君が見てる景色 (4)君が見ている景色 (4)
聞きなれない音楽と慣れないシートの硬さで薄らと目が覚めた。シートベルトにタオルが巻いてあり、知らい洗剤の香りがする。身体ごと頭を寄せるにはとても柔らかで、そのまま外の景色を眺めていた。
「…起きたか、チャンピオン」
状況を飲み込めぬまま運転席に目を向けると、開けた窓に肘をつき片手でハンドルを握るストームと目が合った。
「ん…、君の車…?」
まだ寝ぼけているのか、頭がよく回らない。「アンタあのまま意識飛ばしたからな。誰かに預けて来ても良かったんだが、病院にでも担ぎ込まれて検査で薬物でもでたら今後に支障がでるだろ」
淡々と喋るのを聞き、さっきまで自分が薬を飲まされたことによる醜態を思い出した。頭の中で一気に色々と思い出し、僕は走行中のドアを開けようとしていた。
「はぁ!?ちょ、お前危なっ…!!!」
急いで急停車した車からはうように外にでた。
「…おい、アンタ俺が嫌いだからって走行中の車から降りようとするとか頭おかし……」
貼ってでも出て正解だった。
思い出したと同時に条件反射に近い吐き気が一気にきて、ストームの車から降りて1メートルもしないところで胃の内容部が溢れ出す。
「がっ…、ぅぇ…。っ!」
道路脇に手を付きそのままストームの前で吐いていた。とくに物を食べたわけでもないので吐くものもあまりなく、胃酸混じりの苦酸っぱい液体を吐き続けていた。びしゃびちゃとコンクリートに落ちる音と、自分の嗚咽が人気が無い道に響く。一通り吐ききってもまだ何かでるのか、自分で止めたくても何度もくる嗚咽に目に涙がたまる。本当に最悪だ。
内臓を絞られるように込み上げてくる吐き気に頭の中も真っ白になりかけ、また意識が朦朧としてきたところで誰かに背中をさすられているのに気づいた。ストームだった。
「…おい、大丈夫かよ?吐ききったならこれで口の中ゆすげ。」
ペットボトルの水をだされ、それを口に含み軽くうがいをし、ボトルを返した。
「ごめん…、事情説明してたら君の車の中で吐きそうだったから…」
申し訳なくて目を合わせられずにいると、ストームの方が鏡込み、僕の顔を見てきた。
「んー、とりあえず吐いて落ち着いたみたいだな。車の中に常温のスポーツドリンクあったから飲めよ」
さっき渡された水は少し冷たいものだった。ストームはスポーツドリンクを自分のポケットに一度入れ、僕の身体を起こし近くの縁石に座らせた。
「ほら、手ーだせよ。」
嘔吐物が着いてしまった手を彼の目の前に出すと、さっき口をゆすげと渡してくれた水の残りを手にかけてくれた。おかげで軽く洗う事ができた。まだぼぉっとしてる頭で彼の言われるがままに、先程のスポーツドリンクを口に含み、そっと1口飲んだ。何とか吐かずに飲めそうだ。
「……ごめん、ストーム。何から何まで」
いや別にバイトとかゲーセン仲間と呑んだりした時に吐くやつの介抱やってたから慣れてるわと手際よく片付ける。
「…でも本当にごめん。そういう事をしてきた時っていつも家に着くといつも吐き気が酷くてね。無理やり口の中に出されたり飲まされたやつとか、そういうの吐くのが癖になってて…。あの薬みたいなの飲まされた後っていつもこうなんだ…」
自分の胃の中にあの人やあの人が呼んだ他の男の精液を入れておくのが気持ちが悪く、前は口に指を突っ込んでまで無理やり吐いていたけれども、それが身体に癖としてついたのか、そのまま一気に吐き気にみまわれたのだった。
ストームはふーんと適当な返事をし、聞いているか聞いていないのかわからない返事をした。
「…あれ?僕の私物……?」
「あぁ、どれだかも分からないし、スマホは持ってそうだったからサーキットの奴らにアンタの私物あったら、明日取りに行くからまとめといてくれと言っておいた。」
スマホで連絡取れれば別に置いて言っても大丈夫だろうと言っていた。
「…そっか、そうだね。スマートフォンで決済もできるし。ストーム、君には迷惑かけたね。適当にタクシーを探して自分の家に戻るよ」
立ち上がると立ちくらみがしふらっと体勢を崩しそうなると、ストームが片腕でささえてくれた。
「家に帰るって、アンタ家の鍵は持ってるのかよ?」
「へ?鍵なら………」
あぁ、鞄の中だ。今手元にはない。スマホで時間を確認するとだいぶ遅い時間だった。サーキットの管理の人に事情を話して開けてもらうべきか。というかここからサーキットまでどれくらいかかるんだ?思考を巡らせ考え込んでいると腕を引っ張られ、開けられた助手席のドアの前に押し出された。
「この時間だし今から行ってもあっちも大変だろうしな。それにアンタそのまま運転席とか出来んのかよ?」
まだ少しふらつくように頭の中がぐるぐると回る感覚に顔を顰めそうになるが、いつもの笑顔をなるべく作り「大丈夫だよ」と笑顔をストームの方に向けた。…だが彼はため息をつき、そのまま僕を助手席に押し込み、運転席に戻ると車を走らせた。
「アンタからしたらライバル選手の俺といるのは嫌かもしれなねぇけど、さすがにそのまま返す訳にもいかないしな。」
そう言いながら少し走らせるとセレブなどがよく住んでそうな住宅地のような場所の道路のセキュリティにカードキーをかざし、住宅地へと車を走らせた。
「…君の家、この辺なの?」
「あぁ。パパラッチとか無断で入ってこられないから便利だぜこの辺」
そう言うとそこまで大きくはない家の前の駐車場に車を止めた。
「歩くくらいは自分でできるだろ…?」
ストームはそのまま荷物を下ろし、玄関の鍵を開けていた。
「…何してんだよチャンピオン。この時期に野宿でもするのか?」
ニヤッと煽るような笑みをむけられたが上手い返しが思いつかず、そのままストームの後につき、家に入った。
一見殺風景にも見える部屋は余計な物はなく、綺麗に片付いていた。
「さすがに腹減ったな。この時間から肉って気にもならないしな…」
1人でブツブツ言いながら台所で食材を漁っている。ふとそこまで大きな部屋ではないいのに、やたらデカいテレビとそのしたの収納スペースに沢山のゲーム機が並んでるのに目がいった。
「…これ全部ゲームの機械なの?」
何種類もあるように見えるし、ゲーム機の脇によくやるゲームだろうか、DVDやBDより一回り小さい箱が綺麗に並んでいる。
「あ?……あぁ、そうだけど。何?アンタもゲームなんかで遊んでてとか言うやつかよ」
「え?いや…僕あまりゲームとかやったことないから、なんか珍しくて」
レースゲームと思われるソフトの箱を取り、まじまじと眺めた。
「えっ、この綺麗な写真みたいのがゲームなの?!僕が壊しちゃったシュミレーターとかと同じくらいの映像なの?」
「は?シュミレーター壊したって、何をどうやればアレを壊せるんだよ…」
「えっ!!?あー……」
さすがにこれは言いたくない。バカにされるのは目に見えているし、最新技術での練習に特化していそうなストームの前で口を滑らせるんじゃなかった。
初めて見る最近のゲームの説明書を見ていると、ほんのり甘いいい香りがした。
「あんまり手間かけたの作る気にもならなかったからこれでいだろ?」
目の前に出されたのは、ふっくら綺麗に焼きあがったパンケーキだった。皿の脇にフローズンベリーが散りばめられていた。コーヒーが注がれ、パンケーキの傍には小さな小鉢に入ったメープルシロップとスプレータイプでだした生クリームが添えられていた。
「えっと…」
「アンタ甘いもの好きそうだったから。」
「えっ、あ、うん、好きだけど…」
「さっき吐いてたから食欲ないなら別に食わなくても…」
ぐぅー…
甘い香りとコーヒーの香り、そして綺麗にもりつけられたカフェ出出てきそうなホットケーキを目の前にして、僕のお腹は正直なお音を立てた。…さすがにこれは恥ずかしい。
「…なら、食えるな」
「……いただきます」
「ストーム、君は料理も上手いんだね」
ふわふわなパンケーキに笑顔になってしまう。これくらい誰でもできるだろと当然のように言うが、僕は何度かフライパンも鍋も焦がしたことがあるのは言わないでおこうと思った。
さっきあんなことがあったのに、今まで世間話でも何を話していいかもわからなかったストームとの会話が何故か心地よかった。新人レーサーとも色々話してみたかったのだが、最近の若い子はあまり人との距離を縮めたがらず早々に諦めていたからだ。
「沢山ゲームあるみたいだけど、結構やるのかい?」
「…まぁな。好きだから」
「へぇ、君は多彩なんだね」
「嫌味か?」
ストームの顔色が曇ったように見えた。
「嫌味だなんてまさか。僕はずっとレースしかしてこなかったから知らない事が多くてね。色々出来るってなんか羨ましいなっておもって。ついこの前までキャンプがなんなのかすら知らなかったんだ」
ははっ、と少し困ったような笑いをした。
「だって、最近はeスポーツ?というのもあるんだろ?ゲームだけどその技術を競うような大会もあるって。最近ダイナコでもそういう所へのスポンサーも考えてるんだとキングからも聞いたんだ。…まぁでも僕もキングもそういうのあまり詳しくないから、ストームと同じくらいの世代の子達に聞いたりしてたんだよね。」
僕なんてラジエータースプリングスに置いてあるテーブルみたいに大きくて古いゲームしかやったことなかったよなんて話すと、ストームは少し笑いながら「それアンタも産まれる前とかのゲームじゃね?」と突っ込んできた。
「それでも僕メーターに負けるからさぁ、きっとストームは色々ゲーム出来そうだからシュミレーターとか公式でアップしてる記録とかそういうのに生きてるのかなって思ってさ」
僕がレーサーなった時期と周りの技術が違いすぎてずるいなと冗談を言っていたが、一瞬ストームが驚いたようにも見えた。きっと今みたいな機械がないのによくやっていたなとでも思っていたのだろう。
食欲をすませ、リビングのソファーを借りて僕は眠りについた。
あんなことがあったのに、いつもだったら薬のようなものを飲まされて「奉仕」してきたあとは自己嫌悪と吐き気で寝れない日がよくあったのに…
朝起きてストームにお礼をいい、スマートフォンでタクシーを呼びサーキットへ戻った。
自分の車で帰ろうと運転席に座り、スマホを見るとカバーの後ろに何か紙が挟まっていた。カバーを外し見てみると、ストームのスマートフォンの番号だった。
「…今度お礼をしなきゃね」
その走り書きのメモを眺めながら、昨日の出してくれたパンケーキを頬張ってる時の僕を見てたストームの顔を思い出していた。