イラストを魅せる。護る。究極のイラストSNS。

GALLERIA[ギャレリア]は創作活動を支援する豊富な機能を揃えた創作SNSです。

  • 1 / 1
    しおり
    1 / 1
    しおり
    残響ヤンスは俺の兄だった。昔も今もこれからも、どうやったってヤンスが俺の兄である事に変わりはないのだが肝心のヤンスはもういない。

    兄が消えた時の前後を事あるごとに思い出しては、肺が締め付けられ心臓に針が無数に突き刺さった様な息苦しさを覚える。何度も何度も記憶を脳内で再生し、文字通り目の前から消えていった兄の姿を暗闇に見失ったあの瞬間の記憶映像に差し掛かる度、例えようもない虚無感が後頭部から肺にかけて広がってゆく。
    怪獣があげる咆哮と、ジプシー・デンジャー内部に木霊する警報、崩れ落ちてゆく金属片と吹き込む暴風による轟音が響き渡っていたのを最後にそれ以降の記憶はだいぶ曖昧だ。荒れ狂う嵐と蠢く漆黒の海に兄が放り出されていった瞬間だけが俺の中に鮮明に記憶されている。
    擦り切れそうなビデオテープの様に兄の最期の瞬間だけを記憶の中で巻き戻しては、延々と見返すという事をもうずいぶんと長いこと繰り返してきた。記憶を見返して、毎度同じ息苦しさと虚無感を味わいながら抜け出せない思考の環状線を俺は歩き続けている。

    接続が切れるまで、確かに兄の存在を感じていた。そして少しの間を置いて、遠く深く、だが確実に兄の死を感じた。それで終わりだった。
    俺たち兄弟の時間はそこで終わった。



    ヤンスと初めて秘密という名の些細な悪事を共有したのはいつだったか。妹のジャズミンを虐めた年上の悪ガキをヤンスと共に殴り倒したのはいつか、母と父に怒られて納屋に兄妹3人仲良く閉じ込められたのはいつか---ヤンスに関する一つの記憶を思い出すと細い糸で繋がっている他の記憶も芋づる式に呼び覚ましてしまう。
    金の使い方を理解していない堅物連中が提案した誰も守れない命の壁の上で、日々危険な作業に従事する中考える事はヤンスの事ばかりだった。
    いや、パイロットを引退してこれまで本当はもう俺は何も考えていないのかもしれない。考えるというより記憶の反芻ばかりで思考では無いのだろうと自覚はしているが、どうにも他に考える事が無い。
    このまま世界は早かれ遅かれ怪獣によって滅亡する。予感も確信もあるが俺にはもう手立てが無い。隣にヤンスは居ない。
    ヤンス以外の一体誰とジプシーを動かす事が出来るのか、巡り合うチャンスなど0に等しい事を考えることが無駄に思える。


    「おいベケット!そのまま進んだら死ぬぞ!」

    野太い怒声に硬直して振り返ると、汚れで真っ黒い顔の爺さんが溶接機を片手に揺らしながら近づいてきた。


    「お前いつも上の空で仕事やってる節があったが、今日ばっかりは見過ごせねぇな。もう交代しろ、すぐそばで自殺されちゃ堪らねぇよ。さっさと降りろ」

    「…心配かけて悪い、でも大丈夫だ。残りの仕事も片付けられるよ」

    「馬鹿が、目が死んでる奴に何言われても信用ならねぇよ。おい早く降りろ、俺の近くで作業するなこのクソガキ」

    「いて」


    短気な年寄りの同僚に軽く突き飛ばされて、ようやく記憶のビデオテープを完全停止した。この爺さんの名前何だったかな、と思いを巡らせるが該当しそうな単語が出て来ない。毎日人が死んでゆくこの現場では誰も他人に干渉しないせいか、周りの同僚の名前をほぼ知らない。作業場も変動する為、覚える人名はチーフなどの監督者に限られてくる。


    「わかった、もう上がるよ。チーフに言ってくる。」

    「ああ、そうしてくれ」


    汚れと深い皺で表情は読み取れ無いが、なかなか御立腹だった様でまた突き飛ばされて大いによろけた。途端に意識していなかった疎外感がじんわりと全身に広がる感覚に、背筋がモヤモヤして無意識に舌打ちが出る。

    いつ、終わる?
    この世界は、怪獣に蹂躙されていつ終わるんだ?
    兄を殺した怪獣は俺が殺した。
    だが怪獣は昔より間隔を縮めてまたやってきている。
    そして怪獣どもを今現在倒しているのは俺じゃない。最後の世代で最新の、ヤンスと俺が乗っていたものよりずっと速いイェーガーが本物のヒーローの顔をして怪獣を殺している。
    近い将来、いっぺんに怪獣が群れとなって襲ってきたらいくら最新機でも敵わないのは明白だ。
    もし俺がパイロットとして復活すればほんの僅かな時間は稼げるかもしれないが、人類滅亡まで食い止めるられるかは保証出来ない。
    そもそもジプシー・デンジャーでドリフトする相手がいない。なによりジプシー・デンジャーは廃棄された上、俺はパイロットに復帰出来るかも不明だ。
    なぜこんなにも答えが判り切ったことばかり考えているのだ、と自問する。


    「チーフ、すまないが体調が悪いからあがらせてもらいたいんだが…」

    「はっ、イェーガーの中みたいに温かくないと動けねぇのかい、ミスター・ベケット?」


    事務所のドアを開けたとたん何かが腐敗した様な、饐えた臭いが鼻先を掠めていった。後ろ手にドアを閉め、奥のデスクに凭れかかり紫煙をくゆらすチーフのマイルズを見据えた。マイルズは相変わらず人を馬鹿にした顔を隠さない。
    ACCETを除隊してからは命の壁に沿って流れ、またアラスカに身をよせてかれこれ5年経った。
    飽きもせず自分への嫌味を止めない上司にも凍てつくアラスカの空気にも、もう慣れた。
    けれど今日はどうにも記憶の映写室に入り込み過ぎている。
    聞きなれた些細な嫌味に指先が震えるのはらしくない、あの爺さんは正しかった。今更になってこめかみを締め付ける鈍い痛みに気がついて、眉間に皺が寄るのがわかる。


    「あぁ、悪いが早退させてもらう」

    「今日のスタンプはかわいそうな程少ないだろうが、まぁたくさん食えないだろうからちょうど良いな」

    「そうだな」

    「兄貴が居ないと仕事もできないやつに明日も仕事があればいいがな」









    「ローリー、仕事だぞ」


    ヤンシーの声が聞こえた気がして、目を開く。
    ここ数年で見慣れた共同寝室の自分のベッドの上だと認識し人の気配に顔を上げれば、枕元に冴えない顔の男が腰をかがめてこちらを覗き込んでいた。


    「体調の方はどうだ、残念な知らせだが昨日2人死んだから仕事が増えたぞ」

    「……そうか、残念だな。」

    「あんた昨日事務所で管理者らと乱闘になって倒れたんだってな、マイルズが激怒してクビにするって言ってたがそのすぐ後に3人欠員が出たからうやむやになっちまったってな。」


    運が良かったな、とぼそぼそとしゃべる声を聞き流しながら支度をする。
    欠員が2人と言っていたのに1人増えていることはあえて指摘しなかった。欠員が出るのは日常茶飯事だし欠員が増えるのは時間の問題なのだ。
    近い将来怪獣によって殺されるか、怪獣を阻止するための危険な作業によって死ぬか。いつか死ぬことに変わりはないが今この現場では死にたくないと、ふと思った。


    「息子と同じ名前だ、ローリー…あんたはなんでここにいるんだ?」


    唐突にはっきりとした声で男に名を呼ばれ、背筋にピリッとした感覚が走る。


    「なんだって…いいだろう。流れてきたんだ、壁伝いに」

    「息子があんたに憧れてアカデミーに入りたいって言ってたよ、ジプシー・デンジャーのおもちゃを持って学校に通ってた」

    「そうかい、そりゃありがたいことだ。有能なパイロットになってくれることを祈ってるよ」

    「息子は癌で逝ってしまってな、もう何にもなれないんだ」

    「…」

    「あんたはまだ出来るんだろう?パイロットとして生きていけるんだろう?」

    「もう引退した」

    「俺たちが従事する仕事によって人類が救われると思うか?」

    「いいや、それより俺に何が言いたいんだ?」

    「なんでここにいるんだ?」


    男がゆっくり歩み寄ってくる。どこかでブザーが鳴り始めた。これは召集の合図だ。


    「なぜ、戦わないことを選択したんだローリー」

    「相棒がいなくなったからだ」

    「そうか……そうか、おまえは戦わないのか」


    またぼそぼそとした喋り声になりながら男は横をすり抜け部屋を出て行った。
    すぐにあとを追い部屋を出るが、作業場に向かう人の波に埋もれて見失った。

    人の波にまぎれ歩きながら、これが絶望というものの中なのだろうかと考えた。いや、本当の絶望はもう味わった、これは絶望ではない。諦念だ。記憶の中をただひたすら、もしあの時俺が怪我をしなければ、油断しなければ---と、どうにもできない過去を繰り返しているだけだ。
    戦うことを辞めたつもりはなかったが、諦めているのだ。
    これは生きているとはいえない、死んではいないが魂のような部分が死んでいる。ヤンシーの喪失が俺を殺したのか。




    「おいいつまで寝てんだ、ベケット起きろ」


    はっと目を覚ますと共同寝室の自分のベットの上だった。


    「何時だ?」

    「サイレンが鳴る10分前だ。おい、起こしてやったんだからスタンプよこせよ」

    「ああ」


    同僚のダミ声に頭痛を覚えながら飛び起きる。疲れが溜まっていたのか、奇妙な夢を見た気がする。先ほどまで覚えていたはずの夢の内容はもう曖昧だ。


    「今日はまた忙しくなるぞ」

    「なんでだ?」

    「昨日3人落ちただろ、みんな重体で寝込んでるよ。だから3人分空きがある」


    それに似た話はつい最近どこかで聞いた気がする。どこでだった?記憶を辿っても思い出せない。支度を済ませて部屋を後にし、仕事場への階段を下りる。
    宿舎を出ると、真正面に建設途中の巨大な壁がちらつく雪の中にそびえている。壁に向かう途中にある建設予定が書かれた看板に、スプレーで「永遠に掛かる!」と殴り書きがあるのを横目に定例集合場所に足を運ぶ。
    集合場所に行くとマイルズがいいニュースと悪いニュースがあると大声で叫んでいた。

    「何だろうな」

    隣の男が聞いてくるが、さぁなとだけ返した。俺はこの先マイルズが言わんとすることを知っている気がする。
    どこかから悪いニュースから先にしてくれ!と声が上がった。


    〈了〉
    kitakura473 Link Message Mute
    2022/06/05 12:49:45

    残響

    #パシフィック・リム #映画 #二次創作 #パシリム #ヤンシー・べケット #ローリー・べケット
    以前pixivにアップしていたものです。多分初めて書いた小説なので拙いものですが、見ていただけたら幸いです。

    -------
    パシリム観た後の燻る思いを勢いで書いてみました。
    ベケット兄弟に叩きのめされました。
    映画のネタバレ含んでますので未鑑賞の方はご注意ください。


    2013.11.13 完結…?

    more...
    Love ステキと思ったらハートを送ろう!ログイン不要です。ログインするとハートをカスタマイズできます。
    200 reply
    転載
    NG
    クレジット非表示
    NG
    商用利用
    NG
    改変
    NG
    ライセンス改変
    NG
    保存閲覧
    OK
    URLの共有
    OK
    模写・トレース
    NG
  • CONNECT この作品とコネクトしている作品