サプライズプロポーズと指輪「わぁ!夜景が素敵ですね!」
「以前はランチ時間でしたから夜だとまた雰囲気が変わりますね」
いよいよだ。と降谷はそっと上着のポケットに手を入れ白色のビロードの箱に触れ息を飲む。
半年前ポアロを辞め組織壊滅させて事後処理、上から許可をもぎ取りやっと本来の降谷として潜入先であるポアロの看板娘である榎本梓へ身分を明かしやっと告白し交際までこぎつける事が出来たのが5ヶ月前。告白した時点で結婚まで申し込みたかったが恋愛感情に疎い彼女にはあまりにも早急かと恋人期間を楽しむつもりだったが日に日に綺麗になる彼女がポアロで客に好意的な目を向けられ、中には彼女を食事に誘おうとする輩までいる。
仕事上中々会えない日が多く寂しい思いをさせている自覚はある。
恋人関係で身も心も自身に向けられ結ばれているのを実感しているがそれでもまだ足りない、彼女の全てを手に入れたい、自分と同じ苗字を渡し戸籍に納め書類上でも実質共に降谷の女だと証を残したいと渇望している。
早急に事を進めたいが一世一代のプロポーズとなればやはり彼女に喜んで貰いたい一心で仕事の合間をぬってはネットで『女性が憧れる!プロポーズ場所・シチュエーションランキング』や『サプライズ プロポーズ』と検索したり休憩中に某結婚雑誌を熟読して指輪を選びに勤しんだ。
(ふむ…自宅も人気なのか。だが自宅だと梓さんがハロに気を取られかねない。ハロをペットホテルに預ける事も考えたがハロがいないと何かあると勘づかれてしまうかもしれない…がっついてると思われかねない。やはり思い出の場所やレストランだな。思い出の場所はやはりポアロだが非日常を演出するならホテルのレストランか。安室の時に偵察で行ったあのホテルなら夜景も一望出来るしランチでの料理も梓さんも気にいっていた。)
早速ホテルのレストランを予約、指輪も女性に人気のブランド店を訪れるとダイヤで桜をイメージしたエンゲージリングが目に入った。
桜は自分の職業を象徴する花で彼女が以前桜のおまじないをしていた姿が浮かぶ。彼女の指に似合いそうだと購入を決めた。
初めて身体を重ねた日に指のサイズは確認済だったのでサイズを伝える。小さなショッパーズバッグを受け取り中を確認した際に彼女の驚いた顔が目に浮かぶ。
今日までの事を思いだしながら梓に気付かれないように降谷が意気込む。
窓際の予約席に案内され着席すると窓に広がる夜景に目を奪われている彼女を見てやはりこの店に決めて正解だったと自分を褒めた。
予約していたコース料理が次々に運ばれ前菜、メインと彼女が一口食べる毎に蕩けそうな表情を見せる。
この顔がみたくて安室の時は色々と試作を作ったなと思い出していた。
食事中に梓は降谷にポアロの事、大尉の事を身振り手振りを交えながら話した。
クラシックが流れる店内でデザートの最後の一口が彼女の口に運ばれた。
「美味しかったですね」
「ええ。最後のデザートのフルーツの飾り切りもオシャレでしたしオレンジソースの酸味が程良いアクセントになってましたね」
と料理の感想を伝えるのも食後のいつもの会話だ。
「降谷さんすぐに再現しちゃいそう。」とクスクスと笑う梓を真っ直ぐ見つめ、
「あ、あの梓さん!」と降谷は上着のポケットに手を入れる。
「はい?」首を少しこてんと傾け降谷を見つめ返した。
ビロードの箱を握りしめバッと梓の前に差し出し反対の手で箱を開けた。
「梓さん!……お、俺と結婚してください!」
梓が両手で口元を隠し瞳が潤んでいる。
この間ほんの3秒程だが降谷にとっては一時間は経った感覚で梓が言葉を発するのを待つ。
一筋の涙が零れ梓が何度もコクンコクンと頷き声を絞り出すように
「…っ、はい。よろしくお願いします」と返事をした。
緊張していた身体から一気に力が抜け同時にふつふつと腹の底から歓喜が湧き上がる。今ここで叫びたいが平静を装いながら
「指輪嵌めてもらってもいいですか?」と律儀に尋ねてしまった。
梓は笑顔で「はい!」と指輪の収まっているビロードの箱から指輪を取ろうとした手をパシっと掴む。
「僕が」と自分の手に梓の手を添え指輪を薬指にそっと通す。
やっと彼女に僕のモノの証である小さな首輪を薬指に付ける事が出来る。と口元が緩みそうになるのを唇にグッと力を入れる。
しっかりと薬指の根元まで…通らない。
第二関節の下で止まってしまった。
ちょっと力を入れてみたが通らない。
降谷の顔面から血の気が引くのがわかる。
(やってしまった…)
まさかサイズが会わなかった!?交際始めて半年足らずで指のサイズが変わってしまったのか…幸せ太りで変わる事もあるって書いてあったがいや、梓さんの抱き心地は変わらない、寧ろ胸のサイズがアップしている。と思考が脱線している。
梓さんの顔が固まっていたがみるみる赤くなる。
「すみません。最近手が浮腫んでて。多分妊娠してからが浮腫みやすくて…」
「いえ。そんな事は…………は??」
今何て言った。
ニンジン?いやいやニンシン?って言った。
「ちょっ、、まっ、はぁ!?!?えっ!?」
グイっと身体を乗り出す。
食器がガシャンとぶつかる音がして周りのテーブル席の人がこちらをちらっと見たがそんな事気にしてられない。
「え??妊娠??いつから!?」
「実は先週わかって…3ヶ月ですって。」と上目遣いでおずおずと伝えてくる。
「何でわかった時点で連絡くれなかったんですか!?いや、先々週の電話で僕が連絡取れないって言ってたからか…すみません。」とテーブルに付く程頭を下げた。
「いえ、今日降谷さんに会う約束だったから直接伝えたくて…」と慌てふためく梓。
「次の検診はいつですか!?僕も行きます。それより籍を…あ、両親の挨拶が先か。明日にでも新居を探しに行きましょう」と今後の話を矢継ぎ早に進める降谷に「零さん、落ちついてください」とクスクスと梓が笑う。
「え、今名前…」と初めて彼女から下の名前で呼ばれた事に動揺してしまった。桜色の頬で見つめる梓だけが今までもこれからも降谷の心を乱す。
(僕のプロポーズより彼女からのサプライズには敵わないな)
END