今夜部屋にやって来ても追い返してやる!そう捨て台詞を吐いて彼を困らせてしまおうか。何だその弱そうな悪役キャラは。気づけばどんどん弱気になっていく私。
「なんか?」
「うっ…」
勝負にならないと余裕そうにする彼。なんて可愛げのない態度!ならばここはきっぱりさっぱり言ってやらねばなるまいよ!そう思って顔を精一杯しかめて彼と目を合わせるが、飄々とした態度の合間にふと見える柔らかな表情を、私が見逃すことはない。そしてそれに気付いてしまえば途端にあふれ出る感情が私の心を優しく締め付ける。私のこんなくだらない意地にも付き合ってくれて、しっかりと向き合ってくれている彼のことが私は。ああ、私は――。
「好き」
とうとう先に言ってしまった。結果は私の惨敗だ。勝負なんて始まってもいやしない。悔しい。でも嫌いになんか到底なれない。好きで好きで仕方がない。
結局それは私が言いたくて仕方が無かったことだった。けれど一方的過ぎて彼が冷めていたらどうしようかと不安で。だから彼からの言葉を余計に欲してしまった。意固地になった時点で私の負けなのに。むすっとした顔で私はそっぽを向く。敗者の悪あがきよろしくへそ曲がりな態度を最後まで貫いてみたが、心の中では本当に飽きられてしまったらどうしようと焦りがせりあがって来てもいた。自分勝手なのにも関わらず全くおかしな話である。
そんな風に内心百面相している私の耳へ、ぱたりと本を閉じた音がした。顔を上げると彼がサイドテーブルに本を置いて起き上がっており、それからあっと言う間もなく腰に彼の両腕が回わって引き寄せられる。ぐっと縮まった距離に思いがけず私が戸惑っていると、彼はふっと微笑した。
「俺もだよ」
私の顔を覗き込むようにして優しく囁いた彼が私の前髪を撫でる。至近距離での甘い声に背筋が震えて口が開くと彼の唇が、ちゅっと可愛らしい音を立てて重なった。顔が熱くなって心臓が爆発しそうなほど跳ねる。そんな私の顔を両手で包んで彼はより一層蕩けるような笑顔で目を細め、続けるのだ。
「好きだ…貴女が一番、何よりも好きだよ」
「!」
圧倒的な勝利は彼の掌にしかない。けれど彼は勝利よりももっと特別なご褒美をいつも用意してくれている。ああ、なんて贅沢なのだろう。心が満たされるのを感じながら、私はゆっくりと瞳を閉じた。