===翌朝===
「―――おはよう!!」
「… … …」
リラナはダルグフタールの私室へ入り込み、彼の寝台の傍でにこやかに言う。読書に没頭しすぎていたからなのか、声をかけられるまでダルグフタールは気付きもしなかった。ポカンとした顔で暫く見ていたが、徐々に現状を理解したようで、慌てた表情へと変わっていく。
「………!!??」
わたわたと忙しなく手なりを動かし、リラナから距離を取るようベッドの端へ寄る。寝る為の身支度はどこかの時間にしていたようで、髪は結んでおらず寝間着という格好だ。慌てつつも目の前に居るリラナ以外の情報を得ようと出来る限り室内を見回すなりすると、部屋への扉から使用人が1人覗き込むようにして居り、ダルグフタールと目が合うと、申し訳なさそうに会釈をする。どうやら…彼がリラナをここまで案内したようだが、勝手に入り込むとまでは思っていなかったのだろう。
「なに驚いてんの?」
「なっなにッ なにを」
「おはようって言いに来た」
リラナは それ以外に何が?とでも言いたそうな顔をしているが、勝手にひとの私室へ入った事も何とも思っていない様子だ。
「ついでに、アンタが起きてたら館の中を案内してもらおうかなーと。来たばっかりで よくわかんないので」
勝手な進行に少し溜め息が出る。ところで眠れた?と訊くリラナに軽く首を振って見せた。そっか、とだけ言い、自身が言いたい事を更に続ける。
「……で、起きてからアタシ考えたんだけどさ。アンタは とっとと出てけって言ってたけど、まだここから出て行かないことにする!」
「………それは……」
「いくらなんでも、アンタ達には世話してもらったり良くしてもらって…色々とあるので、礼も返さずに出て行くのは、アタシの気が済まないからね!」
「………」
「文句言いたそうだけど、これはアタシが決めたから!アタシのやりたいようにさせてもらう!!それで!ここで礼を返すには何が一番いいのか!考えて…これだ!!」
ビシ!と人差し指を立てて見せる。
「アンタの女苦手を治す!!………治すまでいかなくても、ちょっとは軽くする!!それが目標!!と、いうことで!!例の『満月の夜』まで…ここでアンタと交流する!!」
「………!?」
「……交流って言っても、何していいかは よくわからないけど…まぁテキトーに」
「……………そなた………」
「『リラナ』って呼んで!アタシも『ダル』って呼ぶから。よろしく!!仲良くしようぜ!!」
―――と、いうことで。
アタシは、まだこの館に残る事を決めた。特に計画は無いんだけど、そういうのはまぁ、いつも通りなので…なんとかなるでしょ!!
とりあえず…できるだけコイツ…ダルと一緒に行動して……
運動したり、ごはん食べたり……
ごはん食べたり、運動したり………
……ちょっと楽しくなってきた。
やるからには 楽しんでやるのがいいね!
……困った事になった。彼女は帰らないつもりでいる。
しかも…まずい、とてもまずい。距離が近い。
………距離が近い!!
(※1m圏内でも彼にとって既にかなり近い距離なのである)
………
……『満月の夜まで』か………
………
……倒れないよう、努力しよう。
気が済んだら、早めに帰るかもしれない…ので………
………
===翌日の昼過ぎ===
「リュジュさん、こんにちは!」
「………」
リラナはリュジュニスラを探して館の中を歩き回り、やっと見つけて笑顔と共に挨拶をする。彼女は食堂などから近い、壁に額なども飾られている室内に居た。茶器なども飾るように並んでおり、おそらく来客をもてなす用の一室、それ以外は休憩室としても使っているようだ。自身の名を『リュジュ』と短く呼ばれた事がいくらか気に入らなかったのか…少しの間を無言で見つめていたが、「まぁ、それでも良いとしましょう」と言って、フッと微笑んだ。
「おまえはいつも元気そうですわね」
「元気なのが とりえです」
「何してるの?」と訊けば「ひと休みで お茶を」と、リュジュニスラは自分の目の前にあるものへ目をやる。ポットとカップ、少しの菓子らしきもの。身近に使用人の姿は無く、おそらくリュジュニスラは、こういった事は自分で行うのだろう。趣味なのだろうか。
「あなたも いかがですか?」
「いただく!」
珍しいもの見たさというか、食べてみたさというか…リラナはそれらに興味津々。というのをすぐに察して、リュジュニスラはごく自然に誘うと、元気よく返事をする。自分の向かいに座るよう示して、新しくお茶を淹れる用意を始める。その最中に話しかける。
「……ダルとは よく打ち解けているようですわね、なによりです」
打ち解けたっていうか…アタシが無理矢理よく一緒に居るだけなんだけどね……
席に着いたリラナは、声に出すではなく内心で考える。実際、ダルグフタールと仲が良くなったかと言われたら、何とも言えない。ただとにかく彼の行く先に着いて行ったり、逆にどこかへ行きたい時には連れて行ったり…彼も拒否するだけ無駄だと思っているのか、ただ黙って従っているのだ。まぁ、口喧嘩をするなどはしていないし、はたから見れば仲良くしているように見えるのか。それなら、少しは(自分にとっては)良い結果だろうと、リラナは独り考える。
出されたお茶をすすり、菓子にも気軽に手を出す。見た事のない、不思議な食感で、おいしい。…リラナは自分が居るこの世界の礼儀作法とやらも詳しく知らないし、この館内に至っては異世界の者達だから尚の事当然で。それをわかってなのか、リュジュニスラは特に口は出さず微笑んで見ている。おいしい!とか良い香り!だとか、素直な感想を言葉にするリラナが、楽しめているなら良い構えでいてくれた。
目の前の興味諸々に夢中になり、忘れかけていたが…ところで、そうだ。とリラナは、リュジュニスラを探していた理由を思い出した。カップを置き、リュジュニスラの方を見る。
「……ねぇ、訊きたかった事があるんだけど、いい?ダルは訊いても答えないし、なんか言いたくなさそうだから」
「………なんですか?」
「アタシがここに来た日、確か『あなたの力を取り戻す事が』~とかって、言ってたよね?ダルは何か失くしてる…ってこと?それが、結婚を急いでるっぽい理由?一応、アタシもここに居る以上…知ってる方がいいんじゃないかと思ってさ、良かったら教えてほしいけど……」
「………」
リュジュニスラは真面目な顔付きになり、姿勢を正した。
「……あの子は、話しませんでしたか」
そう言って彼女の目線は、少し思案するようにリラナの顔から逸れて、斜め下へ向いた。が、それほど間はあけず、すぐにリラナへと向け直す。
「…良いでしょう、教えてあげます。理由を少しも知らない、というのも…さすがに おまえに悪いですからね」
「ありがとう」
「………」
再び、視線を逸らす。今度は机の上に置き、左右を合わせたようにしている自身の手を静かに見つめる。
「………結論から申しますと、ダルには呪いがかけらけています。その呪いのせいで、あの子は今、魔力を全く使えなくなっています」
「呪い………」
「その呪いを解く方法は、呪いをかけた者により限定されております…それが『次の満月の夜に、異性と口付けする』…というものです」
「口付け……… … … …」
暫く間をあけ、視線を左右だとか上だとかに向けるリラナは、閃いたというような顔付きになる。
「……あ、あれか、口をくっつけるやつか!」
「情緒の無い言い方をしますわね……」
少しだけ、呆れたような視線を投げられる。
「……『満月の夜』に口付けを交わす、というのは、わたくし達の婚礼の儀…『誓いの証』に該当します」
「へぇ~なるほど、そういうこと……」
「……ダルに呪いをかけたのは、レビニーナという女でして…以前から、ダルにしつこく求婚していました」
リュジュニスラは僅かに眉をひそめる。
「ですが…ダルは あの女が嫌いです。わたくしも大嫌いです。レビニーナは、穏やかな女を装っていますが、その本質は嫉妬深く残酷です。これまで、ダルに近付く女性がいれば、あの者は殺そうとまでしてきました」
要するにストーカーか?などとリラナは考える。しかし『殺す』という単語が出てきて、思わず目を見開いて驚く様子を隠せなかった。自分の予想するところなどとは遥かに違う内容だが、彼や彼らにとって、深刻な事は確かに起きているようだ。
「それを…ダルや わたくし達は、何度も阻止するよう努力してきましたが…ついに呪いまで かけられて、魔力を失った あの子は、対抗するすべを失くしたも同然です。レビニーナも『女』ですから…何かあっても、ダルは まともに近付けません」
リュジュニスラは表情を僅かばかり暗くする。
「あの子は、館から出なくなってしまいました。自分が外に出て何かあっても、対処できませんからね……あの子は、心を痛めています」
「………」
目を伏せて、重たく息を吐く。『親』が『子』の心配をする表情を、リラナは真面目な顔付きで見つめながら、黙って話を聞き続けた。
「……レビニーナの目的は当然、自らが『誓いの証』をし、ダルと結婚する事です。そんな事は絶対にさせません……ですが、あの通りの子ですから…婚約の相手などもおらず……」
一呼吸あけて、リュジュニスラはリラナへ目を向ける。
「……そんな折に、おまえがやって来ました。あんな女と結婚させるくらいなら、おまえを相手に…と、あの時わたくしは考えたのです」
「………」
「………」
お互いに、少しだけ無言になる。
「……と、まぁ…息子を想うあまりにでしたが、冷静になって考えてみれば、おまえの意思を無視しておりましたね………謝ります」
「いや、いいよ。元々アタシ達が襲ってきて、交換条件だったじゃん」
リュジュニスラの謝罪に、リラナは即答する。何も気にしていないとばかりに、表情も特に変わらない。その様子に、むしろリュジュニスラの方が少し驚く素振りを見せたが、それも気にせず…リラナは考えるように口元へ手を当てる動作をする。
「じゃあ、要するに……満月の夜までに、口付けが必要ってワケだね。……ザックリ『異性』でいいなら、リュジュさんでも いいんじゃないの?」
「…バカ者、わたくしは母親ですわよ」
その言葉に、いつもの調子を取り戻しリュジュニスラは呆れたような表情で返す。そこは気にするんだね…と、解決への名案が浮かんだつもりだったリラナは、上方向へぐるりと目線を向け回す。それなら…やっぱり、自分がする事は変わらないな。リラナは考え、強く頷いた。
「―――ウン、わかった!!アタシがなんとかできるよう、頑張ってみるよ」
「……良いのですか?」
「ここのひと達には世話になってるし、ダルの事も とりあえず嫌いじゃないし。なにか手助けできるなら」
「………」
驚くように目を見開いていたリュジュニスラは、次第に表情を柔らかくして微笑んだ。「ありがとう」と感謝を述べれば、リラナもニコリと笑んで見せる。それから、リラナは立ち上がる。
「―――よし!!じゃあ第一番の解決方法はわかったし……とにかく挑戦だ!!」
「――あ、ちょっと………」
キリッとした顔つきになり、振り向かずに駆け出すリラナを引き留めようとしたが、間に合わなかった。
……暫く後、館のどこかから、誰かが転げ落ちるような もの凄い物音が響いたという……
―――彼女はとにかく、元気だ。表すのは その一言で足りる…かもしれない。一日中でも動き回っている。敷地内の農作業や、掃除…手が空いていれば色々と手伝ってくれている。人懐っこく、誰とでも隔てなく付き合うので、使用人達は、彼女の事をとても気に入っているようだ。母上も……
そして夜になれば、大抵すぐに寝ている。あれだけ一日動いていれば、当然だろうな…元気で、底抜けに明るい。体を動かす事、食事が好きなようだ。素直で、よく笑う。私も…時々、つられて笑ってしまう。彼女が来てから、笑う事が増えた…というより、笑う余裕ができた、と言う方が正しいか…
少し、穏やかな気持ちになる時間もできた気がする。
不思議だが………
―――口付けするのは失敗した。色々と説教された、大事な時に取っておけとか…大事な時って言われてもなぁ。しかたないので、それは一旦諦めて…とにかく毎日の交流を、頑張ってみた。あんまり近付き過ぎると ひっくり返るので、注意はするけど…そうならないくらいで、アタシは毎日あれこれダルを連れ回した。一緒に農作業をしたり、館に居るひと達の手伝いとか…
あ!庭を案内してもらった時は、凄く興奮した!!広い庭があって、池とかあってキレイだった。毎日、結構 楽しく過ごしてる。退屈しないから、とてもいい。そして ごはんがおいしい。これはとても重要だ…アタシにとって。
ダルは思っていたより優しい奴で、アタシにはできない気配りとか…考えてみると、常に色々している。リュスクも、こんな感じだったかなぁ…
リュジュさんは、ダルの事が すごくすごく大事みたいだし、館のひと達も、揃ってダルの事が好きみたいだ。よくわかる、いい奴だもんね。
…毎日、アタシとしては とても充実していて、夜になると すぐに寝てしまう。
……気が付けば、もう明日が満月だった。
「そんじゃ、おやすみ」
「ああ、おやすみ」
1日の終わりには、必ずそう挨拶して別れ、各々の部屋へと向かう。いつも通り、リラナはすぐに背を向けて歩いて行く。その後ろ姿を…ダルグフタールは少しだけ見送ってから自室へと帰るのだが、今回は…リラナの後ろ姿を、立ち止まってずっと見送った。なぜだろうか?自分でもよくわからないが、そうしていた。
「ダル」
「――母上」
いつから近くに居たのか、リュジュニスラに声をかけられ、振り返る。ゆっくり近付きながら、声をかけてくる。
「楽しそうですわね、あの娘が来てから」
「………」
「好きになったのでしょう?」
「… … … ………!!?」
一呼吸ほどは真顔だったが、リュジュニスラの言葉を理解し、途端にダルグフタールは顔を赤く染める。リュジュニスラはその様子を見、面白そうに微笑んだ。
「ホホホ、そんなに驚かなくても。見ていれば わかります」
「………」
「……明日の夜は、満月です。彼女に、きちんと結婚を申し込んでは どうですか?それなら…あなたの気も済むでしょう。あの娘、リラナも……もしかしたら、その気があるのではないかしら?」
飾り扇子で口元を隠し、控えめに笑う。
「……では、おやすみ」
「………」
それだけ言って、くるりと背を向け離れていくリュジュニスラの姿を、まだ顔を赤らめたままのダルグフタールは見送った。
===翌日、陽が落ちてきた頃===
リラナとダルグフタールは、庭で過ごしていた。
「暗くなってきたねぇ」
「……そうだな」
「今夜のごはん なんだろうなぁ~」
「………」
何気ない会話をする。リラナは特に深い意味も無く、ごく当然のように『今夜の飯』の事を口にした。まるで明日以後も、これからも、ここに居るかのように。ダルグフタールは…半分ほど上の空だった。考え事をしていたのだ、どう彼女へ話を切り出そうかと。
「……リラナ」
「ん~?なに?」
「今夜は、その…満月だ」
「… … … ……あっ、そうなんだ」
リラナはぽかんとした表情を見せる。それから、思い出したというような顔付きになる。完全に今は、頭から抜けていたようだ。その事について。リラナは空を見上げて話し始めた。
「結構あっという間だったなぁ…そういえば、アタシは次の満月までここに居るって約束してたよね。結局、アタシは あんまり何もできなかったな…アタシが楽しくすごしてた、だけみたいなモンだよね」
ハハハ…とリラナは笑う。
「……そんなことは」
ややあって出たダルグフタールの言葉は、彼女だけが楽しかったわけではない、という意味の軽い否定なのだが、それにリラナが気付いたのかどうだか。リラナは、どことなく凛々しく微笑んで、ダルグフタールの方を向いた。
「―――色々と世話になったね、ありがとう」
「………」
ダルグフタールは暫し沈黙した。…ここから、話の流れを変える事は難しいだろう。元々、押しの弱い彼には それができない。それならば、せめて…と、ダルグフタールも微笑んで、リラナの方を見た。思えば初日に比べれば、彼女との物理的な距離も、僅かばかり狭められた。彼女への心情の変化も関係するのだろうか。世話になったのは自分もだ、と。せめても、自分も感謝を伝えなければと。
「…私の方こそ、世話になった。ありが……
言葉は目の端に入った強い閃光によって遮られた。「なんだ今の!?」とリラナが驚きの声を上げる内に、また二度程強い光が放たれる。2人は顔を上げて、光が放たれている方向を見る。赤紫というような色の光が留まっているのが見えた。
「…門の方からだ」
「行ってみよう!!」
2人は、館の入り口の広間へ行った。そこにはリュジュニスラや館の兵士が数名おり、まだギラギラと怪しく光る…謎の文様を見ていた。例えるなら…まるで大きな魔法陣だ。
「― ― ― ― ―」
「――ダル?なんて?」
「……空間転移の術だ」
まもなく、その光の文様の中から、何者かが現れた。数名の部下を連れているようだった。中央に立つ女性は、ダルグフタールを視界に入れると、にこやかに笑った。佇まいや雰囲気は淑やかそうで、リラナとは対極というような見た目だ。
※そこから暫くの会話は、彼らが本来使用する言語で行われた為、リラナには全く聞き取れなかった。
「―――ごきげんよう、ダル様」
「………」
「レビニーナ!!何をしに来たのです!?」
「嫌ですわ お母様、そんな言い方なさらないで…私は約束の時になりましたから、訪れたのです」
「おまえに そう呼ばれたくありません!!」
レビニーナは、声を荒げるリュジュニスラはお構いなしとばかりに、すぐにダルグフタールへ視線を向ける。
「……さぁ、ダル様。私との結婚を誓ってください。そうすれば、あなたの力も
元に戻るのですよ?」
「………」
リュジュニスラは不安そうな目を自身の息子へ向けた…が、彼は真剣な顔でレビニーナを見返していた。これまでなら…レビニーナと相対した際、彼は少しだが恐れの様子があった。それが、今の彼には無かった。
「……何度言われても、私の答えは変わらぬ。たとえ永遠に力を失ったとしても、だ。お主と そうなる事は、絶対に有り得ない」
「………」
レビニーナは口元に手を当て、微笑んだ。
「……フフ、頑固な お方。でも…私も頑固なのです。わかるでしょう?あなたが他の女のものになるなんて…そんなこと、絶対に嫌……」
次第に…彼女の声色に、僅かばかり怒気が混じっていく。それと共に魔力が膨れていくのか、会話を理解していないリラナへも、ピリピリとした緊張が伝わって来た。思わず身構える。レビニーナはやや俯き、目を伏せた。
「……ならば?どうしましょう?」
次にダルグフタールを見たレビニーナの目は…まるで突き刺すような殺気に満ち、見開かれていた。
「……殺してでも、私だけのものにする」
「―――リラナ、逃げろ」
「へッ?」
ダルグフタールは、傍に居たリラナを突き飛ばした。その瞬間、レビニーナは彼のほぼ眼前まで距離を詰めていた。魔力を乗せた激しい剣戟。それを危うく受けて、ダルグフタールは背後へと飛ばされていった。
2人が衝突した直後、館の兵達とレビニーナの部下達も戦闘を始めた。リラナは体勢を整えると、急いでリュジュニスラを連れ、被害の及ばない端の方へと避けた。あっという間に、館の門前は大混乱を極めた。
「……なんてこと………」
「………」
そこへ、リラナには見知った顔が身を潜めつつ やって来た。
「―――リラナ!!」
「――リェード!リュスク!」
2人はリラナの元へ駆け寄る。リラナの無事を確認し、リュスクは瞬間、安心したように表情を和らげた。まだ緊張を保ったままのリェードは、リラナへ掴みかからんばかりに詰め寄り言葉を続ける。
「なんかよくわからないが 無事そうだな!良かった」
「………なんで!?」
「2日前くらいから、ここの近くに潜んで様子を見ていたんだ。大騒ぎが始まったから、来てみて…今、何が起きているの?」
「………」
リラナは、どうにかこうにか ここまでの物事を2人に説明した。「…だいたい こんな感じ!」と締めるリラナの話を、それぞれ違った表情で黙って聞いていた。
「………」
「……オレは正直、リラナが無事だったら、あとはどうでもいい」
「そんなこと言わないでよ!」
「……まぁ、詳しい話は後にしよう。とにかく…じゃあ、コレはそのレビニーナって奴に使おうか」
こんな時に口喧嘩でも起きそうな空気を察してか、リュスクが間に入るようにして切り出す。リラナに向けて差し出した掌には、なにやら卵型のものがあった。
「なにそれ?」
「強力な拘束術を発動させる道具!高かったんだよ~」
「使えそうだね!よし あとを追いかけるよ!」
すくと立ち上がる3人。傍で項垂れていたリュジュニスラは、すがるようにリラナを見上げた。
「リラナ…お願い、わたくしの息子を助けて」
「……もちろんだよ、お母様!」
ダルグフタールは追い詰められつつあった。月明かりに照らされた庭の中央で、膝を付いている。例の症状の事もあるが、レビニーナは別格で…彼女への恐怖と嫌悪が勝り、余計に まともに動くことができない…また、レビニーナ自身も強い。見た目によらず、近接戦も得意らしい。ギリギリで躱し続けた為に、衣服や、あちこちが細かい切り傷だらけだ。
笑っているのか いないのか…目だけがギラリと不気味に光る、レビニーナが近付いてくる。自身の勝ちを確信してか、ゆっくりと。
「―――………」
もはやこれまでと目を伏せた時、数人が駆ける足音が耳に入った。走る人影は、こちらに向かって何かを投げてきた。投げられた物体は、レビニーナのそばで形を変え、光る文様が彼女を包んだ。拘束術が発動し、レビニーナの動きを止める。その隙に、2人の間へリラナ リェード リュスクの3人が割り入った。
「―――で!?ここからどうするんだ!?」
「アワワ抵抗する力が強いみたい…あんまり長くは持たないよリラナ…!!」
「任せて すぐ終わる!!」
「……任せてって何をだ!?」
リラナはダルグフタールの胸ぐらを掴むと、力いっぱい引き上げて 彼の顔を上げさせた。2人の目が しっかり合った。
「………」
「……」
「…」
「……はぁぁぁ!!??」
―――直後の光景に、真っ先に声を上げたのは リェードだった。そして――状況を把握したレビニーナの形相が変わると、怒りで膨れ上がった魔力が拘束術を破壊し弾け飛んだ。拘束が解除された途端、背を見せているリラナへ向かって剣を突き刺したが――そこにはリラナも、ダルグフタールの姿も消え…空を刺した剣身も、中ほどから消えていた。
――リラナは、空気が強く弾けるような不思議な感覚を体感していた。それはレビニーナからではなく、もっと間近の……そこから少しの間、リラナには周囲の状況が よくわからなかった。ダルグフタールが彼女を強く抱き留めていた為に、殆ど身動きができない状態であった。
何か鋭い音が響いた後、視界の端に閃光…ダルグフタールが、ひとつ落ち着いた息を吐いたので、何もかもが終わったのだろうなと察した。……他に見るものがないので、リラナはダルグフタールの横顔を見つめていた。
……やっと目が合う。
見ていた事に気が付いたようだ。
「―――………!!!!」
ダルグフタールは腰が抜けたのか、その場でストンと崩れ落ちる。
「おわっ!!ちょっと、急にどうしたんだよ」
「………」
「……あー、はい、ウン」
顔が真っ赤になっているダルグフタールを見て、リラナは言われるでもなく察する。しかし、自分を抱えるように掴む手は、震えているようだが解かない。力んでいるのか、少し痛い。
「―――リラナ大丈夫!?相手は倒せたみたいだよ」
「このボケ!!リラナから離れろ!!」
「……コッチが正気じゃないけど、まぁ、放っておいていいかな…?」
2人の仲間が駆け寄ってくる。はじめに居た場所より、少し離れた位置らしい。リラナは彼らの顔を振り返ったが、ダルグフタールが掴む手を解かないので、またすぐ間近の顔を見た。
「大丈夫?」
「………」
ダルグフタールは湯気でも出ているような赤面顔だ。度々彼の赤らむ顔は見てきたが…ここまで赤いのは初めてだ。取り乱し落ち着かない様子で、纏まらない言葉を必死に口にしようとしている。
「……わっ、わたっ、わたしは、そなたと…ちちち ちかいを…ちか………」
「…ちかい?」
リラナは何だ?と考えるが、すぐに閃いた。
「……あっ、そっか、『誓いの証』…結婚の誓い…」
「………」
「… … …」
―――何か言いたげだが、うまく話せないでいるダルグフタールを、リラナは黙って見つめていた。面白そうに、微笑みながら―――
==満月の契り(完)==
あとがき?元ネタは、私が専門学生2年目の頃に作った漫画のネームでした(漫画とアニメの事について勉強する学校へ通っていました)。ページ総数は50Pくらい。長い。長いことについて「凄い」と褒められました。内容については「なんというか…低学年向けって感じだね!テーマとかはあるの?」「テーマ?無いですね!!」「そっか!!」「「あっはっはっは!!」」…みたいな会話を先生としていました。本当にテーマもクソもあったもんじゃなく、ただとりあえず『かきたいものを、かきたいように、かいた』作品でした。その後…漫画として描き上げようと努力はしましたが、完成しても『(出版社)どこに出そう?』と悩み始めたり、今現在も自分を悩ませる謎の症状もその頃くらいから始まってゆき、『描く』という行為に集中出来なくなり、断念しました。
それから…何やかんや色々あって、一度(エセ)ノベルゲームとして制作/復活し、更に今回『文章形態の創作』として、少々の加筆や修正などして公開するに至りました。正直、文章を書くというのは得意じゃないです。拙いところは多々あるでしょうけれど、なんとか書きたい事が伝わる程度のもの…には、出来たでしょうか。
自分の才能なんてたかが知れていると常々思いますが、それでも昔から、頭の中で自分が作る世界を思い描く事が大好きで、キャラクターを作ったり設定を考えたりする事が好きで、つまるところ創作が大好きです。自分の『好き』が、あわよくば誰かにも届きますように。
余談的なものとQ&Aちょっとしたバックストーリー設定。
異世界から来たひと達…ダルグフタールやリュジュニスラ、その部下達、レビニーナ等ですが、彼らが元居た世界での広く通っているマナー的なものに『お互いに信頼関係を築いたと認識してから愛称呼び』というのがあります。長めの名前が多いのですが、家族だとかでない限り、初対面や出会って日数の経たないひとが、相手の名前を勝手に略したりするのは ちょっとした失礼にあたります。ですが『郷に入っては郷に従え』という言葉もありますし、自分達の常識を押し付けない…という事で、リラナが短い呼び名を使うのを許しています。
ちなみに同じ世界から来ているレビニーナは『ダル』と呼びますが、ダルグフタールは当然許可していません。彼女は身勝手ゆえにマナー違反をしています。
Q:魔力が封じられたダルグフタールはどうやってレビニーナと戦ったのか?
A:ダルグフタール自身の魔力は封じられていますが、道具を使えないわけではないので、普段は目立たないくらいに小さくして携帯している剣を所持しています。それでどうにかこうにか抵抗していました。
Q:言葉が通じる不思議
A:ダルグフタールやリュジュニスラは、リラナ達が居る世界の言葉を習得しています。なのでリラナ達が理解する言葉で話しています。言語をうまく習得出来ていない者も『想っている事を伝える』という便利な魔術を使い会話が可能です(ただし口パクが合っていないので若干違和感がある)。彼らが元居た世界は魔術が高度且つ多言語だったので、こういった便利な術もあるのです。